恋愛偽装 ・後編

「悲しかった? そうかそうか、慰めてあげるとも、寂しがり屋な子猫ちゃん」
 いえ、私まだ何も返事をしていません!
 水屋先輩は私の横に並んで座り、片腕を肩に回したあと、もう一方の手で額を撫でてきた。
「あんまり悲しがっては駄目だよ。私の心は西田さんにあげたんだからね。西田さんが悲しむと私の心も痛むんだよ」
「せ、先輩、あの」
「泣いてはいけないよ、さあ空を見上げてごらん。ああ、西田さん、君の瞳は輝く星……知っている? なぜ薔薇があれほど美しいか。きっと西田さんの、情熱を溶かした涙が注がれているからに違いない。そう、その無垢な瞳が至高の美を生むんだよ」
 胸が壊れそうというより、精神がねじ切れそうです。耳元でそんな言葉を囁かれると、背中というか内臓がぞくぞくしてきます。
「私の耳にはもう愛の歌しか聞こえないとも。子猫ちゃんは世界一の怪盗だね、その生足……じゃなくて、その可憐な微笑で、私の心だけじゃなく視線までも奪うんだから。あ、いけないよガール、あんまり微笑んでは。世界を恋に落としてしまうじゃないか。野に咲く花々にまで嫉妬されてしまうよ」
 制服生脚最高、という水屋先輩のとても恐ろしい熱い声が聞こえました。その言葉を、横を向いてぽつっと呟くのはなぜですか。
「微笑みを最初に浮かべた人間はそう、西田さんの姿を見たためなんだ」
 がさがさぽりぽり、とお菓子の袋を開封し食べているような音が今、途絶えた。イリちゃん達、聞いているのなら助けてほしい。というか、先輩、さっきまでの素っ気ない態度は一体何だったんでしょう。
「ねえ、悪魔がさ、誘惑するのが得意なのはきっと、子猫ちゃんの甘く淫らで純情な心を手に入れようと必死なためだね。いっそ子猫ちゃんを檻の中に閉じ込めておこうか、いや、その手に触れられたら、鉄の檻も恥じらって鍵を開けてしまうだろう」
 本当に私、呼吸が苦しいです!
「ああ、何、子猫ちゃん! その潤んだ瞳! 真珠でも落とすつもり?」
 ぐふぅ、とイリちゃんの悶絶しているような奇妙な悲鳴がカーテンの向こうから聞こえた。
「海がなぜあれほど青いか分かる? うん、それは、子猫ちゃんを抱けなくて嘆いているからだよ」
 先輩、息が、息が、できません……!
「そして夏の日差しがこんなに熱いのは、マーメイドな子猫ちゃんの赤裸裸ボディを見たいためなんだ。ほら、浜辺の貝殻を耳に当ててごらん。聞こえるのは波の音じゃなくて、子猫ちゃんに対する求婚の声」
 カーテンの向こうで、がたっと椅子から転げ落ちるような音が聞こえました。しっかりしろ西田の友、という長谷川先輩の声も聞こえる。
「魅惑的な艶かしい眼差し、赤く実った唇、天使が描いた滑らかな頬、未だ官能を知らない吐息、小鳥をとめる白い指先……ねえ子猫ちゃんはもしかして、愛の女神?」
 駄目です私、全身に立った鳥肌から、危険な泡が放出しそうです!
「私のピュアな魔法使いさん、紡ぐ言葉は愛の呪文」
「ひふぅ」
「アダムだって、西田さんを見れば、豊かな楽園を荒れ地のように感じるだろう。そして自らその楽園を出るんだ。ああそう、この世の旅人はきっと、西田さんを求めてさまようんだね」
 魂が今にも霧散しそう、耳が臨終を迎えそう!
