F2:11
なんとか三体のレイムを人へ戻すことができたけれど、ムカデの姿を取っていた莉石の一つが砕け散ってしまった。
率帝は無事だった残りのムカデを莉石に戻し、大事そうに握ったあと、蘇生させた人々に手を貸して結界の方へと近づいた。ちなみに、莉石に戻った状態を見たんだけれど、硝子製の小さな彫り物って感じだった。本当に小さい。なんというか、お菓子のおまけについているような食玩を思い出してしまった。石の状態でもムカデの形をしているということは、きっと他の姿には変化できないのだろう。
そんなことをつらつらと考えて納得している間に、後方に控えていたディルカも率帝に倣って新たに蘇生した人々を支えていた。まだぼんやりとしているサザディグ殿下にはリュイが肩を貸している。
私は疲労を誤摩化すため、ソルトをさりげなく杖代わりにして立っていたんだけれど、静かに近づいてきた琥珀に突然抱き上げられてしまった。自分で歩けると言っても琥珀は降ろしてくれず、驚きと焦りで身を強張らせている私を蜂蜜色の獣の背に乗せてしまう。
もう一頭の獣は、蘇生させた人々を一旦結界内に入れた率帝が莉石に戻した。こっそり見ると、やはりこっちもガラス製の食玩っぽかった。ただ、力を貸してくれたムカデの莉石には申し訳ないけれど、こっちは犬の彫り物という感じで可愛い作りだった。
八岐大蛇みたいに恐ろしい強さを発揮した私の腕を恐れて殆どのレイムが遠ざかってしまったため、さっきの三体以外には近くに見当たらなかった。でも夜はまだまだ長く、これからもっと闇が濃くなる。すぐにでも次の行動を決めなければいずれ舞い戻ってくるに違いないレイムや魔物に包囲され、身動きできなくなるだろう。
私の身を支えるためか琥珀も後ろに騎乗し、獣の腹部を軽く蹴って結界の方へと進ませた。私は呼吸を整える振りをして、皆の顔を見ずにすむよう視線を落とした。きっと恐怖されていることだろうと考えて胸がしくりと痛んだけれど、こんなふうに傷つくのはソルトに失礼だと気づき、つとめて平気そうな表情を心がけた。私からあの腕になってほしいと頼んだのに、皆の反応ばかりを気にして一喜一憂していたら、ソルトだって嫌になるだろう。
「響様、どういたしますか」
痛みと疲れと眠気で、不意に意識が落ちそうになった時、囁くような声音で率帝に問い掛けられた。
私は丸めていた背を伸ばし、思わずまじまじと率帝を見返してしまった。率帝は蜂蜜色の獣の前に立ち、じっとこっちを見ていた。
これからどうすべきか、その判断を聞かれたのだろうか。
私が決めていいのかな。人に戻ったサザディグ王子や率帝の方が、よっぽど的確で冷静な判断を下せるんじゃないかと思う。皆の信頼もあるし、この世界についても詳しいもの。
「ヒビキ……?」
ひゃっと言いたくなるほど艶っぽい、吐息まじりのような声が聞こえ、私だけじゃなく率帝も視線を動かした。
リュイが貸した長衣を無造作に羽織っているサザディグ王子が自分の長い髪をうるさそうにかき上げ、色々な意味で凝固している私に顔を向けた。
「一体、これは、どういうことなのか」
蘇生したばかりで状況を把握できていないらしく、サザディグ王子は怪訝そうな表情を浮かべていた。
「殿下、説明は後ほどいたします。今、私達は危機にさらされています」
率帝が固い声音で口早に告げた。
「ヒビキとは?」
サザディグ王子の視線は揺れることなく、獣の背上にいる私へと向けられている。
「この方のことです。彼女は私達を救ってくださった方。――どうなさいますか、響様。神殿までの距離は遠い。この人数で移動するのは厳しいかもしれません」
そこでなぜか率帝が獣の横腹の方へ移動し、こっちに身を寄せてきた。何だろう。皆には聞かせたくない話でもあるんだろうか。内緒話がしやすいようにと、私は少し上体を屈めて率帝を見返した。
「符針が、壊れました」
