F2:20


 再び緊迫感に満ちた沈黙が続いてしまい、じわじわと変な汗が浮かんできた。
 私から何か別の、この張りつめた硬い空気を和ませられるような面白い話題を持ちかけた方がいいんだろうか、それともサザ王子の調子がちゃんと戻るまで黙っていた方がいいんだろうか。
 真剣に苦悶した時、突然王子が立ち上がり、壁際にたたまれている布の山から一枚を取ってターバンっぽく自分の頭に巻き付けた。横と後ろを長く垂らし、目元まで深く隠すような感じだ。もしかして、わずかであってもこっちに表情の変化を見せたくないと思われたんだろうかと気づき、その拒絶を表す態度に少し傷ついた。
 複雑な思いで見守る私の存在を蚊帳の外にして、王子は黙々と手早く身なりを変えた。なんだかさっきよりも軽装になっている。一体どうしてと内心で首を捻っていたら、サザ王子は何も言わずに神剣の一本を手に取った。
「サザ王子?」
 嫌な予感がして思わず呼び止めると、サザ王子がようやくこっちを一瞥し、その後、手に取った神剣の状態を確認した。
「王子」
「神剣が人を蘇生させるのだろう」
「はい」
「だが、私が確実に神剣を使えるかは立証されていない」
「そうですけど……」
「王家の者が真実、この剣をふるえるのか、確かめなくてはならないはずだ」
 私は無意識のままに立ち上がった。まさかという杞憂が現実になりそうな、不吉な予感がした。
「あの、サザ王子。あなたには確かに神力の証があります。手首にその印があらわれている」
 王子がわずかに目を見張ったようだった。ちらりと自分の手首に視線を落とす。
「見えるのか」
「はい」
「他の者には見えないようだが」
 えっと驚いた。どういうことなんだろう、とこっそりソルトにたずねたら、すぐさま次のような答えが返ってきた。気配が立ちのぼるほどの確とした神力じゃないために普通の人には見えない、と。
「お前のみが視認できても、他の者に見えねば意味がない。私は神剣を使えると皆に証明する必要がある」
「えっ、あ、あの」
「神剣はこれまで宝剣として奉られていたため、使用された試しがない。事実、使えるのか、それを確認するのは大事ではないのか」
 一瞬、ぽかんと間抜けな顔をしてしまった。
 その説明は一理あると思うし、確認は重要かもしれないけれど、まさか今、いきなり確かめにいこうとしているの?
 なぜこんな唐突に行動を起こそうとしたのかと驚き、その直後、さっきのやりとりが起因となっているのではと思い至った。よく分からないけれど、私との会話でサザ王子は急に意固地になってしまうほど追いつめられたのかもしれなかった。
「一通り剣技は習得している」
 と反論を許さぬ口調で言い捨てて、本当にサザ王子は踵を返し部屋を出ていこうとした。
 私は狼狽の極地といったていで、出口に近づく王子の前に回り、咄嗟に両手を広げてその歩みを阻んだ。
「待ってください。一人で出ていくのは駄目です。皆に相談しないと」
「証明は早い方がいい。私が戦力となるか否か、それを見定めることは今後の行動にも関るだろう」
 とおせんぼする私を邪魔そうに見やったあと、サザ王子が冷淡な仕草で片手をあげ、どけというように合図した。
 でも、素直に承諾できるはずがない。
 どうしよう、大声を出して隣室にいる皆を呼び、独断で動こうとするサザ王子をとめてもらった方がいいような気がする。
「今の時刻、そろそろレイムの目覚めが始まる頃だ。都合がいいはず」
 もうそんな時間なのか、と複雑な気持ちになったのは一瞬で、立ちはだかったままどかない私を片手で退けようとするサザ王子にすぐ意識が戻った。
「サザ王子、駄目だよ。単独行動は絶対にいけない」
 余裕は掻き消え、丁寧な言葉遣いも頭の中から吹き飛んだ。私は必死に王子の腕にしがみつき、扉を開けようとする彼の動きをとめた。
「神の娘とはいえ、私の行動を阻む権利はないだろう」
 ああもう、そういう意味じゃなくて、危険だから一人で行っちゃ駄目なの。
「待って王子、あのね、神剣のこと話すから!」
 なんとかしてサザ王子の気をひくしかない、と私は躍起になった。
