F41
「信じられん」
レイムから人間へと蘇生を果たした二十代半ばの男性を見下ろして、濃黄色をした髪を持つ人が愕然と呟いた。彼の視線が、ぐったりしているその人から私へと移る。
「全く、信じられん」
もう一度、温度の感じられない声音で独白されてしまった。
今は、彼の眼差しにこめられた山ほどの質問と驚きに答えてあげられる余裕がなかった。
「他の人達はどこに?」
と、私は少年にたずねた。この場にいる人達以外にも、女の子や五十代くらいの男性とかがいたはずだった。たぶん今、その人達が待っている場所へ向かっているんじゃないかと勝手に推測していたんだけれど、こうしてレイムの襲撃を受けたことで、彼らの身の安全が気になったんだ。
「三人は結界をはった安全な場所に。今、そちらへご案内します」
少年は吐息を落としたあと頬にかかった暗灰色の髪に軽く指を通し、余計な問いを一切挟まず要点だけを簡潔に答えた。うん、場所を説明されても神殿の構図に詳しくない私には分からない。直に案内してくれるのが一番いい。
「ただ、略式の結界です。長くはもたない」
そうか、急いだ方がいいみたいだ。
「分かった。その三人の所へ行こう。レイムは私がなんとかするから、あなたは、できれば、今みたいに援護をお願い」
少年はすぐに頷き、警戒心を全面に出して私を凝視している女性へ、有無を言わせぬ口調で「彼の面倒を」と命じた。青年騎士めいた雰囲気のその女性は何か言いたげな顔をしたけれど、少年の言葉に従って、人に戻ったばかりの男性に肩を貸した。
もしかしてこの少年、すごく身分が高い子なのかな? 一番年少だと思うのに全然気負った様子を見せないし、当然のように命令し慣れた雰囲気をもっているんだ。それに他の人達も、少年の態度に対して反感を抱いていない様子だった。
「こちらです」
少年は、私が貸した上着の裾を翻して、足早に通路を進み始めた。
●●●●●
一人じゃないってこんなに気持ちが安定するんだと、私は内心で驚嘆していた。
勿論レイムを斬るのはとても辛いし、恐ろしい。でも、背後に誰かがいて、尚かつ手を貸してくれるという状況は、余裕とは違う安堵感や勇気を与えてくれるんだ。
切羽詰まった状態でも絶対になんとかしなきゃっていう明確な意志が生まれる。……神剣の方は、なんだか不貞腐れた感じで沈黙してしまったけれどね。
私は結界をはったという場所にたどり着くまで、五体のレイムを人間に戻した。少年の魔法による手助けがなければ、とても不可能だっただろう。
蘇生した人達を励ましながらも、ふと心に影が落ちる。
リュイとエルは、今、どこにいるんだろう?
結界をはったという場所は、神殿に仕える人達の中でも高位の官しか入室が許されない禁域の間に作られた、隠し部屋だった。
急ごしらえの結界は長くもたないっていう話だったけれど、物音を立てて騒いだりしなければ、ここで一晩を乗り越えられるかもしれない。
神殿内に作られた秘密の部屋を知っているってことは、やっぱりこの少年は、かなり身分が高い子なんだろう。
少年は結界内に入る時、一人一人順番に手を取って慎重に皆を引き入れた。彼の手を借りずに入ろうとすると、どうやら結界に弾かれてしまうらしい。
隠し部屋の広さは大体、三十畳くらいありそうだった。予想以上に広く、小奇麗で驚く。危険時に備えてだろうか、衣服や非常食、お酒などの貴重な物資が床下に作られた収納スペースに備蓄されていた。壁際の棚には書物や救急箱、毛布などが置かれている。ちゃんと燭台もあって、全員の顔を確認できるくらいの明るさが保たれていた。
私を含めて、総勢十四人が室内に存在する計算だ。まずは、蘇生したばかりの人に衣服を渡して、気付けのためにお酒を一口飲ませ、声をかけた。
といっても、動いたのはここまで一緒に来た少年や女性で、私はその様子を見ていただけ。所在ない感じになったので、とりあえず見張りを兼ねて扉付近に腰を下ろし、部屋全体を眺めた。
