F40

 私は悲鳴を上げた。けれど現実には、ひゅうっと掠れた音が喉から漏れただけだった。腕を包んでいた赤い炎は溶けるように消えた。なぜかとても視界がクリアになっていた。
 
 ――使えぬ主よ、ならば我がために動け。
 
「ひゃあ!」
 見えない手で思い切り腕を引っ張られたかのように、私は前のめりになった。勝手に腕が動く。神剣を握る手の甲に浮いた人面瘡が、まるで皮膚から抜け出そうとしているみたいに顔を突っ張らせていた。私の意思を不要なものと判断して、自ら動こうとしているようだ。
「やめてっ」
 何がどうなっているのか分からないけれど、この人面瘡が神々しいものだとはとても思えなかった。逆に、すごく禍々しい感情がしたたっている。
「やっ」
 私は蒼白になり、短く叫んだ。人面瘡だけが問題じゃない。腕の一つを吹き飛ばされた巨大なレイムが怒りを滲ませた唸り声を上げ、酸のように危険な液体をこっちへ放ったんだ。けれど、私がその液体を浴びることはなかった。意思とは無関係に腕が滑らかに動き、針状と化した無数の鋭い液体を剣先でなぎ払ったためだ。
 
 ――化け物どもめ、喰ろうてくれる。
 
 私じゃない声。沢山の声が一つに重なり、心の中で騒音のようにうるさく響く。まるでスクランブル交差点の真ん中に心を放り投げられたみたいだ。
「あ!」
 ぶちぶちと、寒気がするような音が自分の腕の内部から響いた。嘘だ、何これ。腕が激しく脈を打ち、血管や筋がはっきりと浮かび出して、小さな人面瘡達のもがきとともに、異様に膨らみ――。
「!!」
 声が出なかった。自分の左腕が見るも無惨な怪物みたいに変わっていく。
 巨大なレイムが、呆然とする私に向かって、口から火炎を吐き出した。ただの火炎じゃない。黒い炎。一瞬その炎が醜怪な獣面の形を作った気がした。
 避けきれるはずがない。そう考えた時には既に腕が動いており、身体をよじるようにして炎を難なく叩き斬っていた。でもレイムはその一人だけじゃない。ざわっと鳥肌が立った瞬間、隙を見計らっていたのか、複数のレイムが一斉にこちらへ飛びかかってきた。虫のような肢体、獣めいた肢体、ホラーゲームに登場する化け物そっくりな肢体。彼らの姿が視界いっぱいに映った時、人間の世界なんてもうどこにも存在しないような気がした。
 皆残らず抉ってくれよう、というどこか鬼気迫るものを含んだ愉悦の声が心に満ちた。太さも不気味さも増した自分の腕が更に変化して、伸びていく。ぶちぶちと神経が切れるような音と共に。
「――!!」
 脈動する伸びた気味の悪い自分の腕が、鞭のように鋭くしなり、一番先頭にいたレイムに食らいついた。
「あ、あ!」
 もう神剣なんかじゃない。剣が腕の肉の中にずぶずぶと飲み込まれていき――ああ、嘘だ、自分の腕がまた変化して、巨大な口の化け物に。
 
 ――不味い、不味い肉よ。
 
 食べてる。レイムを!
 まるで食い散らかすように、神剣を取り込んだ私の腕が、レイム達の身体を残忍にひきちぎっていく。あっという間の速さで。
「や、やめ……」
 とまらない。私の言うことなんか無視して、腕がレイム達を傷つけるためだけに動く。自分の身体が人形みたいにくるくる移動する。レイムの肉片が闇の中に散らばる音、そして彼らの悲鳴が交互に響く。誰も人間には戻っていない。私の腕は、神剣は、わざと力の加減をして、殺さない程度にレイムをいたぶっている。
「お願……、やめて」
 だんだんと侵蝕されていく私の腕。肘の辺りまでだったのに、上腕、肩へと、ぶちぶち音が。
 腕の先は枝分かれし、大きな口を持つ蛇のようになった。八岐大蛇とか、そんな馬鹿な考えが一瞬頭に浮かんだ。
 
