恋愛珈琲

 俺の名前は、長谷川満という。
 生徒会本部役員の一人で――実は、俺も副会長だったりする。
 原則として、会長1名、副会長2名、書記2名、会計2名、各種委員その他大勢という構成で、我が校の生徒会本部は成り立っている。俺はどちらかというと影武者タイプで、同じ副会長という立場にある久能のように役員達を統率し仕事を切り盛りするのは不得手だった。第一、水屋に副会長という欲しくもない座を無理矢理押し付けられただけなので、生徒会のためを思って積極的に働く気にはなれなかったのだ。俺は全校行事などの繁忙時以外は幽霊役員に徹する事を誓い、またそれが暗黙の内に許されている男だった。
 なぜ水屋が副会長という役を無精者の俺に回したのか、そしてなぜ俺が通常業務を免除され、生徒会室での転寝可という自由を許されているか。理由はすこぶる単純明快だった。俺の親族がこの学校の理事メンバーとして名を連ねているためだ。
 つまり、教師に色々企画案を提出する際、俺を通すと効果覿面、多少の無理難題も「お願いします。生徒全員の協調性、自主性などを高めるためにこれらの企画が必要なのです。僕達は今、まだまだ未熟ながらも学校の在り方、また社会との関わりについて真剣に……」などといった、論旨は一体何なのか、さっぱり不明確な嘘臭く青臭い未成年の主張を掲げる裏で、「寄付金、裏金、必要だよな?」という政界おなじみの無言の圧力をかける事により、満場一致ですんなり可決されるというわけだった。生徒総会における俺の役割はこれだけだが、それが何より威力を発揮する。校内だろうが社会だろうが、最終的にものをいうのは権力者、弱肉強食のルールは自我の目覚めと同時期に適応されるのだ。実際は、親族が理事メンバーであっても、俺などの言動一つで学校をそう簡単に動かせるはずがないのだが、そこはそれ、心理戦というやつだ。人間とは駆け引きが好きな生き物であるという証明になるだろう。
 とはいえ、副会長など面倒である事は確かだった。それでも引き受けたのは、やはり水屋効果としか言いようがない。ここだけの話だが、俺は水屋に少しばかり好意を寄せていたのだ。水屋との会話は退屈せずにすむ。何て話の合う奴だ、と水屋と接した者は大抵感心し、気を許す。多分、それだけ水屋のリードがうまく利口だという事なのだろう。
 ある意味、とんでもなく狡猾な人間なのかもしれないと思わなくもないが、俺は別にかまわなかった。大体、好意を持ってはいるが、それは親しみや信頼感の延長といった淡い思いに過ぎず、友人関係以上の進展を望んだ事はない。水屋には既に久能がいる。こいつらの間に割り込もうという気概は持てない。俺は恋愛事に向いてない淡白な人間なのだろう。
 平凡だが退屈しない日々。俺は生徒会室の隅に用意された長ソファーに転がりながら、和やかに働く水屋や久能の様子を、縁側で茶を飲む爺のごとくつらつら眺めていた。これはこれでなかなか心地よく、生徒会を次世代の奴らに譲り渡すその日まで続くに違いないと思っていた。
 が。
 平穏に嵐はつきものなのか。
 ある日、水屋が……化けた。
 ――いや、壊れた、という表現の方が適切なのかもしれなかった。
 そして、俺の密かな観察日記が始まった。
 
