【花よりも:2】


 窓が不自然に何度もこつこつ鳴りました。
 リスカは不審げな表情を浮かべて物音の正体を確認するべく立ち上がろうとしたけれど、セフォーが腕を放そうとしないから、とても困った様子だった。セフォーは相変わらず泰然とした様子のままです。でも、鋼ですら軽く貫くような氷の瞳は、じっと窓の方に向いている。
 僕は、むむむ、と思案した。
 セフォーという守護神……守護死神がリスカを守っているから、身の安全は疑う余地もないくらい保証されているけれど、不審な物音を放っておくわけにはいきません。もし悪い人が家の中に侵入しようとしているのなら、僕が追い払ってやるんです!
 僕は勇気を固め、威勢良く鳴いて、ぱたぱたっと窓の方へ飛んだ。
「あっ、小鳥さん!」
 リスカの慌てた声が背後で響いたけれど、大丈夫、心配しないで。悪い人が窓の外にいて、ひどいことをしようとしているのなら、力の限りつついてやるんだ。
 僕は窓枠に降り立ち、垂れ布の間へ潜り込んだ。
 そして窓の外へ、きっ、と目を向けた瞬間――驚きのあまり窓枠から転げ落ちそうになりました。
「小鳥さん!?」
 リスカリスカっ、外に変な人がいるよ!!
 僕は鳴きながら、一目散にリスカの掌の中へ逃亡しました。だ、だって、窓の外には悪い気配を漂わせる悪人さんっていうより、あきらかにおかしい人がいたんだよ。
 ここは二階です。
 なのに、なのに、その変な人は宙に浮いていたんだ。
 ……奇妙に派手な、絨毯に乗って。
 
 
「――ああっ、あなた!!」
 リスカは震える僕をセフォーの頭に乗せたあと、恐る恐る窓へと近づき、絶叫した。
 さりげなくリスカの背後に立って、万が一の場合、いつでも戦闘態勢に入れるよう見守るセフォーの気配が、すっごく冷たいものに変わったのを、僕は感じてしまった。
 リスカはしばし絶句していたけれど、正気に返ったあとは慌てて窓の鍵を外し、絨毯に乗って宙に浮いている変な人を、部屋の中に招き入れた。
「ツァル!? な、な、何ですか、いきなり夜中にっ、それに、どうして窓から……というより、そそそその姿は……とりあえず何ですこの不気味な乗り物いえ乗り布は!?」
 随分奇天烈な人だけれど、リスカのお友達なんだね?
「やあリカルスカイ君ご機嫌麗しそうではないか! ははははっ心優しい私は退屈の茨に囲まれてそっと月を眺め嘆息しているであろう君を驚かせようとなぜか唐突に思い立ち、こうして窓から颯爽と白馬の騎士よろしく完全無敵に登場してみたよ。ちなみに今日の私は異国の華麗な王子様ならぬ姫君風味で決めてみたのだ似合うだろう? そう、今宵は憂鬱という魔物に囚われた君を問答無用に拉致してしまおうかとそんなきわどい企みを抱えているのさ」
 長い口上です、その上、意味不明です。
 僕とリスカは呆然と、空飛ぶ奇天烈な布から優雅に舞い降りて片目を瞑るその人を凝視した。
 その人は……凛々しい顔をした十二、三歳程度の、奇麗な女の子でした。
 

 すごい色の……薄い紫色の……真っ直ぐな髪の毛は、肩の上で短く揃えられています。何より衣装が凄いです。身体の線にぴたりと合わせた不思議な衣服……鮮やかな布を巻き付けているんだけれど、その他にも宝石をじゃらじゃらつけていて、更には頭にも飾り物がつけられているんだ。確かに似合っているけれど、何だか見ようによっては、遊女の格好に近くもあり、異国の姫君と言われれば、そうかもと思えなくもありません。
「嬉しいかい? 嬉しいだろう? 嬉しいと言わなければ嫌だよ?」
「ツァル、その姿はどうしたのです、なぜ縮んでいるのですっ」
 ツァルと呼ばれた不思議な人は、うふふふっと含み笑いをしてリスカを見上げた。
「聞いてくれるかね、我が身を襲った悲劇を。つい一刻ほど前に時間は遡るのだけれどね、どんな方法で今度は君を驚かせようかと苦悩していたらば、そうそう今宵は冬華祭の最終日。ついつい童心に返ってしまいあれよあれよと言う間に身体が高貴な子供に変身してしまったというわけなのだ」
 何ていうか、この人、口調と雰囲気と姿が全然つり合っていないよリスカ。
「残念だったねリカルスカイ君。以前の美麗で繊細で貴公子然とした私の素晴らしい大人姿をもう一度目にしたかったに違いないだろうが、いやいや祭りと聞くと誰しも純粋な子供心を蘇らせてしまうものさ」
 どういうことなんだろう。転換の術で、姿を変えているのかな?
