花炎-kaen-火炎:17


「その不審死とは、以前の劇薬が原因ではないのですか」
 ジャヴは物憂げな雰囲気を漂わせ、かすかに首を振って否定した。
「それとはまた別件だ。騎士殿は劇薬の問題だけではなく、その不審死についても同時進行で調査していたらしい」
 リスカは少し驚いた。不審死の件についてはフェイから何も聞いていなかったのだ。いや、その会話が持ち上がらなくても特に不思議はないだろう。術師とはいえ、リスカは一般人なのだ。何らかの形で関わっているのならばともかく、町を警護し犯罪者を取り締まる立場の騎士が事件についての内情をそう軽々しく部外者に漏らすはずがない。
「殺人が相次いだと?」
「人の価値観で判断すれば、殺人となるだろうね」
 含みのある返答にリスカは引っかかりを覚え、急いで思考を巡らせた。人の価値観においては殺人となる。では誰の価値観ならば、殺人ではなくなるか。至極明快な答えがある。蛾妖だ。本人が口にしていたのである。妓になりすまして娼館に潜り込めば自分から探しにいかずとも大量の精気を手に入れられる、と。蛾妖にとって人の命を奪う行為は殺人ではなく、当たり前の食事にすぎない。
「こういう事件だ。――初めは、道の途中、急の発作などで倒れ、そのまま息を引き取ったのだと思われていた。ところが、日が違うとはいえ皆が皆、花町からの帰り道で昏倒するなど奇妙な話だ」
「複数の客がなくなったのですか」
「そう。死因は過労死の状態に近い。まるで生気を根こそぎ奪われたかのごとく衰弱してね。大方、妓に溺れて精気を使い果たしたのではないかと揶揄気味に考えられていたが、それにしても異常な衰弱の仕方だったという」
 原因が原因なだけに身内の恥と考え事情を隠そうとする家が多かったため、順調には調査が進まず難儀することが度々あったらしい、とジャヴは付け加えた。ま、まあ確かに、被害者が花苑からの帰路を辿る途中で精気を使い果たしたかのごとく死していたとなれば、家人の多くは世間体を考慮し沈黙を選ぶだろう。
「当初ははっきりと問題視されていなかったが、どうもあの勤勉な騎士殿は、劇薬関連について調査している時にこちらの事件にも気がつき、色々と探っていたらしい」
 ジャヴは疲れた顔を見せながらも、説明を続けた。
「劇薬の犯人は君ではないかと誤解した時、騎士殿は随分焦っていたのだろうね。複数の奇怪な事件を抱えていたため、一刻も早く犯人を挙げねば死人が増えると。もし君が彼に手荒な扱いを受けたのだとしたら、多少は目を瞑ってあげなさい」
 リスカは少し複雑な気分になった。というよりも、もともとはジャヴやティーナがリスカを事件に巻き込んだのではなかったか。
 ジャヴもリスカと同様のことを考えたらしく、一瞬きょとんと無防備な顔をしたあと、小さく苦笑した。笑って誤摩化す気ですか、とリスカは半眼になった。
「リスカ、許してくれるだろう?」
 甘えるような声音で言われてしまった。更には、目を伏せてすこぶる具合が悪いと言いたげな儚い表情までされてしまった。リスカは諦めて、嘆息した。こういう時を見計らって、リルではなくリスカと呼びますか。
「……ジャヴ」
 わざとらしくすり寄られても、全然嬉しくありません。
 思わずその身体をぺしっと床に捨てようかと考えてしまったが、美麗な顔が近くにある。この人は全く、自分の美貌の使い方を邪悪なほど熟知しているに違いない。ぐ、と唸りつつも固く確信するリスカだった。
「まあ、それはともかくね。話を戻そうか」
「……」
「娼館内で倒れる者は少なかった。ただ、館に訪れた被害者の様子について敷者に口を割らせたところ、店に来た時は元気だったのが、帰り際にはひどく疲労しているように見えたという。深酔いしたのか、妓との戯れに熱中しすぎたか、大方そんなところだろうと考え真剣には捉えていなかったらしい」
