恋愛宣戦
夢か現か幻か。
私は多分、人生最大と言ってもいいような、波乱の日を迎えている気がする。
場所は、私の教室。
今はお昼休みで、クラスメイトがお弁当を広げて和気あいあいとお喋りする時間。……本来ならね。
いつもの騒がしさが皆無の教室内は「いつ爆弾が投下されるだろう…」という感じの緊迫した空気に包まれ、凄まじい沈黙が降りているんだ。
それもそのはず。
だって私の隣には。
――水屋先輩と、久能先輩がいて。
私は身を強張らせつつも、目の前に座って黙々とお弁当をぱくついている友達のイリちゃんへ、ヘルプの視線を必死に送った。イリちゃんは爆笑を堪えているのか、それとも触らぬ神に祟りなしと思って戦々恐々としているのか、交差した視線を一瞬で外し、不自然な速度でお弁当を食べ続けていた。ひどいよ、イリちゃん。私達、親友じゃなかったの。
胸中でショックを受けていた時、隣に座っている水屋先輩が柔らかく目を細めて私の顔を覗き込んできた。
「食べないの?」
「うひゃぁっ、あああ」
水屋先輩の問いかけに、私はつい奇声を発してしまった。
ああ、涙が出てきます、先輩。
どうしてこんな恐ろしい状況が生まれてしまったんだろう、と私は遠退きそうになる意識の中で自問した。
天地がひっくり返ったみたいな衝撃。私は久能先輩が好きで、その久能先輩は幼馴染みの水屋先輩と恋人同士だと思っていて。私は自分の恋心に終止符を打つため、玉砕覚悟で久能先輩に告白しようと決心したんだ。
ところが、ところが!!
夢にも思わない壮絶な展開が待っていたんだ。
高嶺の花という言葉が誰より相応しいクールビューティな水屋先輩が、わ、わ、わ、私のことを好き、って宣言して……!
というか、水屋先輩は女性で。
勿論、私も女。
ありえない、信じられない、冗談であって欲しい!
と心底切望しているけれど、このとんでもない現実を見る限り、もう否定できない気がする。
水屋先輩はとても奇麗なさらさらとした長い茶系の髪を、男子生徒みたいにばっさり切ってしまったんだ。その上、服装までも男の子が着るものに変わっている。
もともと水屋先輩は、ファッション雑誌から抜け出てきたみたいに容姿端麗な人なので、男装してもすごくよく似合っていて違和感がなかった。もう完璧に美青年しか見えないのは、仕草や態度、微妙に言葉遣いまでがこれまでの上品かつ清楚なものから別の性質へと変化したせいだと思う。はっとするくらいミステリアスな雰囲気を醸し出しているんだよね。
以前の格好も勿論奇麗だったんだけれど、雲の上の人って印象が強くてどこか近寄り難かった。今は男装しているし、言動もワイルドになってしまったせいで、ちょっと砕けた感じと色っぽさがプラスされている。
鬼の撹乱……、なんて失礼なことを私は思ってしまった。
ここまでされたら、もう冗談として笑い飛ばせない。
恋敵と思っていた奇麗な年上の人……しかも同性から、まさか愛の告白をされるなんて、神様、あんまりです。
私はそっと嘆きの吐息を落とした。すると、私の様子を観察していたらしい水屋先輩が小さく笑った。きっと魅力的な笑みを浮かべているんだろうけれど、とても見れない。
「西田さん、今日も可愛いね」
「!!!!」
教室の隅の方から、ぐふっと誰かが口にしていたお弁当を吐き出す悲壮な音が聞こえた。
一瞬、イリちゃんの箸を持つ手も、固まったと思う。
私は勿論、硬直した。
片足を椅子に乗せて男の子みたいな座り方をしている水屋先輩は、先程から私の髪をずっと撫でているんだ。もう絶句せずにはいられない感じだった。私の勘違いだと思いたいけれど、髪に触れる水屋先輩の手つきが妙に艶かしいというか、ただ事ではない思惑が込められていそうで、どうしても緊張せずにはいられない。教室内に満ちる異常な緊張感は、水屋先輩の恐ろしいスキンシップが原因に違いないもの。
というより、あの奇麗な水屋先輩が、いきなり男装して私に過剰な……異常なかまい方をしている事が何よりの衝撃だし驚異だと思う。しかも水屋先輩ってば、周囲の視線が全く気にならないのか、取り繕う素振りも見せずに堂々と単刀直入に、その……すすすす好きって言うし!