 と、僕が疑問に思った時、ツァルさんは華やかな笑みをたたえたままくるりと振り向いた。
「おっこれは何とも愛らしい小鳥ではないか。おやその目は不思議に満ちているね。いざ愛らしいつぶらな瞳の君と……ああ、何だか地界の魔王としかどうしても思えぬほど凄まじく危機感を煽る気配を漂わせている……白銀に彩られし暗殺者……いやいや闇夜の始末人……いや氷塊の祝福を受けた魔人のような素敵な君に、まずは自己紹介させていただこう。我が名は、ツァルティ=ゼルティ。ふふふ、花の娘とは月と太陽にかけて友愛の誓いを交わした無二の友さ」
 ふっとどこからか、ツァルさんは真紅の花を取り出しました。そういう小道具まで準備万端なんだね。
「あまりの美少女ぶりを発揮する私に声も出ないようだが、気持ちはとてもよく分かるよ」
 ……。
「はははつい声に出してしまってね。祭りだと心が騒いだ瞬間『清らかで可憐で美しい子供に返りたくなるね。これも祭りの魔術というものさ』と。あまりに実感をこめて月を堪能しつつ独白したものだから魔力が声に宿ってしまい、するすると子供の姿に変貌してしまった次第だよ」
 こう言っては何だけれど、寡黙なセフォーにその雄弁ぶりを伝授してあげてほしいです。
「そ、そうですか、それは災難というか、あなたらしいというか……」
 リスカは虚ろな目で何とか答えていた。
 それから、はた、とセフォーの存在を思い出したらしいリスカは、ちょっとそわそわしつつ、ツァルさんを紹介した。
「セフォー。彼……彼女……ツァルは、私の友人でして」
「ふふふ、花咲く娘と同じ華麗な砂の使徒さ。私はこの美声で言霊を操るゆえ、響術師と呼ばれるよ」
 随分、前向きな人です。砂の使徒であることにこだわりがない感じです。というか、誇らしげですらあります。
 僕は少し、納得した。言霊を操る人だから、自分が発した言葉で時々予期せぬ事態を招いてしまい、姿までも変わってしまうんですきっと。……独り言を口にしなければいいと思うけれど。
「ええと、ツァル。こちらはセフォー……ああ、その、あの、私の、護衛をしてくれていて」
「いやはや死を予感させるというか実感してしまうくらいの空恐ろしい威を放つ殿方だね。間違っても人気のない夜道では遭遇したくないと思わせる切迫した何かを感じるよ」
「ツツツツァルっ」
「うん?――セフォー?」
 呟いた瞬間、ツァルさんはがらりと表情を変え、鋭利な目をセフォーに向けました。どきっとするくらい強い目で、こんな真剣な顔もする人なんだと僕は感心した。うん、変わっているけれど、やっぱりリスカの友人です。
「そなた何者だ」
「あああ、ええと、ツァル」
「尋常な魔力ではない。何者だ」
 答えよ、とツァルさんは不真面目な口調を改め、セフォーを直視して、厳かに命令した。ぐっと空気が圧力を増したんだ。これが、言霊の力ですっ。
 ――でも、セフォーには駄目なんだ。世界を覆すほどの大きな魔力じゃないと、希有な術師であるセフォーは服従させられないんだよ。
 セフォーは、ほら、ゆっくりと瞬いた。それだけで空気が更に変化する。
「セフォー! いけません、ツァルは私の友です!」
 広がる重圧感に、リスカが青ざめて、ツァルさんの身体を庇うように腕に隠しました。