「思い出してしまった、放送室の前で会った子猫ちゃんの切なげに震える眼差しを! あの時、すぐにでも抱きしめてラブホに直行……いや、その瑞々しい手を支え、精神的にも別の意味でも慰めたかったよ。くそぅ、なんてエロっぽい表情だったんだ、西田め! 何か、オーラ。うん、悪戯してほしいというオーラが出ていたね。あの時の顔で『先輩、側にいて』とか『いじめないで』とか何とかおねだりされたら、そりゃもう欲望鷲掴み、速攻で蹂躙決定だったな。いっそ穢してしまうか? いいんじゃないかな、もう抑えなくても、私」
「ああああ」
 抑えてください、全力で抑えてください!
「従順な態度も望むところなんだが、ちょっと恥ずかしげに拒む姿も見たいというのが人間の性だ、常識だ、というか最早原則だ。大丈夫、最初の時はね、ベッドの天井しか覚えていなくてもいいよ。二度目があるし。……いや、私以外の何かを目に映すのはやはり許せんな。ずっとこっちを向かせておくか?」
 冴、死なないで……というイリちゃんの掠れた声が聞こえた。
 どうしよう私、なんだか今までになく切実な危機を感じているんだけれど。そうだ、話を変えよう。
「せせ先輩っ。あの、どうして……今日は、私を避けていたんですか?」
 緊張を押し隠して訊ねると、ぶつぶつと壮絶な独白をしていた水屋先輩が僅かに目を見開き、口をつぐんだ。
「……」
 目を逸らさないでください。
「夜、どこかでお茶しようか。うん」
「先輩」
 催促すると、水屋先輩は少し不貞腐れるというか、気難しげな顔をして、ちらっと私を見たあと、すぐに顔を背けた。
「秘密」
「教えてください」
「やだ」
 子供みたいです、先輩。
「私、何か悪い事してしまったんでしょうか。それで先輩、怒っていたんですか……?」
 覚悟を決めて言うと、先輩は何だか複雑な表情を浮かべ、眉をひそめた。
「あーもう、子猫ちゃんは本当に小悪魔だね。そんな顔されたら困るよ」
 ええっ、と私はどうしていいか分からず、狼狽えてしまった。媚びているような表情をしてしまったんだろうかと落ち着かない気分になる。
「だってさ」
 水屋先輩はどこか悔しそうに目を細め、肩にこぼれるウィッグの長い髪をうるさそうに手で払った。
「折角、西田さんが前より懐いてくれたかなあって時に、女の制服着たら元の木阿弥」
「え?」
 微妙に偉そうな感じで腕を組みつつ、水屋先輩が唸った。
「西田さんはさ、男の姿の方がいいでしょう。恰好いい、そういう風にね、ようやく思い始めてくれた時、また女子の制服を着てしまったら、もう」
 と、水屋先輩が視線を落として、ほんの少し……苦しそうな顔をした。
「あの、もしかして、それで」
「完璧に分けて、以前の私をこの期間だけ戻してみようとしたんだけれどね。その間は、西田さんの目を遠ざけて、とかね」
 水屋先輩は苦笑したあと、吐息を落とした。それから苛立ったように、乱暴な仕草でウィッグを外した。短めの髪。制服を着ているためか、髪が短くてもやっぱり奇麗な女性に見えた。
「男に生まれれば良かったかな?」
 そんな――。
 微笑みは一瞬で、水屋先輩はすぐに表情を消し、突然制服のブレザーを脱ぎ捨てた。
「先輩!?」
 慌てる私の横で、シャツもスカートも手荒く脱ぎ捨てる。どうしよう! ともの凄く動揺してしまったんだけれど、先輩は制服の下に、黒いTシャツと同色の短パンみたいなのを着ていた。よ、よかった、裸になるわけじゃないんだよね。
 でも、なんというか、これはこれで露出が多くて結構目のやり場に困るかも。
 先輩、脚長い、細い! 
