【s&s幕間-W;beauty編-】
1話分には満たないネタの集まり。内容的に、娼船が来る前でしょうか。
〈W:beauty〉
「冥華の髪、指通りがいいねえ」
ジェルドはよく笹良の髪を触りにくる。別に髪を触られるのは嫌いじゃないが、ジェルドの場合、何か空恐ろしい真似までされそうな気がするので警戒心を忘れちゃいけないと思う。
「む」
奇麗に髪を梳かしてくれたお礼に、笹良もしてあげようと思い、ぽんぽんっとどでかクッションを叩いてそこに座るよう合図した。ちなみにここは甲板。すぐ隣にはガルシアがいつものごとく揺り椅子に腰掛け、好々爺のごとく微笑みながら、のんびりと煙管の煙をくゆらせている。
「何、冥華、髪いじるの好きなの?」
大人しくクッションに座ったジェルドの髪を掴みつつ、無論だ、と笹良は唸った。女の子だもの、髪の手入れは当然なのだ。
ジェルドも髪をいじるの、すげえ好きそうだ。色んな飾りとか持ってるし。意外に手先が器用だし。
でもジェルド自身の髪は、短すぎず、長過ぎずという感じだ。毛先がちょっと肩につくくらいのラフな感じに仕上げている。ううむ、しかし、このラフ加減になかなかプロの技術が隠されていそうだ、と笹良は内心で感心した。いい腕前だな、ジェルド。
栗色の髪は、ちょっとパサついた感触がした。毎日潮風にさらされているためかなあ、などと思いつつ、無理矢理細かい三つ編みをたくさん作った。小さな銀の輪っかみたいのでパチンととめる。いっぱい作ってやれ。
およそ30分ほどジェルドの髪と格闘し、仕上げたあとに、ふうっと額の汗を拭った。一仕事終えたあとの達成感は素晴らしいな!
「冥華、結構やるねえ」
そうだろうそうだろうっと自信満々に頷き胸を張った。似合うではないか、ジェルド!
「冥華も同じの、やったげるよ」
「む」
と、今度はジェルドが笹良の髪でたくさん三つ編みを作ってとめていく。
さすがジェルド。手慣れているな。
笹良の時よりも早い時間で髪型が完成した。思わずジェルドと顔を見合わせ、にやりと笑う。
「王、似合う?」
「ガルシア、髪、ジェルド、同じっ」
二人で同時に訊ねると、ガルシアが笑いながら頷いた。何だか孫達の様子を見守る祖父って雰囲気だが、まあいいか。
「ジェルド、笹良、思う」
「何?」
「……ギスタ、髪」
こそっと笹良が囁くと、それだけで通じたらしく、ジェルドも、うむ、と頷いた。
「そうなんだよなあ、ギスタの髪もさあ、いじりたいんだけどねえ……」
ギスタってちょっと神秘系な顔立ちをしているので、色々な髪型を試してみたくなるのだが、なかなか言い出しにくい。
そこで思案し、そっとガルシアを窺った。
「ガルシア」
じいっとガルシアを見つめて訴えてみる。ジェルドが成る程! って顔をした。ガルシアを通して髪をいじらせてくれって頼めば、いかなギスタでも断れまいという姑息な作戦を思いついたのだ。
「何を考えているかあまり気づきたくはないが」
「王、冥華の頼みですよ」
「む!」
「仕方がない子達だね。ギスタがもし通りかかったらな、呼び止めてやろう」
王様偉い! と笹良達はガルシアに飛びついた。ガルシアは苦笑した。懐が深いな、海賊王。
と、笹良達二人はうきうきとギスタが通りかかるのを待っていたのだが……。
待つ間に眠気に襲われ、ガルシアの足下で、ジェルドと一緒にクッションに埋もれつつ爆睡してしまったのだった。
〈flower〉
ヴィーの部屋。
今、ヴィーはベッドの上で航海日誌みたいなのをつけている。
笹良はヴィーの隣をごろごろと転がっていた。暇なのだ。
「ヴィー」
退屈に耐えかねて呼んでみたけれど返事はなし。
くそっ、無視したな。
仕返しとして、ぼすっとヴィーの背中に乗ってみた。それでも反応してくれない。
悔しいので背に体重をかけたまま、髪を引っ掴んだり身体を揺らしてみた。
すると。
「あう!」
いきなりヴィーが仰向けに倒れた。ということはつまり、背に乗っていた笹良が下敷きになるということで。
苦しい、負けた!