 あああリスカ、その行動は逆効果だよ。
「リスカさん」
「はいっ」
「こちらへ」
「うあ、あの、それは」
 リスカ、絶体絶命だよ。
「リカルスカイ君、その者は、君にあだなす者か、君を守護する者か?」
 鋭く問うツァルさんは、すごく凛然としていて気丈な人でした。僕は、このツァルさんがとっても好きになった。だって、リスカのためにセフォーから目を逸らさないんです。尊敬ですっ。
 セフォーの力を肌で感じれば、誰だって畏怖を抱き警戒するのは当然です。
 でも、そういう他人の切実な理屈、セフォーには何の意味もないんだよね。
 ここは一つ、僕におまかせです!
 僕はぱたぱたっと飛んで、セフォーに気配を和らげるよう注意した。手を出しちゃ駄目だよ、この人、リスカのお友達だよ。
 セフォーは、僕の声など聞こえていないように、蒼白な顔を向けるリスカだけを見ていた。
 セフォー聞いて聞いてっ。ツァルさんを傷つけたらリスカが悲しむよ、嫌われてしまうよ。
 必死に言い募った時、濃厚な威を周囲に投げかけたままセフォーがちらっと僕を見た。
 ご免よリスカ……この目の威力に僕はあっさり負けました。
 僕は凍り付いて、よろよろとその場に倒れ込んだ。
「小鳥さん!?」
 リスカがぎょっとして、ふらつく僕に手を伸ばしてくれた。
「リスカさん」
「ああああの、セフォー」
 僕を受け止めてくれたリスカは、おろおろとした態度でセフォーとツァルさんを交互に見た。
「セフォード=バルトロウか」
 確かめるように、ツァルさんが静かな口調で名を呼んだ。
「ええ、その、はい、いえ。そ、そうです、セフォーは、セフォードで、ゆえに、私をお守りしてくださりまして」
 言葉がどんどん壊れかけているよリスカ。
「ねえリスカ……君はまあよくよく奇怪な運命を辿るものだね」
 呆れたようにツァルさんは言って、そのあとすぐに、さっきまでの厳しい表情を消し快活な微笑みを浮かべた。
「ふうん。これはこれは私としたことが、早とちりをしてしまったようで申し訳ないね。何ぶん、我が花の天使は蟻地獄の蟻に同情するほどお人好しな上、小石並みの障害物にも足を引っかけて見事に転がるという天然なのか偶然なのか、そこが全く面白い希有な存在ゆえに、生来聖人と讃えられるこの私は、ついつい心を痛めて心配してしまうのだよ」
 その台詞、あまり心配しているように聞こえないよツァルさん。
 にやりとツァルさんは意味ありげに笑い、目を眇めるようにしてリスカを見つめた。
「ふむ、まだこの未知の花は、枯らされても散らされてもいないようだ。未だ固い蕾のまま。さて、いかなる色の花をつけるのかね」
 ツァルさんはにこやかに笑っていたけれど、その目は真剣でした。うん、きっとリスカの身の上を本当に案じているのです。凝視されたリスカは微妙に目元を赤くして、いつも以上に挙動不審な態度を見せていました。まるで壊れかけのからくり人形のようだよリスカ。
 絶句して激しく動揺するリスカの様子に、ツァルさんは僕とは違う感想を抱いたようです。「おや」という感じに眉を軽く上げました。なんだか、あまり歓迎できないっていう雰囲気です。
 ツァルさんの奇麗な大地の色の目が、一瞬、セフォーへ向けられました。
 もしかしてツァルさんはセフォーが嫌いなの?
