花炎-kaen-火炎:22


「どうしたものかね」
 ふっと肩から腕の重みが消えた。強張っていた身を無理矢理動かして見上げると、ジャヴが体勢を整え、指先でこめかみを押さえて困惑の表情で虚空を見据えていた。リスカも身を起こし、小さく息を吐いたあと、気まずさを誤摩化そうとして彼の視線を追った。ジャヴが何について思案しているかは分からなかったが、追った先の終着点である壁には真紅の細い革紐で飾り付けられた花が下げられていた。造花ではない。だが生花とも言い難い。術の研究時に使用した花だったが、魔力の受け皿にはなりえず凍ってしまったのだ。触れればそれなりに冷たいが、通常の方法で冷凍したわけではないために常温の場所に置いても溶けることはない。美しい花弁を広げたまま凍った花。飾らずに捨てればよかったと唐突に後悔が押し寄せてきた。いわばこの花は魔力の歪さを物語る確とした証拠なのだった。
 もしこの世から全ての花が枯れてしまえば、と時々思う。
 だがその先が、いつも続かなかった。
「過去を暴かれるのは拒絶するのに、未来を暴きたがるとは」
 ジャヴの独白めいた平淡な声が、思考の海に浮かぶ茫洋とした問いを遠ざけた。
「私にもまだよく分からないのだよ。君をこれ以上関らせていいものか。私の場合はおよそ自業自得だが、君は術師とはいえ罪なき町民だ」
 片手を卓の上に乗せ、やや俯きながらジャヴが独白口調のままそう続けた。
「しかし、これだけは見えている。今、ここで君が諦めてくれれば、危険も恐怖も遠ざかるだろう」
「何を諦めろと?」
 椅子に座り直そうとしたリスカを片手で制し、彼は澄んだ湖面を思わせる碧の双眸を再び虚空へと向けた。
「セフォードから離れなさい」
「なぜですか」
 柔らかく諭すような声音が逆に癇にさわり、叩き返す勢いで問うてしまった。
「君は全く考えなかっただろうか。蛾妖に囚われた時、貝百に襲われた時、君を守護しているはずの彼はなぜ姿を見せなかったのだろうと。蛾妖の時は蝋の結界が気配を遮断したが、貝百との遭遇時には何も障害などなかったはずだ」
「それは……感知能力の問題ではないですか。透視系の力に秀でていなければ、遠くの場所に存在する気配まで網羅することは不可能でしょう」
「確かに遠方の気配を読み取れなかったという説も考えられる。ではなぜ、その鳥だけは現れたのか」
 咄嗟には反論が浮かばず、口ごもってしまった。
 シアは普通の小鳥ではない。多種の血を継ぐ希有な存在だ。ある意味では、シアもまた異種混合体といえる。
 セフォーでは感知しきれなかった遠方の気配を、シアは読み取ったのかもしれない。その言い訳が口を出ることはなかった。既にリスカは、セフォーに頼まれたのかとシアに確認していたためだ。ジャヴもその確認を耳にしていたはずだった。
「彼も迷っているのではと思うのだがね。君がここで追わずにいれば、彼はこのまま去るのでは」
 漠然と考えていた説をずばりと口にされ、リスカは逃げ場を失った。
「セフォーは、花苑の事件に巻き込まれていますか?」
 そうたずねると、途端にジャヴは苦いものを飲み込んだような表情を浮かべた。
「君の悪い癖だ。論点をすり替えてすぐに心情の事実から目を背けようとする」
「不肖の弟子ですみません」
 軽口には程遠い悲愴感がこもった声で答えてしまった。
「リル。彼がどうこうという話をしているのではないのだよ。君はどうしたいのか」
「立ち止まらないと言いました」
 意図せず喧嘩腰で即答してしまい、すぐにはっと我に返った。
「私がやめろと言っても?」
「やめません」
「セフォードはこの先、君を危険に巻き込む可能性が高いだろう。彼の力は破壊そのもの。破壊は、別の破壊を招く。君の力では盾とはなれない。分かっているか」
「分かりません」
 と正直に答えたら、本気で額をはたかれた。
