TEMPEST GIRLS:05

 この部屋にどうやら鍵はなさそうだったので、とりあえず別の部屋に移ることにした。
 よし。笹良は気合いを入れ、再び鍵探しの冒険に出るべく扉を開けた。
 開けた瞬間、速攻で閉めた。我ながら神業的に素早い反応だった。
「ササラさん?」
 不思議そうな顔をするリッちゃんに、笹良は胸中で念仏を唱えつつ虚ろな笑みを向けた。
 どん、と扉に何かが衝突する音が響き、リッちゃんが目を見開いた。言ってみれば丸太で扉を撃破する音に近い。
 ……うん、扉の外にね、白虎がいたんだよ。
「ああああ、もう駄目、食べられるっ」
 どん、どん、と白虎くんが外から扉に体当たりしているらしい。ばりばりっと扉が破られる嫌な音に、笹良は絶望した。
「ササラさん、こちらへ!」
 リッちゃんは室内に視線を巡らせたあと、吉良が出現した引き出しに近づき、凶暴白虎にばりばりと手足を齧られるという妄想を抱いて戦く笹良を手招いた。
「この中に入って」
 笹良は仰天した。なんとリッちゃんは、その引き出しの中へ躊躇いなく飛び込んだのだ。
 ドラえもーん! と笹良は胸中で叫んだ。何だこの引き出しは。四次元ポケット的な構造なのか!?
 戸惑う間に、扉をぶち破った白虎くんが部屋に飛び込んできたので、笹良は意を決して引き出しの中に足を突っ込んだ。行き着く先はどこの世界だ。
 助けてドラえもん、と絶叫しつつ。
 
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 飛び込んだ先は、すごかった。
 これぞハーレム! な艶かしー光景に、笹良もリッちゃんもひたすら絶句した。
 目を見張るほどの美男美女が、やたらアラビアンな豪華絢爛的お部屋の中にごろごろ転がっていたのだ。美形大量生産工場か、ここは。
「いらっしゃい、お嬢さん達」
 美形軍団の中でも一際凄まじく端正な男が、にこりと笑って手招きした。背徳の宴だ。
 笹良とリッちゃんは腰を抜かした体勢で部屋の真ん中に座り込んでいたのだが、王子様的なその男が合図するとこれまたとんでもなく美形な下僕的男女がわらわらっと近づいてきて、こっちの身を力づくで連行した。
 で、なぜか、きんきらきんのクッションに艶かしく寄りかかっている王子様な男の前に座らされた。
「まあ、飲みなさい」
 と、手渡されたのは、お酒だった。
 リッちゃん、ここで嬉しそうな顔をして、お酒を受け取るのはどうかと思う。
「……っていうか、お兄さん、誰」
「ああ、わたしかい? 私は、十和。怠惰の精霊」
「タイダノセイレイ?」
 うーん、漢字変換できない。どういう意味だ?
「愛らしいね、お嬢さん」
 笹良は硬直した。血を吐きそうなほど美形な十和に、えらくぞわぞわする手つきで顎を触られたのだ。
「わたしと遊ぼうか」
 ふっと吐息をかけられた時、くらりと目眩がした。美形の力、恐るべしだ。その眼差しで人を殺せるぞ。
「――おやめください」
 ぎゅっと後方に身体をひかれたことに驚き、振り向くと、リッちゃんが静かな眼差しで十和を見つめていた。凄いよリッちゃん、美形相手に何て冷静な! あ、男相手のせいか?
 でも、しっかりお酒、飲んでないか?
 美的人間よりもお酒に攻落されるリッちゃんて、一体。
「おや、魔術師殿。こちらのお嬢さんと良い仲になったのかな」
「ええ」
 えっ、そうなの? と笹良はびっくりした。
「ですから、手出しはおやめください」
 ああ庇ってくれただけか、驚いた。
「わたしとは良い仲になってくれないのかな?」
 婉然と笑う美形の威力、現金百万円と匹敵するな。
「怠惰を受け入れることはできません」
 リッちゃんは相手の心理を探るかのように目を細め、間髪容れずに返答した。
「おやおや、お固い魔術師殿だ。遊び心を知らないね」
「遊びと堕落は違います」
 リッちゃん、一見軟弱そうなのに、結構言うことは凄まじいな。
「自由を求めるのは人の性だろう?」
「自由と遊びもまた、異なるのです。そう、真の自由とは、枷の中に見出すからこそ尊い。何の制限もないところでは自由の意味を理解できないのです」
 枷の中に、自由が?
「己を甘やかすことを、自由とは言いません」
 ざくっと心に触れるリッちゃんの言葉。
 笹良、自分を甘やかし過ぎているのかな?
「お嬢さんは遊びたい盛りだろう?」
 美貌の十和は、うっすらと笑みをはき、笹良を見つめた。
 すげえ奇麗な笑顔だけど。
 というか、お兄さんが言う遊びの意味、知るのが怖いが。
「遊びたいけど、笹良、駄目かも」
 リッちゃんが優しく微笑み、そっと手を握った。
「わたしのことは、嫌いかな?」
「嫌いじゃないけどさ」
 むしろその美貌、羨ましい。
「嫌い好きっていう感情と、いいこと悪いことって、別なんだね?」
 リッちゃんに確認をしてもらう感じで、笹良は振り向いた。
 リッちゃんは慎ましい笑みのまま、頷いた。あ、褒められた気がする。
「そう、残念だね。またいずれ遊びにおいで」
 十和はにこにこしながら、笹良の髪を撫でた。うう、美形に誘われている。
「ああ、そうだ、急いだ方がいいね。時間が残り少ないようだよ」
 笹良とリッちゃんは顔を見合わせた。
「そちらの扉から、お行きなさい」
 指差された方を見た瞬間、どこから湧いて出たのか、白虎くんが姿を現し、こちらに向かって突進してきた。
「リッちゃんっ」
 リッちゃんはさっきあんなに格好いい台詞を言ったくせに、名残惜しそうな表情でお酒を見ていた。リッちゃん、男なら普通は酒よりも美女に見蕩れないか?
 笹良はリッちゃんの手から無理矢理酒を奪ったあと、十和が教えてくれた扉へ猛ダッシュで向かった。
 
