she&sea 58
笹良とジェルドは甲板に上がった。
午後のアルバシュナは、天の隅々まで晴れ渡り、目映かった。顔の前に手をかざしてみれば、指の隙間から太陽の白い光が差し込む。手足を思う存分動かし、どこまでも駆けていきたいような気持ちが不意にわいた。その衝動を抑えるために深呼吸し、腕を降ろす。
なんだか随分長い間、この空と海を目にしていなかった気がした。
いつの間にか身に馴染んでしまった海の匂い。鮮烈な青。空の青さ、海の青さ、同じ青でも、色合いが違う。海の青は透き通った輝きがあるのにどこか厳粛な、底知れぬ深淵を思わせる。空もまた、とても広大で、両手を目一杯広げても到底抱え切れないけれど、胸がすっとするような清涼感のある薄い青に染まっている。
不思議だな、海は太陽の眼差しを受けて海面を揺らがせ銀色の輝きを反射するが、空は光の塊そのものを抱いているというのにどこまでもさらさらと起伏なく穏やかな色を見せている。
海に対する恐れは身震いするほどではなくなったが、それでもやはり足がすくむ。奇麗で怖い色だ。
「いたぜ」
ジェルドが不意に指をさした。
指の先を視線で追うと、言葉通り、セリがこっち側に背を向け船のふちに両腕を預けていた。
甲板をうろつく海賊の数が多く、ちょっと賑やかな雰囲気に包まれているのは、晶船が来ているためだ。
笹良は晶船と呼ばれる海賊専属の荷船を初めて目にした。
面白い。第一印象はそんな感じだった。
普通の船とちょっと違う。好奇心に誘われて、ジェルドの手を引っ張りながら恐る恐るセリの方……海賊船の側に留まっている晶船へ近づいた。
不思議な掘建て小屋みたい、と笹良は感心した。
「目が輝いているよ。冥華、こういう船、好きだろ」
ジェルドの笑い含みのからかいに、うんうんっと大きく頷いた。晶船は全部で三艘あり、どちらかといえば小型の船をくっつけているのだけれど、その形がごろっとしている。そういう印象を抱いてしまうのは、船がまるで一つの小屋みたいに造られているせいだ。まず一艘目は主に船員が生活の場としている感じでそんなにごちゃっとしていない。もう一艘には屋根がある。三艘目は小屋というより露店っぽく天幕がはられていた。
つぎはぎだらけの不格好な庇にも、それから船のふちにも、たくさんの籠や網袋を下げていて、そこに様々な商品が入っている。勿論、甲板にも色々と積荷が置かれていた。この三艘の船は、ちょっと歪な三角形の図を作るようにして、漁猟用よりも太く目の細かな縄の橋できっちりと繋がれていた。
「この晶船はまだ規模が小さい。巨大な晶船は、ちょっと壮観だぜ。全体を見ると海にぽっかり浮かぶ宝島のようさ」
見たい。久しぶりにわくわくしてしまったぞ。
「見れると思うよ。この海域は晶船が多く漂流しているからね」
本当か?
「子供みたいだ、冥華」
そういうジェルドも楽しげな顔を見せた。どうやら笹良のわくわくがジェルドにも伝染したらしい。二人でにやっと笑い合い……って、和んでいる場合ではないのだ。セリに大事な話があるのだった。
「ジェルド、ここ、待つ」
笹良はセリの所に行くからここで待っててね、と言いたいのだ。
「なんでさ。同行したらまずいわけ」
とっても不服そうなジェルドを宥めたあと、笹良は急いでセリの方に向かった。
「セリ」
たかたかっと近づき背伸びをして呼びかけると、晶船の様子を眺めていたらしきセリがこちらに向き直り、船のふちに背を預けてこっちを見下ろした。
「おや冥華。どうしてここにいる?」
すっとぼけた挨拶をされてしまった。
「話」
「話かい」
できれば人気のない所に移動したいのだが……まあ、ここでも大丈夫か。たくさんの海賊くんが海賊船と晶船を行き来しているけれど、皆買い物や作業に夢中でこっちの様子に気をとめる者はいないようだ。
「リンジャー。場所、知る?」
リンジャーはどこへ行ったのか、と聞きたいのだ。
前後の脈絡もなく直球の質問を投げたのはまずかったかもしれない。セリは薄い笑みを見せたまま、笹良を凝視した。余裕の笑みといった感じだが、笹良の目には恐怖の微笑に映る。つい一歩後退してしまった。セリとは掃除中にちょっと会話をした程度で、ヴィーやジェルドみたいにぽんぽんと何でも言えるほど気安く接した試しがないため、どういう反応を返されるか想像ができない。
「リンジャーとは誰だ」
え?
