F2:18


「しかし、神剣と法具の類いは揃えた。今度こそは過ちを犯さぬように行動すればよいのではないか」
 バノツェリがサザ王子の顔色を窺いながら、言い含めるような口調で反対意見を出した。
「ここに結界を維持し、たとえば騎士たちや率使など、戦える人に協力を頼んで日中だけ王子の捜索に行く――最初はそう考えていました。だけど、日中でも魔物は出現します。王都に出現する魔物は強い。こちらの被害の方が大きくなる可能性が高いと思ったんです」
 なるべく子供っぽくならないよう言葉遣いに気をつけながら喋ったけれど、丁寧な話し方に慣れていないせいか、どこかぎこちなさが漂ってしまう。
「ではまず、何を望む?」
 イルファイが顎をかきながら興味深げにたずねた。
「情報収集です」
 ふむ、という顔でイルファイが先を促す。こっちの話に感心しているんじゃなくて、なんだか試されているような感じがした。
「最初はまず、ラヴァンに行きたいと思っていました。ラヴァンは風神を祀ってるから、私の神力と共鳴する。他の土地よりは加護を多くもらえるんです。でも何より必要なのは、本当にその地へ向かうのが正しいのかを判断することじゃないかと。この国を支える町や村についてを知りたい。どの町にどれだけの人が暮らしていたか。どういう特色があるか。町の構造、近辺の状態、地形、移動距離、出没する魔物の種類。全部を考えなきゃいけない」
 今の時点で考えられるだけの問題を、ゆっくりと自分に言い聞かせるよう告げた。心の中だけで、皆の役割も決めた上で動かなきゃいけない、と付け足す。一糸乱れぬ統率された団体行動というのはきっとまだ無理だろうけれど、それでもある程度はルールが必要なんじゃないだろうか。
「行動するには、地図が必要です。地図は私たちの歩みを示す記録にもなります。でもこの国には詳細を記した地図がないと聞きました。だったら作っていかないといけない。皆さんの知恵が頼りです。皆さんが持つ知識と考えを、どうか私に貸してください」
 ぺこりと頭をさげてみた……んだけれど、まだ全身ぐにゃぐにゃ状態だったために上体を支えきれず、そのまま前のめりに突っ伏してしまいそうになった。倒れかけた私の身をリュイが慌てた様子でとめてくれる。皆に不格好な様を見られずにすみ、ほっとして顔を上げたら、焦りを宿したいくつもの視線とぶつかった。エルまでが半腰状態といっていいのか、微妙に身を起こした体勢でこっちを見ている。きゅーんと鳴き、私の顔に鼻先を押し付けてきた。心配してくれるのは嬉しいんだけれどエル、鼻で顔をつつかれたら今度は私の頭、思い切り仰け反っちゃって首が痛いかも。
 リュイがちょっとおろおろした様子で私のうなじに片手を添え、頭を支えてくれた。それからもう一度、ちゃんともたれなさいというように、自分の胸に私の身を引き寄せる。うう、なんていうか、気恥ずかしい感じだ。
 ふうっと大きな溜息が聞こえ、私はびくびくとしながら視線を巡らせた。バノツェリが微苦笑を見せ、奇麗に背筋を伸ばして座り直した。
「いや、まず最初にするのは地図の作成でも、皆の考えを集めることでもないだろう」
 私の意見は駄目だったのかな、と暗い気持ちになった時、バノツェリが不意に渋い表情を見せた。あれ、以前にも似たような表情を見た覚えがあるかも。ええと、リュイとかイルファイとか。……もしかして、お説教するときの顔のような気が。
「お前にはとにかく休養が必要だ。休みなさい」
 バノツェリも威圧感というか貫禄があって、怖いよ。
 愛想笑いを浮かべて誤摩化そうとしたら、一層厳しい表情をされてしまった。眉間に深い皺が寄ってるよ、なんて軽口はとても叩けない雰囲気だ。
「動いてはならぬ。見張らせるゆえ、おとなしく休まぬか」
「うう」
 この貫禄に負けた。
 助けを求めて視線をさまよわせたら、全員揃って違う方向にぱっと顔を向けてしまった。触らぬ神に祟りなし、というその反応は何かな。分かった、バノツェリって皆に厳格な人だと思われているんだ。絶対そうだと思う!