 檻の中の生き物が、くぅ、と悲しげに鼻を鳴らしたため、ジャヴは一度口を閉ざした。今更だが、小声でやりとりしているとはいえ、異物であるリスカたちの気配に気がつかぬはずがないのに全く騒ぐ様子がないのはなぜなのか。もしかして反応する気力もないほど、この生物達は弱っているのではないかと考えた。先程からどの生物もうずくまったままで、一体どういった姿をもっているのか、明瞭には分からない。視野を遮る幌付きの大型荷馬車であるため、薄暗い、という理由もあるが。
「自分の店の妓が原因で死したなどという悪評が立っては敷者も困ると考えたのだろうね、無関係であることを最後まで主張していたし、相手をした妓の聴取についても殆ど断られてしまった。また、過剰な疲労を見せる客が現れるのは、一つの館に特定されてはいなかった。花苑の様々な店に被害者達は出入りしている。彼らの死が不審であるのは確実なのに、全く犯人像が見えてこない」
「それでフェイはあなたに協力を?」
 疑問を投げかけつつも、リスカは別のことを考えた。もしかしてフェイは、不審死の原因は人の非道がおかしたものではないと漠然と推量していたのかもしれない。例の、大虐殺の場と化した教会事件について処理する時、悪魔の業にすると言ったのは、単なる思いつきではなく蛾妖の影を既に踏んでいたためではなかったのか。
 ならば、不審死の事件を捜査するのに必要とされるのは騎士の剣や権力などではなく、妖の影を捉える魔術師の力と知恵ではないか。フェイは冷静に判断し、魔術師に向ける好悪よりも事件の解決を優先したのだろう。
 更に勘ぐれば、フェイとジャヴの間で取り引きがされたのではないか。今回の事件に協力するならば劇薬関連の幇助の罪については不問にすると。
「そう。私は彼と共に花苑を調査した。その結果、蛾妖の気配を感知したわけだ。蛾妖が私を狙ったのは、探られている事実に気がついたためだろう」
 と締めくくってジャヴは寝た振りをしようとしていたが、リスカはつい引き止めた。
 まだ説明してもらっていない部分があるではないか。
「あなたが狙われた理由は分かりました。でも一体なぜ、私までも標的に」
 あの蛾妖は単純な暇つぶしとしてリスカを監禁したようには思えなかった。それに、セフォーを知っていたのだ。まさか、世情に全く無関心に見えていたセフォーまでもがフェイ達に協力をしているというのか。
「君の守護者殿については関知していないよ。彼はただ花苑へ気晴らしにきていただけじゃないのかね」
「ぐ」
 今、本気でジャヴを突き飛ばしたくなった。
「おそらくあの蛾妖は、花苑をうろついていたセフォードに目をつけたのでは? 何しろ凄まじい魔力だ。目に留まらぬはずがない。けれど、成り上がりの蛾妖にも、彼には到底近づけないと、互いの力量差を判断するだけの思考力はあったんだろう。しかし諦めきれずに彼の周囲を探った結果、君の影を捉えたのでは。こういっては悪いが、君相手ならば勝てると踏んだのだろうよ。花町に訪れる客とは違い魔力もあるので、食指が動いたのだろう」
「ぐぐ」
 泣きたい。確かに、蛾妖から執拗なほど、なぜリスカごときがセフォーの側にいるのだと非難されたが。
「し、しかし、監禁する必要は」
「監禁も何も、十分嬲られていたじゃないか」
「うぐぐ」
「大体、知能を持つ魔は、人を嬲り、騙し、弄ぶという遊びを好む。ある意味において、人は彼らの食料であり玩具ではないか」
「うぐぐぐ」
「そんな目で見られてもね」
 意地悪な魔術師だ、少しは労りの精神をもって慰めてくれてもいいのではないか。
「でも、どうやってあなたは私を見つけることができたのですか」
 弱いところを抉られて崖っぷち状態になりながらも必死に食い下がるリスカを、呆れたような目でジャヴは見た。