「食べないの? あ、食べさせてあげようか?」
むぐぅ、とイリちゃんが奇妙なうめき声を発していた。
私の髪に触れつつ爆弾発言を次々と投下する水屋先輩を、誰かとめてください。
……うん、多分水屋先輩の暴走を阻止するために、久能先輩までここにきてお弁当を食べているんだけれど、もう私と同じように死にかけの顔をしている。
「んー、西田さんが食べさせてくれるっていうのも、いいなあ」
ひぐふっ、とお弁当を喉に詰まらせたらしい誰かの呻き声がまた聞こえた。新たな犠牲者が続々と増えています、先輩。
なんかまるで熱々のカップルみたいな会話なんですけれど、逆にそれが怖いです。
なまじ水屋先輩が格好いいから、何も言えなくなってしまう。男子生徒は複雑そうというか無念そうな顔をしているけれど、女子の方は結構熱心なきらきらした目でこっそりと水屋先輩を見ているんだ。男装の麗人って女の子の憧れらしい。
ちなみに、廊下にもギャラリーが……。
凄く視線が痛くて、食事どころじゃない。クラスメイトの視線はともかく、廊下から発される「何で水屋先輩と久能先輩があんたなんかに……」的な鋭い光線が辛すぎる。ストレスで胃潰瘍になりそう。
私、久能先輩を好きだったのに、それどころじゃない状況だ。
「放課後、二人でデートしようか?」
大胆過激な水屋先輩の台詞はとどまることを知らないらしい。
あああ、水屋先輩、一体どうしてしまったんですか。隕石の落下で精神の針が振り切れたとか。今までの水屋先輩は消滅してしまったんですか。
「西田さん、こっちを見てくれないかなあ。私は西田さんの可愛い顔が見たいのだけれど?」
「ひぃ!」
がたがたっと誰かが椅子から落っこちたらしい痛そうな音が聞こえた。
私は半分ほど意識を飛ばしながら、ぎくしゃくと水屋先輩の方へ顔を向けた。ぼうっと見蕩れてしまうくらいの端正な顔がすぐ側にある。雑誌のモデルみたいな完璧な微笑。す、凄すぎます、先輩……!
「今日も好きだよ、西田さん」
げふぅ、と誰かが卒倒する音が聞こえました。
ああああ、先輩、私も瓦解しそうです!
「みみみみ水屋先輩、あの」
「何?」
首筋が痒くなりそうなくらいの甘い声とうっとりした眼差しに、私は気絶しそうになった。犯罪です、先輩。ある意味、人間凶器のようです!
助けてイリちゃん、あとでおごるから!
と私は再度、目の前でお弁当を食べているイリちゃんに無言の訴えを送った。
イリちゃんは覚悟を決めた武士のように、やけに丁寧な手つきで箸を置き、水屋先輩に顔を向けた。
「あの、お楽しみのところ、お邪魔をしてすみませんが、水屋先輩」
イリちゃんの固い呼びかけに対して、水屋先輩は以前の上品な微笑を見せた。……私の髪に触れながらだけど。
「何かな?」
「ええと、その、先輩は、冴のことが、好きなんですか」
イリちゃん、なんて直球的な質問を。
「うん」
水屋先輩は即座に頷いた。どよめきなのか悲鳴なのか分からないざわめきが広がった。
「その好きって言うのは、ゆ、友人の範囲として」
「じゃないね。一般的な意味としてよく言われる『恋愛』の好きだけれど」
吹雪が、氷雨が、台風が教室に!
「れ、恋愛、ですか」
イリちゃん、確認をしないでいいから!