「だけど、まだ他の人には言わないでほしいことなの」
「何を?」
 秘密を匂わせる言葉に一応は興味を持ってくれたのか、サザ王子が無感動な目で私を見下ろした。うう、心臓に悪いほど奇麗な目だ。
「もしかしたら、私はこの神力を他の人に注げるかもしれない」
「どういう意味なのか」
「神剣を使えるくらいには、皆に神力を授けられるかもしれないんだ。神剣は魔力では使えないから」
「なぜ」
「神剣は生きた剣。魔の枷にはおさまらない。神の律、その流れの中で従わせなければならないため」
 この言葉は、実はこっそりソルトに教えてもらったものだった。
 サザ王子は握っていた神剣を無造作に腰帯に差し込んだあと、遠慮のない力で私の両肩を掴んだ。すごく強い力だったため、踵が床から少し浮いた。
「では、私は不要か?」
 罵るような激しさで問われ、一瞬息を呑んでしまった。なぜ「不要か」と聞かれたのか、その理由にすぐ思い至り慌てて首を振る。神剣の担い手となる者を無尽蔵に増やせるのだとすれば今ここに存在する自分はいらないのか、という意味なんだろう。
「ち、違う。まだ確定されたことじゃないから。それに、私の力はまだとても不安定でこの世界に馴染んでいない。たとえ授けることが可能となっても、まずは、誰を担い手にするか判断しなきゃいけないの。神力は諸刃で、いいことばかりじゃない。たくさんの人に一気に授けることも無理だし、神剣の数もまだ――」
 だから、王子の存在は決して不要なんかじゃない。
 神剣の担い手を捜すためにも、まずはサザ王子の力を借りなければいけないだろう。
「諸刃とは?」
 ソルト、お願い、と私は説明を頼んだ。ちょっと呆れた様子ながらもソルトが素早く答えを返してくれた。その説明を聞きながら、私はゆっくりとなぞるようにして言葉を発した。
「ええと、サザ王子の場合、神力はうまれつき備わっているもので、血に馴染んでいる。だけど私が授ける場合は、神の律において、という誓約が前提になってしまう。つまり唐突に人の域を超えてしまい肉体を激しく揺るがすこととなる。眠っている人を熱湯の中にいきなり突き落とすみたいな感じ。突然に備わった力は制御が難しく暴走しやすい。感情によって大きく左右され、最悪の場合は飲み込まれてしまう」
 そう――失われた、誰かのように。
 神剣は、生きた剣だ。担い手と波長がぴったり噛み合えば意志の疎通ができるかもしれない。けれども神剣の核とは怨鬼と化した荒ぶる魂のことであり、世に災いをもたらすほどのひどい恨みや執着を抱えている。その慟哭と巨大な怨嗟をなだめて従わせるのが聖火のように清く輝く神力らしいけど、これを完全に操るには強い意志もまた必要になるという。弱ければ意識のみならず肉体もろとも神剣の怨念に取り込まれてしまうだろう。
 国に残されていた二本の神剣については長い歳月ずっと強力な結界内で奉られてきたために、本来あるはずの怨念が浄化されているとソルトが教えてくれた。つまり、神剣の性質は変わらないものの、既に念は生きていないのだとか。ゆえにサザ王子が王家の神剣を手にとったとしても、強い怨念に支配され自我を失う危険はないという。
 ソルトの言葉に耳を傾けながらも、私は更に説明を続けた。
「これはきっと、さっき王子が心配していた権力の部分にも関ってきてしまう。嫌な言い方だけど、人の性質を見極めなきゃ授けられない。神力を渡した人には、権力の座から降りてもらわなきゃならないかもしれ……」
「駄目だ」
「え?」
「仮にその神力を授けられるのだとしても、この国の誰かに注ぐことは認められない。それは後々、国に咎を生む」
 検討の余地さえ見せずにきつく拒絶されてしまった。でも、それだと国の蘇生は到底不可能だ。どう考えても神剣の数が少なすぎる。
「余計な事だ。真偽の定かではない神の力を、そう容易く人の中に垂れ流されてはたまらない」
 ひどい言い方だと私は唇を噛み締めた。その一瞬を見計らっていたのか、サザ王子が再び部屋を出ていこうと動いた。
「駄目だったらっ」
 サザ王子、大人のくせに聞き分けなさすぎ! というか、この国の人は思い込んだら一直線という頑固タイプが多すぎだと思う!