まだ現状を把握できずぼんやりしている人達は別として、正常な意識を取り戻した人は、明らかにこっちを気にかけていた。時々向けられる視線が痛い。
ここにリュイ達がいればなあ、と寂しくなる。急に疎外感が芽生えて、いたたまれない。
リュイとの出会いは私にとってすごく大切なものだったんだと改めて感じた。彼のような、たとえ恐怖や嫌悪感を抱いたとしても絶対裏切らないという信念をもって側にいてくれる人とは、そう滅多に出会えないんじゃないだろうか。ふとそんなことを考えて、私は無意識に小さく頭を振り、自分をなじった。ああ、駄目だ、目の前の人たちに線を引かれたからといって、それを否定的するためにリュイを思い出して評価するのは、よくない。リュイにもこの人たちにも失礼だし、私自身が信頼に足る人間であるかどうかが、一番問題じゃないか。自分に自信がないから、過敏なほど他人の心情を意識してしまうんだ。
ただ、なるべく悪い方向には考えないようにしたいという思いとは裏腹に、誤摩化せない視線もあるのは事実だった。
明確な、猜疑と拒絶の眼差し。異物を排除するかのような硬い視線を複数向けられていると思う。
誰とも目を合わせないように、けれど平静を保って俯かないようにするというのは、結構難しい。以前どこかで聞いた話だけれど、テレビカメラを向けられた時は、レンズの中心じゃなくて、上部あたりに視線を置くのがいいとか。私は他愛ないことを考え、気まずさをやりすごそうとした。
話しかけられたくないような、でも無視され続けるのはきついような、そういう緊張した時間を破ったのは、皆を統率していた少年だった。
きちんと私に目を向けて近づき、奇麗な仕草で床に片膝をついた。こっちに対して恭しく振る舞っているという感じじゃなくて、ごく自然に身に付いた優雅さで目線を合わせてくれたみたいだった。
私より少し年下だと思うんだけれど、随分大人びてるというか、落ち着いている。
「礼を申し上げるのが遅れました。助けていただき、感謝しております」
どうしよう、この場合、私も敬語を使って返答した方がいいの?
緊張のため、正しい敬語は使えないかも、という消極的な結論が出てしまう。私は「気にしないで」の意味を込めて小さく首を振った。ちょっと素っ気ない態度だったかも。うーん、どうしよう。TPOの判断って難しい。
少年が口を閉ざし、僅かに視線を動かした。あ、額の神石を見ているのかな。
「あなたの、その耳の石も、神石?」
まずは共通の話題から初めてみようと思ってそうたずねたんだけれど、彼は驚いたように軽く目を見開き、自分の耳を押さえた。
「あなたの額のものは、神石なのですか」
逆に聞き返されてしまった。
どう答えたらいいんだろう? リュイは神石だと言ってたし、実際神様から与えられたものだ。とりあえず肯定すると、少年は考えに沈むような表情をしてしばし黙然としたあと、床についていた片膝を少しずらしてこっちに近づいた。
「無礼とは存じますが、触れてもよろしいでしょうか」
うう、敬語はまだまだ続くのかな。
内心で怖じ気づきつつ、何でもない顔を取り繕って頷いた。少年は片手を伸ばし、私の額に浮かんでいる神石へ、慎重な仕草で指先を置いた。その途端、まるで熱の塊に触れてしまったかのような、大袈裟な反応を見せた。
「本物ですね。本物の神石だ」
少年は自分の指を見つめ、どこか感嘆の口調で呟いた。触っただけで分かるの?
「私のものは、神石ではありません。これは魔石です」
魔石?
神石とどう違うのかな。
よく分からないので、ただ頷くだけにとどめた。愛想笑いもできない硬い雰囲気がある。
「あなたは、この神殿の人?」
役職とかが分からないので、そういう聞き方をした。少年は「はい」と答えたあと、言葉を付け足した。
「私は百十一代目の率帝です」
りつてい?
