F027

 少しずつ時間は過ぎていった。
 足を進めるにつれ、大地は更に深刻な渇きを見せる。水まきを忘れてからからに乾いた鉢植えの用土みたいな地面がどこまでも広がっているんだ。
 細かなひび割れが無数に走っていて、その隙間に砂塵が埋まっている。まだ森林付近の方が救いがあったように思える。村へ近づけば近づくほど、苦しいくらい荒廃した様子が窺えた。
 日が暮れる少し前、ようやく遠方に村の全貌が浮かんで見えた。色褪せたモノクロの絵画みたいに全体の輪郭が曖昧で、霧がかかっているわけでもないのにとても暗く沈んだ印象を受けた。
 強い風が吹いた瞬間、ふっと脆く崩れ落ちてしまいそうだった。
 
●●●●●
 
 この辺は日本の田舎を少し連想させる感じがある。民家がぽつぽつとまばらに点在していて元は畑であったらしい広い荒れ地が左右に見える。本来なら、長閑な田園風景が広がっていたんじゃないかなって思う。
 畦道みたいな所を進むと、次第に建物が密集している地区が現れた。その辺りから敵の襲撃を防ぐためだと思われる高い石門が造られている。入り口の門扉付近にも、危機を報告する時に鳴らす大きな円形の銅鼓をぶらさげたやぐらのような見張り台が建設されていた。
 ああ、やっとウルスの村に到着したんだなあ、と土埃に塗れて変色している銅鼓を見上げながら私は溜息を落とした。ようやくここまで来た、という安堵に似た気持ちはあっても、喜びは全然感じない。活気や喧噪とは無縁の、静寂に包まれた村が私の前に存在していた。
 門扉から一番近い建設物までの距離が結構あった。通り過ぎる際にちらりと窺うと、その建物は横に長い宿舎のような造りをしていた。土塁とかが設けられていたような痕跡がすぐ側にあって、以前は衛兵とかが村の警備のために駐在していたのかもしれないと思う。
 折角なのでじっくりと丹念に村の中を見て回りたいという要望を持っていたんだけれど、鋭い瞳をしたリュイに無言で却下されてしまった。小さな不満を胸に抱きつつ、リュイのあとに続くようエルを促す。
 しばらく歩くと公園みたいな小広場に行き当たり、奥の方で枯れた噴水跡のようなものを見つけた。村の中心部には木彫りの看板を軒から下げたお店が集中していて、そこを取り囲むように住居が建築されているらしかった。
 鳥居はないけれど日本的な感覚に照らし合わせて言えば、神社で見かける殿舎みたいな建物もある。公共施設として開放されていたらしい大きな建物もあった。民家とそういった施設の相違は、この世界に馴染みのない私であっても顕著に見て取れた。建物の造りが全然異なっているんだ。お店や施設は、それぞれ不思議な色をした煉瓦みたいな石のブロック――埃で随分汚れているけれどよく見れば赤銅色とか乳白色とか青色とか建物によってホントに千差万別だった――を積み重ねて造築されているんだ。これって古代の建築技術と同じだと思う。セメントとかの接合剤を使用せずに隣り合う石の圧力だけで外壁が造られているようだ。
 逆に民家の殆どは木材で組まれた素朴な平屋だった。
 構造とかについて詳しいことは分からないけれど、これだけは共通している。どの建物も皆、虫に食われたかのように穴が空いていたり斜めに傾いでいたりと、容赦なく腐朽していて塵芥に塗れていた。試しに外壁を指先で、つ、となぞったら、灰色の汚れがべったりと付着したんだ。
 密かに期待していたお風呂については……円柱で支えられている浴場跡らしき建物はあるものの、中に入って確認するまでもなく、乾いていると分かる。送水路でさえも水が絶えているし。
 円形じゃなくて五角形の井戸は、切れかけたぼろぼろの縄の先に飴色の釣瓶が力なくだらりと下がっているだけだったし。うーん、やっぱりお風呂は期待できないかなぁ。少しがっかりしてしまった。
 村全体はこうして眺めてみると、ちゃんと区画を計算した上で建物が配分されているって気づく。勿論、コンクリートで舗装された道路なんてないけれど、無人になってしまう前は結構奇麗に整備されていたに違いない。
 ホントにファンタジーな世界に来たんだなあ、って私は馬鹿みたいに驚きながらきょろきょろと辺りを見回していた。機械やガスや電気のない、古代都市にトリップトラベルしたみたいな奇妙な錯覚を抱いてしまう。