 自分の無謀さは棚に上げ、きつい言葉を言われた仕返しみたいに胸中で不満をこぼしながら、遠慮を捨ててサザ王子の身体にしがみついた。再度のしつこい妨害にサザ王子がむっとした雰囲気を漂わせ、無理矢理私を引きはがそうとする。なんで息を切らしつつ王子と格闘しなきゃいけないのかと本気で嘆きたい気分だ。
 必死にサザ王子をとめようとする私を援護するためか、エルが動いて、がうっと吠えた。
 こっちの揉めている気配が伝わったらしく、隣室からリュイ達が顔を出し、驚いた様子で歩み寄ってくる。ナイスタイミング、リュイ。
「何事だ」
 イルファイが訝しげな表情を浮かべてこっちに近づいてきた。率帝やバノツェリたちも、驚きと戸惑いを浮かべた目をしてイルファイのあとをついてくる。
 お願い、王子を説得してとめて、とイルファイに懇願の視線を送った。
 軽装に変わっている王子の全身を見回したイルファイが、原因までは分からないだろうけれど今の状況は理解した様子で、緩く腰に手を当て気怠げに軽く嘆息した。
「殿下、どちらへ行かれるのか。よもやお一人で部屋を出てレイムと対峙しようなどとお考えではあるまいな」
 敬っているのか何なのか知るのが怖いような口調でイルファイがそう告げ、唇をへの字にして腕を組んだ。
「まさかそのような」
 とバノツェリが仰天し、なぜか私を睨んだ。違う、私がそそのかしたんじゃないよ!
 濡れ衣、と叫びたいのをぐっと堪えて、私は死に物狂いでサザ王子の腕にへばりついていた。サザ王子ってば話している間にも私を振り払って部屋を出ていこうとするんだもの。
「一体、何が?」
 率帝が私達の前まで進み出て、困った様子で返答を促した。
 不思議な事に、イルファイやバノツェリを完璧無視していたサザ王子が率帝の声にはぴくりと反応し、おとなしくなった。
 サザ王子もイルファイみたいに率帝を意識しているんだろうか。彼らの関係がいまいちよく分からない。そういえばサザ王子は王族の人間なのに、なぜか一般公開されていないという砦付近で蘇生した。
「何があったのです」
 リュイがさりげなく扉に片手を置き、サザ王子が勝手に出ていかないよう警戒しながら、私を見下ろして小声でたずねた。
「お前には関係がない」
 サザ王子が私の代わりに冷たく一蹴する。
「無関係とは言えませぬな。私には、お一人で無謀な真似をしようとする殿下を響が食い止めている、としか見えないのだが、間違った解釈だろうか」
 イルファイがぼりぼりぼりと頭をかきつつ、かったるい、といいたげなちょっぴりやさぐれた態度で質問した。イルファイ、そんなはっきりとサザ王子を咎めるような言い方をしたら、益々波紋が広がるよ。
「そうなのですか、殿下」
 率帝が冷静な面持ちでたずねた。
「無謀も何もない。神剣が私の手に合うか、確認する必要があるだろう」
 サザ王子が全員を眺め、起伏のない声音で答えた。
 なんか今のサザ王子はレイムがどんな存在であるか知る前の私とそっくりだ。リュイに何度も「無理だ」と言われ、状況を顧みることなく反発していた時の自分とすごく重なる。とめられればとめられるほど意地になり、心配してくれる人の忠告が聞けなくなってしまう。
「なるほど、仰る通り、確認せねばなりませんな」
 すんなりと同意を示したイルファイに私は驚き、顔を向けた。私よりもずっと冷静に状況を見ているだろうイルファイが、サザ王子の無謀な行動を素直に支持するとは思わなかったためだ。
「しかし、お一人で今動く必要があるとは思えぬ。殿下は実戦を知らぬはず」
 うん、やっぱりイルファイはどこまでもイルファイだった。サザ王子の言葉に一見納得した振りをしつつも、行動にはストップをかけようとしている。
「剣技は学んでいる」
