F2:10


 ここで負けられない。
 本当は耳を塞いでうずくまり、全部夢だと叫びたい。夢だったらどんなにいいだろうか。でもこういう、ただ逃げるためだけの卑怯な願いは叶わないと分かってしまった。
 痛い、悔しい、怖い、目を閉じたい。生々しく稚拙な感情が心の中で隙間のないほど膨らんでいる。ソルトを握る手は、小さな失敗や躊躇が悲劇を招くかもしれないという恐怖で汗がにじみ、かたかたと小刻みに震えている。
 それでも私は降り注ぐ毒矢を叩き落としながら無我夢中でレイムへと突っ込んでいった。身を苛む負の感情を、女の子の身体に傷をつけるなんてたとえ神様でも許されないという馬鹿みたいに見当違いな憤りへと捩じ曲げ、半ば自棄のように自分を鼓舞してだ。
「響!」
 リュイの声が後方で聞こえたけれど、返事をする余裕はなかった。
 大きくジャンプし顔の一つを切り落とそうとしたものの、浅く切り込むことしかできなかった。固い。鉄の塊みたいにとても固いため、渾身の力をこめても一撃では落とせない。回り込んで背後から狙いをつけようという考えも、すぐさま読まれてしまった。戦法を変えるために体勢を整えた瞬間、針みたいに鋭い毛を持つ長い尾で身をなぎ払われ、怪我している肩から地面に衝突してしまう。くわん、と耳鳴りがし、こだまするように頭の中に響いた。火花が散りそうなほどの強い痛みが肩を襲い、束の間意識が消える。人間の身体って生に対して貪欲だ。意識を失った間に、私は少し吐いていたらしい。呼吸を確保するために、喉の奥につかえる吐瀉物を身体が無理矢理吐き出そうとしている。
 もう何だろう、とぼんやり思う。ソルト、私、全然このレイムに太刀打ちできないよ。痛くて、もうやめたい。
 
 ――先程、神力を失ったためだ。気力も限界に近い。何より、主の身はか弱すぎる。今の体力では未だ目覚めておらぬ神力すらも支えきれていない。
 
 先程って、ディルカの傷を治癒した時のことだろうか。
 それに、ソルトのいう通り、こっちの世界の人と比べれば私の体力って全くゼロに等しいんだろう。だって身体を鍛えるための運動なんて、体育の時間くらいしかまともにしたことがないもの。
 苦しさのあまり茫然としてしまう。学校行事の体育祭時や体調を崩し高熱にうなされた時でさえも、こんなにたくさんの汗をかいてぼろぼろにはならなかった。自分の身体から埃と汗がまじっているような何ともいえない嫌な匂いが漂っている。後ろでまとめていた髪の毛もほどけかかってめちゃくちゃだ。
 弱気が頭をもたげて心を悪い方へ変えようとしていた。もうやめた! と叫んでボタン一つで世界をリセットできたらどんなに楽だろうか。
「響」
 このまま意識を失った振りをすればいいや、などという随分身勝手で投げ遣りな考えに大きく傾いた時だった。こんな切迫した状況だというのに、誰かの手でとても丁寧に上体を起こされた。
「……リュイ」
 嫌々瞼を開いたら、月の光を溶かしたような奇麗な目とぶつかった。心配そうな、傷ついた眼差しだった。
 ふと視線を巡らすと、周囲に深い闇色が満ちる中、こっちへ駆け寄ったリュイの代わりに琥珀がレイムと対戦する姿が見えた。結界の側の地面にランプが一つ置かれていて、それがもたらすささやかな明かりが闇をわずかに払っていた。
 そして時々、ランプの明かりよりも鮮明な光が率帝の周囲に生まれていた。率帝が即席の魔法を使ってなんとか少しでもレイムの非凡な動きをとめようとしているらしかった。私は少しの間、ぼんやりとその光景を眺めた。
「響を下がらせてくれないか」
 リュイの視線がふっと別の方向に動いた。いつの間にかディルカがすぐ側に立っており、リュイの手に支えられている私を見下ろしていた。ここから近い場所で、狂暴なレイムと率帝達が戦っているというのに、耳に滑り込むリュイの声音は目を瞑ってほうっと息をつきたくなるほど柔らかかった。
「可哀想に」
 リュイの手が私の頭を一度撫でた。
 可哀想? 私が?
 一瞬、愕然とした。涙ぐみたくなるのを必死に堪えるために何度も忙しなく瞬く。どうしてなのか分からないけれど思い切り悲鳴を上げて転がり回りたくなる。同情されるのが惨めに思えたのか、安堵したのか、苦しかったのか、どうしても理解できない。
「……大丈夫、立てる」
 私は意地でリュイの腕から抜け出し、立ち上がった。ディルカが一瞬、私を引き止めようとする素振りを見せたあと、ぎゅっと唇を噛み締めて顔を背けた。リュイやディルカの気持ちがどう動いたのか分からないけれど、少なくとも私には彼らの労りを受ける資格はないだろう。リュイに身を起こされるまでは、今の状況から逃れたいと思って立ち上がるのをやめようとしていたんだもの。
 捨てても捨てても生まれてしまう弱い感情を一気に吐き出すため深く呼吸をして、ソルトの柄を両手で握り周囲に視線を配った。率帝、レイムに押されている。私が側にいるためにレイムを本気で殺せないのだろう。蘇生できる可能性を捨てられず、きっと迷っているんだ。ごめんなさい。ただいたずらに体力を消耗させてしまっているんだね。苦しいと思っているのは私だけじゃない。
 ソルト、私の身体を使ってほしい。
 
