花炎-kaen-火炎:13


 リスカは椅子にだらりと腰掛けた体勢で、小卓の上に両腕を投げ出し、突っ伏していた。
 上品さからかけ離れた体勢だが、監禁されて長時間が経過しているため、とうに取り繕う気など失っていた。
 とはいえ、思考までもがこの体勢と同様にだらしなく弛緩しているわけでは決してない。
 忙しないほどの勢いで多くの言葉や映像が頭の中を行き来し、正しく組み立てられずに壊れていく。残骸となった無用の記憶が、道を覆う落葉のごとく足元に積み重なっていた。自分の中に存在する「思考の目」は、色褪せた記憶の落葉を静かに見下ろしている。
 何かを自分は見過ごしているのではないか。
 その何かとは。
 閃きは、常識を捨て去る覚悟を決めた瞬間に訪れる場合がある。
「君ね、私が側にいるのだから、もう少ししとやかな仕草を心がけてはどうなのか」
「……はい?」
 考えに没頭して、返答が遅れた。
「侮辱されているような気分になるのだが」
 ぽつりと告げられた彼の言葉には、少し不愉快そうな響きがうかがえた。リスカは上体を起こし、長椅子に腰掛けている彼の方へとわずかに身を捩った。
「いつまで私を閉じ込めるのですか」
「冬期間の休養を、君に与えると言っただろう」
 リスカは溜息を落とした。
「冬期間、ずっとこの部屋に軟禁ですか」
「さあね。私が飽いたら解放するかもしれない」
 実のない返答に、再び溜息が漏れそうになる。
「この私が側にいるというのに、そのような退屈な顔をするのか」
「あなたが飽くのを待っているといったらどうしますか」
 やや投げ遣りに答えた時、彼は不意に立ち上がってこちらへ移動し、小卓の縁に浅く腰掛けた。
「君の話が聞きたい」
「私の?」
 リスカは首を傾げ、艶麗な魔術師の微笑を見つめた。
「守護者たる破壊神とは不仲になったのかな」
「人と人との仲は、いつも円満であるとは限らないものです」
「今更堅苦しく、他者との仲についてを説かれてもね。そうか、君は触れてほしくない話題の時、表面上正論めいた言葉を口にして相手をけむにまこうとする」
「誰にでも、触れてほしくはない心の領域がある。それを知りながらも訊ねるのは、無作法ではありませんか」
「当たり障りのない作法の通りに動くだけでは、他者との距離は埋まらない」
 リスカは口を噤んだ。ありきたりな台詞ではかわせないと観念したのだ。
「なぜ髪を伸ばさない。女性とは服装や化粧で随分と印象が変わるものだよ」
 以前にも誰かに似たような質問をされた覚えがあると考え、金髪の騎士の顔が脳裏に浮かんだ。
「君は全く身なりに頓着していない。セフォードは本当に君を望んでいるのだろうか。女性を美しく変える契機を作るのは、側にいる男の役目ではないかな。私なら、己の隣に立つ女性には美しくいてもらいたいが」
 リスカが答える前に、ジャヴは冷笑を見せた。
「ああ、ありのままの君がいい、などという言葉は、今の君にはあてはまらないよ。少なくともそういった言葉は、何らかの努力を見せる者に捧げられるものだ」
「一理あるとは思います。ですが、私は特に美しさを求めていないので」
「嘘だな、それは」
 楽しげな声音で反論を断ち切られてしまった。
「ならばなぜ、妓王の姿を確認する必要があった。妓王の美貌に、君はうちひしがれたのではないのか」
 リスカは平静を取り繕った。なぜそれを知っているのだろうという考えが一瞬よぎる。
「美は力。それは思い知りました。妓王は美しいです」
「セフォードに比肩していただろう。あのような者こそ、彼に相応しいのでは」
 リスカではつり合わないと明言しているような言葉だった。
「相応しいか、つり合うか、それを今この場で論議することに意味はありません」