「分からぬのになぜこだわる。正義ではなく私情か。それは彼に惹かれているためと受け取っていいのか」
「分かりません」
「目を逸らすな、リル」
 なぜ責められなければいけないのだ、という思いをこめてリスカは睨んだ。
「質問を変える。彼の存在は君の中で消せぬか」
「……消せないです。なぜかと問われても、分からない。目が眩みます。けれど、追わなくてはとそう思います」
「呆れるね」
 本心から嘆くような声で言われた。
「分からなければ、追ってはいけないのですか。でもなぜ? あなたのいう、惹かれるの意味は、愛の部分をさしているのでしょう。しかし私には愛の見分けがつきません。他者の真理は私の真実とはならない。恨みの奥、嘆きの奥、憧憬の奥、それとも情交の奥にあるのが愛なのか、問いを投げても答えは一つきりではないと、誰もが言う」
 早口で反論すると、ジャヴは哀れむような目をした。
「仮に一般論として、愛とは、という命題を与えられたのであれば、私は模範となるような解答を引き出すでしょう。言葉でなら解明できる。けれどもそれは、絵の中の花と同じです。枯れもしないが、香ることもない。目で楽しむだけです」
「目で楽しみ、心で触れ、身体に刻み、記憶に飾る、とは考えないか」
「そのように考えている、と言葉で誤摩化すことならばできます」
 再びジャヴはこめかみをおさえて、難しい顔をした。
「論に頼りすぎてはならぬと言ったはず」
「情愛、友愛、家族愛、言葉は多種多様。なのになぜ、論じてはいけないのですか」
 セフォーに以前、愛は論じるものではないと言われたが、どんな行動も目で見れば、様々な比喩をもって言葉にかえられるではないか。だったら逆も然り、言葉は行動にかわるはずだ。
「理で支配しきれないからだよ」
「では、理で支配できない衝動はどんなものでも愛だと」
「違う、そうではない」
 リスカは混乱してきた。なぜ言葉で説明してはならないのか。理で支配できないものの中には憎悪もある。もしこの説が正しいのだとしたら、憎悪と破滅の意思をもって死したティーナの行動にも納得できるのに、ジャヴは否という。
 しかしリスカは今まで何事も言葉に置き換えて判断し、理解してきたのだ。理解を超える、ということについてさえもである。「不可解」である、または「言葉では説明できない」という言葉で、理解した。そうして己を歩ませてきたのだ。それが、愛について語る時、いつも否定される。一体愛とはどれほど特別だというのか、不満にすら感じる。
「――どうしたものか」
 身を強張らせて返答を待つリスカの前に立ち、困惑の眼差しでジャヴが呟いた。
「君は術師であることに、心身縛られているのだな」
「正規の魔術師ではないのに、おかしいですか」
「皮肉で言ったのではない――いや、語りすぎても意味がないのだろう。君は頭で理解しようとする」
 ジャヴは嘆息したあと、両手で髪をかきあげた。
「私は、君がセフォードに関わりすぎるのには反対なのだがね。しかし、消せない存在は彼であるという。あのくらいに苛烈でなければ、君の偏った思考は壊れないのか。難儀なことだね」
 仕方がない、と言って彼は再び吐息を落とした。
「ならばもう少し追ってみるか」
「はい」
「けれども、君はもっと本気になって、他の者と深く接した方がいい」
 息が詰まった。
「他の者と……」
 そうだ、と頷くジャヴの目は、なぜか心を真っすぐ貫くほどに深く、凛然としていた。彼の態度と声音が、この話が、リスカにとって何より大切なことなのだと訴える。唐突に、この眼差しは賢者でもなく魔術師でもなく師でもない、一個の人としての目だと思った。見蕩れることが許されないくらいに美しい、と息苦しさを覚え、たまらずリスカは視線をわずかに逃がす。途端、ジャヴに両手で頬を包まれ、視線を合わせられた。
