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正直に言って、私自身はどちらに向かってもいいと思っている。魔法の類いを使えないバノツェリの方が危険が多いような気がするから、そっちについていこうかな。
イルファイが皆のまとまらない意見に助け舟を出すように「戦力をどちらかに偏らせぬよう」と告げた。
うん、そうだよね。
ということで、戦える騎士たちには数の上でどちらかに偏ることのないよう、均等に分かれてもらった。これについては多少の悶着があったんだけれど、ジウヴィストとリュイがうまく宥めてくれた。上官に当たる二人に諭されたのだから、反論はできないようだった。
本当は皆、イルファイに指摘されるまでもなく戦力を公平にした方がいいということにはとっくに気づいていたと思う。分かっていても言い出せなかったのは多分、ちゃんとした信頼関係を結べていないためだろう。特に騎士の立場にある人達は仲間と離れたくなかったんじゃないだろうか。やるべきことは見えていても、結果を全く想像できないという厳しい状況下で、冷静に判断できるはずがない。道理や正論だけでは現状を好転させられないし、未来に対する恐怖だって簡単にはおさえられない。言い出せなくても当然だと思う。
リュイやジウヴィストがいてくれてよかった。私では騎士たちの不安を解消できなかっただろう。
これでなんとか組み合わせを決められると安堵したのは束の間の話で、最後の問題が発生してしまった。しかもその原因は、私とリュイだった。
もう頼っては駄目だと内心で言い訳しつつも、やっぱり今まで一緒に行動してきたためか、当然のようにリュイと一緒に行こうとしていたんだ。リュイは琥珀に重ねて「どちらへ?」と訊ねられた時、こっちに視線を向けて「響に従う」と一言、短く答えていた。私はその返答に安堵し、リュイの前に立って「じゃあ神殿側に」と言おうとした。
ところが、私とリュイがセットでどちらかにつくのは不公平だという不満の空気が皆の間に流れてしまった。リュイは最後まで生き残った人であり将軍とも呼ばれているほどだし、私は一見何の取り柄もなく弱そうだけれどレイムを人に戻せる神剣を持っている。その私達が一緒では戦力が偏る、と受け止められたみたいだった。
皆が漂わせる無言の主張に、私とリュイは戸惑い、顔を見合わせてしまった。
「響様、まずは砦の方へ足を運んでいただけませんか。率使の城には、あなたにとって役立つ様々な道具があるかもしれません。月迦将軍には神殿側に同行し、待機してもらいたい」
率帝が冷静な口調で私とリュイに告げた。
砦へ行くのはかまわないのだけれど、やっぱりリュイとは別行動しなきゃいけないらしい。本当にリュイと距離を置く感じになってしまうんだなあという思いが生まれ、目を伏せてしまった。仲間の所へ戻すと決めたのは自分なのに、いざそれが現実になると大きく動揺してしまう。
ここで返答を渋るわけにはいかなかった。なるべく何でもない顔を作って、率帝に了承の言葉を言うべく口を開く。その時、ふっと視線を感じた。俯けていた顔を上げると、リュイが表情こそ変化はないもののどこかにきつさを含んでいるような険しい目で私を見下ろしていた。月色の瞳がだんだんと冷たさを増してきているような気がする。
「神の娘には、神殿の方へ来てもらう。王城には殿下方がおられるかもしれぬのだ。ならば砦にて時間を費やすべきではなかろう」
またしてもバノツェリと率帝の対立が始まってしまった。
私は口を挟む余裕がなく、ただリュイの視線の意味だけを必死に考えるので精一杯だった。
そして自分の知らぬうちに、私は神殿側へ、リュイは砦側へ同行することに決まってしまう。
琥珀はリュイと共に動くことに決めたらしい。意外なことに、率帝に従うと思っていたディルカレートは神殿側を選んだ。
ただ組み合わせを決めるだけなのに、皆の間にこれほど波風が立つなんて予想しなかった。
とても不安になった。
●●●●●
夜明けと共に私達は行動を開始した。
まずは私とイルファイ、ディルカレートの三人、それとエルとで、外に落ちている符針を取りにいった。
符針は予想通り、率帝を人に戻した時の場所に落ちていた。
よかった、壊れていなくて。
安堵の吐息を落としつつ、地面に転がっていた符針を拾った時だ。
「それにしても、率帝の身辺を警備しているお前がこちらに同行すると言い出すとは、一体どういう風の吹き回しなのかね」
私の背後で、イルファイがディルカレートにたずねていた。
身辺の警備?
