恋愛事件(水屋side)

 青天の霹靂。
 恋とは恐らく、そういった感じなのだ。
 
◇◆◆
 
 私が恋を自覚したのは、まさに恋する瞳を目撃してしまったためだった。
 私という人間。
 才色兼備。容姿端麗。とりあえず四文字熟語の褒め言葉で表現される場合が殆どで、そういった寒々しい賞賛を浴びる度、私はにこりと聖母のように微笑みつつも内心で徹底的に相手をこき下ろし、心のブラックリストに名を記すという実に邪悪なことをしていた。この私をたった四文字で賛美しようなど、全く不敬極まりない。最低でも千文字は費やすべきだ。
 ……といった本音を暴露すれば賞賛どころか殺意をまじえた反感の嵐を巻き起こすこと相違ないが、この年齢になれば普通は嫌でも自分の容姿がどの程度に位置するか理解するだろう。
 大体、小学生の頃から数えきれないほど痴漢の被害に遭っていれば、容貌の美醜に興味がなくたって自分の顔レベルくらい思い知るというものだ。
 度重なる痴漢攻撃によって心の一部が歪曲したためか、私は男という生物が嫌いであった。正直、憎い。処分対象、有害物質として判断している。
 いや、女という生物も男同等にはた迷惑で厄介だと認識している。
 要するに私は極度の人間嫌いであるのだが、人間関係を円滑に保つ為の必須条件とも言える話術や社交性の重要さは十分理解していたので、本音と建前を使い分け感情をコントロールすることを己に課し、日々努力を怠らなかった。無闇に敵を生むより、味方……いや、下僕を多く得て人脈を浅く広く作っておく方が、先々において何かと有利に働くのだ。ゆえに私は大変外面がよく、ウケがいい。他人を騙し掌で踊らせるくらい赤子の手を捻るより容易いことだ。
 同性からは大層憎まれてもおかしくないが、私という人間は馬鹿ではない。私は狡猾だ。更に言えば、傲慢だ。
 しかし長年の努力の積み重ねにより、その傲慢さを謙虚へ、狡猾さを優しさへ、苛立ちを微笑へとすりかえるくらいの完璧な知力、耐久力、演技力を身につけている。団結した女子ほど手強く脅威的な存在はないので、ここで「私は神」などと宣言して地の性格をばらすのは全くもって後先を考えぬ愚民的振る舞いと言えよう。真の支配者とは我を通して恐怖政治を敷くのではなく、普段は相手の自尊心を適度にくすぐりつつも肝心要の時には自分の主張を通すといった、一見従者型、実は黒幕という確固たる不動のポジションを築くものだ。その方が「謙虚だがデキル人間」という好評価を得られる。
 お陰で女子生徒諸君は、私の巧みな意識操作によって、本人ですら気づかぬ内に嫉妬を羨望へと昇華させられているわけだった。
 まあ、このような理由により、自分が思い描いた通りの順風満帆な高校生活を送っていたのだが――。
 この私が恋に堕ち、しかも一目惚れなどといった、人類滅亡に等しい奇跡が現実に起こってしまった。
 私に恋などという最大の危機をもたらした人間の名は、西田冴。下級生である。
 どこにでもいる、ありふれた女子高生の一人。
 そう、私が恋した相手は、同性だった。
 西田は生徒会の役員に任命されるのは初めてのようだった。おどおどして決して顔を上げようとしない役立たずの下級生など、私は最初どうでもよく、眼中にすらなかった。余計な行動を取られて面倒を起こされるより、動かず目立たぬ幽霊ちゃんとして大人しく存在してくれた方が余程仕事がはかどる。
 が、八方美人な副会長もとい幼馴染みの久能滝生が上級生ヅラして、打ち解けられずにいる西田を輪の中にひき込もうと声をかけ、全く余計な世話を焼いたのだった。
 親しげに話しかけられて安堵したのか、そこで西田は初めて顔を上げた。
 ――弱々しい態度。気後れした表情。
 客観的に判断すれば、西田は特に目立つ生徒ではない。正直、この程度の容姿ならばゴマンと存在するだろうし、群衆の中に埋もれてしまえば見分けがつかないに違いない。要するに飛び抜けた美貌や個性などが窺える少女ではなかった。
 だが。
 滝生を見つめる瞳が、一瞬で変化したのだ。
 それはまさしく、恋の目だった。
 鳥肌が立つほど劇的に甘く、切なく、想いが溢れるような眼差し。
 美しい、と私は痺れるような驚きの中、胸中で感嘆した。
 ひたむきに、一途に滝生を見つめる西田を、世界で最も美しい人間だと、そう認識してしまった。視野が二重にぶれるほど、衝撃的な感動を覚えたのだ。世界がまるで花開くように。
 そして私は、羨望を抱いた。――滝生に。
 これほど情熱的で吸引力のある眼差しが、ひたすら滝生一人に注がれているのだ。
 滝生だけが特別。
 この私が視線を奪われ、見つめているというのに、一瞬たりとも西田の視線は揺るがない。
 私の心は次第に黒く染まっていった。これが嫉妬というものかと、本気で焦った。私には生涯持ち得ない卑屈な感情だと高をくくっていたのだ。
 まさか自分が同性に恋愛感情を抱くとは、いくら私であっても即座に受け入れる事ができなかった。
 私は男嫌いだが、女が好きというわけではないのだ。
 それにもし将来、自分が勤務する企業内でトップへのし上がる時に結婚という面倒な儀式が必要となった場合、伴侶に選ぶ相手はまあ滝生あたりで妥協してやろう、などと漠然とながら予定を立てていたため、一瞬私は、この嫉妬は西田に対するものだと勘違いした。つまり、滝生を奪われるかもしれない、という不安による嫉妬が芽生えたのだろうと。
 ところがすぐにその仮定は矛盾があると気づく。私に不安はない。滝生に対する恋愛感情なども皆無だ。幼馴染みであるため、殆ど身内のようなものだった。
 ならば。
 私は目眩がした。
 恋に堕ちた。
 愕然と、理解した。
 