 人の姿が見当たらないせいなのかもしれないけれど、何となく事務的な雰囲気が漂う村だと思う。飾り気がない、と言えばいいのかな。村っていうと素朴で長閑な印象があるものなのに、奇妙に硬質な感じしか掴みとれない。予想外に建物も多くて、なんだか軍事的なんだ。村というよりは町って表現した方が正しいような印象があるみたい。
 見るべきものや吸収すべきことがたくさんあり、急げという忠告を忘れてついふらふらとしてしまった。リュイがその度に足を止め、先に進むよう辛抱強く私を諭す。エルもどちらかといえばリュイの意見に賛成のようだったんだけれど、どうも忠実な用心棒は私に甘いみたいで、あっちに行きたいこっちに行きたいっていう我が儘を叶えてくれるんだよね。
 リュイの視線が痛いなあ、なんて思いつつも、私はさりげなーく歩調を遅くして周囲の景色の観察に勤しんでいた。
 まるで小さな塔めいた背の高い納屋を見上げて感心していた時、リュイがとある建物の前で足を止めた。赤銅色の煉瓦で建設された四角い建物だ。アーチ型の扉だけが木造だったけれど、腐食が進んでいるため軽く蹴るだけでぱたんと呆気なく倒れてしまいそうだった。全体の規模は、日本の一軒家よりも少し大きいくらい。三角屋根はないけれど、正方形の煙突が僅かに傾いで飛び出ている。
 リュイは慎重な眼差しを周囲に向けたあと、扉に手をかけて押し開けた。じゃりじゃりと砂を蹴るような乾いた音がして扉が開く。
「ヒビキ――」
 リュイの言葉を最後まで聞かない内に、私はエルから素早く飛び降りた。
 言いたい事なんて、お見通しだ。エルとここで大人しく待機していろって牽制したいんだよね。
 でも、イヤ。
 エルの体躯は大きいので、建物の中に侵入するのはちょっと難しい。うん、ここで見張りをしていてね。
 気難しい顔をして口を開きかけたリュイの脇を、私は素知らぬ顔ですり抜け、そそくさと中に入った。
 建物の内部はとっても埃臭くて、空気が澱んでいた。一応窓が設けられているのに、埃を被っているせいか、かなり薄暗い。
 何度か瞬きをして目を慣らし、じっくり観察してみると、どうもここは雑貨屋のようだった。
「私から離れずに」
 私を押さえつけるのを諦めたらしいリュイが渋い顔をしつつ、一言そう言った。
 うん、人間って諦めが肝心な時もあるよね。
「ねえ、リュイ。建物の色が違うのって、何か意味があるの?」
 とりあえずリュイの意識を自分から逸らそうとして、どうでもいいような質問をした。
「ああ。用いられる色によって建物の属性が決まっている。この色は主に日用品を取り扱う商人が持てる。宿、浴場、食堂なども使用できる色が決められている」
 意味はないと思って聞いたのに、ちゃんとした答えが返ってきたので驚いてしまった。
 へえ、結構細かな規定があるんだなあ、なんて感心してしまう。
 そういえば、日本だって暗黙の了解って感じで色が決められているものもあるよね。鳥居の色とか。葬儀場はやっぱり暗い色が多いし。
「地図を探そう」
 リュイは私の肩に手を置き、目的のものを探すよう促した。何だか、私が余計な物に興味を持って動き回るのを防いでいる感じがするんだけどな。
 ちょっと不平を漏らしつつも、私は素直に従うことにして、壁際の埃っぽい棚を覗いた。
 棚って言っても、単純に木板を段状に設置しているだけの簡素なものだ。それに一部分、木が腐って抜け落ちている。
 足元には、売り物だったらしい用途のよく分からない小物が散乱していた。手に取って調べてみたいけれど、こちらを見つめるリュイの顔が険しいし。
 ちらりと室内全体を窺うと、奥の壁に薄いカーテンみたいな布が垂れ下がっていた。多分別の部屋に続いているんだと思う。うーん、探検したい。
 私はこみ上げる欲求を押さえつつ、棚の古ぼけた書物みたいなものに手を伸ばした。
 地図って、どんなものかな。巻物とか、一枚の紙とかだろうか。
 私が頭を捻っている内に、リュイがカーテンを腕で払い、一人で別の部屋に行こうとしていた。
 あー、ずるい!
