TEMPEST GIRLS:07

「案内人のソウは、このように言いましたね。私達が出会った部屋は始まりであり、終わりの場所だと」
「うん」
 ササラが絵本をせがむ子供のようにしがみついてきたので、リスカは腕の中に迎え入れた。髪についた埃を一つ、取り除いてやる。
「その部屋を出たあと、最初に会った精霊は、カノ、と名を名乗りました。次に、キラ。次はトワ。最後に、カナ。老婆のカナは、開幕の精霊カノと双子であると言いました」
「うん、年齢的におかしいと思うけれどさ」
 そうか、そこを問題にするか。
 リスカは術師なので、容姿の隔たりをあまり奇異には思わなかったが、普通は疑うものなのだろう。
「まあ、その問題はともかく……。私は、不思議に思ったのです。随分変わった名前だなと」
「そうかな? ふつーの名前じゃない?」
「ああ、ササラさんの国にはよくある名前なのでしょうね。私の世界では、随分珍しい名に聞こえるのです」
 まず、精霊達の名前が、奇妙だった。皆、二文字で終わっている。
 最後にカナの名を聞いて、なるほどと納得したのだ。
「彼等の名前を一列に並べてみると、一つ、ある特徴に気がつきました。双子であるカノとカナ。彼女達の名前だけに、同じ文字が使われている。カ、という文字ですね」
「双子だから?」
「ええ。そして香奈は、自分達を鏡であると言いました。カノは開幕の精霊。カナは終幕の精霊です。開幕と終幕。使われている同じ文字。そのことを踏まえて、文の始まりと終わりに、同じ文字である『カ』をまず置いてみましょう」
「う、ううん?」
「あとは単純に、残った名前をほぐして組み替えればよい。キ、ラ、ト、ワ、ノ、ナ。最初の文字と終わりの文字は、『カ』と決まっています。残りの六文字を足して、意味のある文を作るのは、そう難しいことではない」
「うっ、分からない……」
 ササラは世にも悲しげな顔をしたあと、額を肩に押し付けてきた。答えを聞きたいらしい。
「私達を追っているものは?」
「白い虎」
「これで二文字、決まりました。トラ、です」
「え、えっと」
「私達が探しているものは」
「鍵?」
「そうです。言葉遊びでは、濁音などが無視される場合が多い。キは、ギ、と読んでよい。そして、ハとワは同じ発音ができる」
「うう?」
「カギ、トラ。四文字が決まりました。そして、カ、という二文字は、文頭と文尾に置いています。ゆえに、カギ、という文字は文の出だしとして決定します」
 簡単な言葉遊びである。
 更に補足すれば、カナとカノは双子ゆえに合わせ鏡の役割を果たす。二つの鏡が照らすものは中央に置かれる。照らされるのは、リスカ達が恐れに立ち向かって見なければならないもの。――この世界で、リスカ達にとって危険の象徴となるものは、虎である。
 このことから、トラという二文字は、文の中央に定められる。
「残った文字は、ワ、ナ、ノ。これだけです。組み合わせるのは、簡単ですね」
 文の始まりと終わりには、カ。出だしの言葉は、カギ。中央に、トラ。残る三文字を付け加えて、文章として成立させるのに、それほど時間は必要としない。
 ササラは頭の中で、必死に文字を組み立てて考えているようだった。
「カギワトラノナカ――鍵は虎の中、です」
「……え?」
「つまり」
「つまり?」
 リスカは笹良の手から、カナより受け取った銀色の鍵を取り上げた。
「先程渡されたこちらの鍵は――偽物なのです」
 
 
 精霊の名前は鍵の場所を示す破片として、リスカ達に提示されたのだ。ばらばらの破片を正確に組み替えると、おのずと答えが見えてくる。
 本当は言葉遊びに気がつかなくても、真実には到達できる。現にリスカは、本物の鍵の在処が既に分かっていたのだから。言葉遊びは、第二の保険のようなものだ。
「り、リッちゃん」
「見なければならないものを見ない私達に、お仕置きをするとソウは言いましたね。私達は、彼の指摘通り、真実から逃げていた。表面ばかりを見て、偽物を本物だと思い込んでいた」
「ってことは」
「いつだって、鍵は私達を追っていたのです」
 見るべきものが理解できれば、危険は危険でなくなるのだ。
 リスカは立ち上がり、ササラを起こした。
「ねえ、リッちゃん」
 ササラがふと瞬き、じっと見つめた。
「そんなこと、ずっと考えていたの?」
「言葉遊びは、魔術師の本分ですから」
 すみません、鍵の在処は、言葉遊びを解く前から知っていたのです。
 リスカは心の中で謝罪し、この真実ばかりは口にするまいと誓った。
 
