she&sea 15

 いいだろう、とガルシアは予めヴィーの望みを知っていたかのように、あっさり頷いた。
「数日のみでいいのか」
 と、人の気も知らないで、更にヴィーをけしかけるような言葉まで添えている。
「十日ほど預けよう」
 見物客と化している海賊達も驚いていたが、誰より笹良が驚愕していた。のほほんとしているのは勝手な提案をする海賊王くらいのものだ。
「ちょ、ちょっと待った!」
 笹良は二人の間に割り込み、日本語でストップをかけた。大声を出すと頭に響くのに……と、ガルシアを恨みつつ。
「なぜ、なぜ? それ、おかしい」
 これは異国語。ヴィーは別に笹良に執着しているわけじゃないから、なぜそんなことを願い出るのか不思議でならない。ガルシアに対する嫌がらせか? ジェルドをいたぶるためとか。
「ずるいぞ!」
 憤慨したのは、ジェルドだった。笹良も別の意味で激しく憤慨しているが。
 激高して掴み掛かったジェルドを、ヴィーは痛烈な平手打ちで遮った。
「負け犬が吼えるな」
「イカサマだろうが!」
「負けは負けだ、いつまでも腐ったことぬかすんじゃねえ!」
 ヴィーは空気がびりびりするほどドスのきいた声で一喝し、ジェルドを黙らせた。いや、笹良も他の海賊達もあまりの迫力に、思わず背筋を伸ばして硬直した。極道も真っ青な気迫だ。
 こんなおっかない奴に、笹良、十日間も預けられるのか?
 というか、こんな事態が待ち受けているんなら、レゲエ風な髪の毛を引っ張ったり、やりたい放題に暴れたりしなきゃよかった……。散々侮るような態度を取ってしまった気がする。
「ササラ、行きな」
 ガルシアだけが平然とした顔をしていて、凍りついた場の雰囲気など気にもとめず、笹良の背をやんわりと押した。
「ひどい、馬鹿、嘘つき、ガルシア!」
 負けないって言ったくせに!
 自暴自棄になって叫ぶと、ガルシアは苦笑した。
 ……笹良が皆に顔色を読まれたせいなんだけれどさ。
 海賊王ならそんなハンデをものともせず神懸かり的に圧勝する、っていうのが普通はお約束じゃないか?
 えーいっ、マジで負けたな、信じられねえ!
 こうなればゲームの台をひっくり返して公明正大、正々堂々、迅速に暴れてやろうか、と笹良は一瞬、錯乱しかけた。
 いや、その前にガルシアを一発ひっぱたかなきゃ怒りがおさまらない。
 かなり無謀な決意を拳に秘めた瞬間、ガルシアにひょいっと身体を持ち上げられた。なんだこの、子供の両脇を抱えるような持ち上げ方は!
「そら、受け取れ」
 ガルシアはヴィーの正面に立ち、笑んだまま、笹良を押し付けた。
 ヴィーは条件反射って感じで、笹良を受け取った。
 もう、本当に笹良、商店街で開催される福引きの景品みたいじゃないか!
 ガルシアは憎らしいくらい飄然とした態度で揺り椅子へ戻りかけ、不意に振り向いた。
「ところでな」
 何だっ。
「ササラ、お前の上着はどうしたのか」
 笹良とヴィーは、同時にうっと息をつめた……。
 こ、こいつ、見透かしているじゃん。
 