◇◆◆
 
 私は小一時間ほど、煩悶した。
 この私を一時間も悩ませるとは大したものだ、西田冴。
 だがいつまでも悩むのは馬鹿らしい、私という人間に諦観や挫折などといった実に暗い二文字は存在しない。
 たとえ同性だろうが、恋は恋。私は引かない。
 何しろ私は顔もいい、頭脳も最高。否定される要素は皆無だ。
 必ずオトス。
 恋は成就させるものだ。
◇◆◆

 とりあえず、西田が滝生と必要以上に接触しないようさりげに仕組みつつ、少しずつ私という人間の良さを刷り込んでいくといった地味な作戦を水面下にて遂行することにした。無駄な程、時間を費やすのはひとえに西田のためだ。私と違って彼女は普通の思考を持つ少女のため、いきなり告白しても怯えられるか、下手をすれば変態と間違われ敬遠される。
 というわけで、私が卒業するまでに西田の方から告白するようじっくりと意識改革を行う、というのが一応の目標だった。余裕だな、西田の意識を変えるくらい。私に不可能はない。
 しかし、こういった悠長な考えがよくなかったのか。
 まさか、西田が滝生に告白しようとまで思い詰めていたとは――
 それでも運命の神は私の味方だ。当然だが。
 偶然、私が滝生と行動を共にしている時、西田が告白しようとしたのだから。
 はっきり言って、ケーキを両手に持ち、必死な目で滝生を見上げる西田は絶好調に可憐だった。撫で回したいくらいだ。くそう、こんなに可愛く着飾ったのは滝生のためか、なぜ私のためではないのだ、と私は普段の最強生徒会長スマイルを忘れ、本気でキレた。
 おまけに西田は手作りケーキを滝生に渡すつもりだ。
 西田の幸せのためには、私が大人しく身を引き、滝生とうまくいくよう協力すべきなのだろう。
 だが、私は想像してしまった。もし二人がめでたく恋人同士となった場合、滝生は毎日彼女の手作りお菓子にありつくのか。そして、こんなに華奢で愛らしい西田の柔らかく穢れない身体の至る所に触れ、泣き叫びか弱く抵抗する彼女を思うがままに蹂躙……! と憤ったところで私の理性は消滅した。許さん。滝生、死刑だお前は。
 私は西田が傷つくと分かっていながらも、自分の暴走を制御できなかった。というより、これほど可憐な格好の西田をいつまでも滝生の目に触れさせたくなかったというのが本当のところだ。
 西田の手作りケーキを、私は捨てた。ショックを受けて泣きそうな顔をする西田を見ても、全く罪悪感を抱かなかった。心配はない。いずれ必ず私が可愛がって埋め合わせをするのだ。問題なし。
 西田は涙を堪えて、私の予想通り駆け去った。
 滝生が煩く苦情を訴えてきたが、勿論私は聞いていなかった。大体、こいつのせいで、西田の心が私の方へ向かないのだ。敵だ、邪魔だ。
 ……それはともかく、この状況は予定外だったが、のんびりとはしていられない。
 