「多くの出会いを求めなさい。そして多くの豊かな心に触れ、言葉の檻に感情を閉じ込めず、何も取り繕わずにぶつかりなさい。その時生まれる摩擦や失敗を恐れずに。世界を広げるということはただ見知らぬ場所を一人歩くだけではないのだ。人とは、かけがえなく素晴らしい」
「――人とは、素晴らしい」
 声音は静謐なのに、なんて鮮やかな、躍動感溢れる激しさを持つ言葉なのだろう。
 きっとそれは、表面上でどれほど皮肉を駆使しても、心の底ではジャヴ自身が偽りなくそう感じているためだ。
 リスカは彼の腕に手を置き、頬からそっと外させた。なぜだか無性に、この場から逃げ出してどこかに隠れてしまいたくなった。
「そう、奇跡すらかなわぬほどに素晴らしいのだよ、リル。魔術師である前に、君も人だ。人の心は貪欲で豊穣なもの。自由自在、未来を無限に描く。己の中から生み出される表現力で涙するほどの感動を作り、また、他者にも同じ感動を捧ぐことができる。時に晴天のごとき快さを、嵐のごとき情熱を、樹海のごとき幽遠を。心が心である限り、どれほど多彩な夢や願いを生み出しても壊れず、永遠に埋め尽くされることもない」
「……そうでしょうか」
「無論。願いが叶うかどうかの問題ではないのだから。赤子だろうと老人であろうと、心はいつでも永遠を許されている」
 まるで聖者の予言のごとく言い切り、ジャヴは片手でリスカの顔を覆うような真似をした。
「だから人を求めなさい。他人が持つ多様な価値観、行動と心理、それらは誰もが認める優れた教本よりももっと、今の君に刺激と新たな認識を与えるだろう。その上で分かった方がいい。頭ではなく、だ」
 ジャヴは穏やかな顔をして、リスカのこめかみあたりを、ついっと一度つついた。
「咲き誇れ、人として。君は豊かだ。豊かな人として、生まれたのだ」
 咄嗟に後ずさろうとしたリスカの両手を、ジャヴはきつく握り締めた。
「ですが、術師とは」
「精神の均衡を守る枷のことか。魔力を持つものには必要だ。だが考えてみたまえ。その枷は究極のところで精神を裏切らないし、封じぬ。これはただ、魔力の暴発を防ぐための柵にすぎない。思い違いをする者が多いが、感情を殺すためのものではないのだ。理性も感情も不可欠なのだよ」
 意外な言葉に、目を見開いた。己の感情に悩まされているはずのジャヴが、その感情を否定せず受け入れるのか。この人はやはりどこまで傷ついても純粋で高貴だ。自己に対して諦観を抱かず、妬みを知らない。
「この枷や魔力の歪さを言い訳として、他者との親密な付き合いを軽んじたり投げ遣りにしてはいけない」
「――誰と接するべきですか」
 本当に、師に問う弟子のようだ、とふと思い奇妙な心地になる。
「騎士殿がおすすめだね」
 気分を切り替えたように、少し意地悪げな表情を浮かべてジャヴはそう言った。
「同性の者と交流を持つのもいい。エジ殿と接するのも興味深いだろう。まあ、最初は身近に存在する私でもかまわないが」
「からかっていませんか」
「失礼だね。心の固い君の行く末を案じているというのに」
 とてもそうは見えません、それどころか面白がっていませんか、とリスカは内心いじけた。なぜなら術師とは多弁で、問答を得意とし、人を巧みに翻弄する。
「さて、ではもう一度たずねようか。ここで君は待つか、それとももっと見るか」
「見ます」
 見なければ、言葉に置き換えられない。真っ先にそう思ってしまった。
 ジャヴは少しだけ悲しげな顔をしたあと、頷いた。
 
●●●●●
 
「涙目になっているよ、リル」
「……」
 すぐには返答できなかった。
 なぜかといえば、原因は、そう、再度の転移である。
 リスカが「見る」という返答をした直後のことだった。ジャヴが突然リスカの腕を取り、驚く時間さえ与えてくれずに転移の術を行使したのだった。この時、硬直するリスカの目には、仰天した様子で羽根を広げるシアの姿が映ったのだが、それもすぐさま残像とかわった。