「この間、滝生にも説明したんだけれど、もう少し詳しく言おうか? 私の言う恋愛の好きとは、肉体的欲求を伴う感情だね。ああ、勿論心と身体は密接に結びつくものだから、どちらかが欠けても意味はない。簡潔に言えば身も心も私に全て預けてもらいたい。古風に言えば、純潔を捧げてほしいとなるかな。直接的な表現をするならば、下校後ラブホに行」
話を聞いていた久能先輩が、がつっ、と額を机にぶつけたあと、翻訳不可能な声を上げて、生徒全員の魂を天国へ飛ばすほど威力のある水屋先輩の危険な台詞を遮った。
「やめろ陵!……今、この教室に大量の悪霊が発生したぞ」
「馬鹿な。悪霊は発生するものではない。この世に恨みを残し成仏できなかった魂が彷徨って人々に害をなすものなのだから、正しい表現は」
「違う! 悪霊出現時の正しい言葉を知りたいわけじゃない。お前以外の誰も問題にしていないぞそれは」
久能先輩の仰る通りだと思います。
「あの、またしてもお邪魔をしてすみません。お話は心臓が停止しそうになるほどよく分かりましたが、ええと、冴は一応女の子ですし、そのう、先輩も……」
睨み合う二人の先輩を眺めていたイリちゃんが、冷や汗を拭って更に質問した。
「私も女だね」
あっさりと何でもない事のように水屋先輩は頷いた。その直後に聞こえた「今のところはね」という独白は、意味を考えるのが怖いので無視させてください。
悩めもっと苦悩しろ、と呟く久能先輩の悲痛な訴えに、私は同意した。
「駄目かな? 私が西田さんを好きになって、恋人になりたいと思うことは、友人として許せない?」
水屋先輩は、思わず手を差し伸べたくなるような悲しげな表情を浮かべて、イリちゃんの顔を覗き込んだ。
ごめんなさい先輩、迫真すぎて逆に裏がありそうな表情のように思えてしまいます……!
私の怯えに気づかない、というより美麗な水屋先輩の表情に陥落したイリちゃんは、真っ赤な顔をして拳をぎゅっと握った。あ、凄く嫌な予感がする。
「い、いいいいえ! 全然っ。恋の前には性別なんて些細な問題ですよ! 私、応援しますぅー!」
悪魔に魂を売ったな、イリちゃん。
「……些細どころか、それが何よりの重大な問題じゃないか?」
という久能先輩の現実的な呟きを、水屋先輩は爽やかな微笑で一蹴した。
怖い、その微笑みが私はとても怖いです!
「ありがとう、西田さんの友達に認めてもらえるなんて、本当に光栄だなあ」
「そんな、先輩、水臭いです! もうじゃんじゃん聞いてください、冴の情報、いくらでも流しますから!」
イリちゃん、友情が壊れたね……。
「嬉しいな、入江さんって言ったっけ? 君は優しい子だね」
水屋先輩は背後に薔薇が咲きそうなくらいの艶美な微笑を浮かべて、イリちゃんを見つめていた。先輩、その微笑が私には悪魔の誘惑に見えます。
イリちゃんは間近で目撃した水屋先輩の微笑に負けて、小指を立てつつふらっとした。こうして味方を着実に作っていくのですね、恐ろしい人です、水屋先輩。
「陵。下級生をたらし込むのはやめないか」
久能先輩が机に肘を預け、指先でこめかみを押さえてそう言った。
「失礼な。私は西田さん以外の子を誘惑しない」
水屋先輩は少し眉をひそめて、断言した。
できれば私のことも誘惑しないでもらえると嬉しいです。
いえ、そもそも私が誘惑対象という時点で間違っていると思います。
「冗談にも程度ってものがあるだろう。下級生をからかうつもりでこんなことをしているなら、もう十分だろ?」
真面目な顔で久能先輩が言った。けれど水屋先輩は、いっそ残酷とも言えるような冷たい微笑みで反撃する。
「何を言う。私は本気だよ。未来を唯一不確定なものへと変える魂の叫び、それが恋だ。私は恋に従うことに決めた」
「西田を困らせるなよ」
「西田さん本人が迷惑と言うのならばともかく、滝生に指図される覚えはない」
「お前な」
「滝生には関係のないことだよ。これは私と西田さんの問題」
きっぱりと水屋先輩は線を引いた。眩しく見えるくらい毅然と久能先輩に告げる水屋先輩は、周囲から感嘆の声が漏れるくらい格好よくて、私はなんだかどきどきした。って、同じ女性なんだってば!