 エルが、諦めなさい、というように尻尾で床をぱたんと一度叩いた。私は項垂れた。
 でも、リュイのことから話を逸らせたので、結果としてはよかったと思う。
 
●●●●●
 
 避難場所にこもって二日が経過した。
 結界はちゃんと維持されていたし、特に魔物の気配も近づいてはこなかった――実は、この点に関して裏話があったりする。ソルトの助言を得て、ベリトに時々こっそりと周囲を見張ってもらっていたんだ。大魔であるベリトの気配は強いから、力量が匹敵するほどの魔やレイム以外は、大抵恐れを抱き近づいてこないらしい。
 ベリトは不思議な魔だった。お願い事をしたら特に異を唱えず、嫌な顔もせず、機械的に従ってくれる。
 とても従順なんだなあと関心した時、ソルトにお小言をもらってしまった。魔の本性は魔、主に値せずと判断された時は牙をむかれる。ベリトほどになると、契約の力さえも食い破ろうとするので十分に注意しなさいって。私が必要以上に弱気になったりすると、その瞬間を見計らい襲いかかってくる可能性もあるらしい。
 ベリトの気配を探るたび、なぜだか胸が軋む。気配の強さに対する恐怖ではなく、鼻の奥がつんとするような悲しい気持ちが不意にわき上がる。どうしてなのか、理由は分からない。ベリトのことなんて何も知らないのに、なぜこんな悔恨に似た深い悲しみが生まれるんだろう。
 私はそっと自分の爪を撫でた。ベリトの刻印が描かれている爪だ。
 その時、エルの尻尾がぱたりと動いた。
 さっきまでの不思議な切なさが消えて、今度は複雑な気持ちがわいた。
 今の私の体勢って、どうなんだろう。ええと、リュイの膝に上半身を預けるような感じで思い切り横たわっている、というか、頭を乗せている。それでもって、身体の上には毛布が二枚。更にはエルの尻尾までが腹部あたりに乗っている。ちなみにエル自身はすぐ横に寝そべっていた。ソルトと琥珀、二本の神剣もすぐ側にある。エルってば、時々前足でちくちくと神剣をつつき、嫌がらせをしているんじゃないかな。噛みついちゃ駄目だよ。
 で、少し離れた場所にイルファイが座っていて、禁断の書を凝視しながらぶつぶつと独白している。たぶん術の勉強中なんだろうけれど、目が虚ろでちょっぴり怪しい雰囲気だ。
 イルファイと似たような感じで、率帝たちも砦から持ち込んだ書物を床に広げ、談義しているようだった。女性陣はサザ王子やバノツェリの側にいて色々と気配り中だ。騎士たちも話し合いをしたり武具の手入れをしている。
 人々の様子をさりげなく観察している時、ふと気づいた。カウエスが他の人から離れた場所に一人ぽつんと座り、手持ち無沙汰な様子を見せている。どのグループにも溶け込めずに萎縮している感じだ。
 人の輪から外れているという意味では私達やイルファイも同じなんだけれど……イルファイはもう違う世界に精神を飛ばしちゃってるし、私やリュイの場合はエルが睨みをきかせているので敬遠されている。
 私は少し考えたあと、バレないように少しずつ少しずつ頭を起こそうとした。リュイは目を閉じて仮眠中ぽかったので、うまくいけばバレずに動けると思ったんだ。もう二日も休んだので、随分身体の調子も回復している。
「響」
「う」
 頭を起こすところまで成功した時、厳しい声音で名前を呼ばれてしまい、私は硬直した。