「簡単なことだ。あの蛾妖はね、私が必要な物を取りに一度自分の屋敷に戻った時、不意に現れたのだよ。その場で始末してもよかったのだがね、万が一、別の妖までもが人の姿に扮して花苑に潜り込んでいるとも限らない。そこで故意に魔力を奪わせ、泳がせてみることにした。ところが、あの蛾妖、己の力量をどれほど過信しているのか、愚かにも口を滑らせたのさ。私の次に騎士殿やもう一人の魔術師も食ってやろう、とね。こうも言っていたな。女の魔術師ならば別の食い方もあると。私の姿に扮してまずは君を誘惑する気だったのではないかね」
「ひ」
「女の魔術師でこの近辺に居を構えている者、尚かつ私や騎士殿に近い者、という条件で真っ先に思い浮かぶのは君だ」
 リスカは盛大に項垂れた。色々誤摩化されていると分かるが、うまく反論できない。
「杯の結界とその場所を知っていたのも、勿論尾行していたためだ。直接の尾行だと気配を悟られるため、術を使ってね。そもそもあの杯は、私の部屋から蛾妖が奪ったものだよ。蛾妖は道の街灯に杯を引っ掛けて、君が通った時罠に落ちるよう仕向けたのさ」
「ということは、あなたはずっと私の行動を知っていたのですか」
 蛾妖を尾行していたのなら、その途中で、花苑をうろつくリスカの存在にも気がついたはずではないか。
「いや、術の気配を途中で悟られて見失った。ゆえに今度は杯の結界が発動する時に照準を定め、探したわけだ。杯の結界は一度入ってしまえば確かに気配を遮断するが、発動時には漏れる。私はその機会に望みをかけた。君の救出が遅れたのは、このためだ」
 どうだ、これで全て分かっただろう、と言いたげな目をされた。
「……では、あの蛾妖はなぜ大きな力を持っていたのでしょう」
「さあ、そこまではまだ分からないね。誰かを救助するために手加減なしで滅してしまったため、真相は闇に葬られたな」
 そこでわざとらしく私を見ないでください、とリスカは内心でぼそぼそと訴えた。声には出せぬ自分の情けなさに落涙したい気分である。
「全ての問いに答えを返した親切な私を、そろそろ休ませてくれるだろうか」
 どうぞ、思う存分いつまでも休んでください。
 つい睨み合ってしまったが、ジャヴは本当に疲れたらしく、ずるずると身を倒したあと、リスカの膝に頭を乗せた。ずっと寄りかかられているよりは、この体勢の方がリスカも楽だったので文句を言うのはやめておいた。
 ジャヴの顔を見下ろして、申し訳なさが募る。
 時折不親切かつ意地悪な言葉をはさまれはしたが、ジャヴはかなりの疲労をおしてリスカに説明してくれたに違いなかった。精神的な疲れが魔力にも影響を及ぼし、身体の調子までも狂わせている。多量の魔力を有している分、反動もまた大きい。
 本当はまだまだ聞きたいことがあった。今の説明だけでは不十分と思える箇所がいくつかあったためだ。
 魔力の流れが狂っている状態で屋敷から転移を行ったのは、フェイに今の話を聞かれたくなかったためなのかもしれない。男同士ゆえに相手を意識し、不格好な姿を見られたくなかったのかもしれないが、一番はやはり、二人の間で密かに取り引きをしていたという部分が大きいのではないか。本来、部外者であるリスカに語ってはならない話をこうして聞かせてくれたのだと思う。
 とはいえ、きっとジャヴはまだ何かを隠している。その肝心な何かについてはリスカが知る必要のない事であると判断し、明かさなかったのだろう。
 罪悪感と焦燥感、困惑と感謝の気持ちが胸の中で秤にかけられたが、リスカは結局、感謝を選んだ。檻と檻の間、ごく狭い幅に転移してしまった自分たち。妙に感慨すら抱きつつ、遠慮なしにリスカの膝を占領するジャヴの指をそっと握った。
 瞼は閉ざされたままだったが、絡めた指をわずかに握り返された。
 そう遠くはない過去で塔の貴石と呼ばれたその人と、不思議な縁で繋がれたことに、重ねて不思議な思いを抱いた。
 
●●●●●
 
 どれほど時間が流れたのか。
 いつの間にか、リスカまでもうとうとしてしまったらしい。これほど揺れる荷馬車の中でよくも呑気に居眠りできると自分の図太さに呆れてしまったが、そういえば蛾妖から受けた傷などはまだ完治していなかった。おそらく気を緩めた瞬間にどっと疲れが出てしまったのだろうと都合よく考え、自分を慰めた。