「私がいつ意味を求めたのだろう。退屈なかわし方はやめてくれないか」
 リスカはゆっくりと立ち上がった。
 それからごく自然な動作で、小卓に寄りかかっている彼から距離を取る。
「そうですね、確かに退屈です。そして私は既に、最初の時点であなたを失望させてしまっていたようです」
 こちらを見つめる彼の微笑が深まった。
「やはり真実を遠ざけていたのは私だった」
「可愛げのない女性はいけないと忠告したのに耳を貸さぬからだ」
「あなたの求める可愛げというのが何か、分からなかったのですよ」
 彼が一歩、こちらへ近づいた。リスカはその分、後退りする。視線を逸らすことはできない。
 少しの間、見つめ合った。
 先に口火を切ったのは彼の方だった。
「一体いつ言い出すのかと思っていたのだが。とうに察していたのだろう」
「はい。ですが、確信はなかった。また、真実を口にした時、今得られている、かりそめの安全さえ失う危険があるのではないかとも考えました」
「卑怯な心理だ」
 彼は笑った。上品な笑いではない。彼の美貌に相応しくない、野蛮といえる嘲笑だった。
「お前がそう考えていたのは分かっていた。だが、つまらない保身だ」
 声音ががらりと変化している。
「これ以上退屈させるならば、殺そうかと思っていたところさ」
 リスカはもう一歩、後退した。
「――あなたは、誰ですか」
 
 
 おかしそうに笑う彼の姿を注意深く見つめながら、リスカは思考を巡らせた。
 最初に奇異だと感じたのは、彼の持つ気配だった。見知らぬ者ならばいざ知らず、転移の術を使って現れたジャヴの気配が、いつもと違うのではないかとぼんやり感じたのだ。リスカの魔力では正確に気配の判別をすることは不可能であるため、その時点では多少不審なものを覚えつつもあまり問題にしなかった。
 だが、会話を続けるうちに違和感は消えるどころか強まった。同情を買う素振りを見せて彼の反応をうかがった時も割り切れないものを感じたが、まだ心のどこかにまさかという思いがあった。宝石をちりばめたこの結界の優雅さが、あまりにも「ジャヴらしい」ので惑わされたのだ。
 その戸惑いが完全な疑惑となったのは、彼の放った言葉が原因だ。ジャヴが平然と、師であるシエルの話題を口にするはずがない。
 そこで気づく。彼は既に、真実へ導くきっかけとなる言葉を口にしていたのだと。
 時には別人のように振る舞い、稚気を、と――真実、別人なのだ。
 リスカはすぐに察することができなかった。ゆえに彼は失望し、退屈していたのだ。それでもまだわずかに期待を残し、リスカとの会話を続けたのだろう。なにせセフォードが側にいることを選んだ者なのだから、と。
「ジャヴは、どこに」
 リスカは静かに問い掛けた。
 目の前で笑うこの者は、ジャヴと接触した時間があるに違いなかった。なぜなら、以前に本来のジャヴがリスカとかわした言葉を当然のように知っていたのだ。彼とジャヴが親しい仲であるとは考えにくい。リスカとの会話を、ジャヴが軽々と彼に話して聞かせたとも到底思えない。ジャヴは男女の性別問わず己の能力を過信しているような傲慢な者を好まない。
 だとするとなぜこの彼は、ジャヴの知識を持っているのか。答えは簡単だった。魔術師ならば読心術を使えばいい。
 けれども、もし魔術師ではないのなら。
「俺の正体は悪魔なのかと恐れているのか。嬉しい恐怖だが、残念ながら俺は悪魔じゃない。とはいえ、不具の力しか持たぬお前とは比較にならないほどには強いぜ」
 ジャヴの顔をした者が片手で口元を覆いながら笑った。既に取り繕う必要がないと判断してか、口調が変わっていた。
「すみませんが、その姿、やめてもらえませんか」
