F026
その後、なんとなくリュイはぎこちない様子で見張りをしていた。
私の方はと言えば、よく理解していないまま力をリュイに注いだ反動なのか、ひどい頭痛に襲われていた。
エルが心配そうな目をしてしきりにすり寄り、「もたれかかりなさい」と促すようにくるっと長い尾で私を包む。私はありがたくエルのお腹にもたれて銅色の毛に顔を埋めた。エルの毛って、背中や鬣とかは少し固めなんだけれど、お腹の部分の毛はふわふわととても柔らかく、感触がいい。羽毛布団に包まっているみたいだ。
あたたかなお腹に顔を押し当てて、ゆっくりと規則正しく上下するエルの鼓動を全身で感じていると、安心感が身体の隅々まで伝わり、深い眠気に誘われた。
いけない、またリュイにだけ見張りをさせてしまうと分かっていても、睡魔の誘いに抗えず意識が暗い闇の底へ落ちていってしまった。
*******
曇天の朝だった。遠慮がちに名を呼ぶリュイの声によって、私は目覚めた。
「――ヒビキ」
とても静かな、それでいて不安を色濃く伝えるようなリュイの呼び声に、意識が急速に眠りの底から浮上し始める。
「リュイ……?」
私は緩慢に身を起こし、目をこすりながら、こちらを覗き込むリュイの緊張した顔を見上げた。
今何時だろ、と寝惚けている私の様子を眺めていたリュイは、なぜか安堵したように吐息を落とした。
「ん……、ごめんね、私、ずっと寝てた?」
深い眠りに束縛されていたためか、身体が少し痺れていて重く感じられる。
「……一日を過ぎても、あなたは眠り続けていた」
リュイが掠れた声で呟いた。
――一日?
私はきょとんとリュイを見つめたあと、言葉の意味を考えて、恐る恐る周囲に視線を配った。
目に映る景色は眠りにつく前と変化していない。
「えっと……?」
うまく思考が働かない。
「具合はどうだろう?」
リュイがじっと私を見つめながら、奇麗な月色の瞳を瞬かせた。
「あの、私、一日眠り続けていたの?」
信じられなかった。ということは、今日は、あの気味悪い虫に襲われた夕方の翌日じゃなくて、二日目?
私はぽかんとしてしまった。時間の罠に落とされた気分だ。知らない間に、一日分の時間を盗まれてしまったみたい。
しばらくの間放心したあと、私は急に色んなことに思い至り、慌てた。
「わ、リュイ、エル、ごめんなさい。何か一人でのんびり眠っちゃって。えっと、二人とも、ちゃんと食事とか取った?」
リュイもエルも、私が暢気に長々と睡眠を貪っている間、自分のことは後回しで真剣に見張りをしていそうな感じだもの。
どうしよう、いくら何でも一日以上眠り続けるなんて、あまりにもだらしないし緊張感がなさすぎるよね。
おろおろとしていたら、リュイが地面に膝をつき、斜めに俯いて自分の目元を手で覆った。
「リュイ?」
ああ、もしかして食事、取っていなかったのかな。私が眠っている間、全然休めなくて凄く疲れているんじゃないだろうか。
「リュイ、少し休んでね。私、見張りをするね」
私は動揺を押し隠して、リュイの腕を小さな力で引っ張った。
リュイは自分の髪を両手で乱暴にかき上げた。指の隙間から淡い色の髪がぱらりとこぼれる。何だかとても険しい表情をしていて、私は少し怖くなった。
「……あのう、ごめんなさい」
丸一日を無駄にさせてしまって、それでリュイは表情に出してしまうほど苛ついているのかなと不安になる。
落ち込んで項垂れる私の様子に気がついたのか、リュイが口元を押さえて強く瞼を閉ざした。
「どれほど呼んでもあなたは起きなかった。……もう、二度と目を覚まさないのでは、と」
微かに掠れている声を聞いて、私が不安に思ったよりももっとリュイは深刻な気持ちを抱えているのだと分かった。
きゅうん、とエルも切なげな鳴き声を漏らして、ぱたぱたと尾を振り、私の肩に鼻先を押し付けてくる。
死んだように眠っていたのかな、私。
そんなに爆睡していたんだろうか……と、ちょっと自分の寝汚さに呆れてしまう。