 ――見よ、小娘。レイムにも格がある。雑魚は不味い。だが、ソレはよく肥えている。
 
 心の中に響く傲慢な声。ぐちゃぐちゃに盛り上がり、膨らんで、伸びてしまった自分の腕の一部に、手の甲に浮かんでいた人面瘡が現れ、大きく目を一回転させたあと、私の方を見つめた。
 人面瘡の言う「ソレ」とは、黒炎を吐き出した一際大きな身体のレイムのことらしかった。レイムにも強いのがいたり弱いのがいるんだ、とぼんやり思った。私は意識を手放しかけていた。
 人面瘡に格があると認められた巨大なレイムが、お腹に響くような低い怒声を放ち、残っているたくさんの腕を振り回して私の動作を封じようとした。触手のようにうねる俊敏なレイムの腕を、私の身は軽やかにかわしていた。巨大な蛇の口と化した自分の腕が、声を出さず楽しげに笑っているのが分かる。強い敵を前にした時の高揚感が、伝わってくる。
 普段の自分では絶対できないような素早い動き、それは都合のいい想像の中で描いた理想の姿とぴったり重なっていた。危険な状況でも果敢に立ち向かって戦う自分の姿だ。それは自分であって、自分じゃなかった。いつかそうなりたいと期待もして、憧れた姿を、今、現実にしている。
 だけど、何も嬉しくない。動いているのは私の身体だとしても、まるきり操り人形と変わらない。
 こんなのって、ないよ。
 霞む意識の中でぽつりと独白した瞬間、身体が勢いよくジャンプした。巨大なレイムに向かってだ。私の腕に出現した大きな口が、レイムの肩の肉を大きく咬み切った。とんっと軽い動作で、私は地面に着地していた。レイムが泣いている。怒りと恐怖を滲ませて。
 
 ――食おう。食おう。
 
 違うよ、駄目だよ。
 ぼんやりとしていた意識の中で、本当の私が必死に叫んでいる。
 食べちゃ駄目なんだ。皆を元に戻すんだよ。
 起きろ、目を覚ませ。
「……やめて」
 言うこと、きいて。
 レイムを弄ぶために動き出そうとする腕を、無事な右手でおさえた。他のレイム達は、神剣を飲み込んだ私の腕の禍々しさに躊躇しているのか、闇の中に再び身を隠したようだった。
「やめてよ」
 懇願してもとまらない。肩を咬み千切られたレイムが、再度黒い炎を吐いた。ランプの明かりは遠くて、私の目はほとんどきかないはずなのに、化け物と化した腕に大部分を乗っ取られているためか、暗視ゴーグルを装着しているみたいによく見えていた。
 ランプ。はっとした。ランプの存在が頭の中で鮮明になる。その間にも私の身体は勝手に動いた。黒い炎さえも飲み下し、ごくりと音を立てて嚥下する不気味な腕。ぺろりと長い舌で、美味しそうにむき出しの牙のまわりを舐める。また身体が動き、巨大なレイムから生えている複数の腕を一度に食い破った。
 心の中に、人面瘡たちの哄笑が響いた。痛みに苦しむレイムの鳴き声を、馬鹿にするように真似しながらだ。
「やめて……やめなさい!」
 もう――腹が立つ!
 突然、かっと頭に血がのぼって。
 キレやすい若者の特徴が、どうやら自分にもあったらしい。
 
 私は理不尽なこの展開に、恐ろしさの限界を超えて、とうとう逆上した。
 
 何なの、この状況!
 私、私。
 一応女の子なのに!
 ……という、この場に何の関係もない怒りがわく。
 若い女の子に、このグロイ腕ってどうなの! ここまで気持ち悪いんだったら、せめてちょっとは協力してくれてもいいじゃないか!
「もう、いい加減に……!」
 勝手に動こうとする身体を、私は渾身の力でとめて、方向転換した。複数の腕を食べられて痛みにもだえる巨大なレイムに背を向けてだ。
 
 ――おのれ、娘!
 
 罵りたいのはこっち!
「言うこと、ききなさい!」
 声に出して怒鳴ると、すぐさま心の中でいくつもの反発が上がった。黙れ黙れ黙れって、喚き立てている。
「駄目っ、言うこと聞かないんだったら――」
 私はランプの方へと走った。非力な娘に何ができる、と腕が口汚く罵倒している。うわ、人面瘡も怒りの表情だ。
 でも! 一体、誰の身体だと思ってるの。人の身体を借りてるんだったら、もっと宿主の意見とか感情とか、謙虚な心で気にかけてよ!
 勝手な行動なんて、許さない。
「私が――主なんだから!」
 
 ――娘!
 