◇◆◇
 
 帰宅後、私は鏡を覗き込んだ。
 西田は滝生のような顔が好みなのか。
 私はじっと自分の顔を見つめた。大丈夫、イケル。
 滝生より私の方が端正だとも。
 私は砂糖菓子にたとえられるような甘い顔立ちではなく、はっきりとしたクールビューティ系なのだ。都合のいいことに身長もある。私よりも背の低い男が多いくらいなのだ。そのため、私と並んで見劣りしないのは、滝生くらいなものだった。くそ、やはり滝生が最大の障害か。
 しかし西田も趣味が悪いな。これほど美的存在の私がいるというのに、なぜ滝生のごとき軽薄な男に惹かれるのか。やはり性別が問題となっているのか、などと考えつつ私は眉間に皺を寄せた。
 己の思考に浸っている場合ではなかった。
 滝生がヘアカットした店はどこだったか。髪を切ることに微塵も躊躇はない。
 ああ、あとは服と靴が必要だ。女物の服は捨てていい。
 私は完璧主義者でもある。西田のために、どんなことでもやってやろうではないか。
 
◇◆◆
 
 そして翌日。
 私はいつもより早く登校し、校門前で西田を待ち伏せすることにした。
 通学途中の生徒が、門柱に寄りかかる私に視線を奪われ、足を止めている。よし、上々の反応だ。
 私は髪を短く切った。男物の服。仕草も研究済みだ。我ながら、絶句するほどの美青年ぶりである。傷一つ見当たらないこの美貌が恐ろしい。神よ、あなたは素晴らしい人間をお創りになったものだ、最早芸術の域、至高の一品、空前絶後の美しさ。私を映す鏡の中に美が存在すると言っても過言ではない。罪深いな、美とは。
 内心で自分を褒め讃えていた時、想い人がようやく姿を現した。
 おお、制服姿も一段と可愛いが、さすがに昨日の出来事を引きずっているのか、背後に暗雲を背負っている。しかし、スカートが少し短いな。奇麗な生足を他の野郎共にタダで披露してはいけない。あとで注意せねば。生足は私の前だけにしろと。
 などと真剣に考えつつ、俯きながら校門前を通る暗い雰囲気の西田を、低い声で私は呼び止めた。
 ――よし、これは大成功だな。
 なぜなら西田は、微笑む私を見て、どきまぎとした顔になったのだ。見惚れている見惚れている。
 ぎょっとした顔もまた、好みだ。普段のこういった感情丸出しな狼狽加減がどうやら私の好みをくすぐるらしい。そして行動の面白さと、稀に見せる一途な眼差しの落差がイイのだ。
「西田さん」
 呼びかけると、限界まで目を見開いている。
 おはようの挨拶の代わりに、この際唇を奪ってしまうべきか。もうそれもいっそ、ありか?
 私は内心で葛藤しつつ、表情はクールを保ち、薄く頬を染めている西田の言葉を待った。
 西田の顔が徐々に不審そうなものへ変化し、やがて愕然とした表情で固まった。
「水屋先輩ー!!!」
 絶叫する姿もこれまた、好み。
 