 あとを追おうとしたら、素早くリュイが振り向いて、ここで地図を探していなさいっていう顔をした。
 もう! ひどいや。
 私はかなり不貞腐れた。
 内心で怒りつつ、棚の書物を一つ一つ確かめたけれど……んー、こっちの言葉、耳で聞き取れても、文字を読む事はできないのかぁ。
 書物の背表紙に記された奇妙な字体、私には何て書かれているのか判読できない。
 ということは、結局リュイに確認してもらうしかないんだ。
 私は益々感情を波立たせた。もう、私って何だろ。
 つい乱暴に、棚へ書物を戻してしまったのが悪かったのかな。微妙に蜘蛛っぽい大きな虫が棚の後ろから飛び出てきて、思わず悲鳴を上げてしまった。
「ヒビキ?!」
 隣室に行っていたリュイが鋭い呼びかけと共に駆けつけてきた。
「わ、ごめんなさいっ、虫が」
 リュイは最後まで続きを言わせてくれず、片手で素早く私の身体を包む。わ、わ。
「だ、大丈夫! 虫が出てきて、驚いただけ」
 私を見下ろすリュイの目が、ふと警戒を解く。
 大袈裟に騒いでしまった自分が恥ずかしい。黒い虫の大群に襲われたことを思い出して、とてもびっくりしてしまったんだ。
「あなたもこちらへ」
 少し乱れた私の髪をそっと直してくれたあと、リュイは肩を引き寄せて隣室へと導いた。リュイはとても優しい。普通、こんな騒ぎを前にしたら「驚かせるな」って怒ると思うのに、責めたりしないで安心感を与えてくれる。
「地図がありました」
「ホント?」
 隣の部屋は、書斎兼寝室っていう感じだった。でも、強盗に荒らされたみたく、本や物が散乱していた。
 リュイは長椅子のような台に私を座らせてくれたあと、黄ばんだ巻物らしきものを見せてくれた。
「この周辺の地図です」
 広げられた巻物を覗き込むと――うーん、何て言っていいのか、すごく簡略化された表記が記されていた。
 単純に、歪な線で地形を書いてあって、ぽつぽつと町や村の名前らしき文字が記されているだけ。辛うじて、東西南北を示すような図形が下の方に描かれている。
 正直、これを見たところで、何の益にも繋がらない。距離感すら掴めないんだもの。
 私が落胆したのが分かったのか、リュイはすぐ傍に片膝をついたあと、目元を和らげて苦笑した。
「都城の図嶺院に収納されている地図ならば、これよりは詳細に記載されてはいますが……恐らくあなたが期待するほどの内容ではないでしょう」
 ずりょういん、っていうのは、多分日本でいう図書館みたいなものだと勝手に解釈した。
「この国の地図は、みんなこういう感じ?」
「ええ。一般の民はもともと地図をさほど必要としません」
 そうなのかな? 自分の世界のことを思い出しながら、私はいろいろ考えた。
ううん、必要だったような、そうでもないような。私くらいの年齢じゃなくてもっと大人の人なら、地図って大事な気がする。あ、これって職業がすごく関係してくるのかも。
「我が国は、他国と比較した場合、抜き出て広大な領土を統轄しているとは言えません。だが、他国には持ち得ない確固とした礎があるのです」
 リュイは一旦言葉を区切り、少しだけ月色の瞳を輝かせて誇らしげな顔をした。ちょっと見蕩れてしまうくらいに情熱を宿した精悍な顔だった。それは国を警護する騎士としての自負の表れなのかもしれない。
「何があるの?」
「――伝統です」
