TEMPEST GIRLS:02

 というわけで笹良は、やくざも恐れ戦くに違いない極悪非道な分からず屋の唯我独尊的お兄様に、ほぼ誘拐犯めいた強引さで自室へ連れ戻された。
 何を考えているのか、総司は渋い表情でおもむろに携帯を取り出すと、その場で数人の知り合いに連絡を入れて、笹良が遊びに行く予定だった『Randia』の実態について調査をし始めた。更に、現地へ直接乗り込んで詳細を報告しろと、無茶苦茶な命令もしていた。恐ろしい。どういうネットワークを持っているんだ、この男は。秘密結社の黒幕なのか? スパイを配下に持っているのか? 
 ああ今夜、『Randia』で開催されるオールナイトのパーティを楽しみにしていたのに、と笹良は深く項垂れた。
 下僕くん達に指令を出したあと、総司はこれ以上ない不機嫌な顔で、笹良に着替えを強く命じた。
 泣く泣く笹良は無難な服に着替え、響ちゃんに今夜は行けないという断わりの電話を入れた。いや、総司が響ちゃんに電話をするよう、脅迫紛いの厳しさでしつこく強要したのだ。
 くそう、総司は今夜、帰宅が午前様になると聞いていたのに、日付が変わる前に戻ってくるとは大いなる誤算だった。ついでにいえば両親は、親戚が飲食店を持つとかでお祝いに駆けつけていて今夜は不在の予定だったのだ。
 だからこその、念願のパーティ。行きたかった。
 夢が破れて半泣き状態の笹良に、総司はこんこんと豪速球! なお説教を開始した。いつもの嫌味を交えたねちっこいお叱りの言葉ではなく、何だかえらく鬼気迫ったストレートな説教だったので面食らうと同時に心底恐れを抱いた。怖っ。
 いいじゃないか、クラスメイトだって時々年齢を誤魔化して、イケてる高校生が主催するパーティへ遊びに行ったりしているのに。思春期は刺激を求めるお年頃なのだ。
 第一、『Randia』という店は響ちゃんの親戚が経営しているらしいから、安心だし。……と、いくら懇願しても、総司は首を縦に振らなかった。意固地な奴め。実際に口に出すと大目玉を食いそうなので、心の中で、頑固爺、と罵ってみる。
 笹良、知っているんだぞ。総司の奴なんて、中学生の時に高校生の振りをしてクラブデビューしたじゃないか。それに、最近のクラブは若者をターゲットにして中・高校生オンリーディとかもやっているのだ。いや、そういう日はソフトドリンク限定ですこぶる健全な交流場って感じなんだけれどさ。
 ぶつぶつと聞こえないように文句を言っている間、調査を頼んだ誰かから連絡が入ったらしくて、総司は少し携帯で言葉を交わしたあと、一体どんな報告がもたらされるのかと戦々恐々としている笹良の側を離れた。どこへ行くのかと思ったら、玄関へ向かったようだ。す、凄い早業な調査員だ。速攻で調べ上げて、報告するために家の前まで駆けつけたらしい。
 笹良はベッドに寝転がり、不貞腐れた。
 もう、総司なんて嫌いだ!
 いつも怒るし、理解できない言葉で長々と責めるし、意地悪だし、命令ばかり。
 笹良のやることに口を挟んで、あれは駄目、これは駄目、と否定の連続だ。自分は平気で遊び回るくせにさ。
 むかつく。
 どうにかして、奴を欺ける方法はないものか。
 笹良は眉間に皺を寄せて腕を組みつつ、策略を巡らせた。
 今、総司は玄関で調査員の報告を聞いている。
 よし。
 抜け出してやれ。
 ふふふふふと笹良は腹黒い笑い声を漏らした。
 笹良の部屋は二階にあるが、窓の外にはちょうどいい位置に、垣根かわりの桜の木があるのだ。
 その木をつたって、逃亡してやれ。
 思い立ったが吉日だ。邪悪な魔王の視線が外れている今しか、行動を起こせる機会は得られないだろう。
 こんなこともあろうかと前もって部屋に隠していた緊急時の靴をクローゼットから取り出した。木をつたって逃げることを考えれば、残念だがミニスカは諦めなきゃならない。でも、ホットパンツでオッケイだ。手早く着替えて、笹良は早速逃亡準備に勤しんだ。
 音を立てないよう、ゆるゆると慎重に窓を開け、枠に脚をかけて桜の木へ移る。
 やったね、と内心でほくそ笑んだ時、不意に木の枝の奥で何かが揺れた。
 え?
 黒い獣のようなものが、枝の上にいる。夜行性の鴉とか野良猫の類いとは身体の大きさからして異なる。
 その得体の知れない不気味な生き物と、しっかり目が合ってしまった。
 笹良は、夜の静寂をぶち壊すほどの悲鳴を上げた。ありえねえ!
 自分の叫び声に驚き、その拍子にバランスを崩して、落下し――
 意識が暗転した。



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