 何か不思議。制服を着ていた時は女子にしか見えなかったのに、今は中性的な雰囲気なんだ。肉感的ではなく、すらりとスレンダー。勿論、体つきは滑らかなんだけれど、少し乱れた短い髪がかかる目とか、厳しいくらいの表情とか、そういう他の部分がひどく鋭くて、恰好いい。
「我ながら幼稚な思考だなあ」
 落胆しているような台詞に、胸がずきりとする。
「やっぱりね、本当の男が、女子の制服を着るのとは違うな」
 あぁどうしよう、どうしよう。
「先輩、いいんです、きっといいんです。女子の制服を着ていても、男子の恰好をしていても、先輩は格好よくて、奇麗です」
 混乱する中で、私は何かを思うより早く、言葉を口にしていた。きちんと整理する前に出された言葉って、装飾がない分、本音に近いんだ。本物の本音は多分、言葉として練り上げられ、固まる前の、クリームみたいなものだと思うから。
「そう言ってくれるのは嬉しいけれどね、私は社交辞令の類に興味がないんだよ」
 水屋先輩はつまらなさそうに微笑し、ベッドの上に投げ捨てられていたウィッグを手に取ったあと、くるりと回した。
「社交辞令じゃありません!」
 必死に言い募る私に、水屋先輩はどこか冷たさが滲む視線を向け、僅かに唇の端を歪めて笑った。
 冴、負けるな、という妙に白熱した感じのイリちゃんの声援がカーテンの向こうから聞こえた。そのあとにポッキーをぱきっと齧るような音も聞こえる。何だかまるで、私はカーテンに隔てられた小さな舞台に立っている気がしてきた。
「ふーん、でもさ、西田さんが見蕩れてくれたのは、以前の普通に制服を着た私じゃなくて、男物の服を着た私だったんじゃ?」
 意図的なのかどうなのか、今の水屋先輩はすごく意地悪だった。とても複雑な人なんだ。ほんのちょっと前までは、魂を揺さぶるどころか一回転させて遠くへ蹴飛ばしてしまうくらい過激な台詞を放っていたのに、今は不正を許さない監視官みたいに、迷う心を無理矢理引きずり出して暴こうとしている感じ。
「前だって、奇麗な人だなあって、憧れていました」
「滝生の隣にいられていいなあって?」
 冷たい水滴がぽたりと一つ、心に落ちたみたいな気分だった。
 意地悪だ、先輩!
 確かに、久能先輩ととてもお似合いで羨ましいと思ったのは事実だけれど、そういう憧憬とは別に、同性として尊敬できるところがちゃんとあったんだ。凛としていて奇麗な人、恰好いいなあって感動した思いは、たとえ水屋先輩本人であっても声に出して否定されたくなかった。
 私はこういう肝心な時、どれほど模索しても的確な言葉を思いつかないから、ただ悔しい気持ちばかりが募ってしまう。
「結構狙ってたんだけれどな、男の恰好をして滝生の側にいれば、つられるんじゃないかと」
 先輩はわざと、そんなふうに煽るようなことを言っていると思う。
「だからさ、なるべくね、きっちりと男と女の恰好の切り替えをしてみた。混ざらないように」
 先輩が溜息まじりに呟き、関心を失ったという態度で手にしていたウィッグを放り投げた。ウィッグは床に散らばっている先輩の制服の上にぽたんと落ちた。
「私、混同なんてしてません。だって、先輩が女性の恰好していても、男性の服を着ていても、ちゃんと、先輩は先輩だって思っています。もともと、一人の人なんだから、混同とか分けるとか、ないんです」
 水屋先輩が片足を引き寄せて、膝の上に腕を置き、そこに顎を預けて少し上目遣いでじいっと私を見つめた。
「だんだんと言動が男の人っぽくなってきたなあとか、心臓がとまりそうな……あの、なんていうか、すごい言葉だなあとか、色々と考えたりしますけれど、でも、それは心のどこかで、ちゃんと水屋先輩だと理解した上でのことで」
 別人のようになってしまったと思う時もたくさんあるけれど、そう感じる理由は、間違いなく水屋先輩っていう人間を軸にしているからじゃないのかな。だとするとそれって、結局は根本に揺らぎはないっていう証拠になると思う。
「じゃあ西田さん。女の恰好をした私が近づいたら、緊張する? 男の恰好をしている時のようにさ。私のスタイルによって、感情に差異が生じているんじゃないのかな」
 びっくりして背を伸ばした時、水屋先輩が体勢を変えて、私の方に顔を近づけた。
「あ、あの」
「どう? 別感情が芽生えているんじゃないの」
 どういう意味ですか、というか、先輩、距離が!