少年はこちらの反応を窺うためにそう名乗ったらしいんだけれど、何のことかさっぱり分からない。私の反応の薄さに、少年は怪訝な顔をした。
ううん、率帝ってどういう身分なのかと聞いていいのかな。でも何だか、普通は知ってて当たり前という空気が流れている。
思い切って聞いてみようと決意し、口を開いた時、冷たく割り込む声があった。
「率帝から一体何を探るつもりなのか。まずは己の身分を明かすべきではないのか」
厳しい声音に、私は一瞬固まってしまった。
光の加減で赤みを帯びているように映る黒髪をもった女性が棚に寄りかかって腕組みし、こっちを睨んでいた。すらりとした体型と相まって、青年剣士めいた印象を与える女性だ。前もって女性だと分かっていなかったら、本当に青年だと勘違いしてしまったかもしれない。涼しい感じの美人だと思うけれど、今はとても近寄りがたい空気をまとっている。
……などと考えて現実逃避している場合じゃなかった。
身分、持ってないよ。
でも、そう答えるのは、更に不信感を植え付けるに違いなかった。リュイの時もそうだったし。
「なぜ答えない」
どうしてこの人から、突き刺すような敵意を向けられているんだろう。理由が見当つかず、戸惑ってしまう。
「ディルカレート、下がりなさい」
険しい眼差しを私に固定させて近づこうとした女性――ディルカレートというのが名前みたい――を、率帝が静かな口調で遮った。
「しかし!」
「この方は、災いとならない」
「ですが、化け物を身に飼っているなど、尋常ではありません」
化け物。
血の気が引いた。
やっぱり、怪物みたいに変貌した腕を見られていたんだ。だから、こんなに敵意と警戒を向けている。
そうだよね、自分でもこれは不気味だって思ったし。ディルカレートが、皆に危害を与えないかと心配して当然だ。
「だが、その娘が、我らを救ったのも事実」
横やりを入れてきたのは、神殿の外で最後に斬った人……人面瘡に格があると認められた三十代半ばの男性だった。気難しい学者という雰囲気をもっていて、かなり痩せている人だ。言葉的には庇ってもらった状態だけれど、瞳に優しさはなく、口調も表情も冷たい。
「イルファイ殿の仰る通り。身分よりも、この方が宿す神石が証。聖なる気配をお持ちだ」
率帝の言葉で、ディルカレートはとまったけれど、こっちに対する不信感は消えていないようだった。率帝もそれを感じたらしい。
「この方はおそらく、人の身分に甘んじない。それでも尚こだわるのならば――私よりも位は上、比較になるものではないのでしょう」
率帝の説明に、皆がざわめいた。どうしよう、とんでもない誤解が生まれている気がする。そもそも率帝という名称にどんな意味があるのか、すごく身分が高いのか、分からないままだ。
「娘よ、この国の者ではないな。全く謎だ」
学者のような外見をしたイルファイが嘲るように薄い唇を歪め、実験の対象物を見る目をして私を覗き込んできた。ああ、本当にどうしたらいいの!
「何者だ?」
何者って言われても!
「私は」
ごくりと唾液を飲み込んだ。視線ってこんなに痛いんだ。
「私は――失われた神の誓いにより、この国に来た」
敬語を使うべきか、普段の口調でいいのか判断できず、妙に突っ慳貪な話し方になってしまった。うわあ、なんか生意気というか偉そうな感じに聞こえたよね?
「失われた神……?」
イルファイが眉間に皺を寄せた。この人、不機嫌そうな表情がすごく似合うかも。
「人々を、蘇生させるために」
喉がからから、咳が出そう。
そう思って口を噤んだ時だった。
――エル。
沈黙していた心の中の声が、不意に浮上したんだ。
思わず自分の手の甲を見下ろしてしまった。何も浮かんでいない。でも、私じゃない声が心の中に響いた。
――聖獣が呼んでいる。
すっごく不承不承という感じで教えてくれる声。
「エル!?」
エルが呼んでるの?
もしかして、この近くに来ているんじゃないだろうか。
「エル!」
立ち上がって叫んでしまった。
私、ここ!
「何だ?」
いきなり立ち上がって叫んだ私に、イルファイが奇妙な目を向けた。他の人達も、呆気に取られた様子で私を見ていた。
「エル、こっち!」
駄目、全然気配とか感知できないよ!
――結界が、小むす……主の気配を阻んでいる。
なんか、小娘って言われかけた気がするけれど、今はそこにこだわっている場合じゃなかった。
「率帝!」
「はい」
突然呼びかけられて率帝は驚いた顔を見せた。
「この結界、一瞬だけでも無効にできる?」
勢い込んでたずねる私の様子に目を見張りつつ、困った表情を浮かべた。
「略式の結界ゆえに、一度無効にすれば潰れてしまいます」
壊せないってことだ。
言葉を詰まらせた時……聞き間違いじゃなければ、けっ、と小馬鹿にするような笑い声が。今の、イルファイ?
