she&sea 55
笹良達にあてがわれた仕事は、まず最初に船内の清掃だった。
といっても、幹部達の船室や機関室的な場所への立ち入りは強く禁止されたので、とりあえず下っ端海賊くんが普段利用している共同部屋から掃除することにした。
多分、船の核となる諸室や幹部が寝起きする船室には重要な物を置いているから、破損やネコババを防止する意味で、それほど警戒を必要としない場所の清掃を命じたんだろうと思う。
下っ端海賊くん達が生息、いや違った、生活する共同部屋の内部をじっくりと見たのは初めてで、何となく穴蔵っぽいというか、映画で観た軍隊の宿舎みたいな印象を受けた。下級兵士が寝起きするような、段式の狭い寝台がずらりとたくさん並んでいるんだけれど、それでも数が不足しているらしく、パイプの突起や隙間を利用してハンモックがいくつも作られている。ふと視線を巡らせると、壁や寝台の柱に海賊達の私物らしき生活用具がぶらさがっていた。靴や着替え、帽子、こまごまとした物を詰めているらしきズタ袋、小汚い布切れなどだ。海賊達の間では、この共同部屋は「黒巣の底」と呼ばれているらしい。なるほど、言われてみれば、ぎっしりと寝台が並べられているため狭く感じるし、おまけに汚いし、暗いし、そこはかとなく蜂の巣を連想させる部屋だ。
この時間、殆どの海賊君は出払っており、残っているのは体調の優れぬ者や休みをもらった者のようだった。彼らは大人しく、だらんと寝台に寝転がっていたが、笹良達が姿を現すと「おっ?」と興味深そうな顔を見せた。悪いが、遊んではやれないぞ。
笹良達に仕事をサボらせないようにするためか、監視の海賊が側についた。これはゾイの采配なんじゃないかなあって思う。監視目的もあるだろうけれどその他に、下っ端海賊くんが仕事中の女性達によからぬ真似をしないようにという配慮から、見張りの人間を寄越してくれたんじゃないだろうか。ゾイってなんか、そういう細かい所にまで気配りできそうな感じがするし。こんなふうに安全面を視野に入れて見守ってもらえることだけでも、奴隷という立場上、通常ならありえないくらいの好待遇に違いない。
ちなみに今、笹良達を監視しているのは、これまであまり交流のなかった幹部の一人だった。小汚い布でせっせと床を磨く笹良の様子を、寝台の柱に寄りかかりつつ面白そうに見下ろしている。無礼だぞ。
まあ、それはともかく。
本日で船内清掃三日目なのだが、何か調子が狂うのだ。
王様に逆らってしまったのだから、かなり厳しい労働を強要されるに違いないと覚悟していたし、不平不満を持つ海賊君達にいびられるだろうとも懸念していたのだが、この状況、どういっていいのか。
共同部屋の清掃は結構体力が必要だ。ド迫力って表現したくなるほど汚れているし、涙が滲むくらい恐ろしい匂いが染み付いているし。
しかし、問題は、室内を支配する絶望的な汚さじゃない。
なぜか、海賊幹部達が、用事などないだろうにぽつぽつと顔を見せにくるのだ。
能天気なジェルドだけだったらいつもの調子で笹良をからかいにきたんだろうと納得できるところだが、不思議なことにゾイもサイシャもくる。おまけにギスタまでくる。カシカも顔を出すし、時々遊んでくれた下っ端海賊君もそわそわとした様子で姿を見せにくるのだ。この三日で会わなかったのは、王様とヴィーか。
はっきり言って、邪魔だぞ。
何か用があるのか? と思ってたずねると、その時の相手によって、千差万別な反応が返ってくる。ジェルドはとにかく「遊ぼう」とごろごろじゃれてくるし、ギスタの場合はなぜか居眠りするし、ゾイだと完璧にこっちを無視して読書に没頭する。カシカは辛そうな、ちょっと切ない目をしてすぐに立ち去る。下っ端くんは視線が合うと脱兎のごとく逃げ出すが。
