My dear cute
※【My dearシリーズ】は、「もし笹良が異世界トリップしていなかったら」という前提で書いています。本編とは全く関連がなく、別物です。
※そこはかとなくという程度ですが近親相姦的な雰囲気有りの兄妹ショート連作です。
My dear ; cute[1]
遠い遠い、過去の話。
■□□
我が儘で。
よく泣き、よく笑う、小さな君。
その日は両親の帰宅が遅くなる予定だったので、日付が変わっても眠らないで君と遊ぶ。
両親を驚かせようと思って、二人で押し入れの中に隠れた。僕達だけの秘密基地だから。
狭くて暗い、押し入れの中。この窮屈さが、逆に楽しい。布団の匂いは、どこか太陽の匂いがする。
二人で無理矢理、たたんであった毛布の中に潜り込む。
初めはくすくす笑っていたけれど、その内、君は小さく欠伸をして何度も目をこすり出した。
するりと寄りかかってきて居心地のいい体勢を探し、うとうとし始めて。
君はもう限界。
眠いんだね?
毛布の中の小さな手を握ると、君がしがみついてくる。
布団よりも、何よりも、君が一番太陽の匂いを知っているね。
どこか甘くて柔らかい、僕の妹。
ぎゅっと抱き寄せると、ことことと規則正しい心臓の音が伝わり、微かな寝息が届く。
子供の体温はとても高くて、少し汗ばんでいて、つられて僕も眠気に誘われる。
よく泣き、よく笑い、安心して眠る君。
そういう可愛い君に、いつも振り回される日々。
大人になったら、僕と結婚して12匹も犬を飼うって、君は宣言した。皆笑ったから、君はすっかり不貞腐れていたね。
いいよ、君が大人になっても覚えているのならね、犬を飼って、結婚しよう。
一番奇麗なドレスを着させてあげるから。
誰より我が儘で、小さな可愛い、僕の君。
明日も、一緒に遊ぼうか?
だから、今日は。
「おやすみ、笹良」
My dear ; cute[2]
時々、こんなことがあったりする。
たまたま町中で知り合った子と意気投合して、明日も遊ぼうよって約束させられて、翌日待ち合わせ場所に行ったはいいものの、いくら待っても現れない。
別に恨む気も起こらない。だってこんな風にすっぽかされるのなんか日常茶飯事で、律儀に約束を守る奴の方が珍しいし、相手が来ないのなら別の楽しみ方ってものがあるし。通りすがりの人々を眺めるだけでも時間は潰せるのだ。
笹良は歩道と売り店舗の境にある段差に腰掛け、頬杖をついて周囲を眺めた。
笹良の他にも、歩道沿いに並ぶ店の前に座り込んでいる人はたくさんいる。殆どは恋人同士だけど、熱心に携帯をいじっている子もいる。
笹良の側に座っていた女の子がちらっとこっちを見た。かわいー子だな。髪型とかおしゃれ。
その子は恋人らしき男の子にぴたりと寄り添っている。うーん、結構格好いい少年かな。
ちょっと羨ましーな、と思った。仲良さげで。
笹良も美少年と遊びたいな、と「美少年」というところに一番力をこめつつこっそり溜息をついた。
しかし、ナンパしてくるのってあまりイイ感じの、いないしなー。
内心でなかなか失礼な感想を漏らしていた時。
「君、一人?」
と、頭上から声が降ってきた。うざいと思いつつ、顔をあげると――
「暇? 遊ばない?」
「――!!」
笹良は唖然としてしまった。
目の前に、えらくパーフェクトな笑みを浮かべてこっちを覗き込んでる魔王――お兄様が立っていたのだ。
思わず「総司っ?」と叫びそうになり、慌てて口を押さえる。
「何してるの、ここで?」
というか何だ、その妙に軽いノリは。
いや、そんなことより、なぜ他人の振りしてナンパみたいな真似をするのだ。
「馬鹿!」って一言叫べば、すむ話なのだけれど。きっと総司も偶然笹良を見かけて、からかうつもりで声をかけたんだろうと思うし。
でもさ。
「……暇」
「誰かと待ち合わせ?」
「……だったんだけど」
「ああ、すっぽかされた?」
「……」
えーい余計な詮索は無用だ! と心の中で絶叫しながら、つい睨み上げてしまう。
「可愛いね、君。僕と行かない?」
僕!
僕、だって?!
うう、思わず鳥肌が立ってしまう。家の中じゃ普通に「俺」って言うくせに!
それに、それに、「可愛いね君」!?