戸惑ってしまった。この問いはどう解釈したらいいのだろう。笹良を警戒し知らない振りを装っているのか、それとも単純に彼女の名前までは知らなかったのか。もしかして、行方知れずの女性はリンジャーではなかったのだろうか。いや、そんなはずはない。失踪したのは、確かに笹良が目撃したあの女性なのだ。
どうしよう、誤摩化されているのだとすれば、不用意に話を続けていいのだろうか。
「誰だい、冥華」
セリの底冷えする冷静な目を見て、答えるまで解放してくれないだろうと観念した。駄目だ、ヴィー達とはやっぱり違う。たとえ人懐っこい微笑を浮かべていようとも、セリの眼差しはどこまでも揺るぎがなく、親しみのない厳しい海賊の色を宿している。
「女の人」
「女か」
「……セリ、一緒、リンジャー。檻、戻る、ない。場所、どこ?」
片言で分かるだろうか。
分かるはずだ。
「リンジャーねぇ」
セリが海賊船のふちから緩慢な動作で身を起こし、腕を組んだ。そのポーズで真正面から見下ろされると、すごく威圧されているような気分になる。実際セリは、笹良に全てを白状させるため意図的にそんなポーズを取って、視線を固定させているのだろう。
「俺も聞きたいのだがな。なぜ冥華は、俺がそのリンジャーという女の行方を知っていると思うのか」
うっと言葉に詰まってしまった。
「せ、セリ、見張り」
セリは今まで笹良達の見張りをしていたから……と誤摩化したのだが、駆け引き上手な海賊相手に小手先の虚言など通用しないようだった。
「それにしては、お前の目に迷いがないな。俺が知っていると確信している態度だ。なぜだ?」
セリって、怖い!
こっちの対応によっては簡単に暴力をふるいそうな無情さが見え隠れしている。
そうか、本当はこういう冷淡な態度が海賊として当たり前なんだろう。ヴィー達は、笹良を甘やかすガルシアに倣い、随分手加減してくれていたのだ。
「笹良、見た。サイシャ、怪我、人、手伝い。終わる、迷子。セリ、リンジャー、一緒、いた」
サイシャの手伝い後、迷子になり通路をうろついてる途中、リンジャーと一緒にいるセリを見かけた、と説明したいのだ。本当は荷倉でばっちり覗き見していたのだが、そこまで全てを語るつもりはない。ただ、笹良が迷子になったことはガルシアも知っているため、その点に関しては正直に話しても問題とならないはずだった。
「なるほどねえ。ならばなぜ、お前の目は俺を非難している」
背中に鳥肌が立った。なんて聡い海賊なんだろう。笹良は確かに、リンジャーの失踪にはセリが関わり、大きな責任があるのではと考えているのだ。
「そ、それはっ、リンジャー、消える、場所、分かる、ない。心配」
「違うな、お前はもっと知っている」
即座に切り返され、誤摩化せないと焦った瞬間、逃げ道を封じるかのように強く腕を掴まれた。
「お前はどうもよく分からぬ娘だな。ただの小娘にしては、異様さが目立つ」
「む」
恐怖が束の間、言われた台詞に対する憤りに変わってしまった笹良って。
どうして誰もかれも、可憐な白衣の天使たる笹良を正面きって不審人物扱いするのだ!