みんなして入れ替わり立ち替わり、一体何なのだ? 幹部達ってそんなに暇を持て余しているのか。
「冥華ー」
ほら来た。
床に座り込みつつ、よいせよいせと汚れをこすっていた時、ジェルドが姿を現したのだ。
余談だが、荷船を襲撃した時に着ていたドレスでは窮屈すぎて掃除ができなかったので、今は海賊船に乗り込んだ当初のように質素で活動しやすい衣服をまとっている。実は、ドレスで掃除をしていた時、何度も裾に足をひっかけて転ぶという情けない姿を晒してしまったため、ゾイが大きな溜息をつきつつ着替えを用意してくれたのだった。ついでにその時していた数々の装飾品も全部返したのだけれど、ジェルドからもらった比石の首飾りだけは今も服の下にこっそりつけている。これはガルシアがくれた珠も使っているし、なんとなく外す気にはなれなかった。
贅沢な装飾品や奇麗なドレスは、見ている分には華やかでいいけれど、実際自分が身に纏うとなると結構心苦しくなるものだ。たとえば元の世界でどこかのパーティに着ていくという状況であったら、話はまた違ったかもしれない。この異質な世界で派手な恰好をするのは、自分につり合わないという自覚がある分、物悲しさや胸の痛みを感じる。
自分の心境の変化を、すごく不思議だと時々思う。以前であれば奇麗なドレスに喜び、はしゃいでいただろうに、今はどんなに地味でも活動しやすい衣服の方がずっと気が楽なのだ。
もし、と考える。たとえば、この世界に奴隷がおらず、皆の暮らしが平均を超えるほど豊かという条件下で豪華な衣装をまとっているのだとしたら、笹良も拒絶せず、また違和感を抱く事なく喜んで受け入れたんじゃないだろうか。むしろ、誰もが華麗なドレスを着ている中で自分だけが見窄らしい恰好をしていたとすれば、顔を上げられなくなるほど落ち込むだろう。
もっと本音を明かせば、世界規模の話ではなく、この船内において全員が公平な立場であったら、やっぱり笹良は何とも思わずに、与えられた奇麗なドレスを着たと思う。
そうなのだ、結局のところ自分の目が届く範囲、限定されたひどく狭い領域内の状況のみを意識した都合のいい判断にすぎない。遠く離れた場所の様子は、仮にその実状を耳にしたとしても「ああ、そうなんだ」とただ思うだけで、多分自分には直接関わりがないために、それ以上の特別な感慨など抱かないだろう。
日本にいた時に、安全な家の中でニュースを見て、「異国で戦争が起きたよ、怖いね」というのと似ている気がする。確かに戦争は怖いけれど、どこか非現実だという感覚があって自分が巻き込まれる可能性など考えないし、次の瞬間には別の事へ思いを巡らせている。夏に向けてのダイエット。学校の成績。友達との約束。欲しいもの、たくさん。当たり前の平和と、当たり前の日常。
その当たり前が覆される驚きの中に、今の自分がいる。
ここへ来るまでの生活、怠惰だっただろうか。優しいことだけ追いかけて、肝心な何かを適当にしていた?
もっと、何でも、真剣にやるべきだったのではないか。
失敗した時の恥ずかしさに躊躇い、けれど立ち止まることもできず、困難を迂回していた。それは本当に楽だったのだろうか。心のどこかで、これでいいのかと苦しげに訴える声が響いていたはず。決して今までの日々も、ないがしろにしてきたわけじゃないけれど、それでも。
もっと真っすぐに、夢中で見つめることを、大事にするべきだったのでは。
そうすれば、貴重な、輝かしい季節の中に、もっと何かを詰め込むことができたんじゃないか。
でも、一体、何を?