■■■
 
 放課後の生徒会室。イベント企画作成のため生徒会役員が招集され、柱となるおおまかな具体案を各自提出し決議して、少し休憩を取ろうという話になった時だった。
 生徒会にまだ不慣れな西田が、戸惑いの空気を漂わせつつ飲み物の用意をし始める。その様子が何というか、あんまりぎくしゃくしているもんだから、簡易キッチンとソファー周辺をテリトリーとしている俺はつい手助けしてやるかという余計な仏心を出してしまうのだ。
「珈琲、俺、出す」
 言葉少なく、しかも不機嫌そうな口調になってしまったが、実は俺はかなりの照れ屋なのだ。女子と話す時、心拍数が確実に上がる。
 しかし西田は叱られたと勘違いしたらしく、非常に動揺した顔を見せた。
「西田は菓子、用意」
「は、はいっ。頑張ります」
 俺は我が身の不徳と態度を反省し、フォローするつもりで発言したのだが、どうも口べたでいけない。西田は自分がもたもたしたせいで普段動かぬ俺が仕方なしに口を挟んだと誤解を重ねているようだ。そもそも菓子の用意でそこまで頑張る奴はいない。
 こいつって特に目立つタイプじゃないがじっくり観察すると意外に面白いよな、と俺は思った。
 水屋を抜きにして考えても、西田の鈍臭いふわふわした雰囲気は不快ではない。こいつは多分、将来、俺の縁側友達になれるだろうと踏んでいる。
 缶入りクッキーを震える手で皿に移し替える西田の様子を眺めつつ、密かに和んだ時。
「西田さん。具合が悪いの」
「ひふ」
 爽やかに響く水屋の声。
 出たな真昼の大魔王。俺はよく分からぬ喜びを感じながら内心で呟いた。
「手が震えているね。寒い?」
「ひぃ」
 俺の目の前で、西田に背後から抱きついた水屋が腕を前に回し、そっと手を重ねた。西田は音がしそうなほどぱきっと凍っている。哀れだ西田。俺はなぜか愉快に感じているが。
「温めてあげようか。……身も心も、余すところなく隅々まで心地よく溶ける程じっくりと」
「!!」
 書きたい。俺は珈琲の支度をしつつ、水屋の台詞を書き留めたいと猛烈に悶えていた。水屋が男装し性格まで激変させた日から、俺はパソコンに日記をつけている。いや、観察録だ。
「あ、あ、あの、先輩……」
「何、西田さん。あぁそうか早く温めてほしいとおねだりしているのだね。分かっているとも、官能の幕で包み隠された二人だけのファンタスティック・Harem nightをご所望か。困ったな子猫ちゃん、まだ日が高いというのに。……勿論、その期待には、実力行使という形でお応えするけれど」
「ぐふぅ」
 過激だな水屋、あらゆる意味において超越している、お前の台詞は。
 そもそもハーレムナイトとは何だ。お前の中では、実力行使=和姦なのか。オヤジギャグすらかなわぬ寒い台詞に、俺まで快感なのか憎悪なのか判然としない奇怪な感覚に襲われる。ちなみに今時、子猫ちゃんと言う奴を初めて目にした。
「私の腕の中で恋の羽根を広げ、孵化しなさい西田さん。可憐な蝶に変えてあげるとも。語る言葉はただ一つ、Je t'aime」
 悪い、水屋。俺は一瞬、街灯に群がる蛾を想像してしまった。情景的にあまり美しくない。
「もう二度と私は詩集を開かないよ。西田さんを前にした時、新たな愛の詩が生まれるのだから」
 西田は赤面しながら青ざめるという器用な業で、内心の混乱を示していた。
「魔性の瞳だね、西田さん。瞬き一つで、私の心をとらえるなんて。おかげで真夜中、星の瞬きに見蕩れることはなくなったよ」
 水屋は背後から西田の顔を覗き込み、うっとりと微笑んでいた。どうでもいいが、俺がここにいることを忘れているだろう?
「悪い瞳だね。ふさいでしまおうか、私の愛で」