 恐る恐る視線をあげると、リュイが呆れた顔をしてこっちを見下ろしていた。
「あと一日休まねばと率帝達に強く言われているでしょう」
「でも、ずっと寝ていると、腰がだるくて」
「我慢なさい」
 あぁ、リュイの視線が痛い。頑固者、と心の中で密かに悪口を言ったら、何を考えたのか悟ったらしいリュイに一層厳しい表情をされてしまった。無言の威圧に負けそう。
「リュイも、私の頭、ずっと乗せていたら重くない?」
 枕とかクッションの類いはなかったので、膝枕してくれていたんだと思うけれど、それをずうっと続けてもらうのは心苦しい。というかこの世界の人って、ある程度親しくなると本当にスキンシップに抵抗がないような気がする。真面目なだけに極端なのかも。リュイが騎士であることを思えば、徹底していると言った方が正しいのかな。守るときは命懸けとか……もしかしたら、真面目かどうかの問題ではなく世界の状態が人々の言動に強く影響しているのかもしれない。婉曲な表現や行動をとっていたら余計な回り道をしかねないし、一瞬の躊躇が致命的なミスに繋がる可能性も出てくる。それを防ぐため、態度がストレートになっているのかもと思う。
「ずっと同じ体勢で私を乗せているから、足だるくなっているんじゃないかな」
「あなたは重くないですよ」
 女の子としては嬉しい言葉なんだけれど、現実的には困ってしまう。身体、動かしたいな。今までめまぐるしく動いてきたためか、こんなにのんびりと時間を過ごしていると逆に不安が募ってしまうみたいだ。
 どうしようかと迷った時、カウエスと目が合った。顔を背けられる前に、私は笑いかけてみた。カウエスはしばしの間、動揺した態度で視線を泳がせたけれど、どこかぎくしゃくとしつつもこっちに近づいてきた。
「あ、あの、身の具合は……」
 エルに怯えながらも、半腰の状態になってこっちを見つめてくるカウエスに、私は笑みを深めた。
 近くに座って、と合図すると同時に上体を起こす。リュイとエルの批判の視線が突き刺さったけれど、気づかないふりをしよう。
「もう全然平気。カウエスは大丈夫?」
 説得を諦めたらしいリュイが、溜息を零しつつも私の肩に毛布をかけてくれた。うーん、至れり尽くせりでくすぐったい気分だ。感謝の意をこめて、座り直したリュイの膝にこっそりと手を置いた。
「何か、飲み物を持ってきましょうか」
 自信なさげにぽつぽつと話しながらも、カウエスの表情はこっちの体調を気遣ってくれた。
「ううん、大丈夫。でもありがとう。カウエスは優しいね」
 そう言うと、カウエスはびっくりしたように目を見開き、落ち着かない様子で首をかいたり頬を撫でたりした。
「いや、僕は、ただ……役に立たないから」
 私はきょとんとした。
「そんなことないよ。前に、助けてくれたでしょう? 一緒に危機を乗り越えたもの。私達、すごいよ」
 私も自分が弱いこと、強く知っている。カウエスも自分が弱いと思っているみたいだ。だけど、それでも私達は戦った。皆に大声で言えるようなことじゃないけれど、ここでだけなら密かに誇ってもいいんじゃないかなと思う。
「リュイ、あのね、カウエスが前に助けてくれたんだよ」
 リュイの方に顔を向けて言ったら、穏やかな眼差しが返ってきた。
「そうか。お前はどの師団に属している?」
 リュイったら敬語じゃない!