 ――主の身体を乗っ取れと?
 
 最初の時、私の腕を変化させたよね。すごく強かった。私の意思が邪魔しなければ、その時と同じことができるんじゃないかな。
 
 ――ならぬ。何度も不用意に乗り移れば、主の身体を構築する理が乱れるぞ。
 
 でも、身体の変化はなくても、今まで動きを俊敏にしてもらっていたのに。それとどう違うんだろうか。
 
 ――主の意識を汚してはいない。波長を合わせていただけにすぎない。忘れたか、神剣たる我、独りにあらず。わが業にて焼かれた無数の魂魄も剣の一部。
 
 ああ、そういえば確か最初はたくさんの人面瘡が腕に浮かんだんだっけ。声もソルトのもの一つだけじゃなかった。
 お願い、もう一回だけ。このままじゃ皆、死んでしまう。
 必死に懇願したら、馬鹿者、と一言鋭く告げられてしまった。
「響、もういい、あなたは戦うべきでは――」
 ふらつく私の背を支えてくれたリュイに顔を向け、小さく笑いかけた。
 そのあと、ソルトの先をレイムへと向ける。ソルト、準備オッケーだよ。
「リュイ、ディルカ、離れて」
 そう訴えた時、ソルトを持つ腕が脈打ち、赤い炎をまとった。
 