 水屋、すまん。俺は全身が痒くなってきた。
「せせせ先輩、私、私、心臓がよじれそうです!」
 俺もだ、西田。
「それはいけない。私が治してあげるよ。……ちょっと脱いでみようか?」
「いいいえ、もう治りました完全に!」
 そこで残念そうに舌打ちするな、水屋。
「ねえ、またデートしようね。今度は二人で」
「うひっ」
 デート?
 デートしたのか、お前達? 想像できん。
「それとも夜汽車の逃避行の方がいい? 夜のしじまに響く汽笛、狭い寝台車で静かに手を取り合い」
 いや、それも何か違うだろう。というか、そのノリは最後、「時刻表の罠! OL二人旅・特急列車殺人事件」に行き着くぞ。
 俺は無意識に首を振ってしまった。すると水屋がこちらにちらりと視線を流し、眉を軽く上げた。
「ああ、もしかしてハセに何か嫌がらせされた?」
 ハセとは俺の事だ。
 水屋はにこやかな口調を変えてはいなかったが、「子猫ちゃんに手を出したらお前は、瞬、殺、呪」というダイナマイトのような目をしていた。俺は水屋の邪魔をするつもりは毛頭ないので、もう一度首を振った。
「いえ、副会長は、お茶の用意を手伝ってくれて」
 西田は少し立ち直ったらしく、はにかむような笑みを見せた。
「そうか。でもいいんだよ西田さん。お茶の支度はハセのほぼ唯一といっても過言ではない仕事だからね。遠慮せずにどんどんこき使いなさい」
 確かに西田が用意するより、俺の方が手慣れているので上手だろう。
 でも……、と西田が困惑した様子で戦々恐々と俺を仰いだ。俺は一つ、頷いた。なぜか怯えられた気がする。
「ハセは無表情が多いからね、一見、変態科学者のごとく有害な人種のようだが、根は悪くないよ」
 お前にだけは変態と言われたくない男心を理解してほしい。
「ほらほら、大丈夫、普通に話しかける分には襲ってこないよ。安心して西田さん」
 俺は野獣か?
「もし襲われても、私が呪殺し返すから平気だよ」
「呪……!?」
 西田が卒倒しそうな顔をした。
 俺は呪い殺されるのはどちらかと言えば嫌かもしれない。そうか、襲わなければ問題はないよな、と俺は思った。
「まあ、私としては西田さんがいれてくれた珈琲が飲みたいけれどね。ハセもなかなか上手だから許す」
 それはありがとう、と俺は思い、また頷いた。
「あのっ、でも、私、他の事でも全然役に立っていなくて! せめてお茶だけでも皆に」
 西田は西田なりに悩む事があるのだろう。必死に俺と水屋と珈琲を見比べている。
「仕事、欲しい?」
 水屋の声音が微妙に変わった。
「え?……は、はい」
 たとえ身の危険を感じても、ここで、いいえ、と言えないのが西田なんだな、と俺は売られる子牛を見る思いでまたまた頷いた。
「そうだね。西田さんの仕事を考えようか。徹夜で」
 徹夜が何を意味するのか、知りたいような知ってはいけない禁断の世界のような。
「――おい!」
 突然、大きな声が聞こえて、俺達は振り向いた。
 久能だ。 
「お茶の用意はどうなったんだよ」
 用意の遅さに苛ついた……というより、力ずくで西田といちゃつこうとする水屋を牽制しに来たらしい久能が壁に手をつきながら、俺を軽く睨んだ。久能は相変わらず、格好いい奴だ。
「……久能」
 俺は一歩、久能に近づいた。久能が僅かに顔を引きつらせた。
「何だ?」
「久能は」
「ああ」
「いい男だな」
「……あ?」
 呆気に取られる久能を眺めて、俺は深々と感心した。水屋に釣り合う男だな。
「……もういい、ハセ。お前の言動も予測不可能で俺は恐ろしい……」
「悪いな」
「その反応が普通じゃない……」
 久能は頭を抱えていた。
 
