she&sea 61

 喧嘩だ、とレザンが呟いた。
 
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 四番目に見学した船は、笹良が住んでた町の中央公園で開催される大規模な古着マーケットみたく、たくさんの布や宝飾品を甲板にずらっと並べていた。商船なだけあって普通の船と造りが違い、ごてごてしているにも関わらず甲板は広い。
 赤、黄、青、ピンク、紫など、目映い色とりどりの長布がハンガーめいた布掛けに何枚もつり下げられ、まるで豊穣な色彩の帳が作られているかのようだった。この船、無数の色をつめたクレヨン箱みたいだ。
 うう、布、欲しいな!
 この世界というか海賊船では、水も勿論なのだが、布すらかなりの貴重品だった。それは当然かもしれない。現代日本みたく衣料品の大量生産工場はないだろうし、個人にしても簡単に縫える家庭用ミシンなどがないため全て手縫いということになるし、そもそも布を切り縫いする以前に糸を紡がなくてはいけない。
 実は、布が高級品であるという事実、ミニミニクッションを作っている時には知らなかった。カシカが何かの雑談の合間にぽろりと教えてくれたのだ。以前、汚れ物はきちんと洗って着替えるようにと海賊達に強く推奨してしまったことがあるのだが、皆、根っからの不衛生好きで衣服を頻繁に変えなかったわけではないのだな。
 ここにジェルドがいたら仲良く布選びできたかも、と奇麗な布をうっとりと眺めつつ思いを巡らせた時、嬉しくない事件が起きた。
 現在笹良達がいる所から少し離れた辺りで、何やら海賊同士の衝突があったらしく、多数の人の囃し声が聞こえた。
「喧嘩だ」
 レザンが渋い顔をしつつもどこか好奇心を滲ませた顔をして、そちらの方へ駆け出した。置き去りにされた笹良も、眺めていた布から手を離し、ぽてぽてと慌ててレザンのあとを追う。船内での喧嘩や殺生沙汰は御法度とはいえ本来はライバルである海賊くんが顔を会わせるのだ、ちょっとした小競り合いや揉め事に関しては無理にとめず、目を瞑っているのだろう。
 レザンに倣って、人垣ができている中を突き進むのではなく、布を垂らすハンガーをかけるためのパイプというか骨組に足をかけ、その上の庇に乗る。かなり不安定な上、体重をかけすぎると折れてしまいそうな庇だ。恐ろしいな。
 しかし、眺めは抜群。さすがははしっこいレザンだ、特等席を発見するのがうまい。ちょうど斜め下で喧嘩をしているのだ。
 それにしても海賊達って騒動や喧嘩の類いが本当に大好物なのだなと顔を引きつらせたが、こうしてちゃっかり眺めている自分も他人のことは言えないだろう。
「お! 何だよ、あいつ、アサードにいちゃもんつけてるのか。馬鹿だなあ」
 アサードって確か、レザンがさっき教えてくれた極悪非道船長のことではないか?
 確か男前とも言っていたと余計なことまで思い出し、ついまじまじと見つめてしまった。
 こう申しては失礼だがいかにもガラの悪そうな海賊くん二名が、一人の男性に何やら激しく食って掛かっている。
 む、余裕綽々って態度を取っている男性がアサードなのだろう。更にこういうのは無礼千万だが、アサードらしき男性は貫禄からして違う気がした。
 笹良は感動した。なぜなら、アサードは、かの有名な、と言っていいのか分からないがまあそれはともかく、そう、ワイン色の海賊帽子をかぶっていたのだ。あのつばが長いタイプの帽子。しかもなかなかのお洒落さんなのか、鈍い色の鎖を連ねた装飾品や石などをその帽子にくっつけている。
 かぶりたい、あれ欲しい!