 セフォーは気配も怖いし視線も更に怖いし態度ももの凄く怖いし、実際存在そのものが恐怖の塊なんだけれど、少しずつリスカが変えてくれているんだよ。セフォーもリスカのことをとても大切にしているよ。時々は、その、凄く我が儘だけれど。
 僕は一生懸命、ツァルさんに向かって訴えた。ツァルさんの目が今度は僕の方に向けられた。心の奥底まで見抜いてしまいそうな、深い眼差しです。リスカと同じ、曇りのない空が広がる目です。ツァルさんは言動はかなり変わっているけれど、すごく信頼できる人のような気がします。
 セフォーはリスカ限定でとても頼りになるんだよツァルさんっ。
「ふむ。リカルスカイ君、君はまあよくよく……」
 羽根をばたつかせる僕を見て、ツァルさんは可愛らしく首を傾げました。そのあとに顎を撫でるのは少し、お爺さんっぽいです。
「ま、よしとしよう」
「ツァル?」
 リスカがはらはらとした表情で呼びかけました。途端にツァルさんは満面の笑顔になって、ぎゅっとリスカの手を握った。
「今日の目的をまず達成させなければならないね」
「え? 目的?」
「いけないなぁリカルスカイ君。私の素晴らしい歌声めいた言葉をもう忘れてしまったのかね? お祭りなのだよ、お祭りとはそう、夜通し騒いで踊ってついでに他人の支払いで美味な酒を死ぬほど飲むものさ」
 ツァルさん、最後の台詞に本音をこめているね。
「は、あの……?」
「君は花術師ではないか。花とはそう、愛でるためにあるのだっ!」
 元気よくツァルさんは叫んで、決意表明という感じで拳をあげました。僕も嬉しくなって、威勢良く相づちを打った。
 お祭りにいけるよリスカ。ツァルさん、リスカを奇麗にしてあげて。
「さあ来たまえリカルスカイ君。いくら何でもその格好はひどすぎる。私の美意識をことごとく破壊するために存在するような衣服など今すぐ脱ぎ捨て、花の妖精と化すがいい!」
「わわわ、ツァル!?」
 ツァルさんは楽しそうに飛び跳ねて、驚くリスカをぐいぐいと引っ張った。こんなところに救世主が! と僕は感動した。
「触れるな」
 セフォーが微妙に目を険しくして口を挟んだ。うわあ、今すぐツァルさんを排除してもおかしくないほど、不機嫌になっています。
 剣呑な眼差しを受け止めたツァルさんは、ふっと余裕の笑みを浮かべた。信じられません、大気を凍らすセフォーの威圧感に対して、余裕の笑み!