●●●●●
 
「響!」
 リュイの声が遠くに聞こえた。不思議な感覚だ。たとえていうなら、意識の前に何枚もの扉が作られてばたばたと勢いよく閉ざされていくような感じだった。ちゃんと目は見えているのに、現実がどんどん遠ざかっていく。
 膨らむ腕。肘から先の肉が異様に膨張し、捩じれて、神剣をどぷりと飲み込む。浮き上がる血管、無数の人面瘡。抜け出そうとでもするみたいに顔を突っ張らせ、様々なおうとつを腕の表面に作り出す。食らえ、食らえと憎悪と歓喜が腕一杯に響く。
 誰かが悲鳴を上げたような気がした。結界内にいる人達だろうか、それとも蘇生させたばかりの人だろうか。
 私の腕は、まるで八岐大蛇みたいに分かれて大きく変貌した。きっとこれが、ソルトが神剣として封じられず怨鬼になってしまった場合の姿なんだろうと思った。
 周囲に満ちる怨念。凄まじい怨嗟だ。嵐のように激しい波動を広げている。今まで優勢であったレイムが恐怖し、狂ったようにぎゃあぎゃあと泣き始める。戦えない人を守る結界を破壊しようとあがいていた別のレイムたちが飛び上がるようにして四方八方へ逃げていった。
 さあ食らえ、食らい尽くしてしまえ、と人面瘡たちが小さな目玉をぐるぐる回してはしゃいでいる。私は腕に支配されるまま動いた。一撃でレイムの顔を一つ食らい、次の攻撃で胴を引き裂き、毒矢も炎も美味しそうに音を立てて嚥下する。破格とも言えるほどの恐ろしい強さだった。神聖とは程遠い邪悪な姿に絶句して誰も動けない。私の腕は、泣き喚く哀れなレイムを心底楽しげにいたぶる。簡単に殺してしまっては面白くない。殺し合いとは楽しむものに他ならない。あぁほらだんだんと、肘から上までも乗っ取られていく。じわじわと濃厚な怨嗟が身体にも広がっていく。もっと満ちれ。もっと愉快になりたい。苦痛も嘆きもこの愉楽の下敷きにしてしまえ。そう囁く声は、もう私のものなのか、まだ神剣のものなのか。
 リュイには見られたくなかったなあ、と他人事のようにぼんやり考えた時だった。
 食らえ食らえという人面瘡の嘲笑の中で、一つ、私に強く訴える声があった。主、意識を保て。もう十分レイムを弱らせた、自我を失うなと。
 ソルト。
「……蘇生、させるんだ」
 一体何のためにここへ来たのか。その問いが答えを求めて、心の中で絶えず暴れている。
 動ける、大丈夫、まだできる。
 私、一応主人だもんね、ソルト。
 戻れ、腕。
 言うこと聞かないと――噛みつくんだから!
「うーっ」
 既に肩辺りまでぶくぶくと膨らみ、乗っ取られていたので、私は本当に噛みつくことにした。女の子って有言実行がモットーだ。それに、八重歯持ってるし。
「いったーい!」
 そりゃそうだ。もともとは自分の腕なんだもの。
 盛大に呪詛をまき散らしつつも腕に浮かんでいた人面瘡が消えていく。同時に、呆気ないほどの勢いで腕の形が戻っていった。
 神剣の確かな感触を掌で味わう。私は残されていた気力を振り絞って、怯えきってうずくまっているレイムへと駆けた。レイムはきちんととどめをささない限り、時間を置くとすぐに傷が塞がって復活する。
 神でも悪魔でも天使でも、たとえ邪悪に見えてもいいや。
 何のためにこの世界へ来たのか。
 戻すために、蘇らせるために。
 生き返れ、世界。
「戻れ、人に!」
 精一杯の力をこめて、獣のように泣き喚いているレイムへと剣を振り下ろした。赤い透明な刀身が闇を切り裂きレイムの首を断つ。断末魔と同時に、驚異の蘇生が始まった。ぱちぱちと小気味いい音を立てて肉片が飛散する。再びくっつきパズルのように組み立てられていく。私はその光景を、闇を照らす篝火を見るような思いで眺めた。
 透明な繭の中で正確に肉体が復元される。人としての秩序が戻る。
 私は吐息を落とした。
 繭の中から、人が再び誕生する。
 白い肌と長い髪が、まず最初に目にとまった。不思議な髪の色だった。灰青色といっていいのだろうか。なんて奇麗な色なんだろう。動くたびに青色の方が濃く見えたり逆に灰色の方が強まったりする。
 地面にうずくまり、荒く呼吸を繰り返していたその人が顔を上げた。視線が合う。
 私はびっくりした。深い葡萄色の瞳だ。紫紺を暗めにしたような色だけど瑞々しいほど澄んでいる。なんだか夢でも見ているような心地になる。その人は、本当にびっくりするくらい印象的だった。珍しい目の色がそういうふうに思わせるのかもしれない。
 うわぁと内心で声を裏返らせてしまう。まるで淫蕩といいたくなるほどに綺麗な目だ。眼差し一つで撫で上げられてしまいそうな感じ。だけど雰囲気は甘くなかった。どこか鋭利な近寄り難い冷然とした気配があり、それが妙な違和感をもたらす。顔立ちや体つきがはっきりと男性的なためだろうか。この顔立ち自体は綺麗とか艶かしいというのではなく、下手をすれば粗野と取られるくらいに荒々しい。背も高そうだし、リュイや騎士たちほどじゃないとはいえ、しっかりと鍛え上げられた頑丈な大人の身体を持――。
 って、私、この状況で他人の裸をじろじろと!
 慌てて目を逸らし、一歩後退した。うう、心拍数が異様に上がっている。
「――サザディグ殿下!」
 意味もなく視線をさまよわせた時、いちはやく我に返ったらしい率帝が驚愕の声を上げた。
 サザディグ殿下?
 殿下って……王子様のことだよね?
 