ということはディルカレートももしかして、魔法を使える率使なんだろうか。
振り向いた私に、イルファイが意味ありげな目をして教えてくれた。
「ディルカレートに魔力はないぞ。ただ、率帝の親族ゆえにな」
「魔術師殿、余計な話をしないでいただきたい」
ディルカレートはまるで武人めいた硬い口調で、イルファイの説明を遮った。イルファイを敬遠しているんじゃなくて私に余計な話を聞かせたくないという雰囲気だ。
「ディルカレート、お前のように、あからさまに響を敵視している者が同行するのは邪魔だ」
イルファイってば、そんなきっぱりと喧嘩腰で話しちゃ駄目。
私は焦りつつイルファイを視線でとめた。私の名の呼び方が率帝やリュイみたく日本的になっていると喜ぶ暇はなかった。
「誰もがその少女を受け入れているとでも?」
うう、ディルカレートもね、本人を目の前にして言わないで。
全員にあたたかく認めてもらえるとは、もう思っていないから。
「単なる警戒ならばこうしてわざわざ忠告せぬ。お前は他の者と異なり、隙あらば響に手を下そうとしているだろう」
イルファイの言葉に、束の間思考と動作が停止してしまった。
手を下す?
それって、私を始末するって意味なの。
「得体の知れぬ者になぜ皆が諾々と従うのか、私には理解できませんね」
「この少女が神力を持つと認めたのは、率帝ではないか」
「神力を持つから仇なさぬと言えるのですか。そもそもこの国に籍を持たぬ者がなぜ、私達を救おうとするのです。一体、何の目論見を隠しているのか、知れたものではないでしょうに」
ディルカレートは完全に私の存在を無視した態度で、イルファイに厳しい言葉をぶつけていた。
「さて。神の意図を人が容易く読み解けるはずがないな。だが、忘れるな。この少女だけが今、人々を救えるのだと」
「本当に救いなのか。なぜ誰も別の可能性を考えないのです。その少女こそが、あるいは元凶かもしれないと。聖者を装い、我らを騙し、取り入って、完膚なきまでに国を破壊しようとしているのではないのか」
「この少女が災いの発端である可能性は低いのではないか? 国の滅亡を目論んでいるのであれば、わざわざ我らを蘇生させるはずがなかろう」
「それは、何か私達を蘇らせた方が都合がいいという事情が――」
「愚かしい。この少女に悪意のないことは見れば分かるだろう。神力とて、己の念で発動させるのは魔力と同じ。その念に澱があれば、神力は淀むはず。だがこの娘の神力は澄んでいる」
硬直している私にイルファイが視線を向け、皆の所へ戻るように促してきた。
ディルカレートを威嚇しようとしているエルの首に私は手を置き、地面を見つめながら彼の言葉に従った。
ディルカレートが率帝から離れて神殿側についたのは、私を排除したいがためだったんだ。
しかも、国に崩壊をもたらした元凶ではないかと疑われていたなんて。
あらためて自分の存在が拒絶されているのだと理解し、頭の芯が痛んだ。
●●●●●
率帝達砦組には夕刻までに主神殿の大広間へ戻ってもらう約束をした。
砦に到着するまでは難儀しそうだけれど、そこからならば転移可能という話だったので、余程の非常事態がこない限り夕刻までには合流できるだろうとのことだった。
符針回収後、私達はまず皆で儀式の間へと移動した。そう、私が最初に不備塗れの転移で落っこちた広間へだ。転移ができる場所は限定されている。
主神殿へ向かう私達が先に転移を行うことになった。神官長であるバノツェリは魔力を持っていないので符針を使用できないんじゃ、と不思議に思ったら、ソルトが胸中で解説してくれた。神官は国用となる法具全般を扱えるよう契約しているんだって。その契約とは、魔法の力にて束縛されるという持ち出し厳禁の登録書によるものらしい。
そういえば法具の殆どは一般の人には使用できないってリュイが言っていたのに、なぜ商家とかには置いてあったんだろう。
ついでにその疑問もソルトに解決してもらった。盗賊に狙われやすい商人、貴族、騎士たちは、自衛のため簡単な法具の類いだったら使用が許可されているらしい。勿論、神殿で登録しなければいけないんだけれど。