道理で身体が凄く強張っているわけだ。空腹感とかはなぜかないのに、手足の動きがとても緩慢なんだ。でも、気分はすっきりしていて悪くない。
「二度と神に祈りなど捧げぬと思っていたが――」
リュイは何とか苦笑を浮かべようとして、でも途中で諦めたらしく渋面を作り、横を向いた。
「私の責任だな。あなたが深い眠りに落ちたのは、私の身体に巡った蟲の毒を癒したためなのでしょう」
違う、と嘘をつくのはあまりにも見え透いていると思い、何て答えるべきか戸惑ってしまった。リュイに、うん、そうだった、ええと、祝福、というものを一か八かで試して奇跡的に成功したあと、ひどい頭痛を覚え、急激に強い眠気に襲われてしまったんだ。
たぶん神様達に貰った力、というものの使い方とかその種類とかを全然理解していない状態で無理矢理引き出したから、副作用みたいな感じで身体の機能が一時的におかしくなったんだと思う。もしかすると、貰った力は、もともと解毒には向いていなかったのかもしれない。
そうか、力について知るということも、旅を続ける上での一つの課題なんだ。オーリーンは闘神で、シルヴァイは風と大気を操る起源の神だったっけ。確か、私の響っていう名前を聞いて、それは大気を友とする名前だとシルヴァイが言っていた気がする。神様達も、それぞれ支配する力が異なっているんだよね。
「あなたを、お守りするはずだったのに」
リュイは辛そうに呟いた。
あのね、リュイ。私、この世界に来たのは、守られるためじゃないんだよ。
戸惑いつつも、厳しい眼差しを和らげようとしないリュイを見ていると、なぜかその一言は口に出せなかった。
******
支度をすませて、私達はウルスの村へ向かった。
ようやく不気味な森を抜けられたのに、相変わらず景色は重苦しくてどこまでも荒野が続いている。風も大地も空も、ぱさぱさと乾いている感じだ。瑞々しさとか活気とか、そういう命の輝きとは本当に無縁の世界だ。眺めていると、心までが枯れてひびが入りそうだった。肌ではなく、感覚の部分で寒いと思ってしまうんだ。
無人の荒れ地を進む途中、少なくとも午後には到着して日没を迎える前に村を出たい、とリュイは真剣な口調で言った。
夜間はレイムが出没するため、絶対に村で一夜を過ごすわけにはいかないと固く決意しているみたいだった。
私はまだレイム……幽鬼と化した国の人々を目撃したことがなかったので、危険だと繰り返し諭されてもあまり実感がなかった。一人でもいいから人々を元に戻してあげた方がいいんじゃないかなっていう思いの方がやはり強かったんだ。
でもリュイは、私が丸一日寝込んでしまったのは自分のせいだという強い自責の念に駆られてて、前よりももっと過保護っていうか厳しいくらいに警戒の色を濃くしていた。
想像にすぎないけれど、私がこの世界に来る前、唯一存在していた仲間を失ってしまったという悲しい事実が、リュイの心を必要以上に追い込んでいる気がする。喪失に対する焦燥感というよりは、盲目なくらいの危機感が胸の深い場所に根差しているんじゃないかなって思う。
私は勝手な思いを頭の中で描きつつ、エルの背を撫でた。
エルはやっぱり私しか騎乗させるつもりがないようだった。出発する前、緊急事態の時にはリュイも乗せてねってこっそりエルに耳打ちした時、すごく不満そうな唸り声を聞かされたけれど、うん、渋々であっても多分了承してくれたと思う。そういうわけで、特に危険がない時には、ちょっと後ろめたさを感じるけれど私だけエルの背に乗せてもらうことにした。
リュイは沈黙したまま、エルに騎乗している私の隣を歩いている。無視をするつもりはないんだろうけれど、絶対に私の方を見ようとしないんだ。うーん、この距離で一度も視線が合わないっていうのは逆に不自然だよ。
「ねえ、リュイ」
「何か」
返事をしつつも、リュイは意固地なまでにこっちを見ない。
「ええと、時間無駄にしたりとか……ホントに色々ごめんなさい」
私の謝罪には、とっても複雑で曖昧な意味が込められている。何ていうか、傷を癒すためとはいえ、ううん、その、無理矢理、了承もなしにあんなことしたし。