 カウエスは更にびくびくとした態度で俯き、「僕、わ、私は、小隊長付きの、者で……」と何度もつっかえながら小声で答えた。話を広げようと思ってリュイにも声をかけたんだけれど、カウエスは気後れし緊張感を高めただけだった。なんだかかえって追いつめてしまった気がする。騎士同士なら話が弾むかと考えたのは間違いだったようだ。他の騎士であれば、花形らしい月迦将軍に話しかけられると嬉しそうな顔をする。でもカウエスは、高い地位の人と話すことが重荷になるみたいだった。
 逃げ腰なカウエスの様子に、リュイがほんのりと怪訝な顔を見せた。そうか、騎士って多分、自分の力に自信を持たなきゃつとまらないだろうし、気弱な物腰だと敵の威に飲まれてしまうだろう。自己主張をはっきりするというのではなく、毅然としていなければならない。
「そうだ、あの時、あとで一緒に怖がろうって言ったよね。今、叫んどく?」
 明るい雰囲気にしたくて、おどけてみたけれど、どうもカウエスには逆効果だった。余計に張りつめた顔をさせてしまう。
「小隊長さんって、どんな人?」
 話題を続けようとして、また失敗。騎士に関する話はカウエスを苦しめるらしい。
「僕とは、違いますから。強いし、勇敢で……」
 ううん、リュイの目が少し不審な感じになってる。
「あのね、私、剣の稽古とか、してみたいんだ。よかったら、今度一緒にしてみよう」
 どんどん追いつめている気がする。結論をまかせるような誘いの仕方は、駄目みたいだった。どう答えればいいのか、と尚更心を迷わせるんだろう。
「でも、僕じゃ、全然……」
「カウエス、鍛えねば技量は身に付かない」
 煮え切らないカウエスの返事に、リュイが少し厳しい声で答えた。リュイとしては叱るという意味合いはなく、覇気を持ってほしくてそんなふうに言ったんだろう。その証拠に表情は労りを含んだ穏やかさが滲んでいる。けれど、カウエスは目に見えて萎縮してしまった。
「申し訳ありません、僕は……」
「謝罪を求めたのではない」
 とうとうカウエスは深く顔を下げてしまった。リュイが困惑した様子でカウエスを見つめている。
 消え入りそうな声で「すみません」と言い、カウエスはぎくしゃくと立ち上がって、元の場所に戻ってしまった。どう引き止めていいのか分からず、ただ見送るだけになってしまう。
 こっちの様子を見ていたらしい騎士の一部が、元の位置に戻ったカウエスに近づき、何か話しかけていた。カウエスはやっぱりおどおどとした態度で答えを返している。騎士の顔が呆れと軽蔑を含んだ表情に変わっていた。なんだかよくない雰囲気だ。
「今は口を挟まぬ方がいいでしょう」
 カウエスの方へ行こうか迷った時、リュイに首を振られてしまった。
「でも」
「彼は子供ではない。己の弱さを盾にして逃げている。進歩を望まぬ、そういった状態の時に手を差し伸べても彼のためにはなりません」
 そうなんだろうか。リュイは、他人に拒絶されても平気なのだろうか。
「そしりを受ける覚悟をもって己の意思を貫いているのではないのです。何事からも、己からも逃げ回るために誹られる。それでは強さは身につかない」
 リュイの言葉は目映い。憧れる反面、ちょっと辛くなる。カウエスと私は似ているんだと思う。一生懸命に打ち込んで、それでも失敗した時、立ち直れないから逃げたくなる。実際に行動する前に、その想像だけで鳥肌が立ってしまう。――最初から逃げてしまえば、誰かから受けるかもしれない侮蔑の視線は一種類だけだ。役立たず、というその一言だけで済む。
 けれど、いざ行動に移して失敗ばかりを繰り返す姿を見られてしまったら。もっと評価は悪くなるんじゃないだろうか。何一つまともにこなせない役立たず。どんどんと辛い形容が増えていく。
 頑張りたいけれど、どうしても怖くて、結果が重荷でたまらない。もう少しだけ逃げさせて、と耳を塞ぎたくなる。