 僕ははらはらわくわくと羽根を膨らませながら、成り行きを見守りました。ちなみにリスカはぎゅうっと自分の衣服を握り締めて、卒倒しそうなくらい青ざめていた。
 このツァルさんは並の度胸の持ち主ではないようなので、何かをやってくれそうです。心強い味方だねリスカ。
 ツァルさんはにこにこ笑ったまま、気軽な仕草でセフォーに近づきました。そして背伸びをし、何やらこそっとセフォーに耳打ちするつもりのようです。
 これを聞き逃す手はありません! 僕はぱたぱたぱたっと一直線に飛び、二人の会話が聞けるよう、セフォーの頭に乗りました。セフォーは即座にツァルさんを駆逐しようと企んでいたみたいけれど、内緒話の方が先だった。
「リカルスカイ君の、好、き、な、もの」
 セフォーが無表情のままゆっくりと瞬きました。ううん、興味を示したのか、そうじゃないのか分からない。
「神木の樹涙、知っているかい?」
 僕、知ってるっ。
 貴重な宝玉の一つです、樹齢千年以上の神威をまとう木が落とす涙――木の蜜が、涙型に固まったものなんです。
「リカルスカイ君、樹涙の宝玉をいつか手に入れることが、夢なのだよ」
 へえ、と僕は驚きました。樹涙はとても珍しいもので、王族が求めてやまない幻の宝玉なんです。装飾品には興味がないと思っていたリスカも、やっぱり女の子らしいところがあるんだ。
「魔術師の間で密やかに伝えられているだろう――樹涙は魔力の結晶に変わり大いなる命力をもたらす。要するに、不死伝説さ。それは、あながち間違いではない」
 あ、装飾品として欲しがっているわけじゃないんだねリスカ。
 リスカも他の魔術師達のように不死を望むのかな? でも、ある程度の魔力を持つ術師ならば、不死は無理でも寿命を伸ばすことはできるんです。
 セフォーはちらりとツァルさんを見下ろしました。相変わらずの無表情なので、何を考えているのかさっぱり分からない。
 二人とも華やかな外見なので、こうして並んでいるとなんだかとっても絵になります。
 リスカはというと、少し不審そうな顔で二人を見比べている。近づくに近づけない、といった所在なげな感じです。
「まあ、涙繋がりで」
「……」
「リスカは、かなり泣く子に弱い」
 うん、相手に弱々しく泣き縋られると、リスカは強く言えない感じだよね。おろおろと動揺する姿が違和感なく目に浮かぶ。
「もし怒らせた時は、こうね、打ちひしがれた様子でうるうるっと見つめて、儚く泣いてご覧。必ずやリカルスカイ君は陥落する。どんなに許せないほど立腹していようが、めざましい効果を発揮するだろう。たとえ嘘泣きと気づかれても」
 力強く断言するところを見ると、ツァルさんはその手で何度もリスカの怒りをかわしているんだね……。
「二人とも、何です何です、こそこそと!」
 終わらない内緒話にリスカが焦れて、二人に詰め寄った。
「ふふふふ」
「何ですかツァル、その策略を秘めた笑いは!」
「セフォード君。まだまだ話したいことは山ほどあるけれどね、それは次回のお楽しみ」
 うまいっ、うまいよツァルさん! リスカがらみの話を匂わせてセフォーの殺意をかわしているよ。
「さあリカルスカイ君! 君の晴れ着姿をセフォード君も待ち望んでいるよ。さっさと観念してこちらへ来るがいい」
「なっ」
 唖然とするリスカは、こうして別の部屋に誘拐されました。
 
 
 セフォーはぼんやりと部屋の中央に立ち尽くしたまま、どこか遠い目をして瞬いています。
 どうしたの、セフォー。
 呼びかけた時、ふとセフォーが動きました。
 セフォー?
 リスカとツァルさんが隠れた部屋へ? と思ったら、階下に向かっているようです。
 僕はセフォーの頭に乗せてもらいつつ、何だろう、と不思議に思った。
 ちょうど一階の出入り口の前に到着した時、外から扉が開かれた。
 あ。
「ほら。やはりリルは家にいるだろう」
 そんなことを言って、現れた人は――。
 ジャヴとフェイでした。
 
 
 二人を見つめるセフォーの気配がすごく重いものに変化しているよ。
 僕は少し躊躇したあと、警戒の意味をこめて騒がしく鳴いた。
 だって僕は、この金髪の騎士さんも魔術師さんも嫌いです。以前、リスカにひどいことをしたのを知っていますっ。
「うーん、この鳥に嫌われているようだねえ」
「……」
 二人は複雑そうな目で、激しく鳴く僕を見た。
 セフォー頑張れ、リスカを守らなきゃいけないんです。
 と、僕が言いかけた時、フェイがなんとなく、この前は悪かったねという予想外の気配を漂わせて見つめてきたので、ちょっと困りました。
 そんな時。
 ばたばたと慌ただしい足音が、二階から聞こえてきた。
「セフォーっ」
 客人の訪問を察知したらしいリスカが、相手を問わずセフォーが危害を加えるんじゃないかと心配して、急いで飛び出してきたようだった。
「おやおや千客万来ではないか、さすがは花の娘だね」
 呑気な感想を漏らしたのは、リスカのあとからゆっくりと現れたツァルさんだった。
 フェイとジャヴは、よろけつつも登場したリスカを見て、あっという顔をした。……セフォーは変化なしだけれど。
 り、リスカ!
