she&sea 05

※二重カッコはしていませんが、笹良以外の人物の台詞は異国語だとお考えください。
 
 
 しかしまあ、どうしてこうも男臭くごつい大男ばかり集まるものだろうか。
 海賊なんだから、多少のヤバさは仕方ないのかもしれないけれどさ。
 ……笹良は現在、巨岩のような体躯の野郎どもに囲まれているわけで。
 
 でも、でもさっ。
 別に高望みする気はないけど。
  
 一人くらいは、物憂いニュアンスの美青年がいたっていいじゃん!
 
●●●●●
 
 ……などと内心で抗議しても意味はなし。
 あー笹良、倒れそう。
「何です、この娘は」
「さらってきたンですか」
「面妖な」
「珍妙な顔貌の子供だ」
「泣いてますぜ」
「棒ッきれのような身体じゃねえか」
「奴隷にしては、小奇麗な気も」
「青白い」
「食えそうにはねえ」
 
 ……もうっ言いたい放題!
 大体、最後の「食えそうにない」というのはどういう意味だっ。
 
「まあ、そう言うな。痩せっぽちだが食えないことはないだろう」
 破顔しながらしゃあしゃあと無礼な台詞を言ってのけたのは、青鬼ならぬ青髪の海賊王だった。
「嫌っ、笹良食べられる! 死神の馬鹿、生きろと言いつつ、食人鬼の群れに笹良を放り込むなんて!」
 思わず叫んだ。叫ばずにいられようか、いやいられない。
 笹良は現在、ぼろい幽霊船から海賊船へと移動させられた。違う、拉致された。
 ええい、本音を暴露してやる。
 この海賊船、でかさだけは上等だが、転覆寸前だった幽霊船と匹敵するほど見事にぼろい。双子船ですか、と聞きたくなるくらいなのだ。マストの帆布は黒(骸骨マークはなかった。海賊のくせに)……というか、全体的に黒っぽい。船の構造なんて知らないけれど、外観はやたらぼろい印象を与えるくせに実際はかなり頑丈な造りだというのが分かる。豪華客船とはお世辞にも言えないが、規模と精度だけは褒めてもいい。わき上がる複雑な感情を無視すればの話だけどさ。
 船頭と船尾が緩やかに弧を描く、月型の大型船だ。映画でよく見かけるようなタイプの船だね。
 いや、映画に出てこようが夢に出てこようが問題ではなく、笹良はそもそも船など大嫌いなのだ。海に浮かんでいるという時点で最凶最悪、嫌悪の対象であり、悪神の乗り物だとすら思っている。
 笹良はえぐえぐと泣いた。我が身を襲った突然の不幸、食人鬼の可能性大な海賊の群れ、目前に広がる真っ青な海。ここで泣かねば乙女ではない。
「ああ、泣くな、泣くな。余程の非常時が来ぬ限り、食いはせぬ」
 青髪の海賊王は快晴の空と匹敵するほどの目映い笑顔でそう言った。というか、その台詞で泣き止む奴は恐らくいないだろう。非常時が到来したら、やはり食べる気なのか?
「なあ、王よ、一体どこからこの娘を攫ってきたんです」
 禿頭のくせに髭だけはしっかり生やした男が、ちらりと笹良を見下ろして言った。
「冥界からさ」
 ぬけぬけと海賊王が応じる。