 
「恐れていては、何も見えない。私は自分の声に囚われすぎて、何も見ていなかった。何度もそう言われていたのに」
 以前にも、同じ台詞を言われたことがある。
 銀づくしな閣下様に。
 リスカは扉を開け放ち、通路へ出た。わわっと叫ぶササラの声に、つい微笑んでしまう。
 通路にはお約束のように白虎の姿があった。
「リッちゃん!」
 ササラは裏返った声を上げておたついていたが、この白虎は決してリスカ達に危害を加えぬのだ。
「鍵を渡してくださいますか」
 どこかの閣下様を彷彿とさせる白虎に近づき、目の前に屈み込む。
 白虎は、やれやれようやく気づいたか、という目をして、ぱかりと口を開けた。赤い舌の上に、錆びついた鉄の鍵が乗せられていた。
 そうか、とリスカは鍵を手にし、また一つ納得した。
 錆びた鍵。
 なぜ錆びたか。リスカ達が鍵を探す間に、少しずつ錆びていったに違いなかった。どのような思いを抱いていても、時間は絶えず動き世界を変容させていく。落としようのないほど錆びつけば、取り返しがつかないことに。
 だが、とリスカは思い直す。
 この程度の錆ならば、まだ間に合う。
 鍵はまだ、機能している。
「ありがとう」
 リスカはそう言って、大人しく座っている白虎を撫でた。ううむ、何だかまるで誰かさんを獣の姿に変えた感じがするため、おろそかにはできぬ気分になってくる。
 危険はないと悟ったササラが、「噛み付かないでよっ」と無駄な一言を発しつつ、怖々と白虎の額を撫でた。死ぬほど怯えながらも、一応礼をするところがササラらしい。
「ササラさん、行きましょう」
「どこに?」
「始まりであり、終わりの場所です」
 一応、ここまでの道順は覚えているのだ。
「案内人であり、お仕置き人の名は?」
「ええ? 想だよね?」
「名前を反対に読むと?」
「うん? ソウ……ウソ!?」
 まあ、これは蛇足である。
「ねえササラさん、この世界へ来る直前、サクラの木から落ちたといいましたね?」
「う、うん」
 ササラと仲良く手を握り、記憶を辿りながら通路を歩く。
「実は、私の家の側にもサクラの木がありまして」
「えっ、異世界にも、サクラが!?」
「ふふっ、この木、友人に頼んで異国より取り寄せてもらったのです。本当はいけないことなのですが、内緒でね。サクラは、ササラさんの世界に存在する木だったのですね」 
 この事実にはちょっと驚いた。不可思議な世界にまず疑問を抱いたきっかけが、サクラの木である。
「ウソ、なのですよ。この空間は。サクラの木の精霊が見せるウソの世界。ゆえに魔力は感じなかった。夢の世界に近い、幻影なのです」
「嘘の世界?」
 リスカが元の世界で見た、木の上の得体が知れぬ影。恐らく、その影が精霊だったのだ。
 こういった感じだろうか? 夜中に喧しく騒ぐリスカや――ササラへの、意趣返しを込めた激励。
「ええ、花の精霊は悪戯好きですからね。ほんの少し――私達の心を、解きほぐしてくれようとしたのでしょうね」
「解きほぐすっていうより、弄ばれたって気がするけど」
「うーむ、ま、まあ、そうとも言いますか」
 鋭い。
「もしかして、リッちゃんの所のサクラと笹良の所のサクラが、同時刻におんなじこと企んだから、こうして笹良達、会えたのかな」
 ああ、そうなのだろう、きっと。
「二本のサクラが共鳴し合ったのかもしれませんね」
「そっか」
 それはまるで、奇跡のようではないだろうか。
 ねえ、ササラさん?



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