 僕は感動した。少しの動きで柔らかく翻る淡い色の衣が、とても奇麗だった。正装したリスカを見るのは初めてです。
 リスカの目に合わせた奇麗な長い腰帯を、銀の鎖と絡ませて垂らしています。透ける薄い衣を何枚も重ね合わせていて、それが不思議な光沢を見せているんだ。腕に絡めた長い羽織の布は、羽衣みたいにふわりと舞って、まるで花にとまる蝶のようで、とっても素敵です!
 リスカ可愛いですっ。
 でも、でも。
 うっ、とジャヴが口元を押さえて、横を向いた。僅かに肩が震えていた。
 僕は嬉しさの中に、ほんの一握りの脱力感を滲ませました。
 どうして、男性体のままなのっ。
「自信作だよ。言うなれば可憐な花々の宴に舞い降りた妖精だ」
 よく似合っているけれど、男性の身体のまま……。
 ジャヴが必死に笑いを堪えているのが分かります。ああああ、涙まで滲んでいる。
 リスカ、ご免ね、とても奇麗だけれど、一歩間違えれば、そ、その、男娼っぽく見えてしまう気がする。
 せめて、貴族のお姫様が着るようなドレスとかにすればよかったのに、どうして古風な衣装をまとっているのかな。
「おやおや、この衣装は、昔、冬華祭に捧げられた七人の乙女が身につけたものなんだよ君達」
 ツァルさん、人身御供にされた女性の衣装を再現してリスカに?
 生け贄になった人と同じ衣装を。
 僕は束の間言葉を失い、ちょっと遠くを眺めた。
 リスカ、本当にご免ね、この人達を、僕の力じゃとめられないよ……。
 リスカはもう、魂を半分飛ばしているような表情だった。気持ちはよく分かるよ。
 えらく微妙な顔をしているのはフェイだった。賞賛すべきかどうかすごく逡巡しているみたいです。
「いいのです。もう諦めていますから、何も言わずとも結構」
 リスカは片手で額を押さえ、低い声で皆に言った。
 ち、違うんだよリスカ。馬鹿にしているんじゃないんだよ、本当に奇麗なんだよ、ただその、何というか、女装しているようにしか見えないだけでっ。
 くっ、とジャヴが耐えられなくなったらしく笑いを零した。ああああっ駄目だよ!
「いや、よく、似合って、いるよ、リル」
「……その名で呼ばないでください」
「いや、何というかね」
「……何の用ですか、あなた達」
 ジャヴさんは顔を背けたり俯いたりして誤摩化そうとしていたけれど、扉に額を押し付けてとうとうはっきりと笑い出した。
「――お前、祭りに行ったことがないと言っていただろう?」
 気を取り直して、普通に話しかけたのはフェイだった。あれ、案外まともな人みたいです。
 もしかして、リスカをお祭りに誘いに来てくれたのかな?
 不思議ですっ、以前はあんなに乱暴なことをしたのに、今日はとても紳士的です。
 仲直りしたのかな?
 リスカは困惑した様子で階段の上からフェイを見下ろした。
 フェイはちらりと見上げて、微笑んだ。
 あれっ? と僕は驚愕しました。扉を支えにして爆笑しているジャヴと、フェイが浮かべる微笑みは全然意味が違うように思えます。
 面白そうに皆を眺めていたツァルさんが、爆弾的言葉を落としました。
「で、リカルスカイ君。一体どの殿方の手で、階段を下りるかね?」



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