「リル、馬車がとまった」
 目を瞑っていただけで実は全く眠っていなかったらしいジャヴに、リスカは起こされたのである。
 慌てて背筋を伸ばし、起きていた振りをするリスカに、やけに哀れみがこもった目を向けたジャヴが「降りよう」と素早く告げた。
「いや、待て」
 狼狽しつつ動こうとしたが、すぐにとめられてしまった。
「魔の気配がする」
 ジャヴの厳しい声音に、リスカは身を強張らせた。はっきり言ってろくな花びらを持っていないリスカは、全く役に立たない。そもそも戦闘には不向きな魔力なのだ。
 リスカ達の出現には関心を示さなかった檻の生物たちが、魔の気配には敏感に反応し、嘆きに似た鳴き声を響かせ始める。
 どうしてこういった余裕のない状態の時に魔と遭遇せねばならないのか、まったくもって不条理だ、とリスカは内心で叫ばずにいられなかった。
「私の失敗だな」
「え?」
 ジャヴが苦く笑ったようだった。
「頭の片隅にあった思考が、転移地点に影響を及ぼした」
 それはどういう意味なのか。
 問い返そうとした時だった。
 後方の幌が無造作に開かれたのだ。
 既に時刻は午後を回っているらしい。幌の帳をのけられたために、目映い光が差し込んでくる。
「おやおや、お客さん、ただ乗りはよくないね」
 檻に囲まれているため、帳を開いた相手の顔は判別できない。ただ、向こうはリスカ達の気配を正しく察している。
「降りてもらおうか」
 不可思議な生物を運ぶこの荷馬車と魔が一体どう関わっているのか、まだ判断はできなかった。しかし、相手の台詞に不穏な気配がこめられているのだけは、否が応にも悟らざるをえなかった。
 突然訪れた危機を前にして凝固するリスカの身をジャヴが引き寄せた瞬間、天井と左右、前方を覆っていた幌が溶け落ちた。広がる魔の気配。息が詰まりそうな重圧感に、悪い予感を抱く。これは、もしかすると蛾妖よりも力量が上回っているのではないか。
 見えぬ巨大な手で持ち上げられたかのごとく檻が突如宙に浮き、それぞれ違う位置で停止した。虚空に浮上している状態になった檻の中の獣たちが激しく鳴いていたが、リスカは視線をそちらに向けて窺う余裕を持てなかった。
 ここはどこなのだろうか。想像では町を越え、荷馬車の通り道からわずかに逸れた木々の多い場所――けれども周囲に人気はない。意図的に人気のない場所で荷馬車をとめたのだろう。
 檻が虚空に浮いたお陰で、というべきか、視界を遮る障害物がなくなったため、声をかけてきた者の姿を目にすることができた。
 大型車輪のついた台座の中央にいるリスカ達を、その者は腕を組みながら面白そうな顔をして見ていた。
 坊主刈りに近いほど髪を短くしている青年だった。やけに鋭い目つきではあるが、それでも随分整った容貌といえる。
 魔の気配は間違いなくその青年から発せられていたが、他にもまだ人がいた。中年の男性だった。
「何だ? お前達、一体どうやって乗り込んだんだ」
 傍らに悠然と立つ青年をひどく恐れながらも、男性は目を見開き、怪訝な顔でリスカ達を凝視した。どうやらこの男性が荷馬車を走らせていた御者らしい。
 荷馬車が停止するこの瞬間まで声をかけられなかったということは、魔の気配を濃厚に漂わせる青年は同乗していなかったのだと思う。では、この場所で男性と青年は落ち合う約束をしていたのか。それとも。
 リスカはとりとめなく広がりゆく考えを途中で放棄し、奇妙な顔をした。
 御者の男性からは、強い力や圧力の類いを一切感じない。普通の人間だ。ゆえにリスカ達が荷馬車の中に転移したのにも気づかなかった。蹄の音と荷馬車の揺れが、リスカ達の存在を隠したのだ。
 だが、こういった事実は問題ではない。
 どういうことなのか、とリスカは緊張した。
 人間と魔が手を組んでいるのか?