 サザ王子が更に冷淡な態度できっぱりと答えた。
「技量のみでは足りぬのですよ、殿下」
「レイムを蘇生させる、その光景は目にした。このような娘でさえ剣をふるっている。私に斬れないとでも言うか」
 サザ王子の冷たい視線が一度、私の方に向けられた。揚げ足取りしている場合じゃないと分かっていても、本音ではやっぱり「こんな娘」程度という目でしか見てくれていなかったんだなあと結構胸にこたえた。
「神の眷属であるか否かという問題は抜きにしても、響は既に幾度もレイムを――我らを蘇生させた実績がある。よろしいか、殿下。目で見て理解することと、己が手で体感することは、重みが違うのだ。経験の差は、不測の事態に大きく影響するのです」
「魔術師が、王の子に命じるつもりか」
「そうではありません、確認は必要だが単独行動はこの場合、最も選択してはならぬ道と申している」
「ならば、単独でなければよい」
 と、突然サザ王子に腕を掴まれた。
「この娘を同行させる。それでよかろう」
 指名された私は思わず「ええっ」と声を上げてしまった。
 確認の必要はあるけれど何の策も練らずに外へ飛び出しちゃ駄目だってことをイルファイは言っていると思うのに、サザ王子は気づいていない振りをして主張を曲げようとしない。
「殿下」
 イルファイが渋面を作り、苛立ちを隠さない仕草でこめかみを押さえた。
「聞き分けのないことを仰る」
 イルファイってば、自国の王子様に対してもそういう言い方をするのはまずいと思うよ。国が荒廃する前から、歯に衣着せぬ言い方をしていたのかな。
 率帝やバノツェリもすごく困った顔をしてサザ王子を見ていた。彼らの否定的な態度が余計にサザ王子を頑なにさせてしまっているのかもしれなかった。
「殿下、今少しお待ちいただけませぬか。御身に大事があっては――」
 遠慮のない言い方をしていたイルファイを微妙に睨みながらも、バノツェリがやんわりとサザ王子をとめようとした。
 でも王子は、うるさそうに片手を振った。
「騎士もつれていく。そう――そなた、供を」
 とサザ王子が選んだのは、なんとカウエスだった。
 指名されたカウエスも飛び上がりそうなくらい仰天していたけれど、他の人達もまた目を剥いて驚愕した。
 サザ王子は馬鹿じゃない。そして周囲の人々の様子をよく見ている。カウエスを指名したのは、わざとだと思う。簡単にあしらえて邪魔にならないと踏み、おとなしい性格のカウエスを選んだに違いなかった。いざレイムと接した時、サザ王子に剣を振るわせないよう前に立つ者では困るためだろう。
 勿論、こんな提案を認められるはずがなかった。
 殿下、と率帝やバノツェリがさすがに顔色を変えて意見を挟もうとした時だった。
 サザ王子が姿勢を正すように凛と立ち、皆をゆっくりと見回した。
「他の供はいらぬ。私の言葉は、国の言葉。それでも尚、異議があるのならば言うがいい」
 私は唖然としてしまった。
 その言葉はガレ国の人達には絶対に逆らえない。たとえこんな状況であっても――ううん、こんな状況であるからこそ――最古の神国たる自国をとても誇りに思い愛している人々が、神の血脈を継ぐ王族の厳然とした宣言に異を唱えられるはずがないんだ。
 ぽんぽんと容赦なく意見を述べていたイルファイでさえもこの宣言には参ったみたいで、絶句している。他の人達の反応はもう、言わずもがなという感じだった。
 まさかサザ王子がこんな態度を取るとは思わなかった。全く予想していなかった展開に誰もが動けずにいる。
 絶句状態からいち早く立ち直ったイルファイが、焦りが宿る意味深な視線をさっと私に向けた。たぶん、サザ王子をなんとしてでもとめろ、と言いたいに違いない。この場で私だけがガレ国の枠外に立っているためだろう。