 それは悪いことなのだろうか。
「響?」
 なんでもない、と私は微笑んだ。
 
 
「響様、これを見ていただけますか」
 思考に沈みかけた時、巻物を抱えた率帝に話しかけられた。彼の後ろにはディルカや率使がいた。
「現時点で知りうる点を書き込んでみたのですが」
 といって率帝が巻物を床に広げた。率帝達は、どうやら今まで地図を作製してくれていたらしかった。
「どうでしょうか」
 少し緊張した面持ちで率帝が聞いてきた。
 すごく嬉しい。きっと率使たちと話し合いながら真剣に書いてくれたんだろうと思う。
 あぁだけど。
 私は文字が読めない。
「ありがとう。とても嬉しい」
 文字や表記が分からない、と正直に告げていいんだろうか。折角の好意を台無しにしてしまうんじゃないかという不安が湧き、事実を言い出せなかった。
 巻物に書かれた図と文字を凝視する。気持ちの面では本当に嬉しいけれど、現実的にこの地図が役立つかと聞かれた場合、返答に困ってしまう。文字が読めないという問題以前に、図形が簡略化されすぎているためだ。詳細が記されている日本地図とどうしても頭の中で比較してしまうせいだった。
 動揺しているのがばれないよう必死に平静を取り繕う私の横から、リュイが地図を覗き込んだ。縛りきれなかった髪がさらりと動き、頬にかかっていた。それをうるさそうに払ったあと、リュイは一度こっちに視線を向け、軽く首を傾げた。
「率帝、響はこの国の文字に慣れていないのです。彼女が操る文字は、我々の言葉とは異なる。――まだ神力がこの地の大気に馴染んでいないのでしょう」
 言えずにいた私に代わって、リュイが静かにそう説明した。しかも不審に思われないよう弁明もつけてくれた。率帝が驚いたような顔をして私を眺めた。ごめんなさい、喋ったり聞き取ることはできるんだけれど、読むのは無理なんだ。声とかは振動となり、空気……風の神力に繋がるところがある。でも目で見るものはそうもいかない。
「申し訳ありません、配慮が足りず」
 率帝が慌てた様子で頭を下げた。
「ううん、私こそごめんね」
 私も急いで両手を振り、謝罪した。
 お互いにぎこちなくなりながらも、地図の内容について話し合った。とりあえずこれは、世界地図ではなくガレ国の地図だった。ちょっといびつな……紅葉型みたいな形の国土だ。
 その紅葉状の図は、これまたちょっぴり歪な線でたくさん分けられていた。パズルのピースみたいな感じといえばいいんだろうか。おそらく領地の範囲を示す線だと思う。よくみると、大小様々な規模なんだけれどどれも勾玉状に配置されているような気がした。線の範囲内に文字が書かれている場所があったので、なんて記したのか聞いてみたら、その地を所有している領主の名前と地名だという答えが返ってきた。やっぱり王都近辺が比較的詳しく記されている。
 色鉛筆とかあれば、森の部分とか緑に塗れるんだけれどな。
 地図を眺めつつ、うんうん唸る私に、地図の出来はどうなのか聞きたいらしい率帝が心配そうな視線を向けてきた。
「ありがとう、とても助かる」
 もう一度お礼を言うと、率帝はほっとしたような微笑を浮かべた。地図を滅多に必要としないという国だもの、これを書き記すだけでも随分苦労したんじゃないだろうか。
 地図を覗き込んで頭をつき合わせている私達に興味を持ったらしく、サザ王子やバノツェリが近寄ってきた。禁断の書読破に熱中していたイルファイも、まだちょっと虚ろな目をしつつもこっちに寄ってくる。騎士達や女性陣も、何事かという顔をして近づいてきた。
「作戦会議、しようね」
 私の宣言に、リュイが唇を綻ばせた。
 
●●●●●
 
 皆さんの記憶が頼りです、という私の言葉に、皆緊張した顔をした。中には姿勢をただす人もいる。私は思わず微笑んでしまった。ガレ国の人って基本、真面目な人が多いと思う。
