TEMPEST GIRLS:06

「案内人の想は、このように言いましたね。私達が出会った部屋は始まりであり、終わりの場所だと」
「うん」
 笹良はぎゅむっとリッちゃんにしがみついた。リッちゃんてば、フローラル系の香水とかをつけているのかな。近寄ると何かいい匂いがする。
 リッちゃんは少し笑って、しがみつく笹良の髪をゆっくりと撫でた。お母さんみたい……じゃなくて、性別は男だから、お父さんみたいというべきか。いや、外見年齢でいえば、お兄さんか。
「その部屋を出たあと、最初に会った精霊は、香乃、と名を名乗りました。次に、吉良。次は十和。最後に、香奈。老婆の香奈は、開幕の精霊香乃と双子であると言いました」
「うん、年齢的におかしいと思うけれどさ」
 そう言うと、リッちゃんは目を細めて苦笑した。とんとんと、子供にするかのように軽く背を叩いてくれるのが気持ちよかった。
「まあ、その問題はともかく……。私は、不思議に思ったのです。随分変わった名前だなと」
「そうかな? ふつーの名前じゃない?」
「ああ、ササラさんの国にはよくある名前なのでしょうね。私の世界では、随分珍しい名に聞こえるのです」
 そうか、リッちゃんは確か、リカ何だかかんたらってすっごい名前だったもんな。
「彼等の名前を一列に並べてみると、一つ、ある特徴に気がつきました。双子であるカノとカナ。彼女達の名前だけに、同じ文字が使われている。カ、という文字ですね」
「双子だから?」
「ええ。そしてカナは、自分達を鏡であると言いました。カノは開幕の精霊。カナは終幕の精霊です。開幕と終幕。使われている同じ文字。そのことを踏まえて、文の始まりと終わりに、同じ文字である『カ』をまず置いてみましょう」
「う、ううん?」
「あとは単純に、残った名前をほぐして組み替えればよい。キ、ラ、ト、ワ、ノ、ナ。最初の文字と終わりの文字は、『カ』と決まっています。残りの六文字を足して、意味のある文を作るのは、そう難しいことではない」
「うっ、分からない……」
「私達を追っているものは?」
「白い虎」
「これで二文字、決まりました。トラ、です」
「え、えっと」
「私達が探しているものは」
「鍵?」
「そうです。言葉遊びでは、濁音などが無視される場合が多い。キは、ギ、と読んでよい。そして、ハとワは同じ発音ができる」
「うう?」
「カギ、トラ。四文字が決まりました。そして、カ、という二文字は、文頭と文尾に置いています。ゆえに、カギ、という二文字は文の出だしとして決定します」
 頭の中で、リッちゃんの言うように言葉を組み立ててみた。
「残った文字は、ワ、ナ、ノ。これだけです。組み合わせるのは、簡単ですね」
 リッちゃんは少し身を離したあと、笹良の手の中にある鍵を見下ろした。
「カギワトラノナカ――鍵は虎の中、です」
「……え?」
 リッちゃんは、笹良の手から、銀の鍵を取り上げた。
「つまり」
「つまり?」
「先程渡されたこちらの鍵は――偽物なのです」
 
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「り、リッちゃん」
「見なければならないものを見ない私達に、お仕置きをすると想は言いましたね。私達は、彼の指摘通り、真実から逃げていた。表面ばかりを見て、偽物を本物だと思い込んでいた」
 リッちゃんは笹良の手を取り、立ち上がった。
「ねえ、リッちゃん」
 扉に手を伸ばしたリッちゃんに、笹良は声をかけた。
「そんなこと、ずっと考えていたの?」
 リッちゃんは少し目を見張って笹良を凝視したあと、妙に照れた表情を浮かべた。
「言葉遊びは、魔術師の本分ですから」
 笹良の頭の中では、本分が本文という文字に漢字変換されていた。これも言葉遊びかな?
 
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「恐れていては、何も見えない。私は自分の声に囚われすぎて、何も見ていなかった。何度もそう言われていたのに」
 リッちゃんは扉を開けて通路へ出た。そのあとを、笹良は追った。
「わっ」
 白虎がのそっと、そこに座っていたのだ。
「リッちゃん!」
 リッちゃん危うし、虎に食べられる! と笹良は驚愕した。
 が。
 リッちゃんはゆっくりと虎に近づき、敬意を払うかのような仕草で身を屈めたのだ。
 視線を合わせるために屈んだリッちゃんを、白虎は大人しく見返していた。
「鍵を渡してくださいますか」
 白虎はもぐもぐとヒゲを揺らして唸ったあと、欠伸をするようにぱかっと口を開けた。真っ赤な舌の上に、錆びた鉄の鍵が乗せられていた。
 リッちゃんは微笑みながらその鍵を取り、礼を言うように白虎の頭を撫でた。
 白虎は、さっきまでの凶暴な追跡ぶりが嘘のように従順さを見せてリッちゃんに甘えていた。
 よ、よし。でかい猫だと思えば怖くない!
 笹良も勇気を出して、白虎の額を撫でてみた。ちろっと見られる。ごろごろと嬉しそうに喉を鳴らしているが、可愛くねえ! でかすぎて愛らしさを感じないっ。
「ササラさん、行きましょう」
「どこに?」
「始まりであり、終わりの場所です」
 笹良の頭の回りには、ハテナマークが乱舞した。そんな笹良の手をとって、リッちゃんは歩き出した。
「案内人であり、お仕置き人の名は?」
「ええ? 想だよね?」
「名前を反対に読むと?」
「うん? 想……ウソ!?」
「ねえササラさん、この世界へ来る直前、桜の木から落ちたといいましたね?」
「う、うん」
「実は、私の家の側にも桜の木がありまして」
「えっ、異世界にも、桜が!?」
「ふふっ、この木、友人に頼んで異国より取り寄せてもらったのです。本当はいけないことなのですが、内緒でね。桜は、ササラさんの世界に存在する木だったのですね」 
 リッちゃんは目を柔らかく細めて、笹良に笑いかけた。
 うーん、リッちゃんてば、見ようによってはイイ線いってるかもなあ。こう、癒し系?  わたわたっとする姿を見ると、妙に心和やかになれる感じ。きっとこの人、周囲の人々に遊ばれてるだろうな、可哀想に。
「ウソ、なのですよ。この空間は。桜の木の精霊が見せるウソの世界。ゆえに魔力は感じなかった。夢の世界に近い、幻影なのです」
「嘘の世界?」
「ええ、花の精霊は悪戯好きですからね。ほんの少し――私達の心を、解きほぐしてくれようとしたのでしょうね」
「解きほぐすっていうより、弄ばれたって気がするけど」
「うーむ、ま、まあ、そうとも言いますか」
「もしかして、リッちゃんのところの桜と笹良の所の桜が、同時刻におんなじこと企んだから、こうして笹良達、会えたのかな」
 あるいは桜ネットワークで繋がってるとか。
「二本の桜が共鳴し合ったのかもしれませんね」
「そっか」
 それってすごい奇跡っぽくないだろうか?
 ねえ、リッちゃん?



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