◇◆◇
 
「で、どういう事。陵」
 場所は変わって生徒会室。
 西田以外に、滝生や他の生徒会役員まで存在するのが抹殺の誘惑を受け入れたくなるほど途轍もなく目障りだが、仕方ないか。
 全生徒に西田は私のものだと強く認識させ、また牽制もせねばなるまい。脳に刻め、諸君。
「どうって、何が」
 ふふ、驚け、滝生。そして格好いい私の腕に今すぐ飛び込んでくるべきだ西田。熱い夜をくれてやるとも。いや、昼夜というか時間も季節も問わないが。
「その格好なんだよ?」
 私は鼻で笑い、詰め寄る滝生を見返した。
「何のつもりかって聞いているんだよ」
「何のつもりもなにも」
 西田を奪うために決まっているではないか、馬鹿者め。
 私は胸中で滝生を見下しつつ、西田へ視線を向けた。目の保養だな。派手な外貌ではないが、このいたいけで単純そうな表情が、普段は自制している征服欲を刺激してくれて、実にたまらん。言うなれば、野に咲く名もなき花だ。手折ってやる。
「ねえ西田さん」
「は、ははははい!?」
 西田は猫のように飛び上がり、そわそわと私を見つめた。チクショウ、そんな仕草も可愛いなこいつめ。
「この格好、似合ってないかな?」
 低い声かつ甘い声を意識しながら私は微笑をたたえ、混乱しているらしい西田を覗き込んだ。
 年頃の少女というのは、ルックスをかなり重視するものだが、私はその問題を軽くクリアしているはずだ。顔はイケテル、ついでに性格もいい。
 お買い得だな、西田。
 私は胸中で自画自賛しながら、女が好む美的な憂い顔を作った。
 ここでさり気なく切ない溜息を落とすのがポイントだ。
「だって、西田さんは」
 ちらりと視線を逸らしてみる。勿論、意図的な行為だ。
「滝生のこと、好きなんだよね?」
 西田はさあっと青ざめ、直ぐさま真っ赤になって仰け反っていた。表情が豊かな所も益々胸をくすぐるな。
 恐らく、ある事ない事考えて自爆しているのだろう、西田は。
 額に手をおき、ぷしゅっと撃沈しかけている西田を観察する。指が細いな。指輪のサイズはどのくらいか。プラチナもいいが、ゴールドも似合いそうだ。指輪の裏には、互いの名を刻もうではないか。
「き、気絶するかも……」
 西田の独白を聞いて、保健室へ連れ込んで口説くというパターンも面白いと私は思った。
 聴診器で診察。悪戯OKか!? 
「あ、介抱してあげようか?」
 介抱の前に色々やりたいことがあるが、逃げられては元も子もないので詳しく教える必要はないだろう。
「陵。一体何なんだよ。昨日からお前、おかしいよ」
 滝生が焦れた様子で口を挟んだ。ちっ、お前が話すと西田の視線が私から外れるだろう。
「おかしくないじゃん」
「おかしいだろ! 何のつもりだ!」
「――宣戦布告のつもりだけれど?」
「……陵」
「何」
 滝生は勘を働かせたらしいが、信じられないというような恐ろしげな目をして息を呑んでいた。ははあ、気がついたな、私の思惑に。だてに長年幼馴染みをやっていたわけではないな、お前。
「お前、まさかと思うけれど……」
「何?」
「宣戦布告の相手って」
 ほら、言ってみろ。答えてあげよう。
「もしかして……俺、だったりとか?」
 私は笑った。
 
「当たり前じゃん」
 ご明答。
 
「だって、西田さんが滝生なんかにケーキ作るから。まさかこんなに早く西田さんが告白するとは思っていなかったし。私が傍にいれば絶対滝生に近づかないって思っていたんだけれどな」
 甘いケーキ。いつか私にも作ってもらおう。いや、私が作って西田に食べさせてもいい。木漏れ日の下、膝枕で。
 ……膝枕だ、最高。これは是非実現せねばなるまい。
「りりり陵……、陵ちゃん……?」
「滝生、むかつく。西田さんが作ったケーキ、絶対滝生なんかに渡さない。あぁ思い出した。昨日の西田さんはとても可愛い格好をしてたけれど、それって滝生のためだったから、久しぶりにキレたんだよね」
 もうこの辺から私の意識は次の段階へと飛んでいたので、滝生の問いかけには適当に答えていた。
「お、お、お前、陵、早まるな」
「みみ水屋先輩、これは何かのトリックでしょうか」
 あ、勿論、西田の声はしっかり聞いている。
「ねえ西田さん。これのどこが好き? 顔だけだよ、こいつ」
「陵!?」
「あ、ああああ」
「私の方が余程優しいし、成績もいいし、顔も奇麗だし、格好いいよね?」
 全てにおいて、私が上だ。こんなイケテル人間、男だろうと女だろうと他にいるものか。
「えええええ」
 西田が両目を見開き、酸欠状態になっていた。ああ、触りたいなあ、髪の毛に。
「陵、待て、あー! 夢か? 誰か今、俺の現実をデリートしたか?!」
 というか、滝生の存在を今すぐ削除すれば西田はすぐに私の所へ転がり込んでくるかもしれない。
「み、水屋先輩……、あの、あの、わわ私の勘違いだと思うんですけれど、というよりむしろそう信じなければいけない気がすごくするんですけれど……!」
 上目遣いで必死に瞬く西田を、私はじっくりと眺めた。あー可愛いなあ、押し倒すぞコノヤロー。
 などと私が胸中で恋の輝きに身を委ねているとは、西田も滝生も思うまい。
「何、西田さん」
「もしかして、先輩、わ、私のこと、好き、とか……」
 好き。
 そうはっきり言葉にされると、いかな私でも照れるが。
 愛だな、愛。
 