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 白虎くんを振り切り、その間に鍵を探し、また白虎くんに追い付かれ、慌ただしく逃げる、というパターンを何度か繰り返した。
 このダンジョンてば部屋の数が無闇やたらに多すぎて、時間内にはとても探しきれない。
 馬鹿ピエロめ、ヒントくらいくれてもいいじゃないか!
 切実な嘆きの言葉を漏らしつつ、次に入ったのは、真っ黒い部屋だった。
 何も物が置かれていなくて、中央には老婆が一人、ひっそりと座っていた。
「いらっしゃい、お前達」
 老婆は笑いながら、笹良達に声をかけた。
「よく来たね」
 顔中をしわくちゃにして、老婆は深く笑う。
「鍵を探しにきたのだろう? ここまで辿り着いた褒美に、鍵をあげよう」
 え、そんな簡単でいいの? と笹良は呆気ない展開に驚いた。
「ほら、受け取りなさい」
 笹良はおずおずと、老婆が差し出す銀色の大きめな鍵を受け取った。いかにもファンタジーな、特殊な作りの鍵だった。
「あなたは、誰ですか?」
 リッちゃんが探るような目をして老婆を見下ろした。
「わたしは終幕の精霊、香奈。最初に、香乃と会っただろう? わたし達は、双子だよ」
 嘘だ! と笹良はかなり失礼なことを思った。
 香乃は羨ましいほど美人だったじゃないか。双子というのは年齢的に無理があると思うぞ。
「ふふ、わたし達は、鏡なのさ」
「鏡?」
 リッちゃんはふと、眉をひそめた。
 老婆はそれ以上何も言わず、ただ笑うばかりだった。
 ちょっと不気味だった。
 