「どうせ長くはもたない結界ではないか、率帝よ。それとも再び界を作り出すのは困難か」
イルファイって、もしかして、もしかして、かなり偏屈系とか、皮肉屋とか。
「魔法による結界の構築は時間を要する」
「ほう、できないと」
「演儀泡典がなければ術を操れぬあなたに侮蔑される謂れはない」
ええと、率帝、抑揚のない声がちょっと怖いかも。それにしても、えんぎほうてんって何だろう? なんとなく法典とか魔術書の類いじゃないかなって思ったんだけれど、違うかな。
またしてもイルファイが小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。この二人って実は犬猿の仲なのかな。
「さようか? だがその無能な魔術師に守られていたのは一体どなただったか」
あのう、なんかとてもぴりぴりとした不穏な空気が二人の間に流れているような気がする。
イルファイって、魔術師なんだと分かった。そういえば魔術は正確な<式>を知っていたら誰でも扱えるってシルヴァイが言っていた。
じゃなくて、私の質問ってどうなったんだろう。もう過去になってるんじゃ。
「魔力を抱く使徒たち、率使全ての統率者であるお方の言葉とはとてもとても、思えぬ」
魔力を抱く使徒? もしかして、率使って魔法使いのこと?
「いやはや、多くの率使たちも嘆いていることであろう」
「何が仰りたい」
バトルが始まってるよ、二人とも!
「あの……」
と一応口を挟んでみたけれど、無視されてしまった。完全に二人の目が怒ってる。
「率使の柱であり最高指導者でもある率帝が、まさか彼らを置き去りにし保身をはかるとはゆめゆめ思わず、失望も大きかろうと」
「よくもそのような虚言を」
「あ、あのっ、二人とも」
「虚言か。災厄を前にして、真っ先に皆を率いて戦わねばならぬ者が、あろうことか無能呼ばわりしていた魔術師を犠牲にし時間稼ぎの上、逃亡したと、確かに知る者は少ないだろう。だがまあ結局はこうしてお目見えしているのだから、逃亡の意味はなかったようだ」
「事実を知らずによくも己が論を垂れ流す」
「二人とも、待って、話を聞……」
「事実も何も、今もまた同じ過ちを繰り返す気ではないか。身に降り掛かる危険を厭い、結界を再度構築するのはご免と口にされただろうに」
「黙れ、魔力の亡者め。我が力を侮るならばその身で試」
「――ストップ!」
今にも取っ組み合いが始まりそうな二人の間に、私は無理矢理割り込み声を張り上げた。
二人はぴたっと口を閉ざして、間に立った私を見下ろした。
「言い争いをして、得られるものは!? その口論が今必要なんだったら続けてもかまわない」
私は少し腹を立てていたんだ。エルが呼んでいると神剣が教えてくれたのに、ここで時間を浪費したら、会えなくなってしまうかもしれない。
二人の間には他人が入り込めない確執があるんだろうと思う。でも、ここで決定的に仲違いするのは駄目だ。
「たくさん疑問がある、説明しなきゃいけない問題も山ほどある。それはよく分かっているけれど、今は時間がないの。――私の仲間が、呼んでいる」
二人の目から憤りが消えて、驚きが宿った。
「結界を一時的に解除できるか聞いたのは、その仲間の所へ行きたいから。外にはレイムがたくさんいる。夜は始まったばかり、レイムが多くいる場所で、その仲間が困っているかもしれない。見捨てることはできない!」
小娘が何を言っているんだろうと、罵られるかもしれない。
それでも、何一つ自覚のなかった私と一緒に来てくれたエルや、ずっと側にいて支えてくれたリュイと、はぐれたままでいたくなかった。
「率帝、一時的に結界を無効にできないのなら、私だけでも外に出ることは可能?」
率帝の視線が泳いだ。できるんだ。結界内に入る時、率帝に触れていた。出る時も、彼の手に触れていれば可能なんじゃないだろうか。
「私、外に出る」
率帝に手を差し出す。
「ですが……」
困惑顔の率帝の目を覗き込む。
「お願い」
「無体なことを言われる」
顔を強張らせた率帝に、再びイルファイが責めるような声を上げた。
「保身がお好きなことだ。急ごしらえの結界、その効力が研ぎ澄まされているのは、この娘がしたたらせる聖なる気配を受けているため。娘が抜ければ、硬度が低下する。だからこそ、娘をここへ連れて来たのだろう。――そう、魔石を身に抱くということは、レイムならず魔物も呼び寄せるからな」
「どこまで愚弄するおつもりか。私のみの保障が問題ならば迷わず協力を申し上げる。だが、この場には、守るべき者たちがいる!」
最初の冷静さをかなぐり捨てて、率帝が声高に叫んだ。
私は驚いていた。聖なる気配? 自分では分からない。
どうしよう、どうしたらいいんだろう!