 ぎょっとしたような声が上がると同時の、無謀な行動。
 私は自分の腕、というか、腕にできた口を、ランプに思い切り押し付けた。
 ランプの容器が割れる音。普通の明かりのはずなのに、腕にできた口はもの凄く苦しがった。後先考えないでそんな真似をした私が仰天するくらい激しく痛がったんだ。
 突然、轟音を立てて、ランプの明かりが火柱のように高く高く燃え上がった。人面瘡達が一斉に悲鳴を上げている。なぜか私は熱くなかったんだけれど、あんまりすごい悲鳴が身体の中でたくさん響いたから、その驚きで身をひいてしまった。
 火柱は、私が身をひいた瞬間、すっと消えた。
 そして、腕も、元通りになっていた。
 透明な赤い神剣に、戻っていたんだ。
 神剣を握る自分の手をまじまじと見つめた。闇の中でさえ見通せる透明な剣。
「い、言うこときかないと、また同じことするから!」
 こんな状況で、脅し文句を口にする自分もどうかと思うけれど、今はなんていうか、この神剣より優位に立っておかなきゃという焦りがあった。もうあの八岐大蛇みたいな腕は勘弁してほしい。
 
 ――……。
 
 沈黙された。まさか、無言の抵抗?
「もうっ」
 ……なんて、喧嘩をしている場合じゃなかった!
 背後の気配がざわりと動いたのに気づく。
「ね、ねえ、力貸してよ! 私、主人だよね!?」
 叫びつつ振り向いた瞬間、すぐ真後ろにまで、巨大なレイムが迫っていた。
 
 ――……。
 
 あ、今、なんか舌打ちみたいなの感じた、と思った時には、私の身体はレイムの攻撃を紙一重のところでかわしていた。
「乱暴だよっ」
 さっきまでの軽やかな動きとは違って、すごい雑なかわし方だ。
「斬って!」
 あ、今度はぶつぶつと文句言っているような感じが、と思った時には、凄腕の剣士みたいに自分の身体がひらりと跳躍して、剣が振り上げられ――レイムの首を、切断していた。
 驚異のスピードで人に戻るレイム。だけど、話しかける余裕も、見守る余裕もなかった。神剣の禍々しさが抜け落ちたためか、闇に潜んでいた他のレイムたちが、動き出す気配を感じたんだ。
「!?」
 どうしよう、と身構えた時だった。突然、背後から、矢のような光が放たれた。
 その光は、私の目の前で破裂するように飛散し、呪文をたくさん刻んだ透明な壁に変わった。その向こうには無数のレイムたち。透明な壁に体当たりしていたけれど、阻まれていた。
「早くこちらへ! 長くはもたない!」
 驚いて振り向くと、私が貸した上着を着込んだ少年が、松明を片手に掲げ、神殿の出入り口に立っていた。
 やっぱりこの子、魔法か魔術が使えるんだ。
「早く!」
 ぱんっと壁が痛そうな音を立てた。レイム達の突進で、文字を刻んだ透明な壁の一部に亀裂が入っていた。
 私は急いで神剣を鞘に戻し、蘇生を果たしたばかりの男性――だと思う――に肩を貸して、少年の方へ向かおうとした。
 ……のはいいんだけれど、重い!
 成人男性の身体を抱えて走るなんて、無理がある。
 その男性の重みに潰されかかった時、急に軽くなった。
 闇の中、誰かの視線とぶつかった。私の肩から男性の重みが消える。
「俺が支える」
 ぽつりと、男性の渋い声が聞こえた。私の代わりに、誰か……さっき、レイムから人へと戻したうちの誰かが、手伝ってくれたんだと分かった。神剣を鞘に戻した影響なのか、視界がクリアじゃなくなっていた。
 私達は急いで、少年が待つ神殿の入り口へと駆け寄った。
 そこには少年だけではなく、背の高い女性もいた。彼女はどこかで服を見つけたらしく、ちゃんと着込んでいた。男性用の衣服をきていたので、なんとなく雰囲気と合わさって、青年のように見えた。右手には剣を持っている。女性剣士なんだろうかと思った時、まるで憎悪に近いような拒絶の目で見下ろされ、私は息を呑んだ。どうしてそんな目で、と疑問に思うと同時に、先程の自分の姿が脳裏によぎった。神聖さとは程遠かった、化け物のような腕。見られていたのかもしれないと気づいた。魔物とかが存在するこの世界であっても、私の腕の変化は異様なものに映ったんじゃないだろうか。
「中へ」
 松明を掲げる少年が短く言った。彼の顔もひどく強張っている。
 ごそりと、隣で身じろぎする音が聞こえ、私は肩を揺らした。人間に戻ったばかりで意識がまだ曖昧な、三十代半ばの痩せた男性を抱える人が、すぐ隣にいた。完全な夜が訪れる前に、二番目に斬った男性だ。濃黄色の髪を持つ四十代前後のがっしりとした体つきの男性。この人もまた、厳しい顔をしていた。
 私はちょっと俯き、見られないように唇を噛み締めたあと、普通の表情を取り戻して、一度振り向いた。闇の中のレイム達は、盾となっている透明な壁を破ろうと、躍起になって体当たりしていた。
 私達は、レイム達が立てる衝突音を耳にしながら、神殿内へと逃げた。
 