 などと別なところに注目してしまったため、肝心のアサード本人を見るのが少し遅れた。
「晶船内で争う気はないのだが?」
 アサードは、ガラの悪い海賊くんたちの罵声もさらりとかわし、飄々と答えていた。なんかちょっぴりガルシアっぽいぞ。
 明らかに相手にしていませんといったアサードの態度にご立腹度が限界を超えたのか、海賊くん二名が勇んで剣を抜き、卑怯にも襲いかかった。うぬっ、戦闘開始か? と笹良はわくわく、違った、はらはらと見守った。そんなに心配しなかったのは晶船内で血を流す展開になれば誰かが必ずとめにはいるとレザンに聞いたためである。しかし、深刻な事態を迎えることなく、アサードは剣さえ抜かずに容易く海賊くんをあしらった。簡単に勝負がついてしまったので、周囲の野次馬的海賊達も、つまらないという感じの声を上げていた。
 けれどもだ。
 恨むぞ、アサードめ。
 アサードに身をかわされた海賊くんが、しつこく攻撃をしかけた。その行動を、アサードは軽やかに蹴り飛ばすという方法でかわしたため――吹き飛んだ海賊くんの身体が、よりにもよって笹良が乗っかっている骨組にぶちあたってしまったのだ。
 軽業師並みに身の軽いレザンは素早く逃げ甲板に降り立ったが、ドレスを着込んでいる上にか弱い乙女の身である笹良は、咄嗟に対応できるはずもなかった。
「うぎゃぎゃ」
 ぱきっと骨組が折れた。
 お、落ちるー!
 信じられねえ!
 と目の前が真っ暗になった瞬間、どすっと身体に衝撃が走った。
 死んだ、笹良、絶対に死んだ、と諦観を抱き目を瞑ってみたが、不思議なことに全く痛みを感じない。
「……んむ?」
 恐る恐る片方だけ目を開け、ちらっとうかがうと、すぐ近い場所にある、暗い赤色をした目とぶつかった。
 条件反射で、ぎゃ、と小さく叫び、死んだ振りをしてみた。
「珍しいことだ。空から娘が降ってくるとは」
 くつりと笑う声が聞こえたが、無視、無視。
 必死に努力してシカトしたのに、身体を動かされた。いや、抱え直されたらしい。
「どこの姫君かな」
 駄目だ、死んだ振り、ばれてる。
 観念して目を開けた。
 レザン曰く、男前でいけすかない海賊船長のアサードが、暗い赤の目を細め、じっと笹良を見つめていた。
「降ろしてっ。離せ!」
「聞き慣れない言葉だ」
 しまった、日本語で訴えてしまった。
 もがもがっと暴れたがアサードは降ろしてくれなかった。こうなれば!
 別に、別に、海賊帽子が欲しかったのではないとまず先に断言しておく。
 笹良はつい、降ろせと訴えるために、アサードの帽子をかっさらってしまったのだ。
 肩くらいまでのゆるやかな髪が露になった。そこで初めて、アサードの顔をちゃんと確認する。
 そうか、レザンはこういうタイプを男前と思うのだな、と場違いなことに感心した。長身でがたいがよく、無精髭。ううむ、確かにちょっと女たらしっぽい感じの甘い目をしている。しかし、無精髭か。
 年は四十前後だろうか。
 いや、じっくり観察している場合ではなかった。
 やべっ、と我に返り、自分の顔を隠すために、奪い取ったアサードの帽子をかぶってしまった。本当にこの帽子を盗みたかったわけではないぞ。
「お、降ろす、お願い」
 こそりと頼むと、今度はなぜかすぐに降ろしてくれた。
「アサード、その女に手を出すなよ!」
 慌てた様子のレザンの声が聞こえたが、助けにくるのが遅いではないか。
「なんだ、お前にもようやく女ができたのか」