「え?」
「契約した高位の神官……バノツェリ殿のことですね。そして率使の司令官である私も符針を使えます。だが、力を持たぬ者が触れれば、符針は壊れてしまうのです」
そういえば、と私は率帝の目を見つめながら回想に耽った。
ラヴァンの神殿で符針を発見した時のことだ。リュイが触れた瞬間、符針は壊れ、灰のようにぼろぼろと崩れてしまったんだった。
使い方を知っている率帝がみだりに符針を誰かに触らせるはずがない。多分、内紛が起きた時に、混乱した仲間の誰かに奪われてしまったとかじゃないだろうか。
ちなみに率帝が持っていたのは、私やバノツェリが転移する時にも使ったものだ。バノツェリが陣を描いたあと、率帝に渡したんだよね。
「砦内に、符針は?」
私も声をひそめてたずねた。
「あります。しかし、転移の間に用意されているのです。私達はその場へ辿り着く前に、魔獣に襲われてしまい、砦の外へ出てしまった」
率帝は自責の念に苛まれている顔をした。
そうか、ということは、どちらにしても砦内に戻らなければいけないんだ。徒歩で神殿へ向かうという選択もあるけれど、彼らを守りながらレイムの蠢く中を歩くのはやはり無謀だった。
「転移の間までは距離があります。彼らを連れていくのは厳しい」
「でも、徒歩で神殿に行くのはもっとキツイと思うよ」
「砦の裏側にある薬草園の側に、地下へと続く避難部屋があります。狭い場所ですが、結界を張り気配を遮断すれば一日くらいならば耐えられるかもしれません」
言外に、夜明けまで待とうと提案する率帝に、私は頷いた。
その方がいいだろうと思う。なぜなら、戦える者がまだまだ少ない。おまけに、砦内で役に立つ道具を手に入れたとはいえ、皆の気持ちが予想以上に違う方向を向いているため、今移動をすれば思いがけない危険を招いてしまうかもしれなかった。
いつまでも守備ばかりを考えていちゃ本当はいけないんだと思う。
戦える者を増やすにはレイムを人へと戻す以外にないと分かっていても、今の状態ではろくに動けないだろう。本当に、想像以上に私達の足並みは揃っていない。正直、誤算だった。
その点以外にも――ちょっと王都に長く滞在するのは厳しいといわざるをえない。強いレイムや魔物が多すぎるためだ。他の町と比べて人口も多いはずだった。
たとえるなら、レベル1の状態で、ラスボスがいる最終ステージに挑んでいるようなものじゃないかな。
だから私は、一旦王都を離れ、人口の――レイムの数が比較的少ないと思われる別の町で体勢を整えて、戦えない人達の安全を保障できる場所を作りたいと思うようになっていた。偶然にも神剣を使える王子の一人を人に戻すことができたんだもの。もう一人の王子に関しては、少しの間諦めた方が賢明のような気がする。
できれば、シルヴァイを奉っていたラヴァンをとりあえずの拠点としたい。まず最初に、ラヴァンを完全に人が住める町に変えたいと思う。
「避難場所はここから近い?」
「はい。今の内に移動できるなら、その方が」
じゃあそうしよう、と答えたあと、結界内の人々に伝えるため、率帝の手を借りて中に入った。
ところが、もう何度目となるのか、ここでも反対意見を述べる人が出てきた。
「待ってください。砦内、またこの周辺にも魔獣の類いが数多くいるのではありませんか。いくら地下にあるとはいえ、そういった場所で避難すると?」
結界内にいる騎士の一人が強く反対を示した。
そうか、率使たちが国の崩壊前に召喚したという魔獣達がきっとたくさんうろついている。そのことをすっかり忘れていた。多分その獣たちも他のレイムと同様、私の腕がしたたらせた怨嗟を恐れ、砦内や周辺で息を潜めている状態に違いない。
けれどもうその怨嗟の気配は失せた。やがてこちらへ寄ってくるかもしれない。
「神殿へ向かった方がいいのではないですか」
別の騎士が口を挟んだ。
本当に皆の意見が一つにまとまらない。