 私は密かに深呼吸して気持ちを落ち着けたあと、こっちの腕を掴むサザ王子の手を揺らした。
「サザ王子、駄目だよ。この時刻からレイムの目覚めが始まる。確かにまだレイムの動きは鈍いかもしれない。けれど、魔物はそうじゃない。私と王子、カウエスだけで行くのはとても危険」
「ではお前は残れ」
「危険だから行きたくないんじゃない。レイムを蘇生させるのなら、この結界から遠く離れなきゃいけなくなる。レイムの出現はまず、建物の外だから。大地に落ちる影から生まれるんだよ。仮にレイムが建物の中に侵入するのを待った場合、今度は数が多くなって取り囲まれる」
 サザ王子は緩く首を振った。
「危機はいつでもついて回る。ならば尚更、確認のために供を多く連れて行くわけにはいかない」
 なんていえば分かってもらえるんだろう。
 私はだんだん焦れてきた。眷属らしい振る舞いを、という考えは捨てて本気でぶつかるしかない。
「どうして突然、こんなことしようと思ったの。サザ王子は自分の発言がどのくらい大きな効果をもたらすか知っているのに、わざと無茶を通そうとしてる。そういうの、あとで絶対後悔する」
 他の人には聞こえないよう、背伸びしてサザ王子の耳に顔を寄せ、囁いた。身長差がツライところだ。ついサザ王子にも協力を、と考えて腕を引っ張り、身を屈めてもらう形になったけれど。
 サザ王子には私と同じ二の轍を踏んでほしくなかった。どこか投げ遣りな気持ちで我を通せば、きっと辛い現実を見る羽目になる。
 一瞬身をひいたサザ王子が、すぐにきつい目を向けてきた。やっぱりさっき二人だけでした会話の何かが彼の心に影を落とし、その結果こういう無茶な行動に繋がってしまったのかもしれない。
「国民を蘇生させるために現れたのだろう。ならばなぜ私の行動を阻む。一人でも多く神剣の担い手を見出すべきではないのか。機会を待てというが、この状況でどれほど待てと? 目を逸らしたままで一体何が変わる。変えるためには動かねばならない。私はまず行動で皆に示すべきではないのか」
 私は内心で自分の失敗を殴りつけたくなった。サザ王子を駆り立てているのはおそらく、焦りだ。私の不用意な発言のためだろう。神剣の担い手を増やせる可能性がある。もしそうなら、サザ王子が先頭に立つ必要はなくなる。むしろ騎士達は喜んでサザ王子をレイムからもっとも離れた場所まで遠ざけ、守るだろう。
 じゃあ何のために、存在するのか。
 ああ私と同じ考えをきっと持ったんだ。
 私だって、サザ王子が蘇生した時、自分の存在理由がなくなるような焦りを持ち、苛立ってしまった。それで自暴自棄になり、責任さえ放棄して、取り返しのつかない事態を招いた。その事態とは、琥珀のことだ。琥珀の正体は――分からない。思い出せない。だけど、なぜ琥珀が突然現れたか、その理由だけは分かっている。
 サザ王子は一刻も早く、神剣を使えるのだと皆に証明したいに違いない。あとでは遅い。他の担い手が現れる前に行動を見せないと、王族という立場にいる彼はこの先ずっと守られるだけになる。
 でも、守られるだけって辛いから。
 どうしたらいいのだろう――今、王子をとめないと絶対に駄目だと思うのに、ここで押さえつければ心を無視することになる。
 一瞬の躊躇が、現実の行方を定めてしまった。
 サザ王子がすらりと剣を抜き、皆に見せた。
「私を阻むな。我を神国の樹と認めるならば、忠誠を」
 息を呑む私に、イルファイが一瞬失望をまぜた目を向けた。
 音もなく、全員がサザ王子に向けて恭順の礼をとった。
 私は目を瞑った。外の世界だけじゃなく、人の心の闇も深い。



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