――主、聖獣が遠ざかる。
心に響く神剣の声に、胸を貫かれた気がした。
エル、リュイ。今、呼ばなければ、もう二度と会えなくなるんじゃないか。
だって、夜はまだ続く。
「率帝」
呼びかけると、率帝は唇を強く引き結んで、私を見つめた。ほんの少し彼の方が低いけれど、ほとんど身長差がない感じだったから、目線の位置が同じだった。
「一瞬だけでいいの。すぐに結界内に戻る」
「イルファイの指摘通り、これは無様な結界です。不完全でありながらも生きているのは、あなたの気配が存在するためだ。今、あなたが抜けてしまえば、不完全さゆえに、反動で崩れてしまいかねません」
率帝は苦しそうな顔をした。
「無力なことです。今の私には、再度この人数を支える結界を、すぐに構築する力がない」
そうか……彼らはまだ目覚めたばかりなんだった。身体の調子が万全とはいえない状態なんだろう。
「イルファイは魔術師の大師の一人。けれども」
「多人数を受け入れる強力な結界を構築するならば、<式>のみでの術ではいけない。法具がなければ」
率帝の言葉を受け止め、イルファイがぼさぼさにはねている金髪を更にかき回しながらその先を補足してくれた。
「……ねえ、私の気配って、率帝は分かるの?」
「はい」
そういうものなんだろうか。魔力を持っている人には、分かるとか。それとも、少しずつだけど、こうして神剣が目覚めたりと、シルヴァイ達がくれた力が身体に馴染み始めたから、そういう気配も漂うようになったんだろうか。
「じゃあ、手を握ってて」
「手を?」
「そう。手を握った状態で、私だけが外に出る。これならどうかな」
もし、気配が分かるようになっていたりするんだったら、エルもまた感知できるんじゃないだろうか。
「それならば、おそらく可能かと」
率帝が戸惑いながらも慎重に受諾の言葉をくれたので、私は頷き、手を握った。
そして、結界の境界線らしき光――床に薄く浮かぶ多角形の線の前まで歩き、一度、皆に振り向いたあと、手を離さずに自分だけ外へ出る。ついでに、鞘に入れたままの剣で、部屋の扉を押し開けてみた。
外には暗闇。どこか遠くの方から、レイムの鳴き声が聞こえる。あまり長くは扉を開けておけないだろう。
「エル」
うん、やれると思えばやれる!
だって、神剣とも一応は会話できるようになったんだもの。
利口なエルとだって、きっとできるはずだ。
心の声、届くといい。気配も祈りも。
「エル、私、ここ」
――火柱だ。
え?
神剣が心の中で独白する。随分素っ気ないけれど、多分、私に教えてくれてるんだと思う。
――主が我らを焼いた時の火柱を、聖獣は目にして、接近してきたのだろう。
こっち、来てる?
あの時の火柱が、居場所を伝える緊急信号の代わりになったようだ。
焼いた時、というところにすっごく力が入っているような声だったけれど。ごめんね、あとでちゃんと謝るから。
――だがまだ気配が遠すぎる。主、いっそ血でも流してみればどうだ。
嫌味な口調だった。
でも、そうなの?
血の気配って、濃いのかな。
えいっとすぐに決心して、前みたいに人差し指を口の中に入れた。もつべきものは、八重歯だ。
痛いー! と胸の中で絶叫した。ぽつりと指の先端に、血が浮かぶ。結界のぎりぎりに立っている率帝が、どこか呆気に取られた様子で私を見ていた。
こ、これでどう?
――なんとも愚直な。
と、呆れる声がしたんだけれど!
まさか単なる嫌がらせで効果なしとか。
不安を覚えつつも、その手を空中へ差し伸べてみた。
「エル、ここだよ」
とても会いたいよ。
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