 ジャヴの顔でぞんざいな口調や下品な笑いをされるのは不快に思えた。
「何だお前、この顔をした魔術師にもやっぱり気があるのか。セフォードをこき使いながら、よくやるな」
 リスカははっきりと眉をひそめた。今は恐怖よりも腹立たしさが強い。
「まあいいさ。ご希望通りに変えてやろう。――こんな顔はどう」
「――」
 リスカは息を呑んだ。
 目前の人物の姿が歪み、別の顔をした者へと変貌する。ここまで容易く変身の術を操るとは。しかも詠唱をしていない。魔術師ではなく力を行使する者。悪魔でないなら、何者か。考えがまとまらずに混乱する。
 混乱を呼ぶ原因は、彼が作り出した新たな姿にあった。
「……スィラ」
 赤い髪の娼婦だ。
 仲間の妓の体調がよくないのだと、裸足でリスカの所へ駆けつけ、治癒を頼んだ女性だった。
 リスカは彼女の願いに頷き、治癒の花びらをもって花苑へと足を運んだ。
 そこから、既にリスカは目を付けられていたのか。
 では、ヘフィトは。
「娼婦の精気ってさ、すり減っているせいであまり美味くないんだよ。でも娼館にいれば、自分から探さなくても大量の精気を手に入れられる。欲を抱えた客の精気は濃く、美味い。だから滅多に娼婦の精気は奪わないんだけれど、ヘフィトは魂の色が奇麗だった。少し舐めてみたんだよ。やっぱり不味かったな」
「何てことを」
 それでヘフィトは、あれほど腹の奥が荒れていたのか。己の側に災いが存在するとは夢にも思わず、それどころか仲間と信じて親しげにしていたのにこれでは浮かばれない。
 リスカは唇を噛み締めた。己もまた、スィラに化けた彼を讃えるような不用意な言葉を紡いでいたではないか。
「睨まれてもねえ」
 精気を吸い取り、己の糧とする存在。人ではない。確かに悪魔でもない。いや、たとえば淫魔など、悪魔も時として他者の精気を我がものとするらしいが、あまり聞く話ではないのだ。精気を特に好むのは、幻妖の類いではなかったか。
 幻妖と一口にいっても、その中で一体どの階級に位置するのかが重要だった。高位ならば全く歯が立たない。下位、あるいは無冠の者でないとリスカの力では叶わないだろう。
「余計な考えは持たずにね。俺は強いよ。お前じゃ全然話にならない」
 確かに、これほどの結界を構築できるのならば決して弱くないはずだ。
 だが、とリスカは内心で呟いた。それでも高位ではないだろう。高位の魔ならばはっきりと己の冠を口にしている。
 この者と接触したに違いないジャヴはどうなったのだろう。下位や中位ならば、ジャヴは競り負けないはずだ。
「ああ、そうそう。あの魔術師の生気は美味かったね。あの男、上位魔術師だろう」
 血の気が引いた。生気を奪われたということは、ジャヴは負けたのか。
「恐ろしい? 俺が怖い? 人の恐怖は美味だから、好きだ」
 甘い声音で残忍に笑う相手を見返し、リスカは悟られぬよう震える息を吐き出した。やはりもう少しの間、この者の正体に気づかぬふりをするべきだったか。いや、そうしていれば、生かす価値のない愚劣な者と判断され殺されていただろう。
 どちらを選択しても窮地に追い込まれることに変わりないのだ。
「俺の正体を知りたいの。まあ、教えてもいいけれどさ。俺は蛾妖(がよう)だよ」
 蛾妖とは、妖虫の一種ではなかったか。
 おかしい、とリスカは疑念を抱く。蛾妖は無冠の妖獣のはずで、リスカの魔力でも十分通用する相手なのだ。このような結界を構築できる力は持っておらず、死者か、または病人に取り憑いて内側から血肉や精気を貪る鈍重な弱い魔とされている。ゆえに、守護を失った墓場や戦場によく現れるという。勿論、人型を作れるはずがない。ずんぐりとした虫の姿を持っているだけの者なのだ。
 また一説によれば、他の魔の餌であるとされている。