法具の種類も色々ある。率使しか使えないタイプのもの。魔力がなくても使えるタイプのもの。
あれ、もう一つ疑問が。以前にリュイが「符針は高位の神官のみが使える」って言っていなかっただろうか。これまたソルトに聞いてみると、率使の方もやはり高位の者は使用が許されているらしい。
なにせ率使は閉鎖的な集団とされているので、王家側に属する騎士ならば詳しい事情を知らぬだろう、とのこと。神殿とかでしか顔を合わさないし、滅多に話もしないのだとか。もともと、神力や魔力については秘密とされている点が多いため、曖昧な情報が出回っているらしい。たとえば神官の力について。神力、魔力、本当はどちらも持っていない。でも一般の人には、何らかの力があるように見せている。それはなぜかというと、神殿の権威を守るためなんだって。
神の術などを記した特別な書物に――私の世界に存在したような聖書っぽいもの――力が宿っているそうだ。神官達はその書物自体に宿る力を使い、王家を支えているらしい。どちらかといえば魔力より神力に近いものであり、書物に記されている通りの術しかできないという。つまり応用がきかないってことなのかな。
また、先程の登録書の話と事情が似ていて、書物の使用を許可する契約をかわさなきゃいけない。この事実は、神官達や王族、率使たちだけが知る秘密のようだ。魔術とはちょっと違うという。なるほどね。政治の裏って感じだ。
うーん、それにしても、やっぱり転移の陣ってコツさえ掴んでいれば構築にそれほど時間を要しないんだ。
素早く陣を床に描くバノツェリを見て、私はちょっぴり自分の出来の悪さに悲しくなった。どうも床に記されている輪は初心者のための目安であったらしい。
この陣って、一人、二人くらいなら輪の中に入れるけれど、大人数となるとはみ出てしまう。じゃあ大勢で転移したい時は何度も繰り返さなきゃいけないのかといえば、そうじゃない。私が陣を完成させた時、体躯の大きなエルなんか、思い切り輪の外にはみ出ていたんだった。あの時はすごく焦っていたため、陣使用時の細かい点について考える余裕がなかったんだよね。
とにかく、身体の一部分だけでも陣の内側にあれば大丈夫みたい。あるいは陣の中に立つ人に触れていればいいらしいんだ。率帝の結界を出入りする時も同じだったと思い返し、納得した。どうしても大人数を運ばなきゃいけないという時は、陣を大きく描くのだとも教えてもらった。
陣を描くバノツェリから目を逸らしたあと、後方に控えていたリュイの側へ私は静かに移動した。離ればなれになる前にリュイと何か話しておかなければいけないような気がしたためだ。
「リュイ」
小声で名前を呼び、こっちを向いてもらったけれど、その先が続かない。
大丈夫? とたずねるのも変だし。むしろ不安要素だらけなのは私の方だ。
「……なぜ」
「え?」
困り果てていたら、リュイに問われた。
一体、何についての「なぜ」なんだろうか。
詳しく教えてほしくて、必死にリュイの横顔を見つめた。リュイがこっちを見てくれたのはほんの一瞬で、作業中のバノツェリの方へすぐに顔を戻されてしまう。
「あなたは何なのだろう。それとも、私が望みすぎているのか」
独白口調で紡がれた言葉に、私は茫然としてしまった。
分からない。私の何に、腹を立てているのか。リュイを苛立たせる事、たくさんしてしまったために、ぱっと答えを返せない。
「あなたに対し、私はどうあれば」
隣に立つ私だけに聞こえるような小さな声だった。
私は返答せず、ゆっくりと瞼を閉ざした。ふと、心に灰色の雨が降ってきたかのような錯覚を抱く。
叶うのならば今すぐ思い切り叫んで、何もかも脱ぎ捨ててしまいたい。
どうあればって……、私こそ皆に対してどう接していいのか分からないよ。
喉元にまで競り上がってきたたくさんの言葉を封じるため奥歯をぐっと噛み締めたあと、身を襲う棘だらけの衝動と戦う。