降参の意味をこめて、笹良は潰されつつ必死に合図した。
「ヴィーっ」
こ、こいつ、寝た振りしてるな!
「重いー!」
泣き声で懸命に訴えると、ヴィーが溜息をついてようやく身を起こしてくれた。窒息するかと思ったではないか!
しばらくは反省して大人しくしよう、と笹良は決意した。ヴィーは不言実行で攻撃をしてくるので注意せねば。
しかし……。
およそ数十分後、決意をすっかり忘れて同じ過ちを繰り返してしまう笹良だった。
〈仲良し〉
「お前らな……」
ジェルドと二人でヴィーの部屋を独占しつつ遊んでいたら、色々な物を散らかしすぎてしまった。
ヴィーが部屋の惨状を目にし、怒りを通り越して脱力した様子で嘆息した。
「ヴィー、悪い」
「そうそう」
笹良の言葉に、ジェルドがすぐさま同意する。
「ヴィー、遊ぶ、ない。無視。ジェルド、偉い」
ヴィーは遊んでくれないけれど、ジェルドはちゃんとかまってくれるので偉いと言いたいのだ。
「そうそう、俺の方が偉い」
「む」
「ヴィーは愛想が足りないよな」
「む、む!」
全くその通りだ、いいこと言うな、ジェルド。
「それに嫌味が多いし」
「むう!」
「すぐに手が出るし」
「むむむっ」
「都合の悪い話は聞こえないふりするし」
「むっ」
「でもこう見えて、意外に俺達のこと可愛いと思っ」
とジェルドが笑顔で言いかけた時、ゆらっとヴィーが接近してきた。
ジェルドだけじゃなくて笹良までも襟首を掴まれ、そのままぽいっと部屋の外に捨てられてしまった。
横暴な!
「本当のこと暴露されて照れてるんだよ」
成る程、素直じゃないからな、ヴィーは。
とジェルドと二人でほくそ笑んだ時、ヴィーが無言でナイフを取り出した。
やべっ。
笹良とジェルドは騒がしく叫びながら逃亡の旅に出た。
〈薬〉
サイシャは頼りになるお医者さん。
何やら不気味な薬を色々と調合していたようだけれど、少し疲れたのか、ふうっと溜息をついて義足をつけている方の足を押さえた。
そうだ、と思いついて、船室の隅の方にあった丸椅子をよいせと担ぎ、ガルシアの部屋からぶんどってきたクッションで机との高さを合わせたあと、サイシャの前に置いてみた。
サイシャは、おや? とちょっと驚いた顔をしたあと、細い目を更に細くして笑った。
「ありがとよ」
ゆっくりと丸椅子に座って、また皆のための薬を作り出す。
お疲れさま、船のお医者さん!
〈My star〉
ゾイは結構、恰好いい。そう思うのは笹良だけじゃないみたいで、下っ端海賊くんも密かに、ゾイみたいになりたいと憧れを抱いているらしいことが本日、判明した。
冷静沈着だし、さりげなくフォローとかしてくれるし、あまり威張らないし。む、下っ端君達が慕う理由が分かるな!
ちょっと仲良くなった下っ端海賊くん達の会話に耳を傾けてみた。
「男らしいよなぁ」
「切れ者だしな」
「何より、俺達のような下の奴に、無茶を言わねえしな」
「だが、古参の奴らは、どうも敬遠しているんだよな」
「どうしてだよ?」
「さあ」
「けっ、妬んでるだけじゃねえか」
成る程成る程、と頷きつつ、笹良は下っ端君達と一緒になって、ゾイの様子を遠くから覗き見た。ゾイはギスタと一緒にいて、何やら小難しい話をしている様子だった。
ギスタのことは皆どう感じているんだろう、と思い、訊ねてみた。
「あー……」
「あの人は、謎だよな」
「強ぇよな」
「……怖ぇよな」
「まあな……」
微妙な返答だな。よし、ヴィーやガルシアについても訊ねてみようか。そう企んだ瞬間、下っ端海賊くん達が全員、笹良の背後に視線を向けて硬直した。何だ? と思って振り向くと、ギスタとゾイが不審そうな表情を浮かべてこっちを見下ろしていた。
「先程からなぜ覗き見ている?」
と、あまり抑揚のない声でゾイが言った。ばれてたのか。というか、もしヴィーなら、暇人だな、とか嫌味を言いそうだが、ゾイはそういういじめ的発言をしない。そうか、これが下っ端くん達に慕われるコツか!