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 老婆の部屋を出た瞬間、通路の曲がり角から姿を現した白虎くんに発見され、笹良達はまたダッシュした。
 ぐるぐると螺旋階段を上がり、いくつもの部屋から部屋へ逃げても、白虎くんは諦めを見せずにしつこく追ってくる。
 リッちゃんが花びら攻撃で何度か白虎くんを足止めしてくれる間に距離を稼ぐ。どうやらリッちゃんの花びらは、白虎くんを完全成敗するほどの威力はないようだった。
 書物がたくさんある部屋に隠れて、笹良達は少し休憩をとった。鍵は手に入ったけれど、これは一体どこの扉に使えばいいのだろう。
「大丈夫ですか、ササラさん」
 床にへたり込んで体力の回復をはかっていると、すぐ側に腰を下ろしたリッちゃんが労りの表情を浮かべてこっちを気遣った。
「うん。リッちゃんこそ、たくさん魔術使って、疲れていない?」
 魔術って、確か漫画かなんかでは、結構体力を消費するはずだった。
「疲れません。私の花びらにはあらかじめ、魔力をこめているのです」
 穏やかな声音の中に含まれた自嘲の響きに、笹良は首を傾げた。
「私は――不具なのですよ」
「どうして?」
「魔術師としては、出来損ないなのです」
 それがあんまり優しい表情で告げられたので、笹良はどうしてか悲しくなった。リッちゃん、やっぱ苦労人なんだろうなあ。嫌な目にあってもじっと耐えて、影で一人、泣いていそうな感じだ。
「でも笹良、リッちゃんのこと、好きだよ」
 リッちゃんはちょっと困った顔をして、両手を膝の上で組み合わせ、そこに視線を落とした。
「魔術のことってよく分からないけれどさ。今、笹良を助けてくれてるのって、リッちゃんだし。出来損ないでも、リッちゃんが好きだよ」
「そう――ですか?」
「うん。出来損ないとかそうじゃないとかって、好きになったら些細な問題だもん。むしろ、そういうところが逆にイイなあって思うこともあるんじゃないかな? 完璧な人間って近寄りがたいよ。持ちつ持たれつ、助けられたり助けたりする関係の方が、きっと面白いよ」
「些細な問題でしょうか」
 リッちゃんは遠い目で、笹良の言葉を繰り返した。うまく説明できないけれど、笹良との会話を通して、もっと別の何かを考えているように見えた。
「リッちゃんは、笹良のこと嫌い? 魔術、笹良は使えないよ」
「いえ」
 リッちゃんは何かに打たれたような、愕然とした顔で、呟いた。無意識の動作なのか、組み合わせていた手に力をこめたらしく、まるで密やかに祈っているかのようだった。
「いえ、魔術は関係ない……ですが……」
「笹良って、守られ過ぎかな?」
 実は、香乃の言った言葉が、胸に重かったりする。自分の膝をぎゅっと抱え込み、溜息を飲み込む。
「……いいのではないですか?」
「うん?」
「たとえば、人を守ることでしか、自分を守れない人もいるのでは」
「う、うーん?」
「あなたには守られているという意識がある。それでいいのです」
「でもさ、人に寄りかかってばかりって、駄目人間みたいじゃん?」
 自分で言って落ち込んだ。他人任せにすぎるのって、狡いよね?
「あなたを守りたいと望む者がいるのなら――守らせておあげなさい」
「守らせる?」
 リッちゃんは一度、身を縮める笹良を正視したあと、視線を虚空に投げ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「あなたは、こう考えるかもしれない。人に守られてばかりは嫌だ、自分も誰かを守りたいと。ですが、あなたを守りたいと思う者は次のように考える。もう自分の手は必要ないのか、と」
「なんか笹良、よく分からない」
「あなたは誰かに守られることで、見えない部分では逆にその人を守っている。そういうことも、世の中にはあるでしょう」
「うー」
 自分の指に髪を巻き付けつつ思わず唸ると、リッちゃんはくすりと笑った。
「いいのですよ、あなたは我慢して、守られてあげなさい。たとえそれが、あなたにとっては不服であっても」
「でも、嫌だっ」
 リッちゃんは片膝を抱え、笑みを深めた。
「お兄さんの顔を、思い浮かべましたね」
 うっと笹良は息を詰めた。リッちゃんは、のほほんとした外見を裏切って意外に鋭い。
「ササラさん、今もまだ帰りたくないと思いますか?」
「うううっ」
 怒られる。間違いなく総司にどやされて、馬鹿馬鹿と連発されるだろうな。
「夜遊びしようとしたあなたを、お兄さんはとめましたね。なぜですか」
「笹良を嫌いだから」
「嫌いならば、引き止めずともただ罵ればよい」
「笹良の邪魔をしたかったから」
「だとすれば、着替えをさせる必要はない」
「妹が露出狂だと困るから」
「正解です」
 何っ? と笹良はむきになった。露出狂じゃないぞ、笹良は! このくらいの格好、皆、しているのだ。
 リッちゃんはふわりと両手を広げて、むくれる笹良を抱きしめた。こう言っちゃ悪いが、異性に抱きしめられているという気がしなかった。逆に安心して、眠くなるような感じだ。
「妹。その言葉に、お兄さんの心が凝縮されています」
「……総司は意地悪だ!」
「見逃してあげなさい。案外、あなたの兄は不器用な人です。心に様々な思いを抱える人は、感情を真っ直ぐには表現できなくなるものです」
「でも、総司は魔王的だ」
「孤独な魔王ですね、お兄さんは」
 リッちゃんはからかいを含んだ声音で言った。
「意地悪な人は、嫌いですか」
「き、嫌い」
「本当に?」
「リッちゃんは、結構意地悪だ」
「では嫌いですか」
「す、好きだけどさっ」
「お兄さんは、どうですか」
「すぐ怒る。いじめる。脅す」
「怒るのではなく、叱るのでしょう。愛しさゆえに、口うるさくもなるでしょう」
 ぎゃあっと笹良は内心で叫んだ。
 愛しさ! 
 リッちゃんて、自覚なしに恥ずかしい言葉をぽろっと言うな。
「帰りましょうか、ササラさん」
「え? でも、これ、どこの鍵か分からないし……」
 リッちゃんは、ふふっと笑って、笹良の顔を覗き込んだ。
 
 
「気づいたことがあるのです。見るべきものは、すぐ側にあった」



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