「今はどんなふうに思う? 普通に、親しい同性の先輩と話をしているだけと思うのかな」
 しなやかに、優しく頬や首の辺りを撫でられて、悲鳴が出るよりも早く、顔に熱が溜まった。きっと胸の中の心臓が全速力っていう感じで回転しているんだ。
 端正な顔が息もできないくらい近くて、強い眼差しも全然逸れなくて。身体を苛むかのような緊張感に襲われ、絶叫したくなる。顔から上、一瞬で蒸発しそうなほどに熱い。
 凝固する私を見つめていた水屋先輩が真面目な表情を崩し、微妙に観察する目をしたあと、なんだか……企みが成功したという感じの嬉しげな顔を見せた。
 あれ、もしかして、私、すごく、すごく!
 墓穴、掘っていないだろうか。
「ふーん、同じなんだ? 服装に関係なく、今も私にときめいてしまっているんだ?」
 ええ!? と私は内心で驚愕の叫び声を上げた。
「なるほど、どちらの私であっても同じように見蕩れると。そしてじっと見られると、赤面してしまうくらい緊張して恥ずかしくなると。この場合の恥ずかしさって、特別だよね?」
「!!」
 策士……! というイリちゃんの感心した声が聞こえた。
「なかなかいい話を聞けたなあ。うん、亀の歩みではあるが、着実によろしい感じになってきている」
 にっこりと水屋先輩が笑った。
 何ですか、一体どういうことですか、この話の流れは!
 まさか、今までの素っ気ない素振りとか意地悪な態度とかも全部計算ずくなんですか!
「先輩、ひどいです!」
「うん、ごめんごめん、私はアフターケアも万全」
 と、明らかに私の憤りを軽くかわして、水屋先輩は再び抱きついてきた。
「気持ちは確かめたことだし、場所が場所だし、もうあとは目的一つ」
 真顔で言うのは反則だと思います。
「だってこの状況、他に考えられることはないじゃないか。為せば成る、為さねば成らぬ何事も。いや、上杉鷹山はいい事を言うね!」
 違います、その言葉はこういう状況の時に使わないでください! 大体、その満面の笑みは何ですか。
 思わず睨んでしまったら、水屋先輩はなぜか勝ち誇ったような顔をした。変なことを言われたから、改めて奇麗だとか恰好いいなどと思ってしまって、見蕩れずにはいられなくなる。
「あー可愛かったねえ、私に嫌われたんじゃないかと怯える西田さんの姿。もし全く私に興味がなかったら、あんな切なく寂しげな表情はしないよね」
 策略家の笑みを見せられ、何だか目眩がしてきた。
「そうだ、押し倒す前にやりたいことが一つあった。うん、制服ミニスカ生脚ゲットだ。上げ膳据え膳。えい」
「わっ、先輩!」
 私は硬直した。先輩がもぞもぞと身じろぎして、ベッドに寝転がり、私の膝に頭を置いたんだ。髪がさらさらと太腿をくすぐる。
「やりました念願の生脚膝枕。私はもう一生枕はいらん。美味そう……いや、柔らかい」
 膝を撫でないでください!
「あ、動いたらその瞬間押し倒すこと決定」
 立ち上がろうとした私を、先輩は笑顔ときっぱりとした言葉で牽制した。
 なんでそう嬉しそうなんですか、私は怒っているのに。
 先輩は少し反省するべきなんだと思って、口を開きかけた時。
「!?」
「いただき」
 と、先輩が!
 わ、私の太腿……膝の少し上辺りに、唇を!
「な、な、な!」
 頭がぐらぐらじゃなくて、がくがくした。太腿に押し付けられた柔らかい唇の感触に、ぴりっと痛みのような衝撃が全身に走る。
 もう指先から魂が放出しそうというか、絶叫が打ち上げられて花火に変わりそうというか、髪の毛が噴火しそうというか、あぁ私、頭が混乱して、何を考えているんだろう!