 魔は、魔を食らう。食することで相手の力をも己のものとする。
 このように蛾妖とは、狩られる側として認識されている。高等魔力を有し結界を構築できるほど賢い存在ではないのだ。
 ならばなぜ目前の者は高い能力を持ち、知性さえうかがわせているのか。
 いや、その疑問よりもまず――
「蛾妖であるあなたがなぜ、私と接触を」
 仮に、偶然見かけたリスカの力を食すためだとしても、矛盾が生じる。その場で食してしまえばいいのに、わざわざ結界まで用意するなどありえない話だ。
 この蛾妖は明らかに、リスカを標的にしている。ああ、そうだ、矛盾についてを考えるまでもなかった。蛾妖はどうやらセフォーを知っているのだ。
「そりゃあ勿論、セフォードがやけにお前を大事にしているから。彼、強いよね。なぜお前みたいな者に目をかけるのか不思議でならない。魔力以外に何か卓越したものがあるのかと、気になるじゃないか」
 蛾妖は赤い髪を指先でくるくると弄びながら、不満そうな顔をした。
「でもお前、愚鈍だし。甘い考えしか持っていないし。だからさ、ちゃんと現実を見た方がいいと思って。妓王のように飛び抜けて美しいのであれば、分かるよ」
 そうか、スィラが――蛾妖が、妓王へと続く道を教えてくれたのは、己の立場を理解しろと促すためだったのだ。
「なのにお前ったらぐずぐずして、先へ進もうとしない。だからもう一押しかなと思って」
 再び蛾妖は姿を変えた。
 リスカは目眩がした。今度の姿は、道の途中でリスカにこなをかけてきた客引きの娘だったのだ。
「折角案内してやろうとしたのに、抵抗されて腹が立ったな。おまけに騎士の邪魔が入ったし。あの場でもめるつもりはないから引き下がったんだよ。でもうまいことにあの騎士、お前を妓王の元へ連れていってくれただろう。どうだった。お前、己が妓王に匹敵すると思うの」
 少なくともエジは本物なのだ、と安堵した。
 ではフェイは。
 彼の行動を思い出せば、本物ではないかと思う。ツァルについては、疑うべくもない。ツァル本人の気配だったのだ。リスカは気配を読む力に長けてはいないが、それでも響術師が醸し出す空気を間違えるはずがない。
「ねえ無視されるのは侮辱と思うって俺、言ったよね」
 はっとした瞬間だった。
「!」
 空気の歪みを感じると同時に、衝撃が身体を襲った。咄嗟に腕で顔を庇ったが、放たれた力に押されてリスカは弾き飛ばされた。肩や腰が勢いよく床と衝突し、痛みが走る。その痛みよりも尚、腕を切り裂かれた方が辛い。
「傷つけるつもりはなかったんだよ、最初。でも、セフォードが本当にお前に固執しているのか、疑わしくなってきたしさ。少しくらい嬲るのはいいんじゃないかって思い始めてきた」
 リスカはすぐに立ち上がれなかった。顔を庇った腕に鋭く深い傷ができており、流れる血が衣服を染めた。殺されるかもしれない。どうすればいいか。
「嬲るつもりなんてなかったのに。お前を見ていると、そんな気になってきた。いいよね」
 よくありません、とはとても言い出せない雰囲気だった。蛾妖の口調は日常会話であるかのように軽いが、内容は笑い飛ばせるものではない。
 この蛾妖がなぜそれほどセフォーに執着しているのか理由は分からないが、今はそれよりも現状をどう打破するかだった。
「今の俺、強いんだよ。狩られる立場じゃなく、狩る側になったのさ。力は素晴らしい。どんなことでも思いのまま」
 蛾妖がまるで怒りすら秘めているかのような激しい目をして笑った。
「弱い者に価値などない。俺は自分が強者の側に回って、初めてそれが真理だと分かった。弱者の命乞いなど見窄らしくてたまらないよ」
 吐き捨てるような口調に、リスカは気を取られた。