 馬鹿っ、笹良は死人じゃないぞ。……いや待って、この世界から見れば、笹良の世界って「冥界」に当たるのだろうか。
「死の使いですかい」
 禿頭男は微妙に声音を低くし、気味悪そうに笹良を眺めた。可憐な乙女をそんな怪しい目で見るのは失礼だ。大体、そっちの姿の方が断然不気味ではないか。
 死神、死神、笹良はまだ幽霊船にいた方がましのような気がしてきたよ。
 第一、乙女の涙が少しも通用しないというのはどういうわけなのだ。海賊達に紳士的な態度を求めるのもどうかと思うが、笹良は野蛮な男など嫌いなのだ。それは兄の総司だけで十分間に合っている。
 と、内心で無駄に勝手な感想、不満、欲求をつらつらと述べていた時、突然の強風に煽られて船が微かに揺れた。どれだけ微かな揺れだろうが、今の笹良には生死に関わるほどの深刻な大地震に匹敵する。なんせ海の上ですもの。
「いやっ、嫌! 揺れたよね今。何なのこの船、見た目でかいくせに何で揺れるの?」
 もう混乱しつつ叫びつつ、なんでもいいからしがみつくものを探して、わたわたと手を伸ばす。
「どうした?」
 こう言うのも悲しいが……そう、たとえるならば、生まれたばかりの鹿の子が立ち上がる瞬間を見守る人々、という雰囲気で海賊達は笹良を取り囲み、じっと興味深そうに眺めていたため、ちょっとでも言葉を発すると、妙に感動的なざわめきが広がった。数日前に、TVで子鹿生誕の瞬間という番組を見たからさ。
 海賊王がにやにや笑いつつ、海よりも青ざめてふらつく笹良を支えた。
「――子供といえども、女は女。船に迎えるのは不吉です」
 硬質な声に、ざわめきがぴたりと静まった。
 び、美少年!?
 海賊王に掴まりつつ慌てて周囲を窺うと、むさ苦しい男達の間に立つほっそりとした体つきの少年を発見した。奇麗な淡い茶色の髪と目をした、とびきり凛々しい少年だった。しかし、ときめく気に全くなれないのは、凄まじく低温な侮蔑の目で笹良を見据えていたためだった。何で笹良、初対面の美少年に喧嘩を売られなきゃいけないのだ。
「ほう」
 愉快そうに海賊王が頷き、美少年を眼差しで射抜く。
「女は魔を呼び、人心を惑わす。捨てるべきです」
 こらこら、人をゴミのように!
「ああ惑わされたさ。死の使いに導かれて、手に入れた娘だからな」
 快活に笑う海賊王を、皆がぎょっとした様子で振り向いた。その前に笹良は、手に入れられた覚えは全くなかった。
「何っ!?」
 物でも担ぐように、ひょいっと気安く抱き上げられる。笹良は思わず、やたらと青い頭にしがみついた。この外国人的海賊王はとても背が高いのだ。このように抱き上げられると海が丸見えになり、精神衛生上非常によろしくない。
「駄目だよ、海が、海が笹良に宣戦布告するから、降ろしてよ。怖いってさっきから言っているのに、嫌なこと、やめてっ」
「分からぬなぁ、何を言っているのだか」
「嫌、嫌なの!」
「イヤ?」
「降ろしてっ」
 ふふっ、と海賊王が笑っている。
「全く――退屈はせぬ世の中だ」
 