 厳かに告げられた言葉の重みを、私にはちゃんと理解できなかった。伝統っていう言葉の意味はなんとなく分かるけれど、それが礎になるんだろうか。礎って、基本になるものとか、柱になるものとか、そういう意味じゃなかったかな。伝統が国を支える柱だということかもしれない。
「王族間では多少の交流が他国と持たれておりますが、我が国は外部へ向けてそれほど積極的に開かれてはいません」
「ええと、どっちかといえば、閉鎖的ってこと?」
 はい、とリュイは躊躇いもなく肯定した。ううん、国民が他の国に関心を持たないって意味なのかな? それとも、生活面の問題で、他国に興味を抱くまでの余裕がないってことなのかなあ。
「クィーヌ・ガレ新国は、始祖王――神が生みし幽玄の国です」
 オーリーンが建国したんだよね。
「これは重要な意味を持つのです。我が国は唯一の神国……、他国に蹂躙されてはならぬ国なのですよ」
 ごめん、よくわからない。
「神聖であり続けねばならぬのです。我が国に反旗を翻し侵略を狙うのは、神に唾棄する愚劣な行為に他なりません。武力をもっての権威ではなく、神威の中枢なのです」
 不可侵であるべき神聖な国……そういうことなのかな。
 何だか凄い話だと思う。伝統を守り抜くために閉鎖的な気質を持つ国があって、それが許される、というより対外的に通用してしまう世界なんだ。
「他の国も認めていたんだね?」
「ええ、ですが、表立っての反発はなくとも、内部で不満を抱いていた新興国は存在しますね。中立国からの糾弾と制裁を回避するべく、水面下で賛意を示した列強国と同盟を確約とし、領土奪略の機会を窺っていたようですが」
「ええっと、この国って資源が豊富な国なの?」
「始祖王の恩恵は今も尚、継続されています。地形や気候が密接に関係してもおりますが、それにしても我が国は豊穣な土地を多く所有していました。……黄金色に実る田畑や草花の香る草原、肥沃な大地、美しく荘厳な首都、活気と誇りが、この国にはあったのです」
 リュイの瞳に浮かぶ懐郷の切ない光が、胸を締め付けた。大切な国が、まるで別の国に変貌してしまったかと疑うほど、こんなにも荒廃してしまったんだ。自国に立っているのに、自国ではない。多分、そんな苛立ちと拭えない悲嘆がこめられている。
 リュイはすぐに首を振り、穏やかな眼差しを取り戻した。
「そのため、我が国は羨望と同等の妬みを諸国より向けられていました。だが、建国以来一度も征服された過去はありません」
 きっと神様の庇護を受けているということだけを頼みに怠けていたんじゃなくて、ちゃんと自衛にも心血を注いでいる国なんだろう。軍が存在するんだものね。いざという時には、国威と領土を守るため、合戦も辞さないに違いない。実際、長い歴史の間には、政略を企む国に何度か戦争を仕掛けられたことがあったんじゃないかな。
「うん、国の皆が、自分の土地を大事にする理由、分かった気がする」
 敗戦を知らない驚異の国家。そんな国を皆、誇りに思っているから、他国へ移住しようとは考えないんだろう。
 そうかぁ、それじゃあ、地図なんてなくてもあっても気にしないよね。
「地図を必要とするのは、軍の者ですから」
「じゃあ、軍人さんとか騎士の人は、違う地図を持っている?」
 リュイは軽く首を振った。
「この地図とそう大差はありません」
「でも、戦争とかになったら、戦場となる場所の地形とか、付近の町の様子とか、知っておかなきゃ駄目じゃないの?」
 と言うと、リュイは僅かに目を見開いた。
「――ええ。その場合は……開戦前に、暗兎を放ちます」
 ……あんと?