まだ分からない、今はまだ、間違っているのか、悔やむべきことなのか、正しいと言えるのかさえ、判断できない。
それでも鼓動は訴える。ドンと胸に思い切り叩き付けるような勢いと鋭さで――俯くな、目を曇らせるな! と。
「冥華ってば。難しい顔してるよ」
思考の隙間に飛び込んできたジェルドの声に、はっと我に返った。
無視されたと誤解して立腹しているらしいジェルドが、掃除用の布を握り締めたまま床に座り込んでいる笹良の前に身を屈め、顔を覗き込んでいたのだ。
「すまぬすまぬ」という意味をこめて、ぽちぽちとジェルドの膝を軽く叩き、笑いかけてみた。ジェルドはまだ微妙に拗ねた表情を見せつつも、その場に胡座をかいて頬杖をつき、じいっと見つめてきた。その、「つぶらです!」と主張する目は何なのだ。
「冥華、遊ぼうって」
ジェルドよ、笹良は今、仕事中だぞ。
「掃除なんてさあ、誰かにやらせとけば?」
こらこら。そういうわけにはいかないのだ。
「面白いのか?」
いや、面白いか否かという問題でもないのだぞ。
「あー、ほら、顔、汚れてるじゃないか。駄目だろ」
と、ジェルドは眉間に皺を寄せたあと、自分の手でくいっと笹良の頬を拭った。
「髪もさあ、こんな適当になってるし。俺が直してあげるからさ、おいでよ」
なかなか髪型などにこだわりを持っているらしいジェルドは、一部分不揃いの長さになってしまった笹良の髪を見て更に眉間の皺を深め、腕を取った。
髪の長さを直してくれようとするその心は嬉しいが、今は一緒に行けないのだ。仕事中だし。
駄目だぞ、という意味を込めて、ジェルドの手からそっと腕を引き抜き、小さく首を振ってみた。
くくっと笑う声が聞こえたので、何だろうと思って振り向くと、監視役の幹部くんが相も変わらず寝台の柱に寄りかかり、こっちの様子を眺めてにやついていた。監視役ならば男らしく、ジェルドをとめたらどうなのだ。
「冥華、付き合い悪い」
ジェルドに怒られてしまったが、やはりそういう問題ではないと思うぞ。
「頑固だなあ、全く。俺が王にとりなしてやるからさ、もういいだろ」
それは駄目なのだ。
「ああ、もう。だったら、いいさ。俺はこう見えて、船の中じゃ結構偉い立場だ。命令する。俺と来い」
焦れたらしいジェルドが、困惑している笹良を無理矢理立ち上がらせた。
困るのだ。確かにジェルドは海賊船内ではある意味重役的なポジションを得ているのだろうが、笹良の今の立場は、いわばここのボスとして君臨しているガルシアが命じたものなので、仕事をサボるわけにはいかない。
「掃除よりもねえ、俺を愉快にさせることの方が重要」
よいしょ、という感じで抱き上げられ、焦った時、天の助けなのか、はたまた次なる難関と悩むべきか、ゾイが姿を現した。
「何をしているんだ、ジェルド」
美少女誘拐寸前のジェルドを目にとめたゾイが、至極冷淡な態度で問い掛けた。
「何って、別に」
うーむ、少し海賊の関係図が見えてきたぞ。ちょっぴりお馬鹿でお祭り大好き気質なジェルドは多分、冷静沈着かつ几帳面型なゾイが実は苦手に違いない。なんていうか、軽い冗談でかわそうとしても、あっさりと冷静に論破されるのだろうな。それがまた、もの凄く的を射ている上、隙がないためにぐうの音も出ないのだ。これがヴィーだったらもうちょっと気安いし、「兄ちゃん」的雰囲気もあるから言い逃れができるのだろう。
正統派優等生とおちゃらけ学生の対面っていう空気がそこはかとなく漂っているな。そう考えると、ゾイって結構異色の海賊ではないだろうか。
「冥華をどこへ連れて行くんだ。王の許可は得ているのか」
「どこって、別に」
よし、笹良の見立てはあながち間違いってわけじゃなさそうだ。ジェルドが怖じ気ついている。
「いいだろ、どこでも!」
ううむ、ジェルドよ、まさにその態度、言葉では勝てない子供の癇癪だ。
「冥華を降ろせ。上で仲間に稽古でもつけていろ」
溜息まじりにゾイが命じた。ぐ、という感じでジェルドが押し黙り、渋々と笹良を床に降ろした。
不機嫌そうに出て行くジェルドへ「またね」と手を振り、ゾイに向き直る。
ゾイは一体何の用なのだ?