●●●●●
 
 で、願いは虚しく笹良は海賊王に易々と担がれて、もう嵐を呼びたくなるほど海がよく見える場所……多分普通の船でいうデッキに当たる場所……へ移動させられた。
 なぜ、船に揺り椅子など用意するの!
 余計揺れるでしょおかしいでしょ、という笹良の真剣な抗議は、言葉が通じないので強制却下される。
 海賊王は呑気な顔をして、不吉な軋みを奏でてくれる揺り椅子に腰掛け、怯える笹良を膝に乗せた。ああっ、後ろに海が、前に海が、左右に海が……。
「しかし、よく泣くものだ。それほどまでに豪快に泣いても涙は尽きぬか」
 泣かせているのは海だ。海の水が涸れてしまえば、笹良の涙も乾くというものだ。
「涙は黒くないのだな」
 馬鹿っ、目が黒いからって墨汁みたいな涙が出るものか。想像するだけで不気味だ。
 こんな男臭い奴にしがみつきたくなどないが、海に抱きついて溺死するよりはまし。日に焼けた固い腕に、笹良はひしっとしがみついていた。
「まあ、よく泣く」
 さすがに呆れてきたのか、笹良の目を、海賊王は親指で拭った。だが、拭われる度に涙が溢れる。笹良のせいではない。全ては海のせいにしよう。
 拭っても拭っても新たな涙が落ちるために、海賊王は何やら考え込む顔をした。
「まだ何もしておらぬぞ。何が涙とかわるのだ?」
 まだ、って何だっ。
「ううっ、う、う、う、う」
 帰りたい、この際日本にじゃなくてもいい、陸に帰りたい。
 笹良はしみじみ嘆きつつ、海賊王のだらだら長い腰帯を手に取り、それで涙を拭いた。いや、だってハンカチとか持ってないし、他に拭く物が見当たらなかったし。
 微かな揺れを感じるたびに、笹良はひくりと泣き出した。神妙な顔で様子を窺っていた海賊王がようやく、ああ、と納得した溜息を漏らした。
「振動が恐ろしいのか?」
 そう、そうなのだ。けれど、ここで頷けば、異世界語を理解しているということがばれてしまう。
「海が恐ろしいか」
 まさしく、まさしく仰る通り。
「ではなぜ、船上にいたのか」
 そんなことは神様に聞いて。
「貢ぎ物として、置き去りにされたのか?」
 人を勝手に生け贄にしないでほしい。
「分からぬな」
 ふむ、と海賊王は首を傾げる。あなたが分からない以上に、笹良はもっと分からない。
「名はあるのか」
 人に聞く前にまずそっちが名乗るのだ。
 海賊王はふと虚空に指を置いた。どうやら文字を書いているらしかった。
「ガルシア――分かるか? 俺の名は、ガルシアだ」
 ……どこかの著名人と同じ名だ。覚えやすい。
「さて、お前は」
 ちょん、と額をつつかれた。名を訊ねるジェスチャーを見て、笹良は言葉を理解した振りをする。
 笹良はぐすぐすと声を震わせつつ、小さく答えた。
「ササラ。ササラだよ」
「ササラ?」
 少し言いにくそうに、ガルシアが青い瞳を瞬かせる。笹良はじっとその目を見返した。
「魔を秘めた目だな」
 何だそれっ。
「昔、魔術師に会ったことがある。偽物ばかりが横行していたが、あれは本物だった。お前も同じ黒い目だ」
 失礼な無礼な非礼な! では日本人は皆魔術師か?
「――案ずることはないさ。お前は殺さぬよ」
 何か苦々しさを微かに漂わせて、ガルシアは笑った。
 ちょっと待ちなさい。誰が魔術師なのだ。笹良はれっきとした乙女だぞ。
 思わずぺしっとガルシアの額を叩いてしまう笹良だった。しまった、と我に返った時には、ガルシアは呆気に取られた顔をしていた。次第にその顔が歪み、なぜか笑い出されてしまう。笹良も一緒に笑って誤魔化したいくらいだった。
「ササラ。ササラ、お前は、いい。俺を不快にはさせぬ。それは何より大事なことさ」
 さらりと髪を撫でられた。
「が、ガルシア」
 不意にガルシアが笑い止んで、ひどく真摯な目で、笹良を見つめた。
 笹良は怖じ気づきながらも、ガルシア、ともう一度名を呼ぶ。何かの本で読んだ。名を繰り返し呼ぶことは、相手から警戒心を取り外して、一種の親近感をもたらす効果があるのだと。
「ガルシア」
「――ああ」
 真顔で、静かに頷かれる。
「そう、良い子だな、ササラ。俺の名を――お前は呼ぶ」
 どういう意味だろう、と笹良は困惑した。
 海賊王はなぜか……少し倦み疲れた眼差しで笹良を見据え、その後、身じろぎした。
 額にそっと押し付けられる唇に、笹良は唖然、呆然とした。何するのだ!
「可愛がってやろう、ササラ。お前は、愛らしくて、いい」

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