ありえない台詞を耳にして一瞬魂が飛び出しかけたけれど、何とか正気を取り戻した。
総司が笑顔で手を差し出してきた。ううっと複雑な思いでその手を睨みつつ。
「……アイス、食べたい」
「食べに行こうか?」
「映画も観たい。カラオケ行きたい。買い物行きたい。ご飯も食べたいし、どっかでひなたぼっこもしたい」
半ば自棄になってしたいことを全部口にすると、総司がふっと目を眇めて微笑した。
「いいよ、行こう」
笹良の腕を取って、自然な仕草で肩を引き寄せる手。
そして耳にぽそっと聞こえた囁き声。
「馬鹿笹良、知らない男にはついていくなよ」
む、知っている奴ならいいのか?
「そう、たとえば憧れの兄とかな」
自分で言うな!
大体、誰が憧れの兄なのだ。
反抗的な目を意識して睨むと、笹良の言いたいことが分かったのか、総司は笑みを深めた。
「映画とカラオケとアイス!」
「買い物と夕食もな」
こいつ手慣れているな、と不満に思ったけれど、とりあえず――
意外な展開に、楽しくなってきた。
My dear ; cute[3]
土曜日は、学校帰りに待ち合わせ。
場所は駅前のマックでね。
お昼ご飯、総司が奢ってくれるって。
やったね。
大抵は笹良の方が先に来ていることが多いから、ガードレールに腰掛けて総司が来るのを待ってる。
でも今日は珍しく総司の方が先に来ていた。
笹良の指定席である花壇横のガードレールに寄りかかって、本を読んでる。頭よさそーな眼鏡をかけて俯き加減に文章を目で追っている。
こうしてじっくり観察すると、あまり誉めたくはないのに、なかなか格好いい奴だと思ってしまう。時々、通りかかる女の子がちらちらと総司へ視線を送っている。
外で会う総司は、体裁を気にするのか普段よりほんの少し大人っぽくて優しかったりする。
笹良は信号が青になると同時に駆け出した。
総司が気配に気づいたらしく、走り寄る笹良へ驚いた顔を向けた。
「馬鹿、危ないだろう。よく左右を見て」
「青だよ、信号」
「青でも、飛び出してくる車があるだろ」
総司が微かに眉をひそめて、目の前に立った笹良を自然な仕草で引き寄せた。こういう扱い、総司って手慣れているなー。
「何が食べたい?」
「マックでシェイク」
「それはあと。先に昼飯を食べてから」
喉が乾いてるのだ。
「仕方ないな」
総司はちょっと呆れたように言って、笹良の肩に手を置いたままマックの中へ入った。
ふふん、シェイクにハンバーガーにポテトもだ。
怒られる前に総司の分まで勝手に注文すると、やれやれっていう顔をされてしまった。支払いは総司持ちだ。
お昼時でマックの中は結構混んでいた。学生が殆どだ。ちょうど窓際の席が空いたので、そこを陣地と決め込む。
二人掛け用の狭い席だったし、店内はひどくざわついていたので、話をする時は肩を寄せ合うようにする。こういう賑やかで忙しない感じが実は好きなのだ。
「笹良、よく噛んで食べろ」
む、子供じゃないぞ。
「お前……、大体、スカートの丈、短い」
皆とそう変わらないってば。
「足を組まない! 行儀よく」
「うう」
煩いなぁ、もう。
はぁ、と総司が溜息をついて、窓際へと顔を向けた。その間に、こそっとシェイクを交換する。総司のやつはバニラで、笹良はストロベリー味だったのだ。うん、両方の味を楽しむために、総司の分まで注文したのだった。
しめしめと思いつつストローをくわえると、総司がちらっとこっちを見た。ばれたか?
「笹良、なんだ、そのネクタイ」
う? と思い、自分のネクタイを見下ろした。笹良が通う学校の制服には青いネクタイがある。でも、皆、このネクタイをリボン結びにするのだ。その方が可愛い!