「はー極楽」
 私は温泉じゃありません!
 水屋先輩は猫みたいにうっとりと目を細めて私を見上げた。私は全身に汗をかいていたし、正常な意識も崩壊しかかっていた。
 耳鳴りまでし始めていたから、誰かが保健室に入ってきて真っすぐこっちに向かい、ばっとカーテンを開けられても、すぐには反応できなかった。
「な……っ」
 という、驚愕の声で、私は我に返った。
「邪魔するな、滝生」
 水屋先輩が、さりげなく私の脚を撫でつつ、のんびりとした声で言った。
 久能先輩!
 私はぎくしゃくとした動作で顔を向けた。一体、自分が蒼白になっているのか、赤面しているのか分からなかった。
 久能先輩は目を疑うといった表情を浮かべ、カーテンを掴んだ体勢のまま固まっていた。その視線が私を捉えたあと、膝に頭を乗せてだらしない恰好で寝転がる水屋先輩の方へ移動し、またこっちに戻ってくる。
 あぁ、水屋先輩、結構微妙な恰好をしているんだった。脱ぎ捨てた制服とか、床に散らばっているし。
 久能先輩は、絶句している私と水屋先輩の顔を見比べ、しばし放心した様子だったけれど、不意になぜか顔を赤くして後退りした。
 私はてっきり、すごく腹立たしげな目で睨まれるだろうと思い、恐れていたのに、久能先輩の態度は何だか変だった。
 ぱっと口元を覆って、そのまま逃げるように出て行ってしまったんだ。どういうことなんだろう。
 唖然として久能先輩の姿を見送っていたら、開かれたカーテンの向こうにいる長谷川先輩と視線が合った。
「男の事情」と、長谷川先輩がこっちの様子を眺めたあと、しみじみとした口調で言った。ぎょっとした顔をして私達を見ていたイリちゃんも、なぜか長谷川先輩の一言に深く納得した様子で頷いていた。
 まだ混乱の最中にいた私はその意味を冷静には考えられなくて、膝の上に頭を乗せてくつろいでいる水屋先輩を戸惑いながら見下ろした。
「青春、ってことだよ」
 と水屋先輩が説明してくれたけれど、益々謎が深まった気がする。
 
●●●●●
 
 その後――水屋先輩はきちんと制服を着直し、生徒会長の仕事に戻った。大谷さん達が保健室まで呼びにきたんだ。
 残りの二日も、先輩は女子の制服で通した。
 でも、日常生活に戻ったら、やっぱり男子の恰好をしたけれど。
 何だか色々とあった明宝戦だったと思う。どちらの高校の総合成績が上だったかというと――残念ながらうちの学校は僅差で負けてしまったんだ。うん、残念。
 
 余談というか、ある意味一番衝撃だったのは、明宝戦の最終日、後片付けをしている時に、久能先輩に色々と聞かれたことだった。
 久能先輩は水屋先輩が好きだから、きっとあんな光景を目にすれば、すごく私に腹を立てて当然だと思い、何も言えずにいたんだけれど。何だか久能先輩の態度は、怒っているというより、どきまぎしているような感じだった。
 久能先輩が最後に「つい色々と想像を……」と思わずという様子で独白し、途中で言葉をとめたことで、私達の間の時間が少しとまった。保健室で水屋先輩に襲われたのか、と訊ねられた時以上に卒倒しそうになったのは気のせいだろうか。
 想像。
 どうして先輩、そこで目を泳がせるんですか!
 
 後ほど長谷川先輩が、「あまり突っ込んでやるな。腹立ちよりも先に、男が持つ純粋な心の琴線に触れたんだ。いや、禁断の園を垣間見て惑乱されたというかな。微妙な年頃なんだよ」と教えてくれた。イリちゃんも神妙な顔をして長谷川先輩の言葉に同意を示し、「隠されたよこしまな思いと恋心の間できっと苦しんでいるから、当分そっとしといてあげよう」と言った。
 言葉の意味を真剣に考えるのが怖いよ、イリちゃん。

●END●


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