「どっどこに私を監禁するつもりですか」
 と、思わず偽りない恐怖を吐き出してしまったら、振り向いたジャヴに冷たい侮蔑の目で見られてしまった。
「君は私を何だと思っているのか」
 厄介で意地悪な正規の魔術師だと思っています、と正直に暴露するのだけはなんとか意思の力で押しとどめることができた。
「そんなに閉じ込められたいのなら今すぐ望みを叶えてあげるよ」
「遠慮します」
 売り言葉に買い言葉、といった調子でつい睨み合ってしまったが、そんな次元の低い争いをしている場合ではなかった。
「君といると、こちらまでもがおかしくなる」
「それは私の台詞です」
 自制しようとした側から再び口論しそうになった。
 ジャヴはつんっと生意気な態度で顔を逸らしたあと、ようやく説明してくれた。
「ご覧の通り、我が屋敷だ」
 リスカは慌てて周囲の様子を眺め回した。驚くほどの広さがあるわけではないが、置かれている調度類に関してはフェイの屋敷と同様、見事に高級品で統一されている部屋にリスカとジャヴは立っていた。我が屋敷ということはつまり、ここはジャヴの邸宅内か。
「君はここで少し待っていなさい。私は準備をしてくるから」
「えっ、あの」
「あぁ、階下へは行かないように。蛾妖がこの屋敷に現れた時、階下で多少暴れてくれたのでね。清掃を終えていない」
 説明になっているようでなっていない台詞を口にしつつもジャヴは、挙動不審にきょろきょろするリスカの背を押して強引に長椅子へ座るよう促したあと、さっさと部屋を出ていってしまった。
 扉の向こうに消えたジャヴを呆気に取られつつ見送り、ゆるゆるとした動作で座り直す。
 つい長椅子の表面を撫でてしまった。光沢のある短い黒毛皮をはった長椅子だ。手触り抜群、しかも緩い波形で縁取られている背もたれの部分は鮮やかな緑の糸で刺繍されている。ジャヴが座れば実に似合うだろうが自分の場合は、とリスカはこの上等さにがっくりと項垂れ、敗北を認めた。そぐわない。
 そうか、閣下は鮮やかな真紅の長椅子を好み、ジャヴは艶めく黒い長椅子を選ぶのか。フェイなら緑か青系統が似合いそうだ。ツァルの場合は、ううむ、深い紫だろうか。などとりとめのないことを考えてしまった。いやいや、現実逃避している場合ではない。
 しかし、とリスカは小さく笑った。
 騎士が魔術師を敬遠するのは、今のリスカが置かれているような状況によく遭遇してまうためではないか、と思ったのだ。魔術師はよくも悪くも自分の都合と調子を優先する。
 転移前、リスカはてっきりこのままフェイ達の元へ行くのだと予想していたが、結果は違った。準備をしてくる、の一言で客室に放置状態にされてしまったが、一応リスカも術師であるゆえに、ジャヴが何をしたいのか想像はつく。
 身を清め精神を整える、魔力を回復させる薬湯を服用する、身を守る魔石の飾りを装着する――少しでも効率よく術を行使するために様々な方法を試す。リスカのように歪な力に関してはともかく、本来魔術とは手軽なようでいて、実際は多くの煩雑な準備が必要となる。
 リスカはふうっと大きく息を吐き、背もたれに体重を預けた。今頃になって自身の疲労を強く感じた。そういえば空腹のような気がするが、食欲はない。何かを考えなければと思う端から思考がほどけ、緩やかに眠りの気が満ちていく。この長椅子の座り心地があんまり気持ちよすぎるためだ、とぼんやり意識した。セフォーはきちんと睡眠を取っているだろうか――…
 
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 唐突に目覚めた。
 よくぞ目を覚ました、と自分を褒めていいかもしれなかった。
 ぱっと瞼を開いた時、部屋から出ていこうとするジャヴの背が見えたのだ。