●●●●●
 
 数は少ないものの、神殿内にもレイムはいた。
 当然かもしれない。レイムには帰巣本能というか、人間であった頃の習慣みたいなものが残っているってリュイが言っていた。故郷や、強い思念を残した土地に固執するんだって。それが本当だとすると、たとえばこの神殿で働いていたり、他の場所より思い入れを持っていた人達は、レイムとなっても無意識に足を運んでしまうんだろう。
 神殿関係の人が多いってことは、もしかすると呪術系に詳しい魔術師とか神官もいるんじゃないかな。この推量はあながち間違いじゃないと思う。現に、松明を掲げて先導をつとめる少年は、魔法みたいな力を持っているんだ。更に言えば、神殿の外で最後に斬った男性も、何らかの力を持っていそう。今はまだはっきりと覚醒していない状態で、濃黄色をした髪の男性に支えられながら歩いているけれど。
 どうしてそんな予測をしたのかというと、私の腕に浮かんだ人面瘡の言葉が引っかかっていたためだ。レイムにも格があるって。
 多分、この「格」って、身分という意味ではないと思うんだ。人であった頃に持っていた能力とか素質が関係している気がする。この男性がレイムだった時、黒炎を吐き出していた。物を溶かす酸のような液体は他のレイムも飛ばしていたけれど、明らかに普通とは異なる炎を吐き出されたのは初めてだ。他のレイムより強い力を持っていたという証拠になるんじゃないかな。
 もしこれが普通の炎だったら、神剣を飲み込んで異様な怪物と化した私の腕は、何も反応できなかったんじゃないかと思う。神剣は、魔物やレイムに対して有効なものだから。
 足早に通路を進みながら、私はぼんやりと考えを巡らせていた。その途中、通路を曲がった時に、先頭を進んでいた少年が不意に足をとめた。どこか甘えるような響きを含んだ鳴き声が聞こえる。レイムだ。
 少年の隣を歩いていた騎士のような女性も足をとめ、剣をかまえた。私と、濃黄色の髪の人、まだ完全には目覚めきっていない男性は、彼女達の後ろを歩いていた。先頭の二人がとまったので、後方の私達もつられて足をとめた。
 少年が松明の炎に片手を少し近づけ、何か囁いていた。すると不思議なことに、炎自体は何の変化もなかったのに明かりが広がり、通路の先まで照らし出した。そのおかげで、鳴き声だけでなく、レイムの姿を目にすることができた。
 レイムは通路の奥にいた。私達の姿を認めたらしく、こちらに向き直った。痩身のレイムだ。腰がぎゅっと絞ったみたいに細いけれど、下半身が異常に太く、背丈もあった。そして、四本の腕は、剣の形をしていた。
「私が」
 と小さく宣言し、戦闘の体勢を取った女性を、少年が引き止めた。
 苛立った表情で振り向く女性に首を振った少年が、ちらりと私に視線を投げた。
 そうか、彼は一番最初に戻した人間だから、意識がはっきりするのも早かっただろう。私が、レイムを人に戻せることを、最も冷静に受け止めているかもしれない。
 少年は一瞬、躊躇いの表情を浮かべた。それはそうだろう。人に戻せるのだとしても、私が敵なのか味方なのか、判断しきれないに違いない。それに、怪物めいたこの腕も見ていた可能性が高いだろうし。
「来るぞ!」
 濃黄色の髪の男性が、鋭く叫んだ。通路の奥にいた痩身のレイムが意外な速さでこっちに突進してきたんだ。
 私は反射的に神剣を鞘から抜き、駆け出していた。心臓がすごくどきどきしていて、剣を持つ腕も震えている。なぜなら、意識がちゃんと正常な状態だったためだ。今、神剣を握っているのは、完全に私の意思による。