「敵軍や近隣の町などへ潜り込み、秘密裏に諜報活動を行う者です」
 そっか。スパイみたいな人だね。
「軍を維持するには兵士だけでなく、様々な者が必要となります。兵士の生活を支える者が同行するのです。そして変装を得意とする暗兎は敵軍から機密を探ります。彼らがもたらす内部情報をもとに、戦略を練るのです」
「そういった情報を地図に書き込んでいけばいいんじゃないのかな」
「地図を敵軍に略奪された場合、こちらの手の内が全て筒抜けになりますため、将の殆どは己の頭の中に描くのです。中には、手記として仔細に記し、後継者に託す者もおりますが」
 成る程、鎖国的な国だから、正確な地形や町村の造りとかが敵軍に伝わっていないんだ。詳細な地図を残していないのは、戦略の一つでもあるのかな。
「もしその将軍さんが、捕虜とかになったら大変だね」
「ええ、ですが、軍の将は兵を率いても、先頭をきって敵陣に乗り込むことはありません」
「えーと、離れた所で指揮をするだけ?」
「はい。自軍の将を失った時点で、勝敗の行方がほぼ決まりますので」
 戦争には全然詳しくないけれど、確かに物語や映画では軍を統率する指揮官を失った時、戦局が一気に悪化して敗北してしまうというパターンが殆どだったと思う。まあ、たまに優秀な参謀とかが不利な局面を好転させたりするんだろうけれど、将軍を欠いた軍は、やっぱり致命的なんだろう。いわゆる、チェックメイトの状態だよね。
「戦況を判断し、勝てぬ場合には戦を切り上げて和議を持ちかけ、利害の調整をはかるのも将の務めです」
「戦争をやめる代わりに、条約を結ぶ?」
 負けた方は、多分領土を戦勝国に譲渡することになったり、最悪の場合は属国にならなくちゃいけなくなったりとか。戦費とかも負担しなきゃいけないから、莫大な負の遺産を背負うことになるんだろうな。戦争終結の責務は敗北した国の深刻な傷痕となる、って前に三春叔父さんが戦争映画を観ながら感想を漏らしていたっけ。だから降伏時の見極めってとても重大なことらしい。戦争って、ホントにとんでもないことだ。
「――そうです。最終的な決議は王と各院や環の間でなされますが、我らには決定的な敗北がありませんので」
 成る程ね。
 環(かん)……っていう言葉は耳に馴染みはなくても、とりあえず議院みたいなものだと納得しておく。
 話が横道に逸れてしまったけれど、とりあえず、地図を見た私は深く納得した。リュイが地図を探すのにあまり乗り気の姿勢を見せなかったのは、意味がないってことを分かっていたためなんだ。でも日本で生まれ育った私は、地図が頼りになるっていう固い先入観がある。実際に目にしないと諦めがつかないだろうってリュイは思ったに違いない。
 あ、でも、ちょっと気になることが。
「あのね、村や町の人口とか……戸籍とかはどうなっているの?」
「それは領主が管理をします。また領主は統轄地区についての仔細を、国土の開発、整備などを担う地楽環へ定期的に報告することが義務づけられていますし、不審があれば都城の視察団が動きます」
 ちがくかん、て何だろう。日本でいう国土交通省とかの行政機関のことかな。
 分からない言葉が幾つかあったけれど、おおまかなことは理解できた気がする。
 うん、あとで暇を見つけて、もっと詳しく聞いてみよう。
「そうかぁ、分かった。ありがとうね、リュイ」
 いえ、とリュイは言葉少なに答え、不思議な眼差しを向けてきた。
「?」
 私が首を傾げると、リュイはほんの一瞬、戸惑いを見せたあと、慎ましい微笑を浮かべた。奇麗な形の目が、柔らかく細められている。ストイックな表情なのに、大人っぽくてなんだかどきどきしてしまった。
「あなたは、聡明な方ですね」
 驚いてしまう。どこが?
「普通、あなたの年頃の娘は、こういったことは話題にせぬものです」
 ううん、私も普通の時は全然考えたりしないよ。やっぱりこんな状況にいるから、色々と知っておきたいと思うんだよね。
 それにね。
「戦争のことって、テストに出るから、勉強しなきゃいけないんだよねー」
 いいくにつくろう、かまくらばくふ、と私が呟くと、リュイがきょとんとした。
 何だか照れ笑いが漏れた。
 学校がほんの少しだけ、懐かしかった。
 
■□□
 
「ところでリュイ」
「はい」
 私は何気なさを装って、リュイの顔を覗き込んだ。
「敬語」
「……」
 目を逸らしても駄目!
 リュイってば、ずうっと敬語使っているんだもの。
「約束したよね?」
「そう、でしたか」
 ふーん、誤魔化すんだ。
「いいのかなあ、騎士さんが、そんなすぐ約束を破って」
 と仄めかすと、リュイは微妙に渋い顔をした。
「信頼関係って、大事だよね」
「分かった……ヒビキ」
 そうそう。女の子って、強いんだよ。
 リュイの表情が何とも言えなくて、ちょっと笑ってしまいそうになる。
「そうだ、いつ頃剣の稽古してくれるのかなあ」
 リュイがとっても複雑な顔をして、額を押さえた。
「ヒビキ、それは――」
 駄目、約束だよね。
 王子様に言いつけようかな、って呟くと、リュイは瞬きを多くして、遠くを見た。
 その反応、何かな。

(小説トップ)(Fトップ)()()