「まだここの掃除が終わっていないのか」
というゾイの小姑めいた発言に、すぐ側で床を拭いていた女性達がびくびくと怯えつつ必死に掃除を続けた。
皆を脅かしちゃ駄目ではないか。
「まだ他にも船室はある」
そうは言うが、日頃からもっと丁寧に掃除をしておけば、ここまで汚れはしなかったのだぞ。
ついやさぐれた態度を取ってしまったのだが、次の瞬間、微妙に険悪な表情を浮かべるゾイに軽く額をこづかれた。よくも攻撃したな、と額を押さえて勇ましく睨み上げると、今度はつむじあたりをぺこっと叩かれ「ちゃんと働け」と更なる小言を頂戴してしまった。どう反撃しようかと内心で凶悪な企みを構想する間に、ゾイは去ってしまう。
一体、何なのだ。用事があってここへ来たんじゃなかったのか。もしかして笹良、こづかれ損というやつか。
呆気に取られていると、再び「くくくっ」という不気味な含み笑いが聞こえた。監視役の幹部くんが、面白いものを見たという顔をして、片手で口元を覆っていた。ちなみにえらくごつい体格の、無精髭をはやした金髪海賊だ。筋肉が盛り上がった右腕の上腕部に、やたら恐ろしい絵柄の刺青が入っている。セリナルって名前らしいのだが、皆にはセリと呼ばれていた。たまにふざけてリナとも呼ばれているな。この厳つい顔でリナと呼ぶのは犯罪だと思うぞ。
「随分毛並みが違うお姫さんだ」とセリが目尻に人懐っこいしわを作って楽しげに笑い、呟いた。どういう意味かと不審に思ったが、他の女性達が掃除をしながらもこっちの会話にひどく神経を注いでいるのが分かったので、聞き返すのはやめた。
それにしても……本当にこの船内、ダスキンの使者を召喚したいな。汚れ過ぎなのだ。
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粗末な食事にも大分慣れてきた夜のことだ。
檻の中で丸まって眠るのにも慣れてきた、というより、なぜか別の檻に入っている奴隷君達が妙に気を使ってくれて、自分の毛布とかを差し出してくる。中には食事も分けてくる人がいたりして、粋な心遣いだな! と嬉しく思う反面、戸惑いも覚えた。オズとか、ウェーブヘアくんとか、さりげなくこっちの様子を窺ってくれるのだ。
けれど、やはりそういう特別扱いは、集団の中だと不協和音を生むものなのだろう。ましてや明日はどうなるか分からないこんな状況にいるのだから。
「一体あなた様はどちらの姫なのですか」
そろそろ眠りにつこうかという頃、少しきつい目をした美人な女性が尖った口調で訊ねてきた。
喧嘩はよくない、と宥めるかのように、優しげな雰囲気を持つ女性が困った顔をして、彼女の腕を遠慮がちに引く。けれど美人は険しい表情を崩さず、柔らかな薄い金色の髪を払って、どきまぎする笹良を見据えた。
「なぜ野蛮な海賊達に、それほど目をかけられているのでしょう。何か取引でもされているの? それとも、本当は私達を見張っているのかしら」
彼女の言葉で、全員の間に緊張感が漂った。
「違うと思いますわ。この方は……私達の命を救ってくださったのですし」
返答に窮する笹良に代わって、優しげな女性が明るい青色の目を瞬かせ、おずおずと答えた。
「そうかしら? けれどもそれさえ仕組まれた罠ではないの」
美人の厳しい追及に、誰もが顔を伏せた。
どう答えればいいのだろう。決して仕組んだわけではないが、この世界にまだ馴染み切っていない笹良の身は自分でも異質だと思うのだ。そもそもお姫様ではないし。
「けだものと何ら変わらぬ海賊共と睦み合うなど、ぞっとするわ」
ざわざわと言葉にならない動揺が皆の間に広がって、笹良もどんどんと追いつめられた心地になった。
「くだらない会話はやめろ。こっちは疲れて眠い。騒ぐな」
ざわめきを断ち切るように、オズが淡々とした声音で言った。それで場は静まったけれど、なにがしかのしこりが皆の中に残ったんじゃないかって思った。