てやっ、とつい、あぁ、つい、セリに頭突きしてしまった。腕を掴まれているため、頭でセリの胸辺りに衝撃を与えたのだ。
自分の暴挙に愕然とした。ささ笹良ってば、こんなヤバげな海賊に喧嘩を売ってどうする。
まさか攻撃されるとはさすがに思っていなかったらしいセリが、半ば唖然とした顔で笹良を更に凝視した。いや、平手打ちとかならまだしも、この状況で頭突きされるとは予想していなかったのだろう。
「……おい」
これはもう、か弱く微笑んで、誤摩化すしかない。
「な、仲良し、挨拶」
今の頭突きはちょっと変わった親愛の表現、などと嘯いて、ばっくれようとしたが、腕を放してはもらえなかった。
魂を放出しかける笹良を哀れんだのか、天の神様が次なる展開を運んできてくれた。
だが、それは全く望んでいない嫌な展開だった。
「何をしているんだ、お前」
突然横から話しかけられて、笹良は文字通り飛び上がった。
ヴィー!
思わず「助けてっ」と言いかけ、目を見開いた。
ヴィーだけじゃなくて、ガルシアもいた。――さっきまで縫い物をしていた女性達と、数人の奴隷くんを背後に連れてだ。オズまでもが含まれている。
なぜ彼女達をここに?
ガルシアとヴィーの顔を交互に見ながら、視線で理由をたずねた。
「珍しい組み合わせだな、お前とセリとは」
ガルシアが面白そうに笹良を見返した。一方ヴィーは、きつい眼差しを緩めず、こっちを睨んでいる。
「ガルシア」
よく分からない焦燥感に駆られ、無理矢理セリの腕を外してガルシアに飛びつき、ぐいぐいと腰帯を引っ張った。
「何のことはないさ。余っている奴隷を数人、晶船に売る」
「売る!?」
「晶船の船長が、奴隷の手がほしいと言うのでな。女もこの船にはいらぬ」
ちょっと待って。なぜいきなりそんな突拍子もない話が持ち上がったのだ。
ガルシアの説明を聞いて再び飛び上がり、慌てて晶船の方へ視線を巡らせた。晶船の船長らしき三十代あたりのごつい男が、船を繋ぐ縄の橋に乗ってこっちの展開を見守っていた。
「で、でもっ」
そんな、そんなことって。
ガルシアがくすりと笑って、動揺している笹良の頭を一撫でした。
「さて、どの奴隷をつれていくかと思案していた時だ、この男がな、お前をもとの身分に戻せというのだよ。その代わりに、売られてやると。奴隷の分際で、この俺にものを言う。それも愉快ではあるな」
ガルシアがちらりと背後に視線を向けた。オズが静かに、笹良を見ていた。
なんで、オズがそんなことを!
笹良を檻から解放する代償として、自分の身を晶船に売ってほしいと頼んだというのか。
「全く取引にもならぬ取引に応じてやった俺も、大概親切だろうよ」
どこが親切なの!
ガルシアを押しのけて、オズの腕にしがみついた。
「なぜ、なぜっ」
オズがどこか困ったような目をして、すがりつく笹良を見下ろした。
どうして笹良を助けようとするの。最初に会った時、オズが斬られそうになったのを庇ったから?
でも、こんな恩返しがほしかったわけじゃないのに!