ふと総司が着ているシャツに視線がいった。細身のデザインシャツだ。
笹良は一度席から降りてずるずると椅子を引きずり、総司の隣に置いた。怪訝そうにする総司に、にやっと笑いかける。
自分のネクタイをよいしょと外し、えいっと総司の首に巻き付けた。
「おい」
リボン結びしてやれ。
シャツの襟にネクタイを通し、可愛くリボンを作る。どうだ。
総司は思い切り呆れた顔をしていた。外したら駄目だぞ。
笑いかけると、総司にぽんぽんと頭を叩かれた。
「あれ、ササじゃーん」
と笹良を呼ぶ女の子の声が聞こえて、振り向いた。すげえかわいー格好をした子が、友達連れで後ろに立っていた。どこで会った子だっけ? ウチの学校の子ではないな。町中で会って遊んだ子だろうか。
「おー」
と、とりあえず笹良は適当に返事しておいた。
そのめちゃかわいー子と仲間達が、じっと総司を値踏みしていた。総司は少し片眉を上げて、逆に値踏みし返す目をした。こら総司、大人げないというか、それ、意地悪な反応だぞ。
きっとそれなりのイロイロな場数を踏んでいるに違いない総司は、こんな風に値踏みされることなど慣れているのだろう。年季が入っているというか、貫禄があるというか。
見た目だけはハイレベルな総司は、女の子達の無遠慮な視線に全然たじろいでなかった。というか年下の子は、総司、相手にしなさそうだ。年上のマダムとか、金持ちのお嬢様とか、キャリアウーマンとか、そういうの好きそうだし。
でも変な感じ。
そうか、笹良にとっては兄でも皆には違う目で映るんだ。異性なんだよね。
「えー、カッコイー」
と、その子が叫んだ。総司は合格したんだな、その子の基準の中で。
普通はかわいー女の子に褒められたら喜ぶものだけれど、総司はただ面白そうに見返している。
「ササ、彼氏ー?」
えっ、この魔王が笹良の彼氏!?
思わず「ありえねえ!」と仰け反ったが、何だか正直に兄って言うのが嫌な感じだった。別にその子が嫌いってわけじゃない。複雑な乙女心だ。
だって、笹良の兄なんだもの。
反応に困っていると、総司が完璧な笑顔を見せて笹良を引き寄せ、後ろから抱きついてきた。
「あぁ、残念だね。君、可愛いけれど、笹良がいるから」
何っ?
「今度、遊んでくださーい」
「いいよ」
こら!
安請け合いするな! というか、信じられねえ! 笹良の前でそーいう話するなんて。
女の子が顔を真っ赤にして嬉しそうに総司を見ている。うううっ、何とも言えぬ微妙な焦燥感が湧いてしまった。
「携帯の番号、教えてほしー」
更なる展開に、ええっ、とどきまぎしてしまう。何だろ、もやもやとした気分だ。
「いいけど――」
総司がちらりと面白そうにこっちを見た。
「俺は笹良の彼氏だから、悪いコトはできないよ」
何っっ?!
愕然と振り向いて、やけに爽やかな微笑をたたえている総司をついつい凝視した。今、耳が言葉を拒否したぞ。
女の子は残念そうな、しかし期待をこめた目をして笑った。
「じゃあ、また今度ね」
総司はさらりと言って放心する笹良を立たせたあと、マックを出た。
「そそそ総司」
吃らずにはいられない。
「子供の相手は、お前だけでもう十分」
……何だと?
無礼な言葉にむっとした時、手を引っ張られ、歩道沿いに立つショップの壁に軽く押し付けられた。
総司はするっとリボン結びをした青いネクタイをほどいた。あっ、取ったな!
奪い返そうとしたら、ネクタイを首の後ろに回された。
一瞬、首を絞める気かっ? と動揺したがそれは笹良の勘違い。総司は器用にネクタイを結んでくれた。リボンの方が可愛いのにな。
「人前で、ネクタイは外すものじゃない」
何で?
「大人になれば分かるさ」
子供扱い、やめてほしい!
「素敵なお兄さんが、友達に奪われなくてよかったな?」
誰が素敵なお兄さんだ!
ばしばしっと叩こうとしたら、ちょっと強く引き寄せられた。
わっ。
思わずしがみついた時、頭上で、本人曰く「素敵なお兄さん」の明るい笑い声が響いた。
My dear ; cute[4]
土日と祝日を合わせてラッキーな三連休!
今日は昼寝をしてしまったので、真夜中になっても一向に眠気がやってこない。
ベッドの中でごろごろとしていると、かすかに階段を上がる足音が聞こえた。総司がお風呂から上がって部屋に戻ったらしい。別に遊んでもらおうと思ったわけではないけれど、なんとなく笹良はこそっと部屋を出た。
総司の部屋の前で、ノックをしようか躊躇う。
決めかねてうろうろしている内に、内側から扉が開いた。
「……どうした?」
缶ジュースを持った総司が不思議そうにこっちを見下ろしていた。笹良の気配を察したのか?