私は今更動揺して、心の中で意味不明な叫びを上げたりしていた。もうすごく恥ずかしいし、リュイに悪いなあって思う。もしリュイが妻帯者だったりした場合、奥さんにも申し訳ないし、何だか微妙に落ち込んでしまう。自分でも説明できない変な気持ちだ。
それにリュイって、私のことをまるきり幼女だと思い込んでいたわけで。コドモだと思っている相手にあんなことされるのって、すっごくすっごく気まずいよね。あ、逆かなあ。コドモが相手なんだから深く考える必要はないって割り切れるのかも。
……私、一応女の子なんだけれど、どうしてこんな変な心配しているんだろ。
「――ヒビキ。頼みが」
私の謝罪を聞いて、リュイが何を思ったのかは分からない。っていうより、話を逸らされた感じがする。それはそれで微妙に辛いかも。
「……何?」
「このままだと村へ到着する時間は予定よりも遅くなる可能性が強い」
「うん」
「地図を見たいのだったな」
「……うん」
「私が町中へ入って、地図を入手しよう。あなたは聖獣と共に、村の手前で待機していただけないか」
私は色々な葛藤を忘れて、思わずリュイを睨み上げた。
「私、地図だけを見たいんじゃないんだよ」
エルとリュイの足音だけがさくさくと響く中、私の声はひどく強張って聞こえた。
「他に、何を?」
何、と言われると困る。色々なものを目にしたいんだよ。
言葉にできない色々なことだ。雰囲気とかも含めた、全て。五感の全部を使って、この世界を知りたいのに。
村にあるだろう民家やお店、公共施設、畑とか、人々の生活を支える基盤となる景色が、一体どれほど私の世界と異なるのか、目にしたい。
それなのに、村に入らず別の場所で待っていろ、というのはひどい。
これじゃあ私、何をしにこの世界へ来たのか分からないもの。
「あなたが望む物は、全て手配するから」
違う、違う!
望むものは、形あるものばかりとは限らないんだ。
私は何となく項垂れた。出発前に漠然と考えていたことが、やっぱり的中しているような気がする。
リュイに無理矢理誓わせたこと。自分の身を犠牲にして私を助けようとしてはいけない。その約束は破られるんじゃないかっていう杞憂が、現実になりつつある。
「リュイ、少し、大事なお話」
私はすうっと深呼吸したあと、エルの上で身をよじった。エルの歩き方は殆ど振動がないので、横座りの体勢を取っても大丈夫。
「ヒビキ、正面を向いて腰掛けた方が」
「お話が先」
リュイが話題を変えようとしてそんなことを言うけれど、私はちょっときつめの口調で退けた。
「村へは一緒に行く。これだけは絶対に、譲れない」
「ヒビキ」
リュイがもの凄く渋い顔をして私を見た。うん、仕方なくだとは思うけれど、ようやくこっちに顔を向けてくれた。
「駄目だもの、一人だけで危険の中に行くのはなし!」
「――万が一の時、あなたはどうする? 私はこれでも身を守る術を知っている。だが、あなたは」
「駄目! その言葉は聞かない」
私は剣の扱い方も知らないし、自分の身を守ることすら危うい。そこを指摘されるともう何も言えなくなってしまう。
「あなたを軽く見ているのではないと分かってほしい。ただ、怪我を負わせたくない」
リュイはまた、ふっと視線を逸らしてしまった。恐れのような何かを含んだ辛そうな横顔だった。
「それは私も同じなんだよ」
分かってほしい。自分だけが安全圏の中でのうのうと静観しているのってとても苦しい。
「たまらなくなる、ヒビキ――舌が焼け落ちても視力が奪われてもかまわない。あなたが無事なら、それで」
本気で言っているね、リュイ。
自分の命を、少しも惜しんでいないんだ。
「無事じゃないよ」
私の方がたまらなくなって、リュイの言葉を途中で遮った。
「身体は無事でも、心は? リュイが心配してくれているのは私の身体だね。心はどうでもいい?」
リュイが僅かに眉をひそめたのが分かった。