「……囮を使う、というのは」
別の誰かが呟いた言葉に、皆がぎょっと肩を揺らした。
今、誰がそれを言ったんだろう。
皆恐る恐る顔を見合わせるばかりで、名乗り出る者はいなかった。
囮ってつまり、誰かを犠牲にしてレイムや魔物の注意をそちらへ向かせている間に逃げる、という意味なんだろう。
あぁ駄目だ! そんな真似をすればますます皆の気持ちはばらばらになる。
私は内心で歯ぎしりした。
そんなの、言葉にすることすら駄目なのに。これで皆の心には、もしかしたらという疑惑と不安が芽生えてしまったに違いない。
切羽詰まれば囮を使うかもしれない、運悪く自分が囮に選ばれるかもしれない――そういう疑心だ。
この人達が身体的にも精神的にも余裕がなく、闇と、その中に潜むものに怯えているというのは痛いほど分かる。
けれども、皆と同様に、私だって限界に近い。
深い夜とレイムの数と自身の疲労感、協調性のない人達。どうしてこの人達はもっとよくまわりを見ようとしないんだろう。ぎゅっと身を縮め、危険が去るまで決して手を貸そうとしない。隣にいる人が、自分と同じくらい恐怖や不安を抱いていると、なぜ気づかないんだろう。
結界内にいた何人かが恐る恐るという様子で、私を盗み見ているのが分かった。視線は合わない。私が目を向けた瞬間に、彼らはまるで穢れを見てしまったかのような慌てぶりで目を逸らす。
その目の中にこめられた思いが何なのか、手に取るように分かる。
実は邪悪な存在なんじゃないのか、しかし現時点においてはたとえ負の力であったとしても役に立つ、と。
神聖さとはかけ離れたさっきの腕は何かと絶対聞きたいはずなのに誰もたずねてこないのは、もし余計な真実に触れてしまった場合、自分の安全が脅かされると考えているせいじゃないだろうか。それくらいなら今は知らない振りをしておいた方がいい。更に言えば、私が囮となればいい――そういう思いがこもった目だよね。
何さ、と私は胸中で自嘲っぽく呟いた。
ちらちら盗み見されるくらいなら、ディルカみたいにはっきりと嫌悪の目で見てくれた方が余程ましだ。
リュイだって、何か一言くらい言ってくれてもいいじゃない。
――主。
ソルトの諌めるような声が響く。
分かってる。心が乱れているって言いたいんでしょう。
でも自分の考えがまた性懲りもなく悪い方へ傾くのをとめられなかった。
必死に押し殺そうとしていた苛立ちや恐れを意識させたのは、多分ササディグ王子の存在だと思う。
まさかここでサザディグ王子と出会うとは想像していなかった。本来、幸運な出来事だったと喜ぶべきことであるはずなのに、私の心には波紋が広がっている。
サザディグ王子にも神力に連なる力があると、知ったためだ。
神力は自分だけに許された特権だなんて独占欲を抱いたわけじゃないけれど、それでも焦りに似た曖昧な感覚を抱いたのは確かだった。神剣を握れるという時点で、神力を持っているかもしれないと気づくべきだったのに、さっきソルトに説明されるまでちゃんと考えていなかったんだ。
自分の存在価値がゼロになるような、誰にも必要とされなくなるような、そういう恐ろしさをもしかして感じたのだろうか。
魔物のように身体を変化させ、レイムでさえ恐れる怨嗟をまき散らす正体不明な娘より、身元も確かで位も高く、神力を持つサザディグ王子を皆は求めるだろう。
後々厄介な問題が起きる前に、私の存在など消してしまった方がいいと考える人だってこの先出てくるんじゃないか。
私がこの国出身の人だったら、やっぱりサザディグ王子を頼りにすると思うもの。
もう、なんでこんなに私の心はぐらぐら揺れるんだろう。
思いっきり自分の頬を叩きたい気分になったけれど、実際にそれをすれば周囲の人達に異様な目で見られるに違いない。心の中でだけ、萎れる気持ちにカツを入れることにした。