●●●●●
 
 不貞腐れて人相が凶悪になりつつある笹良を、ヴィーは自室まで運んだ。小脇に抱えてだ。許せん。
 やっぱ船長であるガルシアの部屋よりは狭かったけれど、それでも十分くつろげる広さがあった。ガルシアの寝室ってば、ごちゃごちゃと訳の分からないアヤシイものが溢れ返っていて、ぱっと見、すごく雑然としていたから、奇麗に整頓されたヴィーの部屋はいやに清々しく広々とした印象を受ける。ああこの掃除のプロ的整理整頓術、ガルシアに是非とも見習わせたい。ヴィーってば、案外几帳面じゃん。
 でも、いくら空間にゆとりがあるとはいえ、一室しか持ってないんだよなあ。ガルシアの部屋は三つにわかれていたから、気持ち的に安心だったけれど……年頃の純粋な娘がこんなでかいレゲエ的兄ちゃんと同室っていうのは、いかがなものかと思うぞ。
「うー」
 心の中では遠慮なく思う存分不満や不安を色々こぼしていたが、体力の方は根こそぎ奪われていたので、実際に喋るのは億劫だった。それで、笹良は納得していないんだぞ、と主張するためにとりあえず唸っておいた。
 完璧な意思表示を披露したというのに、ヴィーは無言で笹良をぽいっと寝台の上に、捨てた。
 こ、この!
 元気な時ならば、絶対攻撃を仕掛けているのに、と笹良は本気で屈辱を噛み締めた。
「部屋から出るなよ」
 ヴィーは物わかりの悪い子供へ言い聞かせるように、低く通った声で告げた。
 出たくても身体が怠くて歩けないってば。
 という感想をこめた顔をしたつもりだったのに、ヴィーはまるで信用してないっていう疑わしげな表情で笹良をしばし眺めた。
 ……本当に海賊達、礼儀がなっていないと思う。
「いいか、俺が戻るまで寝ていろ。鍵をあけるな」
 あーしつこい。分かったからさ。
「犯されてもいいなら、好きにしろ」
 お……っ!?
「馬鹿っ、乙女に何てこと言うんだ。恐喝、脅迫も立派な犯罪なんだぞ、生意気なこと言うと、訴えてやる!」
 と、束の間具合の悪さを忘れて盛大に喚く笹良を無視し、とっととヴィーは部屋を出て行った。
 何か笹良、王の冥華とか言われているのに、もの凄くないがしろというか粗雑な扱いを受けていないか?
 しかし、もう体力の限界。
 笹良はぽすっと枕に頭を乗せて、横になった。
 地面が揺れているんじゃないかというくらい、頭がぐらぐらしている。いや、実際、海の上にいるんだから揺れているんだろうけれどさ。
 それにしてもヴィー、どうして笹良を預かる気になったのか。
 ま、まさかイカレタ弟にばっちり感化されて、笹良を解剖し食用にする魂胆なのか?
 ヤバイ想像に、ぞっとした。とんでもない世界に来てしまった……と改めて我が身の不憫さを嘆く。
「頭、痛いよう」
 ぽつりと独白してみるが、返事なし。
 ううっ、死神ロンちゃんが来てくれるんじゃないかってちょっぴり期待したんだけれどな。駄目だったか。
「笹良、寂しいっす」
 身を丸めて、またまた呟く。
「しかも、ある意味においてサバイバルな状況じゃんか」
 呟いても呟いても、言葉は虚しく宙に消えて。
「ガルシアの、馬鹿」
 あんな奴の台詞、信用するんじゃなかったよ。
 笹良のためにカシカやグランを処罰したとか、さらっと言うくせに、肝心な時には何の未練もなく手放すじゃないか。
「笹良は、傷ついているのだー」
 途中で投げ捨てるのならば、最初から可愛がってなどほしくない。
 乙女は貪欲なものだ。騎士的忠誠心と愛情と献身と一途さを求めなきゃ、嘘じゃん。
「皆に会いたいのだー」
 クラスの友達とか、家族とか。響ちゃんにも会いたいな。
 あー響ちゃんだったらこういう時どうするだろ。
 一緒に夜の街を歩いた時はどきどきして楽しかったな。帰宅後、笹良は目一杯怒られたけれど響ちゃんはどうだったのかな。そういえば、彼女の家族の話はあまり聞いたことがない。
 ふふふっと笹良は笑った。
 結構、悪い遊び、一緒にしたよね。彼女は意外に行動的なんだ。
 笑っている内に泣きそうになって、笹良は大きく息を吐いた。
 
●●●●●
 
 乙女チックに感傷に浸っていたが、身体が休息を求めていたようで、笹良はいつしか眠りこんでしまった。
 意識ははっきりしているけれど、身体は眠っているみたいな感じ。ゆらゆら、ゆらゆら、世界は揺れていて、だけど波のうねりとは違い、もっと穏やかで静かだった。
 熱いんだけど、寒い。
 ああこの症状ってば風邪にそっくりじゃん。
 そんなことを思っていると、誰かの声が聞こえた。
「起きたのか」
 笹良はぼんやり瞼を開いた。
 視界が幾重にもぼやけていて、一瞬、自分がどこにいて誰が側にいるのか分からなかった。
「冥華。薬は飲めるか」
 薬。
 何のことだろう。
 身体がすごく怠くて、たまらない。
「身体が疲労に負けて、熱を出したんだ」
 誰この人。
 ふっと額に、そいつの手が乗った。ああ、ヴィーじゃん。ようやく納得した時、笹良を覗き込むヴィーの顔がはっきり見えた。
「ヴィー」
「どうした。苦しいか」
「笹良、怠いよう」
 日本語で言ってしまったが、台詞が単なる泣き言だということは察したらしい。
「薬を飲め。数日で楽になる」
 数日も怠いままなのか?
「うー、うー」
「唸るな」
「ううううっ」
「俺を睨んでも、体調は良くならん」
 冷たいお言葉!
 病人に向かって何て心ない台詞だ。
 半泣きの表情で見つめると、ヴィーは思い切り唇を曲げた。
「お前な、何のために、お前を所望したと思っているんだ」
 は?
「……もういい。寝ろ」
 あーもしかして、笹良を休ませてくれようとして、ガルシアにお願いしたわけ?
 不満顔のまま枕元から離れようとしたヴィーの腰帯をはしっと掴んだ。
「おい」
「ヴィー」
 頭、くらくら。
「ありがと」
「……」
 一応感謝の気持ちを示そうとお礼を言ったのに、ものすごーく不機嫌そうな顔をされた。なんて天の邪鬼な奴なんだっ。 

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