 くくっと笑うアサードの声に、笹良は状況を忘れて憤慨した。
「何言ってんだ! そいつは――!」
 余計なことを言うんじゃないっ。
 これを暴挙と言わずして何というのか。顔を真っ赤にしながらアサードの前に出てきたレザンに向かって、笹良は海賊帽子を投げつけてしまったのだ。輪投げというか、フリスビーを投げる時の要領でだ。
 レザンは「うわっ」と奇声を上げてよろめきつつも、間一髪、顔の前で帽子をキャッチした。
 周囲の時間がとまった。
 本格的にやばい。
 もう、もう、この場合は。
「し……、しー、ゆー、あげいん」
 逃げるしかない。
 ぽかんとしているレザンやアサード達に、これ以上ないくらい清らかな笑みを振りまいた後、笹良は脱兎のごとく逃走した。
 
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 敵前逃亡を果たした報いなのだろうか。それとも海の呪いなのか。
「んぐぅ!」
 笹良は絶望していた。別の船に移動しようと企んだのはいいが、一人では恐ろしくて橋代わりの縄の上を歩けないのだ。だが、ここで躊躇していては、無断で帽子を奪われ更にそれを乱暴に扱われたアサードと、いきなりその帽子を投げつけられたレザンに追いつかれ、こてんぱんにのされるかもしれないと思い直して己を鼓舞し、死地に挑む覚悟で一歩を踏み出したのが悪かった。
 縄の隙間に靴の爪先が引っかかり、ぼたたっと転んでしまったのだ。
 縄の隙間から海が見える、波が揺れている!
 蒼白になりつつも慌てて移動しようとしたが、動揺しすぎているためか、すぐには動けなかった。しかも引っかかっている靴が取れない。
 こういう時、やはり世の理が人の運命を左右しているのかもしれないと、つい嘆きたくなるようなお約束の事件が起きるものらしい。むぐむぐと口の中で意味不明に唸りつつ、網目に引っかかっている靴と格闘していた笹良に、こう申しては無礼だが実に人相のよろしくない海賊くん数名が近づいてきた。というよりも、船と船を繋ぐ縄の橋にいれば、誰かが通りかかるのは当然のことだった。
「おい、娘がいるじゃねえか」
 目の錯覚だと勘違いしてはくれないか?
「晶船も、ようやく女を置くようになったのかよ」
 置いてない、置いてない。
「どうした、お嬢ちゃん。手を貸してやろうか」
 いらぬのだ。
 潔くぶんぶんと首を振ってはっきり固辞したというのに、海賊くんたちは意地悪そうな笑みを滲ませつつ接近してきた。こ、こら、どすどす歩いてはいけないのだ。縄の橋がすごく揺れる、軋む、身体の重みで橋が沈むっ。
 魔の手に落ちる可憐で哀れな美少女の図を自分にあてはめ凝固した時だった。接近していた海賊くん達がなぜか急に足を止め、笑みを凍らせたのだ。
 んむ? と訝しむ笹良の前で、海賊君達は突如、見てはいけない何かと遭遇したかのようにささっと背を見せ、去っていく。
 まさか笹良の神聖さに瞠目し己のよこしまな感情にいたたまれなくなって退散したのか、と少し勝ち誇った気分になった瞬間、頭上が陰った。
 ……振り向いていいのか、笹良は。
 煩悶のあと、覚悟を決めて、ぎこちなく振り向いてみた。
 そして、何語か分からぬ言葉を発し、呻いた。
 背後にも海賊くんが立っていたのだ。
 ジェルドよりも二、三歳年上だろうか、かっちりと海賊服を着込み、えらく無感動な冷たい目をしている若い男性だ。濃い灰色の目が氷柱のような鋭さをもって、笹良を見下ろしている。
 怖え!