リュイはあんなに心を預けられる同郷の仲間を望んでいたじゃないか。私の存在を頭数に入れず、一刻も早く強い王子さまを蘇らせたいって思っていたじゃないか。
まだ二人だけで旅をしていた時、ちょっとした会話の中でこの世界をよく知らない私が口ごもると、必ず無念そうな目を見せた。近づきたいと願うこっちからそっと目を逸らし、記憶の中に焼き付いている仲間へと思いを馳せていたこと、知ってる。
話が通じる仲間と早く会いたいって切望する気持ちがよく分かったから、一線をひかれているような寂しさを堪えてきたのに。
今、ようやくリュイの願いは叶ったはずではないの。自分の存在を知る仲間の騎士がいる、力を持つ魔術師や魔法使いがいる。決して息をつけるような安全な状態ではないけれど、少なくとも孤独のまま闇を見据えることはなくなった。
これまでのように私のすぐ近くにいれば、またきっと数えきれないほど心の傷を負う羽目になる。そう思ったから、仲間の元へ帰そうと覚悟を決めたのに――どうして責めるの。
再び頭痛がしてきた。考えちゃいけないと焦っても、はっきりとした形を持って不満が浮き上がってくるのをとめられない。
今までみたいに側にいてほしいという切実な思いを殺して、仲間の所へ、と言ったのに。どうして分かってくれないんだろう。どうして冷たい目と拒絶の態度で責められなければいけないんだろう。
私が間違っているのだろうか。でも、何を?
ちゃんとした説明になっていない曖昧な非難だけされても、分からない!
私だって辛いんだ。望みたいこと、縋りたいこと、めちゃくちゃある。けれど、弱い姿を見せれば皆に失望されるから、たとえ表面上だけでも平静を保たなきゃいけない。だって、態度や言動についてよりもまず、私の容姿はとても平凡すぎて頼りないと真っ先に判断されるんだもの。最初の時点からマイナス評価されている状況で、本音なんて告げられないじゃないか。
ディルカレートにもすごく警戒され、敵視されているけれど、どうすれば和解できるのか分からない。
どんなに「信じて」と言っても無駄なんだろう。逆にどんどん評価を下げられ、軽視されるに違いない。言葉だけでは分かり合えない、じゃあ行動で示そうとしても全部悪い方へと受け止められてしまっている。
理解を目的として側にいてくれるのではなく、害をもたらす危険性を持つ異物だとはっきり確定したいがために監視される。
他の人だって同じ。口論している場合じゃないのに我意ばかり通そうと必死だ。
どうすればいいの、責めるなら、ちゃんと何をすればいいのか言ってよ。
私は顔を覆いたくなるのを堪え、目を開いた。今、すごく心が荒れて卑怯になっている。どっぷりと自己憐憫に浸り切ってしまいそうなくらいぎすぎすしていて、余裕がない。
ああまた自虐の罠に落ちそう。自分でも嫌だと思う我が儘な感情をぶつけてしまいそうだ。
私の気配に何かを感じたらしいエルが腕にすり寄ってきた。エルの喉元の毛を撫でて心を落ち着かせる。
「リュイの望むままでいいんだよ。気持ちや言葉を封じずに、自由な自分のままでいるのが一番いい」
リュイの視線が注がれるのを感じた。
「どうか気をつけて。危険が迫った時は自分の身を守ってね」
私はそう告げたあと、リュイの側を離れた。バノツェリが陣を描き終え、こっちに顔を向けている。
行かなければ。
●●●●●
さすがは神官長が描いた陣。
空気の捻れを感じた直後、私達は転移先の主神殿内に到着していた。
「皆、揃っているか」
バノツェリが軽く首を振って転移時の衝撃を払ったあと、皆を見回して欠けている者がいないか確認した。
皆の目眩がおさまるまでの間、私はエルに寄りかからせてもらい、周囲の様子を眺めた。陣が発する淡い光の名残があるため、儀式の間らしき室内の様子を目で確認することができる。
王族が使用する主神殿というくらいだからやはり重厚で豪華だった。正方形の広間の左右に細めの巻柱が並んでいる。それがなんと、銀色なんだ。高い天井付近に宝飾品が下げられている。