「うん」
「「「――うん!!!?」」」
 
 西田はともかく、室内の隅で固まっていた役員共と滝生の無様な叫びが煩わしい。
 ありえねえーっ!! と滝生が頭を抱えて叫んだ。どういう意味だ。
「陵……! やめろ、お前、今、間違いなく恋する顔でそんな、分かった俺の時間はエイプリルフールだ」
 ははは、恋とは素晴らしいものだ。
「好き」
 と私は言い放ち、恍惚感に包まれながら、放心している西田に最強の笑顔を向けた。しまったな、花束でも持参するべきだったか。
「あの、水屋先輩、私の記憶違いでなければ、久能先輩と順調なお付き合いをされているのではなかったのでありましょうか」
 西田は動揺しまくった口調で、それこそありえないことを聞いてきた。
 確かに私は一時の気の迷いで滝生と結婚してもいいかなどと考えてしまったことがあるが、今となってはもう時効だ。もう西田の誤解をといてもいい頃だろう。
「滝生と、私が?」
 最早西田は涙目になっているが、震える様子がかなり胸にぐっとくる。ああいけない、手に入れたあとは存分に甘やかし可愛がるつもりでいたのに、泣かせてみたいという捻くれた願望が芽生えてきた。
「これとはただの幼なじみ。というか可愛い西田さんが目の前にいるのに、他の人とは付き合わない。まあ、西田さんが滝生を好きだって気づいてからは、わざと滝生につきまとったけれど」
 抱きしめておくか、ここで。いや、ギャラリーが煩いだろうな。
「陵、戻ってこい! いいかお前は女だ。ほらよく見ろ、西田も女だ。ばっちり、ガール。少女。女。な?」
「うん、可愛いよね西田さんはいつ見ても。一目惚れは永遠の輝き」
 そう、磨けば光るダイヤの原石。勿論、私が手塩にかけて磨く。つうか、脱がす。
「一目惚れをダイヤの輝きみたいに言うな!……って、そこじゃないだろ問題は! 女同士だろ、色々と悩むことがあるじゃないか」
「だから何?」
「だ、だから!?」
「分かってるけれど? 女だから、すごい不利なの知っているけれど?」
 私はこれまでソッチの趣味はなかったため、いざコトに及ぶ時、一体何をどうすればいいのか未知だった。大体のところは想像できるが、万が一にも手抜かりがあって西田を失望させるわけにはいかない。失敗するなど私の沽券に関わるし。
 性別の問題などにより西田は消極的な反応を見せるだろうから、多少強引でも理性を吹っ飛ばすほど溺れさせて虜にしなければならないだろう。よし、後ほど研究しておくか。
「待て陵。そうだ俺はきっと誤解している。つまりあれだな? 思春期にありがちな女同士の微妙な友情の一環として」
「違う。恋愛」
「れ……っ」
「具体的に言えば性行為を前提とした心と身体の特別な付き合いであり、独占欲と執着それらを伴う二人だけの秘密の日々を過ごしたいわけで、要約すれば『愛してます』の一言に」
 具体的というより偽らざる本音を吐露すれば、今すぐギャラリーを追い払って西田が混乱している間に既成事実を作り否定しようのない関係を結んだあと、じっくり精神の方も侵蝕……違った、私色に料理して青春を謳歌したいところだ。いや待てよ、ここだとどうも周囲の目が気になって落ち着かないか。余韻にも浸れなさそうだ。では王道的でちとつまらんが、やはり邪魔の入らない自宅に連れ込んで時間をかけつつ楽しみ、心ゆくまでオトして、甘い朝を迎え珈琲を飲むというのはどうだろう。早朝珈琲は情事の後、というのはお約束なのだ。
「わー! やめろやめろ! 聞きたくない知りたくない覚えたくない!」
「自分が聞いたくせに」
「答えるな。考えを改めろ!」
「私だって色々考えている。できるなら少しずつ西田さんの意識を変えようと思ってたんだけどね」