「避難するにしても、転移のため砦内に入るにしても、どちらも同様の危険があることには変わりありません。ならば、動かずにいるより、砦内へ向かった方がいいのではありませんか」
ジウヴィストが私と率帝の顔を交互に見たあと、静かに言った。私は落胆した。騎士の隊長であるらしい彼がこういってしまえば、仲間も全員従うだろう。
そして、どちらとも決めかねていたらしき人達も、戦い慣れしている騎士がそう言うのなら、と気持ちを傾かせてしまったようだった。さっきレイムから人へ戻った三人はどうやら率使らしかったけれど、まだ目覚めた直後で冷静な判断をくだせない状態だ。
リュイが何か言ってくれれば、と期待しても、視線が合わない。琥珀は、皆と同じ騎士という立場に立っているものの、どうも所属している隊――隊という言い方が正しいのか今はよく分からないんだけれど――が違うらしく、私の方を気にしながらも、リュイが何も言わないせいか、口を挟まずに静観していた。大多数が騎士の主張に賛同しているのだから、私と率帝の意見など通るはずがない。
「神殿にも仲間がいるのだな。ではそちらへ向かおう」
王子の一言が決着をつけた。
私は一瞬だけ、苛立ちを覚えた。目覚めて間もなく、まだ状況なんてろくに把握できていないだろうに、どうしてこっちの意見に含まれた懸念を吟味しようとせず勝手に決めるの。
さっき率帝やサザディグ王子が判断した方がいいんじゃないかと思ったばかりなのに、今は正反対の不満を抱いてしまう自分がよく分からなかった。
もう好きにして。
私はだんだんと自棄になりつつあった。
どうせ何を言っても耳を貸してくれないなら、もう知らない。私はただ、逆らわずに皆を元に戻せばいいんでしょう。
そんなふうにひねくれて、責任を丸投げしてしまったんだ。
たとえどれほど疲労し限界の状態であっても、自棄にならず皆を説得するべきだったと、このすぐあとに後悔するとは夢にも思わず――。
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野放し状態となっていた強大な力を持つ召喚魔の襲撃を受けたのは、もう少しで転移のできる儀式の間に到着する、という時だった。
勿論、その間にも何体かの獣やレイムに襲われてはいた。でも率帝や騎士たちの援護もあり、怪我人が出ることはなかった。多分、蘇った王子の存在が皆の気持ちを幾分か安定させたんだと思う。
この時、私は四体ほどのレイムを蘇生させた。砦という場所柄のためか、蘇生を果たした人達は全員率使だった。ちなみに王子が神剣を握ることはなかった。神剣がレイムを人に戻せるという事実をまだ説明していなかったためだ。それにサザディグ王子は目覚めたばかりだし、剣を使って戦えるだけの基礎があるのかも分からない。騎士達も王子を守り抜くという意識の方が強く、戦わせようとはしなかったしね。無理矢理サザディグ王子に剣を握らせるようなことをして、騎士達と口論などしたくなかったというのが本音かもしれない。
五人目のレイムを蘇生させた時、私自身も、避難部屋に向かわず砦内に来てよかったのかも、と思い始めていたくらいだった。
でも、最初に抱いた危惧というのは、やっぱり無視するべきではなかったんだ。
「ベリトベッテだ」
儀式の間まであと一歩、というところの繋ぎの間の前にきた時、率帝が足を止め、蒼白な顔を見せた。
「え?」
ベリ……? と首を傾げる私に、率帝は正面を向いたまま、素早く答えた。
「召喚魔の中でも、初めから名を冠する強大な魔です。砦が契約している最大の召喚魔でもある」
リュイと琥珀が、先を急ごうとする騎士達をとめて、率帝と私に視線を向けた。
「いけません。やはり戻りましょう」
率帝は強張った顔を緩めず、魔法で作った松明の火を最小限にまで落としたあと、暗闇の奥へと続く繋ぎの間を凝視した。
――主、暗闇に大物が潜んでいる!