 笹良は引きつった。その海賊君がゆっくりと身を屈ませ、こっちに手を伸ばしてきたのだ。これまたきっちりと後ろでまとめている濃茶の長い髪が、その動きに合わせてさらりとゆれていた。すごいさらさらな髪だな! 使っているシャンプーを是非知りたい。
 いや、そんなことよりも。
 テゴメにするのかっ? と大きく勘違いしてしまったが、その海賊くんは冷酷そうな見た目に反して、親切にも網目に引っかかっている笹良の靴を取ってくれた。
 そして、すっと靴を差し出される。別にいいが、何か一言くらい発してほしいぞ。
「あ、ありがたいのであるのだ」
 可憐に礼を述べるつもりだったのだが、その海賊くんが人形みたいに温度のない目で見つめてきたため、奇妙な返答になってしまった。笹良は一体どこの武士だ。
「ふ?」
 突然、身体を抱え上げられた。
 硬直する笹良を、その海賊君が乱暴ではないが丁寧ともいえない仕草で船に戻してくれる。紳士ではないか。
 思わず調子に乗り、「大義であるぞっ」と誉め称えるために、つらんとこっちを見下ろす海賊くんの腕をほむほむっと指先で軽く叩いてしまった。
 ……って、またしても無謀な真似をしてしまったのか、もしかすると。
 ああまたヴィーに馬鹿姫とか態度が不遜にすぎるとこっぴどく説教されてしまう、と深く恐れ、我が身の不幸を本気で嘆いた。
 こんな空恐ろしい想像をしてしまったのがまずかったらしい。
「――ちび!」
 このやろっちびとは何だ、と一瞬前までの猛省を奇麗さっぱり消去し、怒りの翼を大きく広げて笹良は凛々しく振り向いた。しかし、ぱちんと電気を消した時のように、怒りの翼は素早く閉じられた。逃げなければ。
 恐るべき声の主――ヴィーが大股でこっちに接近してきたのだ。
 怖っ、と笹良は鳥肌を立てたあと、身の安全を求めて、まだ目の前に立っていた海賊くんにヘルプの視線を向けた。
「この、ちび鳥め! どうしてそうふらふらと勝手に飛んでいくんだ、お前、本当に鎖で繋ぐぞ!」
 全部にツッコんでやる。まず、ちび鳥って何だ。最早、姫じゃなくなっているし、人扱いもされていない。それにふらふらと飛んでいるわけでもないのだ、晶船散策については笹良の強い要望というよりもレザンに強制された部分が多いのだぞ。鎖で繋ぐなんて、その考え方は地下帝国の魔王が抱く野望と同じくらいに暗黒だ!
「ヴィー、心、黒っ」
 誰にも聞こえないよう細心の注意を払ってぼそっと悪態をついた瞬間、青筋を浮かばせているヴィーに超特急と呼びたい速さで襟首をつまみ上げられた。一見ぷらんとつり下がっているかのようだが、首がしまって苦しい!
「野放しにした途端、騒動の渦に飛び込むのか。駄目だ、お前のような奴にこそ枷が必要だ。再び取り付けてやる」
 それはご勘弁なのだ悪代官様、と内心で仰天し、再度海賊くんの方へ救助の視線を向けようとして――きょとんとしてしまった。
 逃げ足、はや。
 笹良の靴を救出してくれた海賊くんは、ヴィーの暗黒色をした雷が落ちるよりも早く、こっちに背を向けて去っていた。
「全く、手間のかかる女だなあ」
 と無礼な発言をしたのは、ヴィーの後ろにくっついていたレザンだった。誰のせいだと思っているのだ、と責任転嫁しようとしたら、レザンは溜息を落としたげな顔をして、去っていった海賊君の背を一瞥した。
「うわ、あいつ、リリサ船長じゃないかよ」
 ……なんですと。
 ということは笹良って、この短時間に、二人の極悪冷酷船長と遭遇してしまったのか?
「いらぬ注目を集めやがって」
 などとお叱りの言葉を垂らすヴィーの腕からなんとか脱出し、戦々恐々と視線を巡らせてみた。橋付近にたむろしていた何人かの海賊くんが騒動を期待する目でこっちを眺めているのに気づいた。その中でもとりわけ威力を持つ眼差しに、笹良は貫かれた。もう皆、素晴らしくデカくゴツイため、容貌魁偉程度では尻込みしないつもりだったが、その海賊くんの視線は他の誰より冷酷で野蛮に見えたのだ。
 波打つ長い髪、ひょろりとした手足、大きな耳。目に映る全ての景色を吸収しようとしているみたいな強い眼差しだった。なんだか誰もいない夕暮れの町で、凶器を手に隠した通り魔と運悪く遭遇してしまったかのような、ひやりとする恐ろしさを抱く。
「うえっ、ミマリザジーク船長だ。嫌な奴に見られてるぜ」
 ミマリザジーク?