「俺に関係ないって?」
久能先輩はすうっと表情を消して、厳しい眼差しで水屋先輩を見返した。
――あ、本当に久能先輩、怒っている。
「そうか? 関係がなくはないだろう?」
私は変な具合に胸が苦しくなった。すごく居心地が悪くて、指先が感覚をなくすくらい嫌な予感がした。
「ない。全然関係はない」
つれない水屋先輩を見つめる久能先輩の目が、一瞬、びっくりするくらい冷たくなった。
「あるさ。俺が今まで、なぜ陵の側にいたと思うんだよ?」
嫌だ。私、その先を聞きたくない――。
耳を塞ぎたいのに、身体が硬直して動かなかった。耳元でどくどくと脈打つ音が聞こえる。
「他の男ならまだしも、なぜ西田なんだ? おかしいだろう。無関係でもないし、納得できない」
「納得してもらえなくても結構」
「よくそんなことが言えるな。俺は、陵の事を」
嫌――!
そう思った瞬間、水屋先輩が立ち上がって、久能先輩の口を片手で塞いだ。
「それ以上言ったら、コロス」
水屋先輩の低い囁き声が辛うじて聞こえた。
久能先輩は凄い目で水屋先輩を睨んでいた。
最後まで聞かなくても、久能先輩が何を言いたいのか、分かってしまう。
そうか、そうだよね。
好きなんだ、水屋先輩の事。
当たり前だよね、水屋先輩はこんなに奇麗で、頭もよくて、何でもできてしまう人。
側にいて好きにならないはずがないもの。
そんな事、分かっているのに。
嘘、私、泣きそうかも。
凄いショック。何か駄目。死にそう。
頭ががんがんする。どうしよう。ここにいたくない。
忙しなく瞬きを繰り返して、何とか涙がこぼれるのを防ごうと思ったけれど、本当に力が入らなくて。
あと数秒で大泣きしそう、と思った時、ふわりといい香りがして、柔らかい腕が首に巻きついてきた。水屋先輩だ。
「私の心と身体は西田さんのもの。他の誰にも渡さないし渡せない。私に二言はない」
……うぅ、複雑な気分になって、涙がとまってしまった。
私は恐る恐る視線を上げた。睨み合う二人の格好いい人。でも久能先輩の顔はひどく強張っていて、辛そうで、たまらなくなる。好きな人を見る時の目で、水屋先輩と向かい合っている。強くて奇麗で、切ない目だ。
その目が、ゆっくりと私の方を向いた。
何だか、一瞬きつく睨まれた気がして、心臓が凍り付いた。
嘘ぉ、何で!?
と死ぬほど驚いた瞬間、すぐ理由に気づいて目の前が真っ暗になった。
わ、わ、私、久能先輩の立場からすれば、恋敵になるじゃない!
嘘だー!! と私は内心で絶叫した。
好きな人から敵視されるなんて、滅茶苦茶悲しすぎる! っていうか、痛すぎる!
ああ、まさに絶望的な気分、私、立ち直れないかも。
「――そうか」
胸にざくっと突き刺さるような低い声で久能先輩が私と水屋先輩を交互に眺めた。
絶対、完全に憎まれた。嫌われた。邪魔だと思われた!
私、もう生きていく自信、ないです。
「成る程。だったら――」
ぞっとした。私の顔に、久能先輩の視線が止まる。炎を宿しているような目が、愕然とするくらい冷酷に見えた。
「俺にも考えがある」
「何」
怪訝そうな表情を浮かべる水屋先輩に、久能先輩は残忍に映るほどの冷笑を見せた。
もしかして、久能先輩、キレてませんか。
「なあ西田」
「あ、ああ、は、はいっ」
条件反射で返事をしたら、久能先輩が、笑った。いつもの穏やかな笑みとは全く違う、意図的な甘い微笑だった。私は状況を忘れて、ぽかんと見蕩れてしまった。うわあああ、どうしよう、やっぱり格好いい。顔に身体中の血が集まって熱くなる。
「西田、俺のこと、好きなんだよな?」
「え……?」
何を聞かれたのか、すぐには理解できなかった。
私に抱きついていた水屋先輩の腕が少し震えた。目の端に、仰け反って怯えるイリちゃんの姿が映った。
「どう? 西田」
「え、え?」
「滝生――今すぐ全身に百本の杭を打たれたいか?」
あ、あ、あ、水屋先輩も、ぶちギレしていませんか!?