「駄目、売る、いけない!」
笹良の手をそっと引きはがそうとするオズに、強くしがみつく。
「なあササラ。お前にとっては好都合ではないのか」
ガルシアの意味深な台詞に、振り向いた。
どういうことだろう。笹良の環境がよくなるって意味だけじゃない気がする。
――海賊船から解放されれば、少なくともオズは比石の研磨をしなくてすむと言いたいのか。でも、晶船でどんな苦しみを与えられるか、分かったものではない。だって、奴隷として売られるのだ。
何が正しいか、判断できなくなる。
それでも、ここでオズの手を離せば、二度と会えなくなるのではないか。
「オズ、笹良、平気、このままでいい! 晶船、行く、禁止っ」
比石の研磨で命までも削られるという。その問題、なんとか改善できるよう頑張ってたくさん考えるから。行っちゃいけないのだ。
「おかしな娘だ」
セリが怪訝そうな表情を浮かべてぽつりとそう言った。
何もおかしくなんてない。こんなふうに取引で、人の命運を左右するなんて、きっといけない。
「全く腹立たしくも愉快だろう? 俺の冥華は、どんな話にも悉く反発してくれるのさ」
「反発ですかねえ」
ガルシアとセリが視線を交わしてそう言った。
「……不思議の姫、手を離せ」
心底困った目をしてオズが囁いた。
「嫌なのだ!」
きっぱり拒否して、オズの手をぎゅっと両手で握る。
「笹良のせい? 助けるために、晶船に行くなんて、嫌だよ! またこんなふうに、誰かが犠牲にっ」
じわりと涙の熱が目にたまる。まただ。もう本当に、これで何度目だというのか。自分が原因で、誰かの身が窮地に追いやられる。吐き気がするほど繰り返される展開。
日本語で言い募ったためか、正確な意味はオズには伝わらなかったようだ。ただ、なんとなく雰囲気で笹良の訴える内容が分かったらしい。
「……俺のことはいい。お前は、奴隷に向いていない」
向くとか向かないとか、そんなのない!
嫌、嫌、と暴れるようにして首を振り、やんわりとこっちの身を引きはがそうとするオズの腰に一層強くしがみつく。
「不思議の姫、冥華。お前が気にとめることではないから」
オズのその言葉は、どうしてか、罪悪感を裏に隠しているかのような、辛そうな声音をもって告げられた。
オズ?
しがみついたまま、そっと顔を上げると、やっぱり声の通り辛そうな眼差しがあって、すぐに逸らされてしまう。なんで避けられたのか、混乱しているせいで深く考えられない。
「ガルシア、笹良、今のままでいい!」
ガルシアに視線を投げて、オズ達を売らないでと訴えた。
「どうしてこれほどお前は俺の意に反してくれるのだろうな」
そうじゃないけど!
ガルシアはさっきのセリみたいに腕を組み、奇麗な微笑を見せた。だけど最近のガルシアは、皆の前であっても時々、感情を目に乗せるようになった。ほら、今も一瞬、苛立ちを瞳の奥にちらつかせた。
「ならばお前も売られてみるか。女の代わりに」
凝固してしまった。また、選択?
「誰もが俺のように、お前の我が儘を許すとは限らない。お前は分かっているだろうか、どれほど俺が許しているのかを」
呆然としてしまう。
その通りだと、分かっている。辛い選択、非道の行為、たくさん受け入れられないことがあったが、海賊船に同乗している事実を思えば、多分前例のない好待遇に違いない。
「降りるか、俺の船を」
できぬだろう、と嘲るガルシアの目を見返せなかった。
この船を降りれば、冥華という身分をなくす。いち個人に戻った時、誰の守護もない場所で一体どんな恐ろしい目に遭うか。ガルシアに奴隷とされるのとは、わけが違う。本音の更に奥には、やっぱり「なんとかなるだろう」っていう安易な考えがあり、確実に甘えていた。
身分なんて分からないと心を誤摩化しながら、現実にはこうして「冥華」を手放せない自分がいる。
もう心を騙せないだろう。この世界で、身分は必要なのだ。
「……」
船を降りる、という言葉が出ない。その後に降り掛かる恐ろしさをはっきりと理解してしまったためだ。ぎゅっと目を瞑る。見知らぬ場所に移るのは、血の気が引くほど嫌だと思っている。
どの未来を選ぶのが正しいのか。苦難の向こうに希望を見出せる力、自分の中にあるだろうか。
――ここで、オズの手を離してしまったら、本当に心の全てが「冥華」という身分に飲み込まれるのでは。
そんな自分、嫌いだ。
声に出して言える勇気はないし、胸が暴動を起こしているみたいにどくどくと激しくなっているが、ここは立ち向かうべき場なのだ。一つ深呼吸をしたあと、オズの腕に両手を絡め、寄りかかる。
大丈夫、こうなったら行くとこまで行ってみよう。もし、耐えられないほどに怖いことが未来にある時は――その時は。
「不思議の姫」
笹良の無言の決意を悟ったのか、オズが驚いたように名前を呼んだ。
一緒にいてね、と笑いかけようとした瞬間だった。
突然腕を取られ、オズから引き離された。
「!?」
何!?