 笹良ってば次々と首謀級の海賊くんを目撃してしまうとは、一体どれほど不運なのだ。宝くじとかは絶対当たらないのに、なぜこういう全力で拒絶したい事態には好かれてしまうのだろう。
「来い、ちび鳥」
 呼び方に大きく不満はあったが、ヴィーに抱き上げられることには反抗しなかった。一刻も早く、ミマリザジークという名を持つ船長の眼差しから逃れたかったのだ。
 
●●●●●
 
 海賊船に無事帰還し落ち着ける船室に戻ったあと、ご立腹持続中のヴィーにぼてりと転がされてしまった。
「お前というやつは!」
 恐ろしや!
 仁王立ちするヴィーの怒りを恐れ、わさわさと慌ただしく寝台の中に潜り込んだ。
「カシカになんと忠告された?」
 笹良はもぞっと毛布から顔半分だけ覗かせて、厳めしく仁王立ちしているヴィーの様子をうかがった。
 カシカったら、ヴィーを笹良の見張り役につける気だったのか。うう、もう少し手加減してくれる海賊くんを選んでほしかったぞ。
「レザン、いた。笹良、悪い、ない」
 レザンに拉致されたのだ、ゆえに笹良は悪くない、と性懲りもなく言い訳したら、こっちを冷然と見下ろすヴィーの目が更に刺々しくなった。凶悪な目だぞ、ヴィー。
「レザンに責任を押し付けるな」
 怖っ、と毛布の中に深くもぐり、丸まってみた。秘技、狸寝入りだ。
「このちび」
 勢いよく毛布を引きはがされた。
「少しは大人しくできないのか!」
 いつも楚々として大人しいではないか、と片言で訴えてみたら、ヴィーの目が更に、更に魔王な色を見せた。
 殴るつもりかっ、と臨戦態勢に入った瞬間、いきなり両頬をむぎゅっと掴まれ、潰された。乙女に対してなんたる非道なのだ。
 笹良は暴れてヴィーの手から逃れ、その指にがじがじと噛みついた。この時、頭の中には悪党成敗の四文字しか浮かんでいなかった。
「んぐ?」
 結構な力を込めて指をがぶっと噛んでいたはずなのに、ヴィーは何も抵抗しなかったのだ。
 あれ。
 あれ?
 反撃されない。
 おかしいな、と少し慌てた時、くるりと体勢を変えられた。いつかの時のように、ヴィーの胸に背を預けるような形で抱き込まれてしまっていた。
 ヴィー?
 つむじのところに顎を乗せられる。
 どうして何も言わないの、ご立腹していたのではなかったの。奇妙な焦燥感の中でいくつも疑問を飛ばしながら、背中に触れるぬくもりに自分でも思いがけないほどどぎまぎとした。
 あんまり思い出さないようにしていた瞼への口づけが唐突に蘇り、反抗の言葉も戦う意欲も消えてしまう。
 名前さえも気軽に呼べないような、緊迫しているのか穏やかなのか判断できない不思議な雰囲気に包まれる。
「……お前のせいで、疲れた」
 憮然とした言葉が笹良の頭に落ちた。
 疲れただけ?
 そうなのか?
 分からない、聞き返したらいけない気がする。なぜいけないのか、その理由は笹良の心の方にあるんだろうか。
 腹部にさりげなく回ったヴィーの腕に、動揺しつつちょこりと手を置いてみた。動きを封じるためなのか、それとも安心感を得るためなのか、自分でも見分けがつかなかった。
 ヴィーの行動、よく分からない。
 大人って、一体どのくらい謎を持っているのだろう。

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