■■■
 
 ようやく珈琲タイムなわけだが。
 この沈黙、緊張感、役員達のはりつめた表情。俺は苦痛なのか愉快なのか分からなくなってきた。
「西田さん、珈琲、熱すぎない?」
「えっ、あ、はい、だだだ大丈夫です!」
 水屋が心配そうな顔を作って、隣に座る西田の顔を覗き込んだ。
「唇、火傷しなかった?……宥めてあげようか?」
「いひぃ」
「待て陵。宥めるって何だ。お前の表現は絶対におかしい! 別の底知れない意図を孕んでいるだろう」
「ちっ、当たり前じゃないか」
「堂々と肯定するな!」
 水屋にこれだけ言い返せるのは、久能くらいなものだろう。大物だな久能は、と俺は思った。打てば響くというか、阿吽の呼吸というか。
「では滝生、お前はいいというのか? 西田さんのチェリーなもぎたてふっくら唇が火傷して荒れてしまっても」
 西田と久能が同時に魂を半分ほど口から吐き出していた。他の役員達も気絶しかけている。
「可哀想に、西田さん。こんなに赤く麗しい未開発の唇が荒れてしまうのは罪だね。それならばいっそ私が先に蹂躙し、この可憐な神域を犯すべきか」
「やめろ、陵! お前の言葉はいかがわしすぎる。十代の女が使う言葉じゃない」
「私の唇は西田さんへ愛を語るためにのみ作られたに違いない……」
 水屋はふうっとやるせない溜息をついたあと、凍り付いている西田の唇をつん、とつついた。すると西田が背中から抜け出るような悲惨な悲鳴を上げた。
「そして西田さんの唇は私の吐息を受けとめるためだけに存在するのだろう。歌いなさい、そして泣きなさい、いや、鳴きなさい私のヴィーナス」
「駄目だ、俺の中で一揆が多発し始めている……! 最近俺は、本物の恐怖を知ったよ」
 西田を抱きしめようとする水屋を、久能が必死に留めていた。西田は既に天国を見つめている。他の役員達は、成仏しかけている哀れな西田を見つめ、ハンカチでそっと涙を拭っていた。
「西田さんを知った時から、毎日がバースディ。だって、目覚めた瞬間、恋が生まれる」
「あ、ああああ」
「耐えろ俺、このままだといつかライフルを持ち込みそうだ……」
「ねえ西田さん。二人だけのHoly dayに、たった一文字、『I』……愛を加えて書き換えるだけで、それは素敵な二人の休日、秘密のholidayになると思わない?」
 恍惚と囁く水屋の周りは、既に死滅している。
「これ以上聞くな西田! 耳が猛毒にやられるぞ」
「はははい……」
 壮絶に強張った表情を浮かべた久能が、両手で西田の耳を塞いだ。その瞬間、西田が肩を揺らして、ひゃっ、と悲鳴を上げた。
 ――あぁ、そうなのか。
 それまで怯えていた西田の顔が一瞬で真っ赤に変わる。リトマス紙よりも顕著な反応。
 久能の手が耳に触れている事による、恋愛症状か。
 ――これは、まずいなあ。
 俺は珈琲を飲みつつ、水屋に視線を向けた。
 水屋の眼差しが冷酷になり、激しい色に染まる。更には表情も失われている。まずいよな水屋。その顔は。
 俺は軽く音を立てて、珈琲カップをテーブルに戻した。水屋がゆっくりと俺を一瞥した。さすがは水屋、もう顔には作り物の笑みがはり付いていた。
 久能は故意に水屋を挑発しているようだ。複雑な図式が見える。久能が相手では、水屋も不利だろうな。
 西田の意識は完全に久能へ移っている。俺は中立派だが、こうなると、水屋に肩入れしたくなる。
「――滝生。溺死と轢死、縊死、どれが好みだ?」
 憎悪に塗れた水屋の明るい声を聞きながら、俺は皆の珈琲カップを片付け始めた。
「いや、それではつまらないな。もっと辱めと激痛、恐怖、後悔、絶望を与えなければ。それとも」
「――西田って、反応が可愛いよな」
「……何?」
「西田、今度、俺と遊ぼうか? またケーキ、作ってくれる?」
 久能のそんな一言で、西田の肩がぴくりとはねる。無意識の反応だろうが水屋には辛いなと思いつつ、俺はトレイに珈琲カップを乗せ、椅子から立ち上がった。皆、水屋達に気を取られすぎたせいか、殆ど口をつけていなかった。恐らく、珈琲の芳醇な香りを満喫し飲み干したのは俺くらいだ。
 水屋は実に美麗な微笑をたたえたまま、ゆらりと身を起こし、生徒会室にいつからか放置されている玩具の日本刀を手に取った。前会長が修学旅行の土産に購入したものだと噂されている意味不明な代物だ。
 偽物とはいえ、よく出来た造りで、肉を斬るのは不可能であっても十分凶器にはなりえる。
「コロス、滝生」
 水屋、本気だな。
「両手はブチギル。耳を削ぎ落とし目を抉り鼻を折る。その後、胴体八つ裂きだ。そして血塗れの胴体を剣山に見立て、生け花をしよう」
 想像するとグロイな、それは。
 役員達が生徒会室の隅まで後退し、真っ白になっていた。笑顔で毒を吐く水屋が恐ろしいのだろう。
 だが久能は平然とした顔をしていた。
「西田、俺のこと守ってくれる?――陵に殺されそうなんだけれど」
「!!?」
 と、久能が妙案というべきか、これ以上ない安全な退路を確保した。西田を巻き込めば、水屋は止まる。
「……今、西田さんに触ったな、滝生」
「それがどうした?――ああ、西田。俺達、もっと仲良くなろうな」
「ひぅ」
「頭蓋骨、カチワッテヤル。そして屍は鴉の餌だ」
 この二人に睨まれれば、西田じゃなくても目眩がするだろう。
 硬直している西田を引き寄せ、やれるものならやってみろ、という感じの高慢な微笑を久能は浮かべていた。西田は三途の川の前に立っているような表情をしている。板挟みというやつだな。
 水屋の笑みは優しげだが、内心は血塗れのような気がした。
 ……今回は、水屋に協力しよう、と俺は思った。
 トレイに乗せていた珈琲カップの一つを、俺は手に取り、水屋に接近する。そのカップにはまだ珈琲が残っている。とりあえず、水屋を正気に戻すか。
 近づいた俺を、水屋が手当り次第に呪殺しそうな目で見返した。
「飲め」
 俺はカップを、水屋の口に押し付けた。
「気分が落ち着くから、飲め」
 水屋の眼差しが険しくなったが、すぐにはっとした顔になり、カップを受け取った。
 水屋の目から殺意が消滅したのを見届けたあと、俺は他のカップを乗せたトレイを抱えて、簡易キッチンへ向かった。
 久能が疑惑混じりの半眼で、きっと俺の背を見ていることだろう。
 