●●●●●
 
 私は必死に記憶を掘り起こした。
 確か以前、リュイが第七王子の名前を教えてくれたような気がする。サザディグ・ソダー……ええと、なんとか殿下って名前だったはずだ。その時、第二王子の名前も言われたため、聞き慣れない響きに私の頭は追いつかなかったんだ。人の名前って覚えるの難しい、などと自分の記憶力の悪さを棚に上げて言い訳してしまった。
 じゃあこの人が、神剣を持てるってことになる。
「ええ!」
 私は素っ頓狂な声を上げてしまった。荒波のごとく押し寄せていたはずの疲労感や深刻さも束の間吹き飛んでしまう。
 王子様!
 私はもう一度まじまじとサザディグ殿下を見つめてしまった。
 ああそうか、さっきの違和感は、上品さからくる雰囲気のせいだったんだろう。荒々しい顔立ちに高貴さがプラスされた結果、妙な艶に変わったようだ。うーん、仕草だけで言えば、普通に上品というより優雅っていう言葉の方が似合いそうかもしれない。
 失礼な話、私の中にある王子様像と、かなり違う。物語に登場するような、見た目からしていかにも貴公子という感じのきりっとした王子様、あるいはおっとりした雰囲気の優しげな王子様を想像していたためだ。容姿だけで判断するならサザディグはきっぱりと武骨系だった。
 というか、どうして王子様が砦の付近にいたんだろう。
 帰巣本能を持つレイムは、思い入れのある地をぐるぐるとさまようはずだ。率帝やディルカ、バノツェリはよく足を運んでいたという神殿の近くにいたし、騎士の多くは鍛錬所などの建物を含む一画に集まっていたし。騎士の中には神殿区域の警備をしていた人もいるので、必ずしもその鍛錬所付近が一番思い出深いというわけではないんだけれど。
 でも、率使が集う十祇廷に王子様が現れるというのは、ちょっと考えにくい。
 自失状態から立ち直ったらしいリュイが素早く上着の長衣を脱ぎ、サザディグの肩にかけた。
 サザディグはちらりとリュイを見たあと、まだ意識がはっきりとしていないような表情でのろのろと髪をかきあげた。その時、彼の手首の内側に、何か小さく描かれているのが見えた。よく分からないけれど、印のような感じだ。
 
 ――神印だ。王家は始祖王、つまり神であるオーリーンの末裔。程度の差こそあるが、神力を持って生まれる者もいよう。印は神力を抱く証。
 
 えっと、神石じゃなくて?
 人の名前は覚えられないのに、他の話なら思い出せる。
 随分前の話だ。リュイと神石について話したことがあるんだよね。私がまだこの世界に来たばかりの頃だ。リュイは、詳しくは分からないという感じの口調だったけれど、こういうことを言っていたと思う。「術をよく知る魔術師には力の結晶である神石が肉体にあらわれると聞いたことがある」って。
 でも実際には、魔術師は神力や魔力を持っていない。魔力を持つのは率使だ。
 どういうことなんだろう。
 私が感じた謎に、ソルトは明確な返答をくれなかった。何か意味ありげな、ちょっぴり皮肉をこめた声音で、答えを知りたくば神官長か魔術師に聞け、って言われてしまった。
 