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「冥華、お前、サイシャの手伝いをしろ」
掃除を続けてからおよそ一週間が過ぎた頃、ギスタにそう命じられた。
余談だが、小汚い船室で掃除する笹良のもとにギスタが現れたのって、実は二時間近くも前のことなのだ。その台詞を口にするまでギスタは一体何をしていたのかというと、壁に寄りかかってすやすやと居眠りをしていたのだった。
起きたと思ったらいきなりそう命令されたので、呆気に取られてしまった。
ギスタ、まさかと思うが、その言葉を告げにきたはずがついつい忘れてしまい、記憶を蘇らせるまで二時間も寝こけてしまったのだ、というのではないだろうな。
「手が足りないそうだ。怪我人の面倒を見てやれ」
他の女性達はどうするんだろう、と思い、戸惑いつつギスタの顔を見返した。
「他はいらん。お前は何度もサイシャの室を訪れているから、多少は勝手が分かるだろう」
でも、女性達と離れて、大丈夫だろうか。
不安が顔に出たらしく、ギスタが少し顔を近づけてきて、囁いた。
「王がそうしろと。従え。女達はゾイにまかせておけばいい」
あぁ、ゾイが気にかけてくれるならば、多分大丈夫だろう。……って、ガルシアが、笹良をサイシャのところへ向かわせろと言ったのだろうか。
「ほら立て」
という間に脇腹を抱えられ、身体が宙に浮いた。笹良は荷物ではないのだぞ、この持ち上げ方は大いに不満だ。
見送る女性達の視線が痛かったが、もがいてもギスタは手を放してくれず、笹良を小脇に抱えたまま掃除中の部屋を出て通路を歩く。
ギスタって本当、マイペースすぎるぞ。
「冥華は船を降りたくはないのか」
サイシャの部屋へ向かう途中、ギスタが視線を落としてぽつりとそう言った。返事をしてあげるから、その前に笹良の体勢をなんとかしてほしい。
ぐいぐいと腰帯を引っ張って、小脇に抱えるのは禁止だと訴えたら、意思が通じたのか偶然なのか、ギスタが片腕で笹良を抱き上げ直してくれた。多分、意思が通じたというより、普通に抱き上げた方が笹良の表情を掴みやすいと思ったのだろう。
「お前は逃げようとする素振りを見せないな」
いや、帰りたいのは山々なのだが道がないし、その前に海の上ではどうしようもないではないか。陸はかなり恋しいと思っているのだぞ。
「なぜ、海賊船などにお前は迷い込んだのだろう」
全くだ、謎だな!
同意を示して深々と頷いたら、体勢的に至近距離で視線がかち合った。やっぱりギスタって神巫みたいな印象がある。
「船長に何か伝えるべき言葉はあるか」
少し驚いた。遊び大好きなジェルドならばともかく、他人の事情には一切無関心で飄々としているギスタが、気遣いを含んだ台詞を言うとは思いもしなかったのだ。その台詞ってつまり、王様に取り次いでやろうか、という意味なんだろう。
「ガルシア……元気?」
恐る恐る訊ねると、無言の視線を返された。
「王様、お酒、飲む。たくさん、駄目。煙管、たくさん、駄目。身体、健康、一番」
ガルシア、まるで水を飲むようにお酒をよく飲むから、程々にしないと身体によくないのだ。お酒ばっかりで、食事が疎かになっていることが多かったし。煙草というか、煙管もあんまりよくないと思うぞ。
「食べる、する。伝えて」
少し間を置いたあと、それだけか? とギスタが聞いた。頷くと、以前のように――どうしてか、哀れみのような色を浮かべた目で見られてしまった。
「俺は意外にも、お前の奇妙さを気に入っているのだがな」
ぎょっとしたが、まぁ、笹良は可憐な美少女だから当然だな! と自画自賛しつつ笑みを浮かべてみた。奇妙さ、という表現にちょっと引っかかりを覚えなくもないが、それは気づかなかったことにしよう。
ありがとうの意味をこめて、ギスタの髪を撫でると、何だか苦笑するように目を細められてしまった。
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