 地図に新たな情報を書き込む役は率帝にまかせて、私は自分専用の地図を作るため、バッグの中から手帳を取り出して広げた。何人かが物珍しそうにこっちを見た。不思議なものが大好きらしいイルファイの視線が一番熱い。あとでシールとかあげよう。
 こっちの世界の言葉は一朝一夕では身に付かないので、日本語表記の地図が必要だ。
 率帝が作った地図を見ながら、手帳のメモページに同じ図を記す。皆の説明を聞きながら書き足していくつもりだった。
 私は色々な質問をぶつけた。まず、領地の数。そして一つの領地にいくつの村や町があるか。どこに神殿があるか。転移のできる地は。
 神殿関係については主にバノツェリや神官の人が答えてくれたけれど、なにせたくさん建設されている上、規模もピンからキリまであるらしく、建造物関連の書物を調べない限り全ての把握は無理だという。それでもって、自分の領地に関しては詳細を述べられるけれど、他の土地についてはよく分からないという人が殆どだった。これは仕方ない。
 また町や村についても名のない集落などもあるため、やはりその土地の領主や管理者でない限りは人数などを把握できないという。きちんと書き込めたのは、王都、領主であるバノツェリたちの領土くらいかもしれない。距離なども同様。全体の面積は知っていても、領地ごとの面積って案外分からないものだ。よく考えたらそれも当然だと思う。私だって日本国土の面積は分かっても、都道府県それぞれの面積や人口なんて覚えていない。町の名前や特色だって全部はとても言えないし。大雑把に、東京が首都で、北海道は広くて、大阪は賑やかで、沖縄は海が奇麗、という感じでしか話せない。
 リュイも自分の土地を持っているという事実が分かり、びっくりしてしまった。そうか、騎士の中でも高い地位についているんだものね。とはいえ、殆ど王都につめていたからあまり帰る機会がなく、所有地の管理は人任せだったとか。
 感心したり驚いたりしながら、私は領地ごとの細かな地図も作った。国土がとにかく広大なため、王家でさえも管理しきれていない地域がある。
 平和な時だったら不躾と思われるに違いない質問も皆にぶつけた。たとえば田園をもっている人なら、どんな農作物を栽培していたのか、保存食の備蓄状況は、とかも。あと、レイムの強さはその人の素質によって異なるので、町の人々の職業などについても深く突っ込んでしまった。町や村によっては結構隔たりがあると思う。土木業とか、織物業を主体としている村もあるだろう。
 自分の領土内であっても、村の特徴には詳しくなかったり人口を把握していない人もいた。領主の下で働く歳史官(さいしかん)という人に管理を全部まかせているというケースが多い。リュイもこのパターンだ。
 ちなみにウルスを含むラヴァン区域は王家の支配地だった。そのため、村であってもウルスは建造物の類いが堅固だったらしい。ついでに軍の総数や王家関係のことまで聞いてしまった。途中、政策や法律の話にまでなってしまい、このあたりはよく理解できなくて内心焦ったけれど。
 それから一つ、プチ情報。国の形についてだ。実はこの形にも意味があるんだって。紅葉ではなく、手の形だそうだ。威者の目とされる神国――国土は<神の御手>を意味しているのだとか。勾玉状に見えた土地はそれぞれ<目>の形を表しているのだそう。イルファイの説明によれば、全ての土地に神話や伝説があり、それが日々の生活に反映している。さすがは神国というべきなんだろうか。
 かなりの時間を費やし、私の質問責めは終了した。なぜか全員、疲労した顔を見せ、どっと息を吐いていた。
 一人だけ元気なイルファイが、満面の笑顔でぽんと私の肩を叩いた。
「響。お前、私の下で書官として働かないか」
 どういう意味かな、イルファイ。



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