 リスカは慌てて飛び起きた。場所は居眠りする時と同様、長椅子の上だったが、いつの間にか身体に毛布がかけられていたのだ。
 覚醒したばかりでまともな意識は働いていなかったが、それでも咄嗟に「置いていかれる」と悟り、強い焦燥感を抱いた。飛び起きた勢いで、部屋を出ていこうとするジャヴの背を追ったため、床にずり落ちた毛布に足を取られてしまい、転倒しかけた。待ってくださいと言おうとしたのに、実際に発されたのは意味不明な悲鳴だった。
「リル」
 すこぶる怪しい奇声を耳にしたらしくジャヴが振り向き、転びかけてわたわたしているリスカの方へと駆け寄ってくれた。
 床と衝突する寸前でジャヴの腕に無事保護される。
「まだ眠っていていいのに」
 少し呆れた声で言われてしまった。
 ジャヴにしがみつきつつも、置いていくのはひどいですよ、という意味をこめて見上げる。
「眠っていなさい」
「嫌です」
「眠れ」
「起きます」
「起きるな」
「起きましたっ」
 不毛な言い争いをしてしまった。
 ジャヴがわざと聞かせるようにして溜息を落とす。
「分かった。起きるのなら着替えなさい。それと薬を飲んで。少し食事も――」
「騙されません。その間に、一人で行こうとしてますよね」
「本当に監禁しようか」
「内心の謀が声に出てますよ」
 恨みがましい声が出てしまう。
「分かった分かった、待ってあげるから、早く用意しなさい」
 まるで聞き分けのない弟子に対する言い方である。リスカは胸中でぶつぶつと反論しつつも、言われた通りにした。長椅子の脇に、着替えやら軽食を乗せた皿やらが置かれていた。どうやら支度の終わったジャヴが、寝ていたリスカが起きた時のためにと用意したものらしい。よかった、目を覚まして。あと一歩で本当に置いていかれるところだったようだ。
 ばたばたと忙しく準備するリスカを横目で見ながら、ジャヴは長椅子に腰掛け、頬杖をついた。貝百に不揃いにされた髪は今、後ろで一つにくくられている。しかし、短くされてしまった部分はまとめきれなかったらしく、少し頬にかかっていた。それにしても、随分華やかな衣装を着ている。鮮やかな緑と濃青色の組み合わせの長衣を羽織り、中に生成り色のものを着込んでいるがその襟元の刺繍が見事だった。腰部分の二重巻きの革帯は黒一色だったが細かな編模様の型が入っていた。細い金の糸を束ねたような、長く垂れ下がる耳飾りまでもしている。このまま夜会にでも行けそうな、実に麗しい姿だ。
「私に見とれていないで、早くしなさい」
「もう準備終わりました!」
 密かに見ていたのに気づいていたらしい。リスカは照れ隠しなのか決まり悪さなのか確かに判断できず、つい大きな声を出してしまった。
「ほら、似合わないなどと余計なことは考えず、装飾品もきちんとつけなさい。これらは魔石の加護を持つものだ」
 と説教しつつもジャヴが立ち上がり、微妙に落ち込んでいるリスカにあれこれ装飾品をまとわせた。一言多いが、ジャヴは意外にも面倒見がいいらしい。いや、不出来な弟子と思われているような気がするが。
 これほど長くジャヴとともに行動したことはないので、色々と新発見があり、興味深かった。同等の位置に置いてはくれないが、それでも少しは受け入れてくれているのかもしれないと思う。
 最後の仕上げとばかりに、ぽんと頭に手を置かれた。
「さて、行くか」
 美貌の魔術師の顔を見上げつつ、リスカは手を置かれたところを無意識にいじった。不思議な安心感を覚えると同時に、少しのくすぐったさと淡い喜びもまた生まれた。
 確かにリスカは、指摘された通り神秘的な色を持つ彼の眼差しに見とれていたのだろう。
 神秘の奥を目にしたいと思うのは人の性。けれども、神秘に見返されるのは、なんて面映いのかとそう思った。



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