 男性は確実に青年を恐れてはいるものの、重量も大きさもある檻が全て宙に浮いているという異様な光景については然程驚きを見せていない。深く詮索するまでもなく、彼らは顔見知りなのだと分かる。
「さて、これは予想外だ」
 青年が冷たい微笑を見せて呟いた。
 蛾妖と同様に人の姿を真似ているのだろうかとリスカは疑問に思い、目を凝らした。
「見逃してくれる、というわけにはいかないかな」
 ジャヴがさり気ない仕草で動き、密かに青年達の観察を続けていたリスカを背に庇った。リスカは少し驚き、ジャヴの背を見つめた。
 青年は、おや? という様子でジャヴを見返した。
「ふーん。意図的に乗り込んできたわけじゃないのか」
「どうかな」
「どちらも魔術師。だが、随分魔力が消費されているようだ。まあ、食えぬことはないか」
 青年の視線が、ジャヴの背からこっそりと覗き見していたリスカの方に向けられた。リスカは思わずジャヴの背にはり付き、顔を隠した。
「あぁ心配するなよ。あんたは食わないぜ、今のところはな」
 その言葉に、リスカは眉をひそめた。青年が今放った台詞は、間違いなくリスカに向けられたものだ。
 今のところは食わない?
 なぜ。
「俺は奇麗なものを引き裂くのが好き」
 そういう意味ですか! とリスカは青年に対する恐怖を一瞬忘れ、胸中で即座に突っ込んだ。どうせ美貌じゃありませんとも。
「そう、では私は食われてしまうのかな」
 ジャヴ、その台詞、自分を美貌の主だと認めていますよね。謙遜の文字はどこへ消えたのですか、いやそれよりもけなされたに等しい私を庇ってくれるとか慰めてくれるとか色々すべきことがあるのではと思いますよ、とリスカは内心でつい切々と哀愁混じりに訴えた。
「少し楽しませてもらってからな。人間もそうだろう。美味しく食うためには素材を切り、味付けして、焼いて、飾り立てる。手間をかけた方が、より美味くなるんだよな」
「魔物に料理の妙が分かるのか」
 挑発してどうするんですか、ジャヴ。
 リスカは顔を引きつらせつつも、素早く懐を探った。結界等の防御の花びらはないが、その代わり。
「人が抱く妙など分からないから、お前の身体で早速試してみよう」
 ジャヴが密やかに詠唱をする――しかし、すぐには術が立ち上がらない。まだ魔力の乱れがおさまっていないのだ。
 手軽に魔力を操る魔物相手では、術の構築に時間を要してしまうというのは致命的だった。
「遅い」
 青年が憫笑を見せ、軽く手を振った。その瞬間、規模は小さいながらも巨大な威力を持つ竜巻が生まれる。大気の渦は荒々しくうねりながら、意思を持っているかのようにこちらへ襲ってきた。
 リスカは攻撃系の花びらを二枚、咄嗟に放った。力を衝突させ、相殺を狙ったのだ。
「へえ」
 爆音を残して消滅した渦の残滓を見ながら、青年が少し感心した様子で頷いた。
「ジャヴ……魔力、使えますか?」
 青年に気づかれぬよう小声でたずねると、ジャヴがちらりと視線を寄越した。
「難しい。単純な術式のもののみならば」
 では、大掛かりな術や転移は無理か。
 リスカの方はもうこれで、使えそうな花びらはなくなってしまった。
「遊ぼうぜ、魔術師」
 青年が再び、小さな竜巻を生み出した。
 一つだけではない。一度に複数、作り出したのだ。
 万事休すではないだろうか、とリスカは青ざめた。



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