F001

〈始まりは終わり、終わりは始まり。私の物語は、終焉から幕を開けた〉
 
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「響、彼岸の森に一人で行っちゃあ、駄目だよ」
 私が出かける準備をし始めた時、それまで転寝していた三春叔父さんが困った顔をしてそう言った。
「あれ、起きてたんだ」
 まだ眠そうな目をしている三春叔父さんに、私は近づいた。
 叔父さんはなんだか夢見心地の表情で、私を見上げていた。
 
 ――要するに、まだ寝ぼけているってことなんだよね。
 
「彼岸の森って?」
 少し不吉な響きを感じる言葉だったから、畳の上にだらしなく寝そべっている叔父さんを無理矢理起こしてでも詳しく訊いた方がいいような気がした。あまり私の勘は当たらないけれど、念のために。
「宿の裏手にある森のことだよ」
 私と叔父さんは今、夏季休暇を利用して深川町の温泉宿に泊まりに来ている。ここは叔父さんの第二の故郷で、すごく自然が豊かなのんびりした町だ。徒歩でも行ける距離のところに海もあるし。
 私達がお世話になっている宿は、叔父さんの幼馴染みが家族で経営している。たった八部屋しかない小さな宿だけれど、すごくサービスがいいし、勿論、肝心の温泉も情緒溢れる露天風呂だし、私はとても気に入っている。
 叔父さんと知り合いだからサービスしてくれるんじゃなくて、それが当たり前って感じで、ホントにいい。
 雰囲気がいいのは、宿の人だけじゃない。緩やかな坂道にずらりと並ぶ土産物屋の人達も、皆、きさくに挨拶してくれる。最初は戸惑ったけれど、叔父さんが普通に挨拶しているのを見ている内に、私もすぐに慣れてしまった。
「どうして彼岸の森って言うの?」
 そう訊ねると、叔父さんは気まずそうな顔をした。
 しばらく困惑していたようだけれど、やがてふわりとわざとらしく欠伸をする。
 あからさますぎるくらいの演技に、見ているこっちが困ってしまう。
「もう少し、眠ろうかなあ」
 
 ――誤魔化そうとしているんだなあ。
 
 もともと叔父さんは嘘をつくのが下手……というより、苦手な人だ。気に入らない相手には爽やかに嘘をつくけれど、内心ではそんな自分を恥じているんじゃないかと思う。
 だから、私はこれ以上詮索しないでおくことにした。
 嘘って、言われる方だけじゃなく言う方も傷つく時がある。それが相手を想うものであっても。
 
 ――でも、その森がどんな所か、興味はあるよね。
 
 嘘はつきたくない。そんな時は、黙って行動すべし。これが密かな私の信条だったりする。
 狸寝入りを始めた叔父さんの姿に苦笑したあと、私は外出時にいつも持ち歩くバッグを肩に提げ、静かな足取りで客間を出た。
 旅行二日目なのに、遊んでくれない叔父さんが悪い、なんて心の中で力説しながら。

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 これがどれほど愚かな行為であるのか、勝手な理屈をこねていたその時の私は分かっていなかった。
 後悔は、絶対に先にはできないってこと、私は嫌というほど思い知るんだ。

 

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