 ただ弱者を侮蔑しているのではなく、怪訝に感じるほどの嫌悪が潜んでいるように思えたのだ。
「お前、弱い。セフォードが目をかけるほどの者ではない。どうしよう、殺そうかな」
 背筋に恐怖が走る。花びらにこめた結界で、蛾妖の攻撃を防げるだろうか。
 こちらを見据える蛾妖の目の色が、かちりと変化した。来る。
 咄嗟に懐に手を入れ、結界の花びらをかざした。大気を利用した重い攻撃の波動が一直線にこちらへ向かってくる。目に映る大気の透明な歪み。
「――」
 壊れる。
 意味を考えるより先に、言葉が浮かんだ。
 花びらの結界が蛾妖の攻撃を封じたのはほんの一瞬で、硝子を叩き割るかのような音が高く響いたあと、防ぎきれなかった波動が身体を襲った。リスカは吹き飛ばされた。背中から勢いよく、後方の壁に衝突してしまう。
「へえ、一応、そういう術が使えるんだ。抵抗されるとは思わなかったな」
 体勢を立て直すこともできず、ずるずるとその場に座り込むリスカに、蛾妖が接近する。痛みをこらえて必死に顔を上げると、腰に両手をあててこちらを面白そうに見下ろす蛾妖の目とぶつかった。
「お前、砂の使徒というのだったな。力が不具であるという。花を扱うという点は興味深い。どうしようね、もう少し俺を感心させてくれたら生かしてやってもいいかな。意外にも術はなかなか美しいし。花びらに仕込まれた結界の画式は正確だった。とはいえ不具ゆえに独自の画式だな。有である花びらの配列と、無である術の式をうまく組み合わせている」
 愛らしい娘の顔で蛾妖はにこりと笑った。魔とは欲望に忠実、更に気紛れであり、残忍な存在だ。
 今自分が所持している残りの花びらには何があっただろうか。
 治癒系統の花びらが全部で四枚、攻撃系の花びらは二枚、防御系の花びらも二枚。媚薬系統の花びらも複数あるが、そんなものは今全く役に立たない。また、呑気に治癒の花びらで自分の傷を癒すこともできるはずがなかった。
「ん」
 リスカは呻いた。蛾妖が手を伸ばして無造作にリスカの髪を掴み、立ち上がるようにと強く引っ張ったのだ。
「なあお前の姿、美しく変えてやろうか。ものの見方が変わるよ。今の俺にはそれができる力があるしさ」
「――本質は、変わらないでしょう」
 たとえ蛾妖の力で容貌が美しく変化したとしても、魂が別のものにならなければ、己の意識はそう容易く動かないと思う。
「嘘をつくな。人は簡単に堕ちる。顔の皮膚一枚、美しく化ければ、鮮やかなほど立ち直るさ。化粧がいい例だ。女は口紅一つで自信を持つ」
「誰のために」
 髪を強く引っ張られる痛みに顔を歪めながら、リスカは小さくたずねた。
「何だって?」
「人は容易く堕ちます。しかし、堕ちた先で、生まれ変わることもあるでしょう。確かに美しさには憧れる。偽りのない本音です。でも、この姿が私なのです。心を包むこの姿。他者の美しさに憧憬を抱き、己の歪みと愚かさに嘆き、豊かさを切望する姿。これが私です。私は私のまま、進まなくては」
「よく言う。惑っているくせに」
「はい、惑わずにはいられません。あなたの言葉にもひどく揺さぶられる。揺さぶられてしまうのは、己の意思が脆いから。ゆえに私はまず、外見よりも先に、この脆い心を強くしたいのです。心の整わぬまま容貌が変わってしまえば、私はおそらく傲慢になり、そしていつか挫折する。上ばかりを羨んで不満の虜囚となるでしょう」
 だからあなたの誘いには従えません、そう締めくくった時、腹部に激しい痛みを与えられた。
「お前の奇麗事は腹が立つ」
 怒りと侮蔑に満ちた蛾妖の声が、鋭く耳に突き刺さった。



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