しかも左右の壁にたくさん設けられている窓代わりの開口部にも、硝子ではなく透かし彫りの細工を施した菱形状の銀盤がはめこまれていた。天井には一定間隔で、鮮やかな花束を連想させるシャンデリアめいた装飾品が取り付けられている。左右の巻柱に挟まれる形となった床には、絵物語のような細かな彫り絵が施されていて、広間の奥へと続いていた。塵芥に覆われているため、何の絵なのかは詳しく見えない。
そして、色褪せた大きな薄生地の垂れ幕が視界を遮るように何枚も下げられていた。私達は広間の奥側に転移したらしい。
「……獣の気配などはないな」
イルファイが魔術による明かりを灯して呟いた。彼が軽く掲げた手の上に、可愛い小鳥が生まれ、柔らかく発光したんだ。小鳥は光を振りまくようにゆっくりと飛び、イルファイの命令を待っていた。
「神剣はこちらだ」
バノツェリの先導で私達は広間から移動した。三年もの間手入れされずにいた神殿内には薄闇と埃がたまっていたけれど、空気はそんなに悪くなかった。隣を歩くイルファイが、私の視線に気づき、その理由を説明してくれた。
この主神殿は王族が利用するゆえに強く浄化の術を施してあったため、空気が澄んでいるのだという。どうやらまだ少しの加護が残っているらしい。
頷きつつ、私は進んだ。先頭をバノツェリが、最後尾を私とエル、イルファイで守っている感じだ。イルファイが作った小鳥の照明は今、バノツェリの前を飛んでいる。
広間の奥に設置されていた隠し扉を抜け、こざっぱりとした部屋を通って、地下に設けられている螺旋状の狭い階段を下りる。壁には一定間隔で神獣らしい彫像がはめこまれていた。この国に伝わる神話に登場する獣なんだって。うーん、エジプト神話に出てくるアヌビスみたいな感じなのかな。
色々な道を通ったあと、私達はようやく神剣が保管されている隠し部屋に到着した。なんとなくだけれど、他にもたくさん重要な物を保管している部屋が隠されているんじゃないかなと気づいた。地下にこれほどの設備が作られているのはすごい。今、私達は多角形の随分広い場所に立っている。
壁際には人間の背丈より大きな獣神の彫像がぎっちりと立っていて、ものすごく威圧感を発していた。しかもこの彫像、壁を削って作られたものらしい。そのため背側が壁にくっついているから、浮き上がっているように見えるんだよね。なんていうか、侵入者を罰するために壁から抜け出そうとしているところみたいで、正直、恐ろしい。更に言うと、どの獣神もぎょっとするほど険しい顔をしている上、いかにも戦いの最中ですという感じの体勢だ。剣を振り下ろし中の獣神もあれば、片腕がちぎれかけといった獣神もある。どうしてこんな恐ろしい彫像にしたんだろう。
バノツェリは、とある神獣の前で足をとめた。うう、これまた恐ろしげな獣神の彫像だ。片手に槍を持っており、なんと心臓部分を怪我している。ぱっくりと傷口が開いていて、そこから溢れる血の流れまでも丁寧に削られていた。こんなところまでリアルに作らなくたっていいじゃないか、と私は内心で引きつってしまった。
茫然と彫刻を見上げていたら、バノツェリがその傷口部分に手を差し込んだ。うわっと叫びかけた時、石がこすれるような鈍い音が響いた。
なんとこの彫像が、扉だったらしい。傷口の中に扉を開閉するための取っ手がある。
なんでそんな所に取っ手を作ったんだろう、と私は呆気に取られた。そりゃ確かに、まさか傷口の奥に取っ手が隠されているとは考えないかもしれないけれど、ちょっと異様だ。
「神の傷に触れ、その痛みを知る覚悟を持つ者が扉の奥へと行ける。そういう意図で作られた部屋なのだろう」
私の顔色に気づいたイルファイが、自身も相当変な顔をしながら説明してくれた。
開かれた扉の中へ恐る恐る入る人々の背を見送りつつ、私はこっそりとイルファイに打ち明けた。「でも、これ作った人、悪趣味っていうか……」
するとイルファイは、同意を示すようににやりと笑った。
うん、イルファイって話が分かる。
二人で笑いを堪えつつ、皆のあとに続いた。
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