「リュイが身代わりになって私を守ってくれる。そうしたら私の身体は傷つかないけれど、心がとても辛い。どうして、どうしてって思って、たくさん斬りつけられたみたいに、ホントに痛い」
もう、馬鹿みたいに子供じみた稚拙な言葉しか、思い浮かばない。
でもリュイ、子供そのものの言葉だけれど、本音なんだよ。
「身体に怪我をするのもとても痛いけれど、それでも一緒にいて、役に立てたら」
「いけない。それは駄目だ」
リュイは受け付けないといった鋭い瞳をこちらへ向けて首を振った。
「どうして?」
「――あなたがまた眠りにつくのは、耐えられない。私は、声を聞かせてくれるだけで、もう」
「同じだと思う。たぶん、リュイが私のこと心配してくれる気持ちと、私が辛いって思うこと、同じ」
「ではあなたが身を損なう瞬間を見て、私が何も思わずにいられると?」
「リュイだけが怪我をしていいわけじゃないよ」
「あなたは知らない。この国で生き抜く過酷さを」
リュイが月色の瞳に責めるような色を浮かべた。荒れた口調で、お前に何が分かるのだとそう言外に糾弾している。
「でもリュイ。私、オーリーン達に約束したの。皆を元に戻すって。神様達は自分の身を犠牲にして、私を送り出してくれた。それなのに、ここでもまたリュイを犠牲にしてしまう。そんな私って一体――何だろう、と思うの」
エルがふと気遣わしげにちらりと振り返った。
「二人にもらった力を出し惜しみして、最終的にリュイが一人だけ痛い思いするのって、絶対イヤだよ」
リュイが唇を噛み締めて、私を激しく睨んだ。……威圧感抜群で、かなり怖い。普通の場所で会った時にこんな目をされたら私、間違いなく悲鳴を上げて逃げ出しているだろうな。
「この世界、私の知らないことが数えきれないほどあるから、リュイに教えてほしい。私が失敗しないように、また馬鹿な勘違いをしてリュイにまで迷惑をかけないように、色々なものを見て、色々な経験を積んで、少しずつ学んでいきたいよ」
聞いてくれるかな、リュイ。
私は胸をそっと押さえながら、険しい視線をこちらに向けるリュイの顔を見た。たとえ表現は幼稚であっても、これほど真剣に考えて言葉を口にしたことなんてなかった。そして、こんなに誰かを傷つけたくないって思ったこともなかった気がする。
向こうの世界にいた時、友達とかはいたけれど、私、すごくひねくれた狡い考えを持っていたんだ。自分の本音とか、真剣な想いとか、口に出すのがすごく恥ずかしくて、屈辱にも思えてた。もし馬鹿にされたり軽く流されたりしたら、立ち直れないくらい傷つくし相手を恨みたくなるし。それは、親身になって話を聞いてくれる三春叔父さんが相手でも同じだった。両親とは――私、仲が良くない。
そのこととか友達関係で、どうせ毎日ってこんなもんだよねってわざとくだらないふうに思い、平気な顔を作ってた。私、イヤな子だ。どこかで間違っていると気づきながらも、余裕っぽく見せたいって思ったりして。大人びてるって感心されたいわけじゃなくて、全部どうでもいいよってさらりとした感じを取り繕っていたんだ。
仲がいい友達でも陰で別の子と悪口言ってたりとか、自分も同じ事をしたけれど、そういうので動揺なんか見せたくなくてね。悔しくて悲しい気持ち、表に出したくないって意固地になり、幾重にも、幾重にも本心を嘘と冗談で包んでいた。
たとえば、友達と話していて「あーその気持ち分かる」とか言われた時、とりあえず笑っておくけれど内心では否定的ですごく冷めている。お前に何が分かんの、ってかテキトーに流してんのバレてるし調子合わせてるだけでしょ、とかって自分の本音を一つも言わないくせに、相手のことをわざと見下して責めていたんだ。他の子の悪口に花を咲かせ、あいつうざいよ、ってそんな刺々しい会話をしている時も、心の中で、お前が一番ウザイんだけどって非難したり。
嫌われる前に嫌ってやれ、という卑怯な考えがあった気がする。そうしたら少しは自分を立て直せるんじゃないかって思っていた。
ホントはずっと聞きたかったの。私、嫌われているのかな。好かれているのかな。一緒にいて嫌じゃない?