ソルトの警戒を呼びかける鋭い声に、私は身を硬くした。ソルトがこういうのだから間違いない。
けれども召喚魔ならばソルトで斬れる。
――ならぬ。今の主では相手にならない。暗闇の奥に潜むもの、未知数である魔の中でも、七十七将に含まれる大魔として君臨する存在。よくぞ人間ごときがベリトベッテを召喚したものだ。
七十七将って……そんなにたくさんの数の強大な魔がいるの?
私は状況を忘れて呆気に取られてしまった。
「何を臆するのですか、儀式の間はすぐ目の前……」
「静かに!」
騎士が放った反論を、率帝が鋭く低い声で遮った。
「響様、戻りましょう」
私は頷いた。ソルトまでが「引け」と厳しくいう以上、ここは素直に従うべきだった。
でも――儀式の間まであと一歩という欲が、目の前に迫る危険を軽視させてしまったようだった。
「あっ」
カウエスの、この場に相応しくない素っ頓狂な声が響いた。
「いけない!」
私は咄嗟に叫び、琥珀に同乗させてもらっていた獣から降りて、駆け出した――騎士の一人が、闇に覆われた繋ぎの間へと突っ込んでいったためだ。
ソルトが罵る声が聞こえたけれど、私が灯火となるのなら、あの男性をここで見捨てるわけにはいかなかった。
「響!」
「響様!」
リュイと率帝、それに他の何人かが、私に向かって叫んだようだった。でも私は足をとめなかった。ソルトを握っているために松明がなくても視界は十分クリアだった。
儀式の間に向かう途中、レイムと遭遇せずほんのわずかでも休める時に、率帝から体力を回復させるという薬をもらったし、治癒の呪もかけてもらった。それで、随分身体が楽になっているもの。
そのベリトベッテという大魔を倒すことは不可能でも、男性を逃がすくらいの時間はなんとか作れるんじゃないだろうか。
私はいつも、重大な場面で根拠もないのに楽観視してしまう。
甘い考えだと、すぐに思い知る事になるんだ。
「!?」
沈黙している闇。空気は動いていない。
大気さえも怯えているのだと、気づかなかった。
繋ぎの間に飛び込んだ私の目に、男性の後ろ姿が映った。
彼の前方に存在する人型の影も。
不思議な青い影。
まるで、人間みたいだ。
そう思った瞬間だった。
その青い影の前から数歩後退りした男性の身体が、一瞬で破裂した。
跡形もなくだ。
無意識に、足が止まった。
今、一体何が起きたの?
私は瞬きも忘れて、茫然と青い影を凝視した。
背後が、というより、繋ぎの間全体が突然明るくなった。
私に追いついたらしき率帝が、繋ぎの間全体を見通せるように松明を、天井から垂れ下がる装飾品にひっかけるよう、魔法で飛ばしたんだ。
――引け、主!
ソルトの声が一際大きく響き、身体中に満ちた気がした。
私は動けなかった。
全体が青い色を持つ影。それが人型をもって、静かに佇んでいる。
普通の影じゃない。ほっそりとした輪郭だけれど、頭部分はまるで二本の角が左右にくっついてる兜でもかぶっているかのように飛び出ている箇所があった。雄牛の角みたいな輪郭だ。それに、長い髪を持っているみたいだった。ポニーテールのように高い位置でくくっているらしい。ゆらゆらと毛先に相当するだろう場所が揺れている。
私は一度、瞬いた。
青い影も、瞬きをした。
全体がのっぺりとした青い影。だけど唯一、ちゃんと見えている箇所がある。それが目だった。
仮に、線で結べば菱形を作れるんじゃないかと思いたくなるような、異様な場所に目がある。額に当たる位置、左右の頬、顎。影には四つの目があった。
――引け、早く!
ソルトの声が再び体内に満ちた時、その影は五つ目の瞼を開いた。
菱形の中央に最後の目が開き、瞬いた。