神か悪魔か

 町には顔があった。
 巨大な岩山を遠くから眺めた時、その全体像がまるで一つの生き物として映るように、煉瓦作りの建物や立ち並ぶ木々の陰影が、それぞれの町に表情を与え、生き生きと見せていた。
 それぞれの町の特色によって、顔の形も様々だった。
 古い町は柔和な老人の顔を持っていたし、
 新しい町は、まだ幼子の顔をしていたし、
 活気のある町は、いたずら好きな若者の顔をしていたし、
 静寂を好む町は、賢者の顔を持っていた。
 
 
 ある日、他の町達から長老と呼ばれる町に、戦の火種が上がった。
 血気盛んな若者の顔を持つ町に住む人間達が、長老の町に戦を仕掛けて、攻め込んだのだった。
 他の町達は「おやめ、おやめ」と必死に懇願し、戦闘をとめようとした。
 だが、戦を好む町は鼻で笑い、この世は強き者のためにあると言って、取り合わなかった。
 他の町達は打ちひしがれ、長老に悲しい眼差しを向けた。
 時はまだ、夜の名残をとどめていて、忘れ去られた朧げな月がぽかりと空に浮かんでいた。
「長老、長老」
 町達は呼びかけた。
 長老の町に住む人間達の殆どは、戦火を恐れて既に脱出していた。とどまっているのは、動けぬ老人や病人、そして彼等を最後まで守ろうとする一部の悲壮な覚悟を決めた若者だけだった。
 ひっそりと静まり返る長老の町は、まるで廃墟の町のように見えた。
「いいのだよ、これでいいのだよ」
 長老は呟いた。
 そうして、馬を駆り砂埃を舞い上げて接近する軍隊を見つめた。
 まるで白蟻の群れが押し寄せて、砂山を食い荒らそうとしているように見えた。
 他の町達は、その悲しい光景を眺めて「ああ」と嘆いた。
 小さな、小さな人間達が群がって、長老の温和な顔が、ぼろぼろと崩れ落ちていく。
 建物の崩壊、なぎ倒される木々。
 砕けた破片は、見守る町達の目には、長老が流す最後の涙のように思えた。
「人が死ぬように、我々もいつかは死ぬのだねえ」
 まだ幼い顔をした町が、沈鬱な声で言った。
 砂塵が舞う長老の町は、正午を迎える前に崩壊した。
 
 
 きっとそこには、人間達の手で、新たな町が作られるのだろう。
 やがて何百年が過ぎた時、また人々は戦を起こし、町を破壊するのだろう。
 ああ、そして再び、新たな町を?
 
 
「人は、神なのだろうかね」
「それとも、悪魔なのだろうかね」
 壊滅した長老の町で、勝鬨を上げ歌い騒ぐ兵士達を眺めながら、町達は囁いた。
 しばらく後、いつもは柔和な老人の顔をしている町が、厳かにこう言った。
「いいや、人はただ、ヒトでしかないのだよ」
 
 
 崩壊を恐れるあまりに、自らの手で破壊し、
 愛を知りながら、破滅を望み、
 他人を傷つけて、自らも血を流し、悲しむ、
「そういった、儚いヒトなのだよ」
 
 
 神の顔をした太陽は、無言で全ての町と大地に光を与えていた。
 遠く遠く、兵士達の歓声が、空に溶けた。



end.

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