言えない言葉、全部にフタをしてきたせいで、まともな付き合いなんてなくて、誰とも浅い関係しか築けなかった。
嫌われるのは怖いし、役に立たないとか必要ないって思われるのはもっと切ない。本心を打ち明けて、何こいつ、って嘲笑され踏みにじられたらどうしよう。
色んな不安がごちゃごちゃになって、何だか全部煩わしくなり、投げ遣りに過ごしてしまっていた気がする。こういう不安定な気持ち、大人になったら、思春期の一言で片付けられてしまうのかな。
リュイは友達じゃないし、世界の違う人だ。以前の私を知らない人だからこそ、こうして真剣に向き合えるのかもしれない。今までないがしろにしてきたこと、今度は目を逸らさずに受け止めていきたいんだ。
ねえ、だからねお願い、一緒の景色を見てほしい。
危険な景色も、こういう悲しい景色も。
そしてホントに、少しだけでも、他の人の気持ちが分かるようになりたい。
「私――リュイと一緒にいたいんだよ」
リュイが一瞬、足をとめかけた。
「リュイは自分だけが生き残ったこと、とても後悔しているみたいだね。だから自分が痛い思いするのは当然って感じに見えるの。いつ死んでもいいやってそんな風に見えるんだよ。でも、イヤだよ私。リュイが命なんてどうでもいいよって思っても、私はとても大切で、大事なの。リュイが命を投げ捨てても、絶対に取り返しにいく」
うまく言葉が出てこない。今まで、本心を伝える言葉を口にしたことがないせいだ。
「辛いこと、これからいっぱいあるんだと思うけれど、リュイだけが背負うんじゃなくて、二人で、辛いけれど大丈夫って言えたら、それはとても……」
あぁ、言っていることが滅茶苦茶で要領を得ないよね?
「えっと、私、全然出来ることなくて、リュイを苛立たせて、色々とアレなんだけど」
アレって何! と自分で突っ込んでしまう。もう、言葉も変!
「リュイと会えてよかったなあって思うから、やっぱり見ているだけじゃなくて、側にいたくて」
焦れば焦るほど気持ちが空回りしてしまう。
駄目かな。考えが甘いって、お前は何も分かっていないって軽蔑される気がする。でもその辺は年の差を考慮して採点してほしいなあ、と狡い考えを持ってしまうんだ。
子供の主張って思われてもいいから、一緒に行く事に賛成してほしいんだよ。
「同じ景色を見て、色々な話を聞かせてほしいなあ、とか」
と、頭を悩ませつつ、無駄に言葉を紡いでいた時だった。
「う――わっ?」
私は驚いて、奇声を発してしまった。
突然、目の前に影が差して、身体が浮くと同時に息苦しくなったんだ。
というか、エルの背に横座りしていた私を、いきなりリュイが抱え上げたんだ。
エルが、ぐるう、と奇妙な唸り声を上げている。
「リュイ?」
なんか高々と持ち上げられてしまった。咄嗟にリュイの頭にしがみついてしまう。
抱き上げた私の胸の下あたりにリュイが顔を押し付けているので、表情が分からない。
「あの……」
リュイは背が高いからこうして抱き上げられると眺めがいいなあ、なんて全然関係のないことに感心する一方で、ちゃんと混乱する気持ちもあった。
「――生きていけなくなる。あなたを失ったら」
「……え?」
お腹に顔を押し当てられているせいで、リュイの言葉が不明瞭になってちゃんと聞き取れない。
「あなたを守ります。何を引き換えにしても」
「な、何? リュイ……って、わ、わ」
驚く私を丁寧な仕草でエルの背に戻してくれたあと、リュイはすぐに顔を背けて歩き出した。不満そうにのそのそとエルも動き始める。
私は困惑しながらも、リュイに話しかけようとした。
「今は、見ないでください」
そう言って、リュイは少しの間、顔を背け続けていた。
私はおろおろして、リュイの大きな身体を見つめるしかなかった。
ねえ、でも一言だけ。
また敬語に戻ってるよ?
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