■■■
 
 珈琲カップを洗っていると、水屋が顔を覗かせた。
 俺は一度、手を止めたが、何も言わず洗い物を片付けた。
「……お前に免じて、今日のところは滝生を生かしておいてやろう」
 振り向くと、水屋が拗ねたような表情をして目を眇め、俺が先程渡したカップを指で弄んでいた。
「水屋」
「何」
「お前は」
「ん」
「男前だな」
 以前の水屋も美人ではあったが、俺は今の姿もいいと思う。前よりも自分を外に出しているからだ。
 俺は決して水屋をからかうつもりで褒めたわけではない。
 水屋もたぶん、それに気がついて、素直な笑顔を見せた。
「まあ、当然だね。私は格好いい」
「ああ」
 俺が頷くと、水屋はカップを少し掲げて、リズムを取るように視線を流した。
「恋の始まりは珈琲ルンバ」
 そんな冗談を言って、水屋はカップに恭しく、口付けた。
  ――口付ける価値はきっとあるだろう。
 
 なぜなら、俺が渡したカップは、西田が使っていたものなのだ。
 
 のちほど久能の絶叫が背後から聞こえてきたが……水屋、今日のところは俺に免じて久能を生かしておくのではなかったか。
 まあいいか。空耳と思っておこう。
 今日も平和だな。
 
●END●

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