「眠れないのか」
ん、と笹良は頷いた。
どいてっ、と総司を押しのけて、勝手に部屋の中へ侵入を果たす。
「困ったお子様だ」
総司が呆れたように言った。
うるさいっ。
笹良はもぞもぞとベッドの上に乗って、えい、と転がった。
「笹良も飲む!」
缶ジュースの甘い香りがする。美味しそうだ。ピーチっぽい匂い。
「馬鹿。これはジュースじゃない」
総司が濡れた髪をかきあげつつ、缶ジュースを持ち上げた。
よくよくその缶を見ると、どうも缶カクテルらしかった。お酒か。
「お酒くらい、飲めるぞ」
笹良は威張った。カクテルってちょっとぴりぴりするけれど、ジュースみたいに甘くて美味しい。
「酔っぱらうだろ」
ふん、と笹良はそっぽを向いた。酔うもんか。
総司がベッドの上に腰掛け、笹良と向き合った。
「飲む、飲むっ」
何て言うか、人が飲んでいると欲しくなる、というのは人間の心理だ。
「駄目だ」
「一口だけ!」
必死にせがむと、総司が苦笑した。
「一口以上は飲むなよ」
手を伸ばすと、総司が缶を口元にあてがってくれた。くぴ、と一口飲んでみる。甘い。夏の夜は缶カクテルに限るな!
くぴくぴっと自分で缶を押さえて二口、三口。
「こら、もう駄目だ」
缶を取り上げられてしまった。狡いっ。
「お前、酔うだろ」
そう言って総司は、一息に缶カクテルを飲み干してしまった。姑息な!
「意地悪だ!」
叫んで、どつこうとすると、くらっと目眩がした。顔が一気に熱くなってくる。頭の奥がぴりっとして、ふわふわ。
「そら見ろ」
こんなに早く酔ったりしないぞ!
「よ、酔ってないろら」
ううっ、何か口が回らない。
「……これだけで酔うか? 普通」
総司が呆れた笑いを零した。
「じ、じ、自分らって、酔ってふくせにー」
笹良は指をさして怒ったけれど、力が入らない。
「ああ、そうかもな」
総司が缶を床に置いたあと、笹良の頭を引き寄せた。むが? と思っていると、とすんと総司の膝に頭を軽く押し付けられた。膝枕かっ?
「眠らせてやるから」
うー、眠くはないのだ、くらくらするだけで。
お風呂上がりなせいか、総司はいい匂いがいした。缶カクテルとは違う、体温を伴った甘い匂い。
さらさらと髪を撫でる指の感触が気持ちいい。
「笹良?」
「んぐー」
寝た振りをしてみた。押しのけられたくないから。
髪を撫でていた手がその内柔らかく肩を撫で、頬に触れてくる。石けんの匂い。幸せな香りだ。
お酒のせいで心臓がどきどきとしている。
頭を乗せている太腿にすり寄ると、ふと手を取られた。
指先に押し当てられた、柔らかく不思議な感触。
温かい、奇妙にざわめくような気持ちがせり上がってきて――
そこで、ほわりと意識が途絶えた。
My dear ; cute[5]
いい匂い。あたたかい。
頬を押し付けると、ふわふわと髪を梳かれた。
便利な毛布だな、髪をとかしてくれるなんて……、と考えたけれど、そんな毛布あるはずがない。
むう? と片目を開けて状況を窺ってみる。
動く毛布なんて、この世にあるだろうか?
「起きたのか?」
……毛布が喋った。
「おい、笹良?」
「……?」
あれ?
ぎょっとして飛び起きかけたところを、大きな手で遮られてしまった。
「そ、そそそそ」
「そ、がどうした」
違う、総司、と言いたいのだ。
あれ、あれっ。
「寝惚けているなら、ちゃんと寝ろ」
どういう理屈だ?
いや、そんなことよりも。
「なんで……総司は笹良の部屋にいるの?」
「馬鹿。お前が俺の部屋にいるんだ」
そうか。成る程。
などと感心してどうする。
あたたかい毛布、と思っていたものは総司の胸で、感触のいい枕と勘違いしていたのは総司の腕だった。
「お前、カクテル飲んで、そのまま寝たんだよ」
とても近い場所から、お兄様の声が降ってくる。恐る恐る視線を上げてみると、ぎゃっと言いたくなるくらい間近に総司の顔があった。
ななな何で一緒に寝ているのだ。
……カクテル、飲んだって?
意識がまだ現実に追い付かない。
「いいから、何も考えず寝てろ」
「うう」
「ほら、寝ろ」
あやすように背中をさすられて、また眠気が押し寄せてくる。
ああそういえば昔、こんなことがあったような。
安心する。気持ちがいい。
ふう、と吐息を落とした時、枕にしていた腕が少し動いた。しがみつくと、同じ分の強さで抱き返してくれる。
総司の髪が額に触れた。背中を撫でる手が穏やかだ。
まあいいか。
眠いから、考えるのはあとにしよう。
そう思って、寝言みたいな呼吸をしたら、総司がくすりと笑う気配が伝わった。
「おやすみ、笹良」
●END●
(小説トップ)(she&seaトップ)