「陵。お前の理屈でいけば、俺が誰と付き合おうと、関係ないよな。俺を好きだと言ってくれる子と付き合っても、お前は文句を言えないはずだ」
水屋先輩は目を見開き、身体を固くした。ざわざわっと音がしそうなほど水屋先輩の気配が変わる。
「コロス、滝生」
殺人者モードに突入してます、水屋先輩!
ギャラリー達でさえ硬直する中、久能先輩は壮絶な微笑みを浮かべて、悠然と腕を組んだ。久能先輩までが、別の何者かに豹変してしまった気がする。
「幸い俺は今、誰とも付き合っていないわけだし」
と、久能先輩は意味ありげな眼差しで、闇色の気配を漂わせる水屋先輩を見回した。
「西田。俺と付き合――」
「それ以上言うと、ナチスが編み出した拷問手段で今すぐお前を処刑する」
うわぁ、それは凄く嫌です、想像すると。
じゃなくて。
ええー!!
今、久能先輩、何て言ったの!?
「狂ったか、滝生」
「煩い。血迷ったお前が悪い」
血迷わせた相手って、もしかしなくても、私……。倒れそう。
でもこのまま静観していたら、事態がどんどんとんでもない方へ進むに違いない。
私は悲壮な覚悟を決めて、口を開いた。
「あの、先輩、私の話しを聞いてくだ」
私の言葉は途中で水屋先輩の手により、遮られた。
「お前が馬鹿な事をやめれば、俺は西田に手を出さない」
おおおおぉ、とギャラリーにざわめきが広がった。
嘘、何ですかそれ!
放心する私に抱きつく水屋先輩の腕に、力がこもった。
「悪いが、たとえ西田さんが私を好きにならなくても、私は滝生と付き合わないよ」
西田さんが私に惚れない可能性は日本沈没の確率と同じくらい低いけれど、と水屋先輩は全く根拠のない台詞を追加した。
久能先輩が再び私を厳しい目で見下ろした。私、明日から登校拒否していいですか。
「――いいさ。今はそれで。だが、俺は邪魔をするよ」
不意に久能先輩が穏和な顔を見せて、軽い口調でそう言った。
違う、一見穏やかだけれど、目が戦闘モードに入ってます!
「目を覚まさせてあげよう、陵。とりあえず俺は、西田をオトそうかな」
「ひぐっ」
私は泡を吹いて気絶しそうになった。
私はきっと夢を見ているんだ、全人類の悪夢を一人で見ているんだ、絶対そう。
神様、私は何か大罪を犯しましたでしょうか?
「……滝生、ツブス。落葉を踏み潰すがごとく」
「泣くのは陵だな」
「この私にかなうとでも。鏡を見るべきだ。私の方が断然イケテル。頭のレベル、知性、容姿、性格、どれをとっても一級品。神の寵愛を受けている人間、それが私だ。そもそも私が神レベルだ」
「そうか? だが俺、陵と違って男なんだよな」
火花どころか、二人の間に火の雨が降っています!
台詞も恐ろしいけれど、二人の顔に浮かぶえらく爽やかな微笑が、何より脅威です。
なぜなの、どうしてこんな寒々しいバトルが!
「そういうわけで、西田。よろしくな」
いいえ久能先輩、こんなことになるのなら、私、普通に失恋したかったです。むしろ玉砕した方が限りなく幸せでした。私が今、ナチスの拷問を受けているように思えます。
「たかが性別など、どうとでもなる。ブラックジャックは私の味方だ」
いえ水屋先輩、ブラックジャックは存在しないと思います。
というか、幼馴染みって、性格まで似るんですか……。
私、久能先輩についても大きな誤解をしていたようです。
イリちゃんの「成仏してね、冴」という独白が聞こえると同時に、私は自分の口から魂が抜け出ていく様子を確かに目撃した。
ごめん、悪霊になると思う。
●END●
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