 お願い、神剣、私を戦わせて。
 強く願った。接近した私の頭上に、レイムが剣と化した腕の二本を振り下ろした。私はなんとか、両手で柄を握り、神剣の刃で受け止めた……けれど、呆気に取られるくらいのすごい力で、簡単に弾き飛ばされてしまった。自分の身体がボールみたいに浮き、通路の壁に衝突する。背中、痛い! 私はぶつかった衝撃に驚きと痛みを覚えた。そのままずるっとへたりこんでしまう。神剣を手放さなかっただけ上出来という情けない有様だ。嘘、神剣ってば、反応してくれない!
 今、私が死ぬと、他にあなたを扱える人がいなくて、きっと困るよ!
 と、私は脅しなのか懇願なのか分からないことを、声に出さず神剣に訴えた。
 あ、よく分からないけれど、すっごい嫌々って感じの曖昧なざわめきが心の中に、と思った瞬間、レイムの鋭利な腕が、私の胴体を切り裂こうとしたのか斜めに振り下ろされた。驚愕で動けない、でも実際には最低限の防御の姿勢を取っていた。神剣を持つ腕が、レイムの剣を阻むために動いたんだ。
 でも、力の差はどうしようもなくて。
 信じられない、神剣ってば、絶対手抜きしてる!
 また情けなく弾き飛ばされた私は、胸の中で悪態をついた。ううん、怒ってないけど、責めてないけど!
 しかも、このレイム、強いよ。
 ああ、やっぱり、さっきまで軽やかな動作ができたのは、神剣のおかげなんだ。そして、神剣が目覚める前、少年達を人に戻せたのは、完全にレイムにはなっていない状態で、ほとんど抵抗を受けなかったから。
 今の私、全然弱い!
 焦りを抱いた時だった。
「援護する!」
 少年の声が響いた。
 援護って!
 振り向く時間はなかった。再びレイムが私に向かって一本の腕を振り下ろしてきたんだ。それは不格好な体勢だったけれどなんとかよけられた。と思ったら、その攻撃は誘い水だったらしくて、逃げたところに、別の腕を振り下ろされた。でも、不格好な体勢が幸いしたのか、逃げた勢いを殺せなかった私はぺたんと後ろ向きに倒れる形になったので、それも偶然かわすことができた。私の頭上ぎりぎりを、レイムの腕がかすめたんだ。よかったと思うより速く、更に剣のような鋭い腕が伸びてくる。レイムの腕は四本あるんだった。
 けれどこれもなんていうか、私の戦闘能力の低さが幸運に繋がったようだった。慌てて起き上がろうとして、神剣の先が床の小さな亀裂に引っかかってしまい、そのまま今度はべちゃっと前に倒れてしまったんだ。うつ伏せ状態になった私の上で、空気を斬る寒々しい音がした。お願い、援護してくれるなら、早く!
 もうさすがに次はさけきれない、と思った時だった。慌てふためきながら上体を起こした私に向かって、今度は四本の腕が一斉に突き出された。私は逃げることを忘れ、凝固した。
 剣の先があと数センチで眉間を貫く、という時だ。
 レイムの腕に、細い光の輪が巻き付き、動作が完全に封じられたんだ。
 不思議な光の輪。それは糸のように見えたけれど、実は小さな光る文字の連なりらしかった。
 少年が、魔法でレイムの動きをとめてくれたんだと分かった。私は這うようにしてレイムの側を離れ、体勢を整えた。
 急ごしらえの封じ込めのせいか、細い文字の輪は、抗うレイムの力によって簡単に壊れそうだった。
 私は素早く後方へ回り、レイムが腕に力をこめるため前屈みの姿勢を取ったその瞬間を見計らって、神剣を振り下ろした。
 何度斬っても慣れない、ざくっという音が手に伝わった。

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