身体が宙に浮いた。驚き、手足をばたつかせるより早く、視野に青い髪が映った。
「お前という子は、全く強情だ」
「ガルシア!」
ガルシアに抱き上げられたのだと、その瞳を見返した時にようやく認識した。咄嗟に体勢を整えるため、ガルシアの肩に片手を回してしまったが、捕獲されている場合じゃない。
離せ、降ろすのだ!
片腕一本で笹良を抱き上げるガルシアの肩を押し、甲板に飛び降りようとしたが、その動きはすぐに阻止されてしまった。
「うう!」
唸ったけれど、ガルシアは降ろしてくれない。
「ヴィー、この者らを連れて行け」
待つのだ、話は終わってないし、勝手に決めないでほしい。
ヴィーがちらりとこっちを見たあと、おどおどとしている女性達とオズ達を促し、晶船に繋いでいる縄の橋へ向かった。
「駄目、行かないで、オズ!」
離れていくオズ達へ懸命に腕を伸ばしたけれど、青い髪の王様は笹良を自由にしてくれなかった。オズは一度だけ、困ったような目をこっちに向けた。彼の白い髪が、海風になぶられてさらりと揺れていた。
「ガルシア、離す! オズ、戻って、笹良も行くっ」
もがいても叫んでも、誰一人味方してくれない。
「取り引き、するっ。笹良も行く、ガルシア、離して!」
「うるさい子だね、本当に」
「やだ、やだよ、行っちゃ嫌なのに、オズっ」
更に喚こうとした時、冷ややかな顔をしたガルシアに手でばさりと口を覆われてしまった。笹良は目を剥き、ガルシアを凝視した。
取り引きするって言っているのに!
「少しは黙らないか」
「むぐっ」
「まだお前を売り飛ばすつもりはない」
ガルシア、卑怯だ!
取り引きの話、自分から持ち出したくせに、途中でとめるなんてずるい。
ガルシアの手を外そうとしたら、やっぱり苛ついたような色を秘めた目で微笑された。笹良が何でも反対意見ばかり口にして感情的に動くから、今まで氷の壁を作っていたガルシアもだんだんとつられて心の活動を再開させるようになったのだろうか。
あぁ、今はガルシアについて考えている場合じゃない。オズ達が行ってしまう。
「んー、むー!」
どうしてこんなに笹良の願いははねつけられてしまうんだろう。
不思議の姫、そんなふうにたとえてくれるオズが、いなくなってしまう。
もう、悲しくて不条理なことだらけだ。歩く道、見る空全て、望むことと反対の現実が刻まれているみたい。
晶船に乗り込むオズ達の姿を最後まで見守ることさえ、非道な王様は許しちゃくれない。
笹良の動きを押さえ込んだまま、ガルシアはくるりと方向を変え、昇降口へ歩き出す。けれど、数歩進んだところで不意に足をとめ、少し後方へ――セリが立っている方へ顔を向けた。
「セリナル、女を始末するのはかまわぬが、報告くらいはしてもらおうか」
女を始末?
「あぁ、そいつはすみません。何を探っているか聞き出そうとはしたんですがね、咄嗟に歯向かわれて、つい首を折っちまった」
セリが苦笑しながら何でもないことのように答えた。笹良に視線を向けながらだ。
まさか、その話って。
「寝首をかかれそうになったか」
「さすがに最中で刺されかけますとねえ、手加減できませんな」
軽い雑談のように交わされた二人の言葉の意味を咀嚼する前に、身体が先に理解して強張った。
――リンジャー。
目眩がとまらない。
抵抗する気力が抜け落ちたのに気づいたのか、ガルシアが笑みを深め、再び歩き出した。
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