 考えているとも。だがなー、家は確かに好き放題出来るが、和んでしまう分、色気は半減するという欠点があるな。私としては誰もいない夕暮れの教室で、遠くから響く野球少年のボールを打つ音などをBGMにしつつ、密やかな時間を甘く情熱的に堪能したいところだが。
 その場合、勿論制服着用は必須だな。
 制服というのは着るためにあるのではない、脱がすために存在するのだ。
 私はとりあえず、滝生の制服を借りるか。似合うな、私。何を着ても。
 恥じらう西田をゆっくりと手懐けて押し倒す。差し込む夕日の色。これだ。
「俺の中で宇宙戦争が始まった……。頼む誰かブラックジャックを呼んで、陵の意識を手術してくれ」
「あ、ブラックジャックがいたらいいな。もし西田さんが女は駄目っていうなら性転換もありだね。私、誰よりも格好よくなる自信あるし」
 私は別に女のままでもいいのだが、西田は嫌がるか。
 今のままでも私は十分格好いいが、身体が男になっても魅力は変わらない。その方がむしろ好都合かもしれないだろう。西田が喜ぶのならそうするか。まあ、それは卒業したあとでいい。在学中は女のままで行動した方が色々と便利に違いない。
「馬鹿っ、ブラックジャックはやたら法外な金を要求するんだぞ」
「私がその程度のお金、稼げないとでも?」
 私を誰だと思っているんだ。金などそれこそ違法手段であっても必ず用意するに決まっているではないか。大体、私の頭脳、容姿、狡猾さが、清貧な生活を認めるとでも思うのだろうか。無理だ。豪華、裕福、最高潮の未来を築く予定なのだ。西田に苦労をさせるつもりはないし。むしろ家から出さないとも。
 と、私は卒業後の魅惑的な日々を脳裏に描いていた。
 忘れていた。
 滝生に一言忠告しておかねば。
「西田さんは私のものだから手を出すとコロス」
 うーん、性転換しても戸籍の問題があるな。
 結婚=家族。
 養子=家族。
 あ、問題ないか。
「というわけで西田さん」
 花嫁衣装は白無垢とウェディングドレスのどっちがいい?
「悪いけれど滝生は諦めてね」
「ひぃ……!」
 間違いなくオトス。近い内に必ず、滝生を見た時のような恋の瞳に変えてみせる。
 私に不可能はない。
「浮気したら、相手の男は地球の底に埋めるよ。軽く切腹させたあとに」
「ぐふっ」
 滝生の存在がちと困るな。殺ってしまうか?
「とりあえず、ここは健全に手を繋ぐところから始める?」
「……!?」
 いや、手を握るだけで済むか、自分の理性が心配だなあ。何しろ可愛い西田が相手だし。奥手そうな西田をあれこれ調教するのは愉快だろうなあ、未来は素晴らしい。
 私はとても健全な学校内では言えない事を思案しつつ、硬直している愛すべき恋人予定の西田に向かって、特別な笑みを見せた。
「私としては順番を吹っ飛ばしてその先に進んでも、一向に構わないというかむしろ嬉しいくらいかなあ」
 初々しく昼休みに他愛無い話をしたり放課後デートというのも、それはそれで魅力的ではある。
 真っ暗な映画館で触り合い……、こ、これはイイ。思わず血を吐きそうになったくらいだ。
「西田さん――?」
 私が様々なデートのシチュエーションを考えていた時、滝生に引き続き、西田までがふらっと倒れた。
 素早く抱きとめながら、私はこう思った。
 このまま拉致るか、と。
 
◇◆◆
 
 恋とは実に愉快なものだ。
 さて、色々と作戦を練らねばならない。私の魅力に一刻も早く気づかせるため。
 明日が楽しみになってきた。
 
●END●


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