 ――虚栄心とは全く虚しいものよな。
 
 というソルトの嘲りは、どうやら神官や魔術師に向けられているみたいだ。神石の話と関係があるんだろうな。
 聞きにくいような話かもしれないと漠然と思った。とりあえず今は、そのことを突き詰めている場合じゃない。
 強大なレイム――サザディグ王子のことだ――が消滅したことで、逃げ出した他のレイム達が何体か戻ってきたんだ。
 不思議なことにさっき腕を変化させ、神剣に絡み付いているという無数の魂魄を覚醒させたためなのか、なんとか動ける程度には体力が戻っていた。
 
 ――主が浄化の力を操ることが可能になれば。我らを使いこなせように。
 
 胸の中で、どこか残念そうに響くソルトの声に、どきりとした。
 私がまだ力の制御を完全にはできず頼りないから、魂魄達はきっと暴走して怨嗟に飲み込まれてしまうらしい。
 私は唇を噛み締めた。
「響様」
 率帝がこっちに駆け寄ってきた。
 あぁそっか、率帝は一度、私の腕が変化した場面を見ているから、他の人より立ち直るのが早かったんだろう。
「あのレイム達だけは、何とかしないと」
 隠れていた木陰から現れたのは多分、人に戻る前のサザディグ王子ほどには強くないけれど、それでも、ある程度の力量を持つレイムに違いない。場所を考えれば、彼らは元率使なんじゃないだろうか。
 サザディグ王子は、神力を持っていたからこそあんなに強大なレイムと化してしまったんだと思う。
「では、私が援護を」
「うん、ありがとう」
 私はソルトの柄を握り直した。
 他の人達に顔を向ける気にはなれなかった。さっきの邪悪な腕を目にした人々が一体どんな表情を浮かべて私を見ているのか、とても確認する気にはなれない。
 震える息をそっと落として一歩踏み出した時、大きくよろめいてしまった。側にいた率帝が驚いた顔で支えてくれたんだけれど、掴まれた腕はちょうど毒矢が刺さった方だった。治癒能力が備わっているとはいえ、まだ痛みは激しいし、じんじんと痺れている。思わず呻いてしまった。気持ちは嬉しいけれど気絶しそうになったよ、率帝。
「響様、肩が」
 毒矢が刺さった場面は見ていなかったらしく、私の肩の具合に今気づいた率帝がすっと顔を強張らせた。レイムの炎を必死にとめていた時だったものね。
「平気、まだ動ける」
 剣を持つ側の肩じゃなくてよかったと思う。
 警戒心の強い猫みたいに、忍び足でそろりと接近してくる三体のレイムに視線を向けたあと、ソルトの赤い透明な刃を見下ろした。
 今更ながら、自分がここに立って剣を持っていることが不思議に思えてならなかった。
 けれど何度この現実を信じられないと思っても、荒廃している風景に変化は生まれないし、肩の痛みも消えない。
 人生って何が起こるか、全く分からない。
 胸中で嘆息した時、すぐ横を何かが通り抜けた。一瞬、目を疑い、次いで理解した。率帝の魔法で編み出された三体の虫――青い硝子で作られたような胴を持つぎょっとするほど大きなムカデが無数の足を俊敏に動かし、こっちへ近づいていたレイムに襲いかかったんだ。青い透明な色、すごく澄んでいて奇麗なんだけれど……長いヒゲがたくさん生えているムカデの姿というのがやけにリアルで、ごめん、ちょっと顔が引きつってしまった。
「莉石で作ったものです。長くは持たないでしょうが」
 率帝の言葉に振り向くと、強い眼差しが返ってきた。長く持たないということは、レイムに負けたら砕けてしまうんだろう。貴重そうな莉石を三つ失う覚悟であのムカデを作ってくれたらしい。多分、怪我をしている私の状態を見て、少しでも楽をさせてやろうと考えたに違いない。
 今にもへたり込みそうな自分の身体を叱咤して、私は大きく息を吸い込んだあと、ムカデ達に動きをとめられてもがいているレイムへと走った。
 大丈夫、まだ戦える。



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