「冥華、ヴィーが探していたぞ」
こっちの台詞は、ギスタだ。
「さ、笹良、ここ、いない」
ヴィーの目を逃れて下っ端君と遊んでいたのだ。ばれたら八つ裂きにされると戦き、ギスタに見なかった振りをしてほしいと頼んでみた。
「その辺に転がっているだろうと言っておいたが」
「……」
ギスタ、その誤摩化し方って……。喜ぶべきか、嘆くべきか。むぅ、この辺が、謎と呼ばれる所以か。
ちらっと下っ端君達の様子を窺うと、憧れの先輩に出会ってしまった純情な後輩ってな顔で皆、硬直している。
もう、二人ったらもてもてじゃん!
とゾイとギスタの腕をぱしぱし叩き、にやっと笑いかけてみた。するとゾイには人差し指で強く額をつつかれ、ギスタには髪の毛をぐっちゃぐちゃにかき回されてしまった。何の嫌がらせなのだ!
憤慨する笹良に、なぜか下っ端海賊君達の羨ましそうな視線が集中した。まさか、同じことをされたいのか? それでいいのか、皆。
よし、頼んであげようではないか。
決意のもと、二人に、皆の頭を撫でてあげなさいよ、と身振り手振りで訴えたら、ゾイはすこぶる嫌そうな顔をした。
が。
さ、さすがギスタ。謎男。
笹良も正直、この願いは九十九パーセント無理があると思ったのだが……。
「!!」
「!!」
「!!」
無表情で、皆の頭を撫でるギスタ。
皆も倒れそうな顔をしていたけれど、笹良も気絶していいだろうか。
でも皆、実はさりげなく喜んでいないか?
〈椅子〉
「ササラ、そろそろ座らせてくれないか?」
「駄目っ」
笹良は現在、王様の椅子を占領している。勿論、嫌がらせだ。
なぜ意地悪をしているのかというと、れっきとした理由がある。
いつもはガルシアが椅子に腰掛けて、その足下に笹良が座っているんだけれど。
ガルシアはなんと、笹良がすぐ側にうずくまってうつらうつらと微睡んでいるのを忘れ、足を組み直した拍子に蹴ったのだ!
絶対に許せない。乙女の肩を故意じゃないとはいえ、蹴るなんて。突然の攻撃に仰天し、夢の中でも骸骨兵士に奇襲されてしまったのだぞ。
絶対にどくもんか、座らせてやるもんか!
「悪かったよ、機嫌を直してくれないか」
直らぬっ、と笹良は日本語で態度の横柄な殿様っぽい返事をした。恨んでいるぞー怒っているぞーという目で見つめたら、ガルシアが何となく情けない顔をして頭をかいた。ちなみに今ガルシアは、普段の笹良を真似て椅子の側に座っている。
「反省した」
反省だけですまされるなら、警察はいらないのだ!
「なあ、許してくれ」
許さぬのだっ。
ガルシアは深々と溜息をつき、椅子の上できちっと背を伸ばして正座している笹良の膝に腕を乗せ寄りかかったあと、じいぃぃぃっと切なげに見上げてきた。そういう目をしても駄目なのだ。
「ササラは優しい冥華なのだろう?」
優しくない冥華さまでけっこうだとも。
「何かお前、俺にばかり厳しくないか?」
ちょっと不満そうなガルシアに、ふっとニヒルな笑みを向ける。当たり前なのだ。なぜならガルシアが船のトップ。ということは誰もガルシアに注意したり怒ったりできないのだ。このままではガルシアは将来、とんでもなく我が儘で横暴な暴君に育ってしまうではないか。今でさえ十分好き放題しているのに。
正しく教育してあげようという笹良の親切心が分からないのか?
ガルシアが微妙な表情を浮かべ、少し落ち込んだ様子で、笹良の膝に乗せた腕に頬を預けた。重いぞ。
「不当な扱いを受けている気がする……」
あんまりガルシアがしみじみと独白したので、つい笑ってしまった。
仕方がないな、今回だけは特別に許してやろう。
笹良は機嫌を直して、青い頭をよしよしと軽く叩いた。
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